第3話 絶塔【ゴディアス】

 そよ風が気持ち良くレイの金髪の隙間を吹き抜ける。


 街から一度も出た事がなかったレイにとってこの世界の風景は余りにも感動的であり心が躍った。絶塔第一層はどこまでも広がる花畑だったのだ。


 「す、すげえええ!これが絶塔第一層か!こんな美しい世界があったなんてこりゃ天国って言っても差し支えないレベルだな!」


 走り回っても走り回っても先が見えないほど広い世界は余りにも広大だった。塔自体は大きくても直径300メートル程でありここは塔の中というより別世界のようにも感じる。


 塔の中だというのに空気は澄んで青空には太陽まで存在している。


 「もしかして俺、死んで天国に来たってわけじゃないよな?」


 少し不安感が残る中歩いているとそこには3メートルはあろう大きな豚がいた。よく街で売られているから何度も目にした事があった。冒険者が絶塔から持ち帰ってきて売っていたのだった。


 「あれがマウンテンピッグ!でけー!すげー!」


 なんて喜んでいると豚はこちらを見るや凄い速さで突撃してきた。しかしレイも剣の修行をずっと続けてきた身軽さから豚の攻撃を難なく避けてカウンターで豚を切り裂いた。


 「ぶぎゅうううう!」


 首を切られた豚は簡単に死んでいった。血が飛び散って残酷な様に見えたがボンッという音と遺体は消えて素材が撒き散らされた。


 「絶塔って凄いシステムだな。肉だけか?あの巨体からこんだけの肉しか取れないのかよ。結構集めるのも大変だなこりゃ」


 現実感を覚えながらもレイは先へ進んだ。道中食材売り場で見かける魔物たちを次々と倒して食材を集めに集めた。バッグの中が食材で埋め尽くされるのも時間の問題だ。


 「もしかして俺強いかも!絶塔って案外余裕なんじゃないのか?シンに追い付くのも夢じゃなくなっちまったなこりゃ!」


 鼻歌を歌いながら進んでいると大きな大木があり、その幹は光を放っている。絶塔の膜にも似た形をしたその幹は次の第二層へと続くワープホールとなっていたのだった。


 調子に乗っていたレイはそのまま第二層へと飛び込んだ。不安感も劣等感も今は感じない。新たな冒険だけがレイを襲っていたのだ。



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 光に包まれたまま飛び込んだその先は大きな洞窟の中だった。


 セーフゾーンだとでも言いたげなその場所には中央に火の付いた囲炉裏があり、大きな壺に入った水や食料保管庫なども多数置かれている。更には壁一面にはびっしりと地図が広げられており、ルート案内やバツ印が刻まれていた。


 「次の行く道が分かるんだったら冒険の意味ないじゃん。なんだよこんな地図。見るもんか!」


 そう言って洞窟を出るとそこはまるで鍾乳洞の様に暗く、第一層とはまるで違う世界を見せた。


 ぴちょん、ぴちょん。


 水の滴る音しか聞こえない。どこからか反射する水の光が薄く周囲を照らす程度だ。


 「ここが第二層:闇の迷路」


 周りが全く見えなかったレイは一度洞窟へ戻り地図を見た。魔物が闊歩するこの暗闇で地図なしでは絶対に突破は不可能だ。地図を見る限り広さ的には第一層と変わりない程に広い。


 次の層へ行く道は何度も交差点を抜けた先にあり、誤ったルートを進んだバツ印の部分は考えたくもなかった。


 地図の下には大量に木の棒が置いてありその先端には布が結ばれている。


 「もしかして……」


 木の棒を拾って壺に入った水で濡らして囲炉裏で火を付けると大きな音と共に木は松明へと変わった。壺に入っていたのは水ではなく食材から絞り出した動物性の油だったのだ。


 「これで進めって事だな。冒険者のみんな気が利くじゃん!」


 洞窟の外へ出てみると先程まで暗かった道がハッキリ見通せるくらいには明るく見えた。ルートもある程度覚えたし道なりに進んでいけば大丈夫だろう。とレイは簡単に思っていた。


 シンが5層を突破したのであれば2層なんて簡単だと勝手に思い込んでいたからだった。しかし絶塔は決して油断した人間を野放しにはしない。


 カラッ


 小さな石が落ちる音がした。振り返っても誰も居ない。だがこの静けさで石が落ちてくるなんて不思議にも感じていた。


 「なんだ……?」


 何気なく火を上に持って行ったレイはとんでもない者と目があった。いや、目があったはずだがその者に目はなかった。


 ガリガリに痩せこけた目の無い人間の顔をした蝙蝠(こうもり)がそこには何十匹もいたのだった。あまりの恐怖にレイは悲鳴をあげると同時に蝙蝠は一斉に飛び掛かってきた。


 「うわああああああああああ!!!!」


 咄嗟に剣を振り回すが蝙蝠は華麗に避けて腕に噛り付いた。レイの肉が抉れて血が飛び散り、それに反応した他の蝙蝠も襲い掛かってくる。


 死ぬ。嫌だ。死ぬ。怖い怖い怖い怖い!!


 「誰か、助け―――」


 「竜閃乱舞!!!」


 ズババババババ!!


 何十匹もいた蝙蝠を凄まじい速度で切り裂いた攻撃に圧倒されて蝙蝠は闇の中へと逃げ帰っていった。これが近接攻撃ジョブで使われるノードの力【乱舞】。


 「危ない所だったな、ってお前レイ!?」


 そこに立っていたのはギルド【サラマンダー】の剣士であり、唯一の友達のクウェインだった。

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