第9話 メモリさんマジパナい
「メ、メ、メモリさんっ!?」
振り返る。
やはりそこには、バスタオル一枚のみを身体に巻いたメモリさんが立っていた。
「偶然ですね。そこは普段、私が使わせてもらっている洗い場なんです。ふふ、ソータ先生が使っていると不思議な気持ちになりますね」
「え? あ、そうなんだ勝手にごめんね……って違くて! な、な、なんでここに!?」
「え? 先ほどお話しました……よね? ソータ先生の背中を洗いっこしようって」
聞こえていたけど! 聞こえていましたけれども! あれ冗談じゃなかったのー!? ていうかシャワーの音でメモリさんが入ってきたことにも気付かなかったよ!
「ふふっ。ソータ先生はそのままでいいですからね。後ろ、失礼します」
メモリさんはもう一つ風呂イスを持ってくると、僕の後ろに置いて座り、そのまま本当にボディタオルで僕の背中を洗い始めてくれてしまった!
メモリさんの手のひらが、優しく背中を擦ってくれるのがわかる。
ぎゅっと目を閉じて動けなくなる僕。ドキドキドキ、と激しくなる鼓動の音がメモリさんに伝わってしまっているのではとさらに緊張が高まった。ここまで来て断るような勇気があるはずもなく、為すがままにしているしかない。
「ソータ先生、かゆいところはありませんか?」
「だ、大丈夫です!」
ピンと背中を伸ばしてしまう僕。
うっすら目を開けてみると──鏡にはメモリさんの姿も一緒に映っている。
メモリさんは長い髪をアップにしてまとめており、うなじや肩周りの肌がしっかりと見える。真っ白なタオルは窮屈そうに胸を押し上げてなめらかな身体のラインを描き、いろんな隙間についつい目が向きそうになった。
すると鏡の中でメモリさんと目が合い、彼女がニコッと笑いかけてくれた。僕は慌てて「ごめんっ!」とまた目を閉じる。後ろでくすくすと楽しげな笑い声が聞こえた。
──い、い、いくらなんでも歓迎サービスが手厚すぎませんか!? ていうかメモリさんなんでバスタオル姿なの!? ひょっとして本当にこのまま一緒に入るつもりなの!? だとしたら僕はこれからどうすれば!?
ていうか、メモリさんは恥ずかしくないのかな? そっか、もしかしたら親や兄弟と一緒に入っていて慣れている……とか!?
なんて思っていたら、不意に背中で動く手が止まった。
「……ソータ先生の心臓……ドキドキ、してます……ね?」
──や、やっぱりバレてたー!
変に思われたかな!? 意識して気持ち悪がられちゃったかな!?
なんて思っていたら──
「昔から、家族や友達とよくこうして背中の洗いっこをしていたので……ソータ先生にも是非、と思ったのですが……。ひょ、ひょっとして私……あの、とても大胆なことを、してしまっているのでしょうか……?」
また、うっすらと目を開ける僕。
鏡に映るメモリさんは、うつむき加減に顔を赤くしていた。
「よく考えたら、男性にこういうことをするのは初めてで……ど、どうしましょう? 私も、すごく、胸がドキドキしてきてしまいました……」
ドキドキドキドキ。さらに激しくなる心臓の鼓動が、なんだかメモリさんのものと同調しているような気がしてきた。
そんな緊張の空気の中──ガラッと浴室のガラス戸が開く音がした。
「えっ?」
と僕の声が漏れる。
「メモリ、お待たせ。まったくいつもながら急なこと言い出すんだから。お望みの洗いっこ、しにきてあげたわよ」
そう言って普通に入ってきたのはシアさん。
いや違う。シアさんだけじゃなく、さらにいくつもの足音がペタペタと続いた。
「メーちゃんきたよっ! 久しぶりにこういうのもいいよね~? ねーリーちゃんユーちゃん!」
「うん。みんな一緒のお風呂、楽しくて好きなの」
「異論ありません。水道光熱費を考慮しても、全員で入るのが最も効率が良いです」
シアさんに続き、メアさん、リリムさん、ユイさんもその姿を現した。
みんな全裸で。
メモリさんみたいにバスタオルすらも巻いておらず。
……えええええ!? まさかのシアさんたちまでーッ!? なんでどうしてしかも裸~~~~!?
いやお風呂に入るなら裸は当たり前なんだけど何も問題ないんだけどけど僕入り口の札をちゃんと『入浴中』にしたし、ってもしかして僕が入ってると知らない!?
後ろのメモリさんが笑顔でみんなを迎える。
「あ、みんなも来てくれたんだね。よかった。それじゃあ一緒に洗いっこしよっか」
「ハイハイ。じゃあ隣、失礼するわよ」
「洗いっこなんて久しぶりだよねー! ねねっ、ホントにせんせも呼んできちゃう~?」
「リリムはいいよ。お兄ちゃんにもきてほしいな」
「それこそさらに効率が良いですね。では呼んできましょう」
「ハイ待った! なんであんたたちみんな乗り気なのよ? メアも冗談言わない! あのね、いくら管理人だって言っても男の子なのよ? い、一緒に入れるわけないでしょ」
なんて話をしつつ、続々と周りに集まってくるみんな。ああやっぱり気付いてないじゃないか! どうしようどうしよう!? もう完全に逃げ場がないよ!
「あ、そういえばシャンプー切れてたの忘れてたわ。ごめんメモリ、悪いけど貸してもらえ──」
こちらに近づくシアさんの声が途中で止まった。「うん、いいよ」とメモリさんがシャンプーボトルを渡そうとしても、シアさんは動かない。
鏡の中で、目が合う。
メモリさんの背後に立っているシアさんと。
ツインテールを解いて生まれたままの姿になっているシアさんと。
「…………ふ、ふっ……ふにゃあああああああああーーーーーー!!?!?!?」
そして絶叫。バッと両手で身体を隠すシアさんの甲高い声が浴場いっぱいに響いた。
「うっわうるさっ! ナニナニどしたのシーちゃん? そんなせんせにお風呂を覗かれてハダカ見られちゃったキャーみたいな乙女声出してぇ…………ってひゃわぁーーーっ!?」
続いてメアさん。それからリリムさんとユイさんもこちらを覗きにきて僕と目が合う。
「シアちゃん、メアちゃん、どうしたの? ……あれ、お兄ちゃん?」
「呼びに行く手間が省けましたね。まさか先にお越しとは、なかなか豪胆な先生です」
なぜかほのぼの平常運転なリリムさんとユイさん。夜蝶姉妹は真逆に当たり前の反応をして大いにうろたえていた。
「な、ななななっ! なんであなたが! ここにいるのよーーーーッ!?」
「え?? みんな、ソータ先生のために洗いっこに来てくれたんじゃなかったの?」
「はい!? な、なに言ってるのよメモリっ。あたしはあなたに誘われたからっ」
「うん。だから来てくれて嬉しいな。歓迎会で話したとおり、みんなで洗いっこしてぬくぬくお風呂に入ろうね♪ そうしたらきっと、先生ともっと仲良くなれるから♪」
『……(あれ冗談じゃなかったの~~~!?)』
と、僕とシアさんとメアさんの心の声が一致していたような気がする。もしかしたらメモリさんはかなりの強者なのかもしれない……!
「いくらメモリでもさすがに冗談だと思ってたのよ! あ、あたしは出るから!」
「え、そうだったの? そっか、迷惑かけちゃってごめんねシアちゃん。みんなも嫌……だったかな。ソータ先生も、すみませんでした」
「え? い、いや僕はそんなっ」
メモリさんが申し訳なさそうに微笑みながら謝罪する。メモリさんはただ優しく接してくれただけで全然謝る必要なんてないのに、こちらにも罪悪感が芽生えてしまう。
きっとみんなも同じ気持ちだったのだろう。出て行きかけていたシアさんが足を止めて「ぐぬぬ……!」と何やら葛藤した後に言った。
「嫌っていうか……わ、わかったわよするから! 洗いっこはするから! でもさすがに裸はムリなの! 水着! せめて水着着させて!」
と言って浴室を飛び出していったシアさん。「ウ、ウチも同じ~! メーちゃんマジパナいって~!!」とメアさんも姉を追いかけていく。
「水着なら、お兄ちゃんも一緒でいいの? それならリリムも着替えてくるね」
「水着では身体を洗浄しづらく、温浴効果も薄れる気がしますが……同時に羞恥心も薄める効果があるためトレードオフといったところですね。では皆さんに合わせましょう」
続けてリリムさん、ユイさんも出て行き、また僕とメモリさんだけが残った。
「……えっと、私も……き、着替えてきた方がいい、ですよね?」
「あ……お、お願いします。えっと、ぼ、僕もそうしてもいいかな? 一応水着、持ってきてあったので。あ、メモリさんお先にどうぞ……!」
「は、はい。それでは、失礼します」
まだみんな脱衣所にいるかもしれないし、僕が先に出るわけにはいかない。順番を譲るとメモリさんは会釈をしてタタッと脱衣所に戻っていった。
一人になった僕は目を閉じて大きく息を吐くと、ようやく落ち着きを取り戻す。取り戻したからこそ取り乱す。
──見ちゃった……見ちゃったよっ! 思いきりバッチリ見ちゃったよ~~~!!
目を閉じてればよかったのに、驚きすぎてそうすることすら忘れてしまっていた。今さら閉じたところで意味はなく、むしろみんなの姿をハッキリと思い出してしまう。シアさんはモデルみたいにスラッとしてすごく綺麗だったし、メアさんは着やせするタイプかなってくらいボリュームがあったし、リリムさんとユイさんは……ってやめろやめろ思い出すなバカ!
──はぁ。まさかただお風呂に入りにきただけでこんなことになるとは……。
「…………あれ?」
そこで僕は気付いてしまった。
「メモリさんも水着に着替えてくるってことは……つまり、さっきのバスタオルの下は………………」
メアさんの言葉が蘇ってくる。
メモリさん、マジパナいって!
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