第9話 闇のギルド【バベル】

 クウェインはテントの屋根から吊るされたロープに首を縛られたままゆらゆらと揺れている。既に数時間経過しているせいかありとあらゆる汁が床に滴っていた。目は虚ろで何処を見ているかも分からない。


 「……昨日の夜、俺が一緒にいたならこんな事にならなかったのか?そもそも俺が絶塔なんか行かなければこんな事にならなかった」


 ありとあらゆる責任は自分にあると感じていた。これが運命だろう偶然だろうが考えうる全ての選択を間違えてしまった。


 「俺にみんなを守れるだけの力があればこんな事にならなかった!!!」


 シンと同じ時間を生きて、ノードも手に入れて、結局同じ立場になれたのに何も変わっていなかった。劣等種という言葉を受け入れたくなかっただけだった。


 「俺が!!俺が!!!!」


 「ふーっ。君がこの状況を作り出した。そう言ったね?」


 気配も音も全くなかった状況で背後から声をかけられた。レイは驚きの余り声も出せずゆっくりと後ろを振り返るとそこには動物の仮面を付けてレインコートを深く可ぶった4人の集団がいた。


 その中でも先程声をかけてきた狐の面を付けた男が前に出る。


 「ふーっ。俺たちはギルド【バベル】だ。聞いたことは?」


 数々のギルドがこの街には存在するがバベルといったギルドはまるで聞いた事がない。レイは後退りしながら首を横に振った。


 「そうか。ふーっ。俺たちバベルは闇ギルドと呼ばれてるしな。とりあえずお前には聞きたい事が山ほどある。連行させてもらうぞ」


 「俺は……お前らに呼ばれる様なことは何もしていない!」


 「ふーっ。自分で今言ってただろ。てかそんな事はどうでもいいんだよ。さっさと来いと言ったら来い」


 他の3人も取り囲む様にゆっくりと近付いて来て逃げられる隙を完全に失った。


 「俺を……殺すのか」


 緊張感のある中で背後に回った猫の面をした女が笑う。


 「アハハ!馬鹿なの?アホなの?今お前は味のあるガムなの。噛んで噛んで噛んで噛んで甘美な情報が欲しいだけ」


 「ふーっ。キャット、やめろ。話は場所を変えてする。バード、やれ」


 鳥の面を被った大男はレイの手を掴むがその手は鋼の様に固く全く抵抗出来なかった。


 「俺、鋼鉄の男。お前、逃げられない」


 そしてキャットが近付き顔に息を吹きかける意識が遠退いて行く。頭がくらくらして眠気が一気に襲い掛かってきた。


 「モンキー、運べ」


 「うきゃきゃ!!オッケーオッケー!!」


 猿の男が喜んでレイを肩に担ぐとそのまま何処かへ移動していった。


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 暗い。


 目の前に松明に灯された火が揺れているだけ。


 「ここは……」


 土壁に鉄格子。少し寒いこの場所は明らかに地下だった。椅子に座らされた状態で手足を縛られて身動きは全く取れない。


 「ふーっ。目が覚めたか。ここはバベルの地下アジトだ。叫んでもいいが誰にも届く事はないからいくらでも叫ぶといい」


 狐の面を付けた男がこちらを覗き込んでいた。どうやら他のバベルの人間はいない様子だった。


 「さて、早速質問だ」


 「待て!俺をどうするつもりだ!なんなんだこの状態は!」


 ふーっ。と溜息をひとつすると髪の毛を掴んで顔を近付けてきた。


 「お前は質問を受ける側だ。する側ではない。まず一つ目の質問、絶塔にはどうやって入った。お前はノードを持っていないはずだ」


 「ノードなら持ってる!だから入れたしファフニールの全員の前で証明しただろ!」


 するとスッと1枚の紙を取り出した。そして紙の中央部に血液を1滴垂らして見せる。


 「これはノードが覚醒した時に自らのノードが何物かを知る事が出来る特殊な繊維で作られた紙だ。血液を落としそこから浮かび上がる紋様によってどの様なノードを所持しているか分かる」


 だが紙は全く反応を示さずにいた。


 「ふーっ。つまりこれで分かる通りお前はノードレスだ。どうやって入った」


 「だから俺は!!」


 バチンッ!!


 「――――――ッ!!!」


 足の爪が剝がされた。痛いという言葉では言い表せられない。温かい血が溢れ出すと同時に指先が冷たくなっている。


 「うぎゃあああああああああああ!!!」


 「爪がなくなっちまうぞ。ふーっ。どうやって入った?」


 「俺は普通に入った!出入りも問題なかった!」


 「つまりサラマンダーの中に手引きする者がいたと。方法を知ったから用済みとしてアヴァゴウラを2層に呼び出して全員殺したか」


 「何を言って―――――、ぎゃあああああああ!!!」


 爪を次々に剥がされていく。


 足が無くなれば手の爪を。爪がなくなれば足の指を折り進めた。知っている事の全てを話しても何一つ信じてはくれなかった。


 そして指の骨が全て折れた時、拷問を止めて牢屋から出て行った。


 「ふーっ。明日は折れた指をハンマーで砕いて行く。おやすみ」


 足中にべっとりと自分の血を感じる。もう痛みすら感じる事は出来なかった。


 「…………」


 喋る言葉も失った。どうしてこうなったのかすら検討も付かない。


 死んだ方がいいのかな。


 そう思った時突然拘束が解かれて牢屋が開いた。視界の中に誰も見えないが誰かが解いたとしか思えない。だが時間を早めて狐の面が拷問の続きをしたのかもしれないと思った。


 「君がヨルムンガンドと関わりがあるのならここを出て左手3つ目の角を左へ曲がり、更にそこから壁が見えたら右手に走りその先に見えるゴミ箱へ入れ」


 ただその言葉だけが耳元で囁かれた。

 罠かもしれない事や、抜け出した事で更に拷問を受ける事よりも今この場から何としても逃げ出したいという事が優先となった。


 「はっ、はっ、はっ!!」


 足の指が折れていようが関係なかった。足を前に出して走ればいい。ただその事しか考えていなかった。


 地下の牢屋がいくつも連なって出来た廊下を抜けると突き当りに分かれ道があった。そこには薄く左の矢印が示されている。


 「こっちか」


 何も疑う事もなくレイは信じて矢印へ走ると外まで抜けられる梯子があった。指の痛みを全く気にせずレイは無我夢中で登り切り、マンホールの蓋を開くとそこは真っ暗な路地だった。


 「あのアホバカクソ野郎。逃げやがった!!」


 「ふーっ。殺してやる」


 地下の中から猫と狐の声が聞こえてレイの表情は恐怖で青ざめた。


 ただ走った。全力で真っすぐ走った。3つ目の角を左へ曲がり、突き当りを右手に全力で走った。


 「どこ行きやがったあのクソボケ!!」


 「うきゃきゃ!!殺す!!殺す!!」


 路地を響かせる声はどんどんと近付いてくる。レイは必死で走っているとついに床に設置されたダストシュートを見つけた。


 「ゴミ箱ってこれだよな……。迷ってる暇はない!!」


 レイはゴミ箱へ突入した。だがそれはただのダストシュートではなく滑り台の様に長く落ちていく。速度はかなり早かったが自然にゆるやかなカーブを描き、気付けばゆっくりと滑っていた。


 そして光が見えて辿り着くとそこはダストシュートで行けるはずの無い場所だった。


 「いらっしゃい」


 そこはBARだった。

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