5話 踊りと指輪

 時間はあっという間もなく過ぎた。国王様が仰った通り、海賊たちの処刑は滞りなく行われた。

 その間私は行方不明者の生存確認を徹底する。時折、衝撃的な遺体に遭遇し心の暴走で魔法を爆発させたり、部屋をめちゃめちゃにしたりしたけれど、エドガーの使用人たちは寛容だった。


 女中頭のディラティに言わせるとエドガーが魔法を暴走させるよりはずっと片付けが楽なのだとか。


「エドガー様が暴走すると室内に雨が降るのです! 乾かすので一日が潰れます」


 ディラティは風で飛び散った行方不明者の書類を一枚一枚集めながらため息をついた。


 私は魔法で行方不明者を探しては情報をタイプライターで入力した。タイプライターも一文字間違えるだけでも気持ちがしずむ。それでもその負の感情ですら魔法の燃料になるので無駄にしない。


 それを毎日朝から夕方まで続けると、終わった頃には心の中が空っぽになる。魂が抜けたような私をディラティたちが風呂に運ぶ。温かいお湯に癒された私は、愛する使用人たちが用意してくれた料理を食べて心身を回復するのだった。


「サニー、あまり無理しないでくださいね」


 帰宅したエドガーはいつもそう言う。


「海賊の一件があってから約三週間、ほぼ毎日暇なく働いてますよ。過労死したいんですか?」

「いえ、たぶん、過集中気味なのでしょう。でもおかげで探索はお手のものです」


 探索の仕事を始めてから気がついたのは、ここにある資料に書かれた人たちは皆、違法魔法によって人生を歪められた人たちだという事実。

 

 それなら一刻も早く見つけなければ。


 エドガーはこちらに歩み寄ると私の額を両手で横にのばした。

「眉間に皺が刻まれてしまいますよ」


 その柔らかな物言いに、彼が穏やかなのを感じとる。弟のアーサーが違法契約者として捉えられ、処刑を控えているというのに。もう、彼の中では仕方のないこととして処理されているのだ。


 海賊たちを尋問した将軍によると、アーサーはイディアナ国民で唯一海賊の幹部となった男だったらしい。言い換えると、アーサーが国内と海賊船を行き来し違法契約者を増やしていた張本人だった。国王も極刑は避けられないと言っていた。


「サニー、わかってます? 明日は年末、舞踏会です」


 エドガーの静かな言葉に私は首を傾げた。


「……そうですけど、何か?」


 エドガーは無言になると、後ろにいた老執事のアルバートに、頼む、と一言告げた。


 そこから私はドレス選びに睡眠、朝食後に社交ダンスの手解きを受けた。


 踵の高い靴で歩くのは平気でも踊るとなると別だった。すぐエドガーの足を踏んでしまう。失敗しているのを他の人に見られるのは、とても恥ずかしかった。私がそれを伝えるとエドガーは目元を和らげた。


「サニー、踊らなくてもいいですよ。あなたは踊らなくともいるだけで十分ですから」


 私は静かに頷いた。踊れない、と降参するのはなんだか地団駄を踏みたくなる。


 時間はあっという間に流れ、私は緑の裾が外に広がっていく長袖のドレスを着せられた。髪は綺麗に頭の上に結い上げられている。寒くないように銀の外套をディラティが首周りにかけてくれる。

 出発間際にエドガーは私に白のレースで出来た仮面を手渡した。


「これをしていてくださいよ……風の魔女の素顔は一応軍事機密ですから」

「え、そうなんですか?」


 真面目に驚く私にエドガーは小声で冗談ですよ、と囁いた。


「でも今日は軍以外の人間がいますからつけておいた方が身のためですよ。社交界は表面だけ笑って腹の内を見せない大人の集まりですから」

「怖いこと言わないでくださいよ……」

私はもらった仮面を眺めるとしっかり装着した。エドガーも同じように黒の仮面を装着する。


 二人で玄関を出て暗くなってきた公道を歩く。本当だったら馬車で行くところなのだろうけれど、今日もエドガーは気分がいいから歩きましょう、と私の手を取る。


 王宮の門をくぐるとあちらこちらが綺麗に飾られていた。ただでさえ巨匠達の芸術作品で覆われた王宮の隅々が、ろうそくの灯りで輝いていた。


 エドガーは私の手を引いて廊下を進んだ。謁見の間前の、二重扉の前でエドガーは仮面越しに微笑んだ。


「エドガー、そんなに笑って大丈夫ですか。どこか頭でも打ちましたか?」

 真面目に心配する私の姿を、黒の礼服に身を包んだ若き軍師は微笑を讃えてこちらを見ている。


 仮面越しの彼の暗い瞳は、ろうそくの光でキラキラとしていた。


「私の幻の中の人物が、こうやって隣に実在して立っている。あなたは私の夢で憧れ。でもあなたはもう幻じゃない」


 エドガーの言葉に私は照れ臭くなった。


「……何を今更言うんです、ここにいますよ」


 二重扉の取手に伸ばした手はエドガーに阻まれた。その手に彼は唇をそっと当てた。


「サニー、まだ私と一緒にいてくれる気持ちに変わりはないですか?」


「……ええ。エドガー、早く中に入りましょう」


 そうですね、と彼は頷くといつもの無慈悲なまでに冷たい顔を見せた。私達は二重扉の向こうへと進んだ。


 そこは宮廷楽師団による上品な音楽と、人々の自分を抑えた笑い声にきらびやかな色彩の世界が広がっていた。


 このきらびやかな世界に、この人は私を連れてきたのだ。人を殺めた私を、血溜まりから救い、血を拭い、再び立てるようにしてくれた。

 ちょっと前は平穏に平凡に生きられれば良いとだけ思っていた。でもそれは叶わなかった。今はエドガーという人と一緒にいるのが……幸せだった。


 エドガーの背を追うとそこは玉座のそばだった。国王は髪をリボンで後ろに結んで玉座に鎮座していた。黒の仮面越しに深緑の瞳がこちらを見ている。


「サニー・ポーター。こういった祝いの場だというのに、この軍師は勲章の一つも見せびらかさない慎ましやかな男なのだよ」


「え、エドガー勲章持っているんですか?!」

 私の言葉に師は即答した。

「ええ、いくらかありますよ」

「将軍が付けているくらいはもっているはずだ。それくらいは与えている」

 国王様の言葉に私は疑問に思う。

「なぜ付けないんです?」


「私の主君が質素な御姿なのに、なぜ私が付けねばならないんです? 私の場合、殺人をたたえられているようなもんです」

 エドガーの言葉に国王様はため息をついた。

「とまぁ、理由は人それぞれだ。私が装飾品を付けたら、誰からも、私が王だとわかってしまう。隠密にそっと、わずかな自由を謳歌しているのだよ、私は」


 国王はエドガーに軽く断りを入れると、私の手を取って広間で踊る群衆の中へ連れて行った。


「こ、国王様、わたし、踊れません!!」


 慌てふためく私をよそに、国王は、笑った。


「エドガーの顔を見たか? なかなか見られない表情だった」


 国王様は愉快そうに笑いながら、私を運ぶように踊った。


「あいつは私の唯一の友だ。私はあいつが生き残るためなら、私の全てを駆使してでも、あいつの殺人でさえ肯定してみせるかもしれない」


 私はくるくると回る世界の中、国王様の瞳を見た。そこには穏やかさがあった。


 この人、物騒なことを日常の一部みたいに言えるのだ。


「だからね、サニー・ポーター。これは命令だ。私の親友を……エドガー・クリアアイズを護ってほしい」


 私は心の中でため息をついた。


「仰せのままに、陛下」


 私の応えに国王様は、小さな声でありがとう、と呟いた。


 国王様は遠くを見て面白がるような笑い声をあげた。


「我が友がこちらを視線で射殺せんばかりの勢いで睨んでいる。さあ、風の魔女よ。元の場所へお戻り」


 そう言って国王は私をエドガーの方へと差し向けた。そしていつの間にか人混みに紛れてしまった。


 私が人混みを眺めていると、エドガーが目の前に赤い液体の入ったグラスを差し出した。


「喉乾いたでしょう?」


 私はそれを飲んだ。ブドウの果汁だ。のどを潤すその液体は美味しかった。


「国王はあなたに何をあんな熱心におしゃべりしていたんです?」

「とある嫉妬深いお方の護衛を任されました」


 私の淀みない返事に、一拍間を置いてエドガーは考え込んだ。

「……そうですか」


 私達はしばらく壁際にある軽食の用意された机のそばで舌鼓を打っていた。




 次第にどこからか聞き覚えのある声が聞こえた。この喧騒の中でも通るその大きな声は将軍だった。


「おお、クリアアイズ。ということはこちらはサニーちゃんか。おお……お美しいなぁ、おい」

「でしょ。うちのメイド達がかなり気合入れてましたから」

「お前んとこの使用人まじで使用人の鑑だよな」

 と、エドガーと将軍は世間話で叩き合っていた。


 ふと、将軍はエドガーに耳打ちした。


「例の違法契約に使われた杯、まだ見つからねえんだよ」

 エドガーも神妙な顔をした。

「海の中にもないようでした。違法魔法で呪われてるんじゃないですか?」

 将軍は自分で自分を抱きしめたい。

「怖えよ。呪いで物質が消えたり出たりは怖えよ。ありえねえから。どうも海賊の頭が言ってたことによると、その杯で相当強い住人と契約していたらしい。そりゃこの国が何百年と悩まされるわけだ」


 いくら聞かないようにしても、私には聞こえてしまう。


 杯。


 ふと、赤いドレスの女海賊が落とした銀の杯を思い出した。


 そこへ、恰幅の良い濃い紫の仮面をつけた男性が私に声をかけた。


「君、もしや軍師殿のお弟子さんかな。うちの娘を探すのに一役買ってくれたと聞いたよ……私はミリアムの養父だ」


 彼は私の白い手袋をした手を握りしめて、何度も何度もありがとう、ありがとう、と繰り返した。


 そこへエドガーがやってきて私の背に腕をまわした。


「ホークスさん、ミリアム嬢の件はとても残念でした。彼女の生きた笑顔をお返しする事ができず」


 ホークス家当主はエドガーの表情を見るなり、私の手をぱっと離した。なんとなくだが空気がひんやりとしている。


「い、いえ、亡骸が戻ってきただけでも感謝ですぞ。それでは」


 そそくさと人混みに消えていくホークス当主の後ろ姿を、エドガーはしばらく眺めていた。


「サニー?」


 私は、はい? と応じた。


「ちょっと魔法を見てみてください」

 私は言われた通り魔法を見るために一度目を瞑った。再び開くと、私の周りは相変わらず緑の粒子だらけになっていたが、その上に三又の蹄の黒い足跡がホークス家当主の去った方向へと続いていた。


「サニー!」

小声で叫んだエドガーの視線を追う。


「えっ……!」


 私の両手もタールのようなもので真っ黒だった。


 私は慌てながらも慎重に手袋を外した。


 魔法を解除すると、手袋はただの白い手袋でしかない。


 エドガーは私の手袋を取ると、足跡を辿ろうとしてとどまった。

 彼は胸ポケットから小さな小箱を取り出した。


「こんな状況で申し訳ないのですが、これが片付いたら、考えてくれませんか」


 私は小箱を受け取るとひらいた。中には透明の不思議な物質でできた指輪が入っていた。雪の結晶があしらわれた繊細な作りの指輪だ。


 私はその美しさに目を奪われた。


「私の魔法に形を与えたものです。あなたの必要に応じて形を変えます。どうか肌身離さず持っていてください、私との約束です。すぐもどりますから……!」


 エドガーは早口にそう言うと、私の額に口付けを落として、人混みに消えてしまった。


 その後私はエドガーを待った。時折将軍が様子を見に来て声をかけてくれるが、私は心ここにあらずだった。


 手の中の小箱を見る。


 そういえば、マーロウでエドガーは私の両親に私をくれと言った時、妻としてでも構わないと言っていた。


 あれが冗談ではなかったのを私は知っている。


 私が立ったまま放心しているとどこかからか、国王様が玉座にでも座るか、と真面目に聞いてきた。私は畏れ多いので玉座の膝下の階段に座った。


 待てど暮らせどエドガーは戻らなかった。舞踏会がお開きになり、王宮の使用人達が片付けを始めていた。

 国王が厳しい顔をしながら、辺りを見回した。


「サニー・ポーター。その力でエドガーの居場所を探してみてはくれないか?」


 私は頷いた。私は心の中で焦る気持ちを燃料に魔法に尋ねた。


 すると。

 

 目の前が暗転した。私は次に現れるであろうエドガーの映像を待った。


 しかし、いつまで経っても何も映らなかった。

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