第11話 朱い瞳
僕は慌てて体勢を立て直し、メモリさんと一緒に湯船の中で立ち上がる。
「──ぶはっ! メ、メモリさん平気っ?」
「──けほけほっ。は、はい。私よりソータ先生はっ!」
「僕は大丈夫! それよりメモリさんっ、あの──!」
「はぁ……よかったです。木の浴槽ですと掃除をしてもすぐにこうなってしまって。注意が遅れてしまってすみませんでした」
なんて、僕のことを気遣いながら安心した様子で微笑むメモリさん。ずぶ濡れになった髪先からポタポタと水滴が落ちていた。
メモリさんは湯船の中で目を閉じていたようだったから、さっきのことには気付いていないみたいだ。
それなら……何も言わない方がいいに決まってる、よね?
事故とはいえ、僕とその……しちゃったことがわかったら、メモリさんが傷ついてしまうかもしれない。なによりどんな顔して事実を話せばいいかわからない……!
「メモリさんは何も悪くないよ! 僕が勝手に滑っただけだから! だからこそ……本当にごめんなさい!」
それでも罪悪感からか、全力の謝罪だけはさせてもらった。メモリさんは「え? ソ、ソータ先生こそ何も悪くないですよ?」とキョトン顔をする。
そうこうしていると、露天入り口の扉が開きみんながやってきた。
「ちょっと! なんか悲鳴と飛び込んだような音聞こえたけど平気!? ──って」
先頭のシアさんがこちらを見て、かぁっと赤面する。
「あ、あ、あなたたちっ、なんでお風呂の中で抱き合ってるのよー!?」
「「え?」」と声を揃える僕とメモリさん。
よく見れば、メモリさんはずっと僕の腕を抱きしめたままで、僕ももう片方の手でメモリさんの背中に手を回していた。お風呂の中でドタバタしたまま一緒に起き上がったせいだろう。
「わっ! ご、ご、ごめんメモリさん!」
「い、いえ。私の方こそ」
慌ててメモリさんから手を離すと、メモリさんもようやく僕から離れた。
腕に残る、メモリさんの柔らかな肌と水着の感触。意識した途端に心臓がドキドキし始めた。
「えっナニナニ!? ひょっとしてせんせとメーちゃん、もうそういうカンケー!? 出会ってすぐなんてアニメかドラマみたいじゃーん!」
「お兄ちゃんとメモリちゃん、もう仲良しさんなんだね」
「人気のない露天風呂で、年頃の男女が二人きり……何も起きないはずがなく……」
「キャーそれってロマンチックでドラマチックすぎだよユーちゃん! ねぇねぇねぇ! もうキスとかしちゃったの? なんてねキャ~~~っ!」
「コラ! メモリがそんなことするわけないでしょ! もうっ、あなたたちも勝手に盛り上がらないの!」
ワーキャーと盛り上がるみんな。まさか本当にキスしてしまったなんて言えるはずもなく、僕はただただ「あはは……」と乾いた笑いを浮かべているしかない。
チラッと隣を見れば、メモリさんは気恥ずかしそうに笑みを浮かべつつも、やがてうつむき赤くなってしまっていた。ああ、僕のせいでメモリさんに恥をかかせてしまったぁぁぁ……!
そんなこんなで、みんなとのドタバタすぎる入浴を終え、ようやく管理人室に戻ってきた僕はぐびぐびと水を飲んで一息つく。
まさかあんなに豪華なお風呂だとは思わなかったし、まさかメモリさんが本当に背中を洗いにくるとも思わなかったし、まさかみんなまで一緒になって水着で入浴なんてことになるとはさらに思ってなかったし、その上メモリさんとあんな……。
「……はぁ。仕事の内容もまだよくわからないし、本当に僕に
初日からいろんなことがありすぎて、頭の中が整理しきれず戸惑ってしまっていた。
「……とりあえず、今日は休もうかな」
寝るにはちょっと早い時間だけど、押し入れからふとんを取り出して準備を整えておく。綺麗に洗われた真っ白いシーツからも歓迎の意図が感じられた。家具や寝具は備え付けということで、何も持ってこなかったからすごく助かる。
「ほんと、管理人の方がお世話されちゃってる感じだな」
そんな独り言で笑ってしまう。
明日になればちゃんと仕事内容の説明もしてもらえるはずだし、とにかく今日は身体を休めることにしよう。
そんな思いでふとんを敷いていたとき、コンコンと部屋のドアをノックする音。
『ソータ先生。メモリです。あの、少しだけお話……いいでしょうか?』
「メモリさん? あ、うんっ」
急いで部屋の鍵を開けにいく。
扉を開けると、可愛らしい花柄のパジャマを着たメモリさんが立っていた。二つ結びのおさげが今は一つ結びへと変わっており、なんだかプライベートな雰囲気を感じてドキッとする。
「ど、どうぞ」
「遅くにすみません……失礼します」
メモリさんは少し申し訳なさそうに頭を下げて、管理人室へと入ってきた。
ふと、露天風呂での出来事が脳裏に巡る。
キスをしてしまったことはもちろん言えないけど、あのとき下手をしたらメモリさんに怪我をさせちゃってたかもしれないし、そのことについてもう一度謝罪をしようと思った。
「あの、メモリさん。お風呂では本当にごめんね。僕のせいでメモリさんに──」
──ガチャン。
ドアの鍵が閉まる金属音がした。
「え?」
と思ったときには──メモリさんが僕の胸に飛び込んできていた。
「わっ!?」
驚いた僕は、メモリさんを受け止めた勢いのまま一歩、二歩と後ろに下がる。
「メ、メモリさん?」
どうしたんだろうと思っていると、メモリさんがその顔を上げた。
「……!」
声を失う僕。
メモリさんの瞳が──朱くなっている。
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