第8話 お背中お流ししますね♪
そんな僕の疑問に。
メモリさんは、にこっと笑って答えた。
「はい、そうですよ」
「やっぱりー!?」
リゾートバイトなんて楽しそうなイメージに引っ張られてつい安請け合いしちゃったけど、まさか女子寮の管理人だなんて聞いてなかったよ!
だって僕、この寮に住み込みで働くことになってるんだよ!? しかも割と距離感近めのこの寮内で! 女子高校生と女子中学生と毎日一緒に生活するってこと!?
「ソ、ソータ先生? もしかして、そのこともローラさんからは聞いていなかったんですか?」
「はい何も聞いていませんでしたっ! と、というかみんなは平気なのっ? 女子寮にいきなり僕みたいな男が入ってきちゃって……!」
焦ってそう尋ねる僕に、みんなはそれぞれ顔を見合わせてから、シアさんがため息をついて腕を組む。
「ま、正直あたしは男がくるなんて反対だったし、あんまり歓迎してもなかったけどね。だって男の管理人なんて前代未聞だもの。どんな問題が起きるかわからないじゃない」
「そ、そうだよね。シアさんの言うとおりだと思う……」
もっともな発言に同意してしまう僕。もし自分がみんなの立場だったとしたら、そりゃあそんな管理人がきたら心配にもなるだろう。
歓迎会という体はとってくれたけど、きっと内心は……そう思って顔を下げてしまったとき。
「……でもま、そういう反応するヤツならちょっとは安心かな。女子寮だって知って喜ぶようなヤツだったらすぐ追い返してるし」
「──え?」
シアさんの声に顔を上げる僕。シアさんはちょっぴり頬を赤らめて僕から視線を逸らした。
そんなシアさんの背中にぴょんとメアさんが飛びついて、僕に向かってウィンクをする。
「ヘーキだよせんせっ♪ シーちゃんこんなこと言ってるけど、『とにかく第一印象!』とか言って今日までめっちゃダイエットしてたし、今朝もウチに教えられながら慣れないお化粧ガンバってたから。ホントはお迎えする気マンマンじゃーん?」
「ちょっメア! そ、それは別に歓迎のためだけじゃないからっ! てかわざわざ本人の前で言うことないでしょーが!」
「こーゆーとこがカワイイおねーちゃんなの♪ せんせもカワイがってあげてね? 根は素直ですぐデレると思うから♪」
「もうっ! アンタは余計なこというなーーー!」
愉しそうにキャッキャと逃げ出す妹を、真っ赤になって追いかける姉。うーん、なんとなく姉妹関係が見えてきた……!
続けて、リリムさんがちょっとおどおどとした感じで話す。
「寮の管理人さんは、ずっと女性の先生だったから……リリムも少し、怖かったの。でも、お兄ちゃんのことは怖くないよ。メモリちゃんが、素敵な人だって教えてくれてたから」
「……え? メモリさんが?」
「適宜連絡がありました」
ユイさんがスマホの画面を見せてくれる。そこにはメモリさんがメッセージアプリでみんな宛てに送った内容が記されていた。
──『みんなへ 素敵な管理人さんだよ♪』
送信時刻は──あ、フェリーに乗っているときのものだった。
メモリさんに視線を向けると、優しく笑いかけてくれる。僕のことだけじゃなく、ちゃんとみんなのことも考えていたんだ。
するとそこで、今度はメモリさんの方が少し不安そうな顔をした。
「あの、ソータ先生。おそらくここは、ソータ先生が思っていたような環境ではなかったのではないかと思うんですが……帰りたくなったりして、いませんか?」
「え?」
メモリさんがそう言って、シアさんたちも僕の返答を待つ。
「……確かに、思っていたような環境ではなかったかな」
素直にそう話すと、メモリさんたちは少しばかりしゅんとした表情になる。
でも。
「あ、だからって帰りたくなったりはしてないよ! それより、僕にちゃんと管理人が務まるかなってことが心配で。みんな多感で大事な時期だろうから、僕の存在が邪魔にならないかなって」
「え?」と、みんなが同じような反応をした。
「なのに、みんなの方が僕のことを気に掛けてくれて……こんな歓迎会までしてくれて……ありがとう! どこまで出来るかわからないけど、管理人としてみんなのサポートを頑張るよ。だから、こ、これからよろしくお願いします!」
そう言って、僕はまた頭を下げた。
ゆっくり頭を上げると──
「寮生一同歓迎します、ソータ先生♪」
「管理人として力不足だったら追い返すからね。精々頑張りなさいな」
「これからよろしくねーせんせっ! みんなで仲良くしよっ♪」
「みんなで歓迎会のお料理作ったの。いっぱい食べてほしいな」
「ジビエや特製デザートもあります。さ、本日の主役はこちらへ」
ユイさんがそう言いながら誕生日席の椅子を示し、そこに座った僕の頭に三角のパーティー帽をかぶせてくれた。その様子をメアさんがスマホでパシャパシャ撮影する。一応ピースをしておいた。
「ふふっ、それではソータ先生の歓迎会スタートですね。先生、冷めないうちにどうぞ」
「あなた、何か苦手なものある? こっち届かないでしょ、とってあげる。ああ、歓迎会だからってムリして全部食べなくていいからね。ってほら、そこソースこぼれてるわよ!」
「せんせせんせっ、飲み物どうする~? お酒はないけど、ジュースならいろいろあるよっ。メアちゃんが注いであげる☆」
「お兄ちゃん、島の名産品で作ったこのサラダ、美味しいよ。ドレッシングも島のお塩で作ってるの」
「こちらのデザートはメモリ先輩と私で作りました。絶品ですので是非ご賞味を」
「う、うんありがとうみんな! えっと、貝類とかはちょっと苦手かも。でもちゃんと全部いただくよ!」
「ふふっ。それじゃあみんなで……いただきます♪」
その声に続き、僕たちも手を合わせていただきますをする。
メモリさんとシアさんが小皿にあれこれを取り分けてくれて、メアさんとリリムさんがそれを両隣から「あーん♪」してくれるものだから、僕は何も動くことなく小鳥のように口を開けておくしかなかった。さらにユイさんが飲み物まで飲ませてくれるものだから本当に何もすることがない。
ただ、リビングの大きなテーブルいっぱいに並ぶ料理はどれも綺麗で美味しくて、お肉もお魚も野菜もすべて新鮮で味がしっかりしていて本当に絶品だった。デザートのケーキやプリンだってまるでお店のものみたいだ。
「ソータ先生、いかがですか?」
「──うんっ、どれもすごく美味しいよ! こんなに美味しい料理初めて食べたかも!」
「ちょ、ちょっと言い過ぎじゃない? そんなに大したものじゃないでしょ」
「シーちゃんめっちゃ照れてる~♪ ホントはちょー嬉しいクセにね~?」「メアうるさい!」
「喜んでもらえてよかったの♪」
「先生の推定満腹度85%。ご無理はされぬようご注意ください」
「ふふ、お口にあってよかったです。──あ、そうだ。後でみんな一緒にお風呂に入りませんか? もちろんソータ先生も一緒に、背中の洗いっこをしましょう♪ 今夜はせっかくの歓迎会ですから♪」
「はぁ~、また急にそういうこと言い出す。あのねメモリ、あたしたちならいいけど先生相手にそう言う世間知らずな冗談はやめときなさいって」
「あはは」と思わず笑ってしまう僕。みんな仲が良いのがよくわかったし、この温かい空気感の中に自分が混ざっていることがちょっと恥ずかしく、でも嬉しかった。
こんなに美味しいと思った食事は久しぶりで、僕は心からみんなに感謝した。
「……ふぅ。ちょ、ちょっと食べ過ぎたかな」
歓迎会を終え、みんなで片付けを済ませてから部屋に戻った僕は、畳の上に寝転がってて小休憩。せっかくみんなが作ってくれたものを残すのも忍びないからと、ついつい満腹度限界超えかなってくらい食べ過ぎてしまった。
大学生になって一人暮らしを始めて、節約生活が長かったせいなのか、誰かと一緒に食卓を囲む温かさというものを久しぶりに感じた。食べ過ぎたのはそれもあるかも。
最初は不安もあったけど……ここでなら、やっていけるかもしれない。
「──あ、そういえばお風呂先にどうぞって言われてたっけ」
そのことを思い出して、着替えとタオルを持って立ち上がる。みんなより先に入るのはちょっと気が引けたけど、早く入らないとみんな困るだろうから。
部屋を出て廊下を進み、メモリさんが教えてくれた浴室へ。扉には『空』の札が掛かっていて、ひっくり返すと『入浴中』に変わった。なるほど。これなら誰かが入ってるところに間違えて、ということもなさそうで安心だ。寮生同士ならともかく、僕がそんなトラブル起こしたら大変だし……!
なんて思いつつ中に入ると、旅館だったことがわかるような広めの脱衣所が広がり、服をしまう棚がたくさん備えられていた。壁には温泉分析書が貼られており、効能や成分なんかがわかるようになっている。ここの温泉はナトリウム塩化物泉らしかった。うーん本格的!
貸し切りで入れるなんて贅沢だなぁ……という気持ちで脱いだ服をしまい、いよいよガラス戸を開けて浴室内へ。
「おお……メモリさんの言ってたとおりだ!」
湯けむりの上がる室内は広々としており、大きな浴槽の内湯が一つ鎮座している。洗い場はいくつも設置してあって、それぞれにシャンプーやリンスのボトル、石鹸などが置かれていた。なるほど、みんな自分の洗い場が決まってるのかも。
浴槽の近くには露天風呂へ続くであろう扉もあり、さらに奥の方には小さめだけどサウナなんかもあるようだ。
豪華なお風呂にテンションが上がってきたものの、よく考えたら今後は管理人の僕がこの広いお風呂を掃除するんだよね……と、仕事に現実味が出てきた。
「よし……先に体を洗っちゃおう」
浴室内にあった風呂イスと桶を一つ借り、適当に一番近い洗い場を借りることに。それから一応持参していた自分のシャンプーで頭を洗い、シャワーで流していると──
「──ソータ先生、お背中お流ししますね♪」
背後から突然聞こえたまさかの声に、思わず「えっ!?」と声が出る。
慌ててシャワーで頭の泡を全部洗い流して目を開けると──眼前の鏡に映っていたのは、なんとバスタオル姿のメモリさんだった!
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