第11話 ギルド【アルカトラズ】①
破壊された天井は瓦礫の山となり落ちてきた。天井までの高さはそれ程高いわけではなく3メートル程度のジャンプすれば届くくらいだ。つまりそれは叫ぶ間もなく死までの時間が限りなく短かったというだけの話だ。
「う、わ――――」
ここでノードを発動させられる程自分の能力を使いこなせてはいない。そもそも反射的に動いていたのは目を瞑って腕を顔に伏せる何とも情けない防衛本能だけだったのだ。
ドガガガガガガガガガ!!!!
大量の岩となった瓦礫は降り積もる雪の様に上に伸し掛かった、はずだった。
「ふーっ。どうなってんだこりゃ。何が、どうなってるんだ?」
天井は大穴の吹き抜けとなりその10メートル以上先でバベルの4人がこちらを見下ろしている。更に落ちてきた瓦礫の山は存在が消えた様に塵一つ残っていなかった。
伏せてと言われて伏せていたのは大声をあげた水色の髪の女の子とレイ、そしてイオリだけだった。ワルイドはソファーに座って銃を握りしめたまま動かず、バーバラは拭き終わったコップを静かに棚に片付けた。恐らくこのどちらかのノードによるものだろうが、圧倒的な力である事だけは理解が出来た。
「よかった、みんな無事ね。あたしはソフィア。よろしくね」
この声は牢屋で聞こえた声と全く同じだった。
「君が牢屋から助けてくれたのか?」
「君?」
笑顔なのに睨みを利かせる顔が非常に怖い。牢屋から助けてくれた聖母ではなく逆らってはいけないタイプの女性だった。
「ソフィア……さん」
「正解よ。あたしのノードは、って話すのは後々!先にあっちを何とかしないと!」
バベルの連中は警戒したまま全く動く気配はなかった。先に動きを見せたのはソファーに座っていたワルイドが立ち上がりみんなに武器を持ってきた。
「すまんのワルイド」
「………」
ワルイドは無言のままバーバラには護身用程度の小さな鉄の棒、そしてソフィアとレイには長剣を渡した。あんな棒きれ一つで何を出来るというのか。
「うきゃきゃ、獲物渡しちゃったよ。いいのか?」
「ふーっ。さてな。武器無しでこの大穴開けるレベルのノード持ってるって事は関係ないのかもな」
「アハハ!馬鹿なの!私ら任務をこなすだけっしょ!邪魔が入ったならぶっ殺せばいいじゃん!」
「俺、先に行く。みんな、後は頼んだ」
鳥仮面のバードが飛び降りてくるとソフィアとレイは反射的に攻撃を仕掛けた。しかし鉄の体になれるノードの前では剣は皮膚を切り裂く事すら出来なかった。
「固っ!なにこれっ!剣が通じないじゃない!」
「こいつは鋼鉄の体になれるんだ!気を付けろ!」
バンッ!!
突然響いた銃声はワルイドが放ったものだった。そんな銃弾ではバードに傷一つ付ける事は出来ないだろう。だが急速に回転率を増やした弾丸はバードの肉体を抉るようにして貫いた。
「俺、この身体、傷付く!ありえない!!」
ボタボタと流れ落ちる血にバードは怒りの表情を見せている。ワルイドはバードに睨みを利かせたまま上をチラリと見た。バードは任せて上をやれという指示だろうか。
「イオリはあたしの傍を離れるでないぞ。さて行こうか」
「上に行くって言ってもどうやって行くんだ!?登ってる途中でバベルの連中にやられちまうよ!」
「だったらお主が何とかしな。その為のノードじゃ」
そんな事を急に言われてもレイには分からなかった。天地開闢という名前なのに起きる事といえば風が吹く程度。それでもバーバラの目を信じてレイはノードを発動した。
「収束して……」
周囲から集めた風は次第にレイ自身の身体を取り囲んでいく。風の一本一本を太い束にして身体を旋回させる。まるで空気中に浮かんでいる毛糸を集めて太くいるかのように。
「集束する……」
それをより中心に、下から上に跳ね飛ばす勢いで飛び上がる事を意識する。丸い台座が上に突き上がるイメージで上に向かう事だけを考えた。
先程まで拷問を受け続けていたレイにとって上に行きたくもなかった。それでもバーバラ達の信用まで裏切ったらもうこの世界に居場所はないと感じていた。
「俺は、誰も死なせはしない!!力をよこせ!!アリアナ!!」
ビュオオオオオ!!!
発動した突風は4人の身体を地上まで押し上げた。4人はまだ宙に浮いた状態だったがそれをバレルの連中が逃すはずがない。一番初めに突撃してきたのは猫の面を付けたキャットだった。両手にかぎ爪を付けた拳がレイに向かってくる。
「キャハハハハ!!死んじゃえ!!」
「あたしがそんな事させない!!」
空中だというのに身体を捻って剣で庇ってくれたのはソフィアだった。ギリギリの所でかぎ爪を受け止めていた。
「猫ちゃんはあたしがやる!レイくんとバーバラさんは他をお願い!!」
「キャハハ!馬鹿なの?死ねよ!ノード【演舞】!!」
凄まじい速度で切り裂く攻撃をソフィアは剣で受け止め続けていた。他をお願いと言われたが援護に行かないと危険な状況だった。
「待ってろ、俺が―――」
「うきゃきゃ!!このモンキーからは余所見厳禁!!」
突っ込んできた猿の面を付けたモンキーが横から蹴り飛ばしてきた。レイは吹き飛ばされながらも何とか態勢を整えた。
「俺の相手はお前か猿野郎!」
「うきゃきゃ!!オッケーオッケー!!」
モンキーは飛び込んで殴りかかってきたが明らかにリーチが足りていない。これなら当たらないと判断していたが拳はレイの顔面に命中していた。
「うぶっ!な、これは!!」
「うきゃきゃ!俺のノード【伸縮】の前では全ての攻撃が射程圏内よ!!」
更に足払いで姿勢を崩された後大きく振りかぶって猿が仕掛けてきた。レイもノードを使おうとするが瞬発的な発動ではそよ風になってしまう。
「くそっ!!」
「うきゃきゃ!収束も出来てないじゃないか!うきゃきゃ!」
「モンキー!!避けろ!!何か来る!!」
狐面の声に振り返りもせず飛び上がったモンキーの顔は引き攣ったまま汗まみれになっていた。そして寝転んだ状態の目の前を見えない何かが通っていくのを確かに感じた。
「う、うきゃ。フォックスが大声あげるなんて……。びびっちまったぜ」
「ふーっ。大声出させるなよ。モンキーはレイをやれ。もう一度痛め付けてやらないとだから殺すんじゃねぇぞ。ふーっ。俺はこの厄介な婆さんをやる」
やると言っておきながらフォックスは睨みを利かせたまま動けずにいた。あちらにはイオリもいるせいか警戒しなければならない部分が多かったからなのだろう。
「うきゃきゃ。さ、遊ぼうぜ」
ギルド【バベル】との抗争が完全に始まった。
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