6話 澄んだ眼差し
「サニー・ポーター」
私は、落ち着いた声に我に返り、魔法を解除した。そうだ、私は国王様の目の前にいたのだった。
国王様はいつもの余裕のある表情だけれど、どこかに心配の影があった。
「魔法を使うあなたの表情が、一瞬、驚きと絶望に不安や痛み等がない混ぜになったのを私は観た。覚悟はしているから、何を見たのか話してほしい」
私は口を開いたら、唇が震え、口の中が乾き、声も掠れていた。
「何も……見えませんでした」
すると王さまは少しだけ安堵したようだった。
「見えないだけで、どこかにいるだろう。私もあなたの魔法については少し知っている。空気のない場所には影響力が及ばない。だが正直なところ空気のない場所にあいつがいるとは思えない。水の中にも土の中にも結局のところ空気はある。あいつは妖精や悪魔ではないから、消えてもいない。この近くに、どこかにいるはずだ」
国王様は余裕のある表情で私に微笑んだ。
「サニー・ポーター。他にも軍師の居場所を探す手がかりがあるだろう?」
国王はそこまで言うと、通りがかった将軍に声をかけた。まだ帰っていなかったのだ。
「将軍、申し訳ないが頼みがある。サニー・ポーターが落とし物をした。彼女が家に帰るまで、どうか付き添ってほしい」
将軍は一瞬だけ驚きの色を示したが、承知しました、と応じる。
国王様は私の目を見た。
「というわけだ。私はこれから読書をするので忙しい。行き詰まったら話をきいてあげるから、迷わずに私の書庫に来なさい……その頃には読書も終わっているはずだ」
彼は即座に踵を返して足速に去った。国王の足音は軽くほとんど音がしなかった。
去った後、将軍が私に視線を投げた。
「おいサニーちゃん……落とし物って……いや、答えなくて良い。見つかるまで付き合うから、急ごう」
私は頷いた。今、感情に引きずられてはいけない。左手の中の小箱の感触が妙に異質だった。
私はまず、瞼を閉じて魔法を見えるように懇切願った。これで見えなければもうあとはない。
目を開くと謁見の間の床には緑の粒子が転がっていた。使用人たちが床を磨いても、私の魔法の痕跡は消えるどころか触れることすらできないようだった。
この粒子の中にエドガーの粒子を探すか。いや、それよりもあの黒い足跡を探したほうが見つけやすい。軽食の並んだ机のあった場所を見た。そこに、黒い足跡がまだ残っていた。
三又に別れた蹄の足跡。
まだ消えていない。その横に微かに水色の粒子がわずかに転がっていた。
エドガーの魔法の跡だ。
その足跡を足速にたどると、その後ろを将軍が音もなくついてくる。足跡は謁見の間の二重扉を抜け、廊下へと続いていた。
廊下の足跡の歩幅が開いているところを見ると走ったのだろうか。
「なあ、サニーちゃん? この黒い足跡はクリアアイズのものじゃないと思うんだが」
「将軍、足跡、見えるんですか?」
将軍は、ああ、と頷いた。
「俺、不可視の世界の住民が見えるから足跡も見えるよ。この大きな鳥みたいな足跡だろ? いや、怪獣か……? だがサニーちゃんや軍師みたいに生まれ持った力の痕跡を見る能力はない。だからサニーちゃんがいないと軍師は見つからない」
軍師がみつからない。
その言葉になぜか急に目元に熱が溢れて。
「いや、見つからないわけじゃないぞ!? 今のはそういう意味じゃない! 泣かない! サニーちゃん、泣かないでくれ、頼む!」
私はぼやけた視界を振り払うべく、指先で目元を擦った。黙る私を横に将軍は片手で右顔半分を覆った。
「……せっかく髪も顔も服も完璧だって言うのに。あの軍師がやらかすから、その可愛い弟子が可哀想すぎるぜ」
そこまで言うと、将軍の背後に鬼火が七つ現れた。将軍は低い感情の沈んだ声でこう呟く。
「……俺は今気分が悪い。お前ら、この足跡の持ち主を足止めしろ」
すると鬼火はふっと消えた。やや間があって、代わりに何かが勢いよく通り過ぎる気配がした。私がぼーっとしていると、将軍は私の顔を覗き込んだ。
「さあ、サニーちゃん。泣きながらでもいいから足跡を追うぞ」
私は頷いて足跡をたどりながら走った。
足跡は王宮の外へと続いていた。正門を出て左に曲がり、王宮の外側をぐるりとしばらく歩いて行く。
時刻は真夜中を過ぎていたが、街中には新年を祝う様々な花火とそれを楽しむ人々がいた。
鮮やかな花火の輝きが、なぜかエドガーのことを考えさせる。
あまりにも美しい記憶を残して消えてしまったから?
ふと私は自分の手の内を見た。小箱が半開きになっていた。よく見ると小箱の中身がはみ出ているのだが、どうもそれは指輪ではない。
私は半開きになった小箱を開くと、中には指輪と同じ材質でできた小型の望遠鏡があった。
エドガーは……必要に応じて形を変える、と言っていたっけ。
私が望遠鏡を手の上に乗せていると、足跡の横に散っている微かな水色の粒子が浮かび上がった。
それは望遠鏡の側面に吸い寄せられて同化する。
さらに足跡をたどると、そこは王宮の裏で、人通りの少ない閑散とした裏道。その道の奥に、大柄な誰かが倒れていた。
私たちが近づくと、その人物の上に六つの鬼火が浮かび上がった。倒れていたのはホークス家の当主だった。
「死んではいないな」
と将軍。
その時、地面に転がっていたエドガーの魔法の粒子が私の手の中の望遠鏡に集まった。
「サニーちゃん、それって、何?」
「エド……私の師の魔法で出来たもので、必要に応じて形が変わるそうです」
「何が見えるの、それ?」
私は肩をすくめて望遠鏡を覗き込んだ。
すると目の前にエドガーが背を向けて立っていた。ホークス家当主と向かい合って立っている。
エドガーが相手につかみかかった瞬間、恰幅のいい男性は白目を剥いて倒れた。
と、同時に彼の影から奇妙な生き物が現れた。真っ黒なタールのような質感の大きな影。それは昔図鑑で見たダチョウという生き物のような形をしていた。
その生き物は、翼をばさばさ広げたかと思えば、黒い粒子になって飛散した。
すると視界の向こう側に誰かが立っていた。それは。
舞踏会用の服を着たサニー・ポーター。
私が微笑んでいた。その姿にエドガーが歩み寄る。でもエドガーが近寄るとその私は微笑みながら遠のいた。
どういうこと?
そのままエドガーは私の姿を追って道の奥へと進んでいってしまった。
望遠鏡を下ろした私は将軍を振り返った。将軍はちょうど空に向かって小型の銃で赤い煙を打ち上げているところだった。
「このおっさんの回収は夜勤の連中に任せて、と……」
私が見たものを将軍に告げると、将軍は首をかしげた。
「んー。まあ、あいつの魔法だから記憶、か?」
「私ずっと王宮にいましたよ?」
そのとき、道の向こう側から鬼火がひとつこちらへとやってきた。
鬼火は将軍の顔の高さで浮かぶと小さく揺れた。
「……サニーちゃん。この足跡なんだがな。どうも王宮の周りを一周して王宮内に続いているらしい。……て、ちょっと待てよ。今、王宮で不可視の国の住人の相手できるやつがいないじゃないか」
将軍と私は顔を見合わせた。
「……国王様!」
私たちは息を弾ませて走った。王宮の裏門は鍵がかかっていたけれど、鍵がないのでどうやってかわからないが将軍が開けてくれた。私たちが門を潜りぬけると勝手に鍵が閉まった。
「ええい、面倒くせえ」
将軍は走りながら指を振った。振った先から謎の黒い大きな影が勢いよく走っていくのが見えた。一瞬しか見えなかったけれど、影は馬の脚を持った狼のようだった。
「サニーちゃん、王の安否確認を!」
私は走りながら国王様を思い浮かべた。
「見せて」
視界が暗転し本棚に囲まれページをめくる王の姿が一瞬見えた。視界はすぐ戻り王宮の廊下が広がる。隣にいた将軍にも見えたらしく、驚いていた。
「……その魔法ほんとに便利だな。かくれんぼで無双するやつだな」
将軍はそんなことを言いながら、曲がり角を左に進む。そして廊下にかかっていた大きな肖像画を傾けた。その裏に暗い廊下が見える。
「書庫に続いてる。行くぞ、サニーちゃん」
私は息を切らしながら、肩で呼吸している自分に気づいた。こんなに走ったのはいつぶりだろうか。
通路の中は光苔が生えており薄明かりに照らされている。前方に明るい光がうっすら見えた。
どうも何かで出口が塞がれているようだ。手で触るとそれは布だった。
布をめくった途端に凄まじい断末魔が響いた。暖炉のある書庫の中央に、大きな黒いダチョウが馬脚の狼に腹部を咬まれていた。そのダチョウの視線の先に、国王がきょとんとした顔で突然現れた私たちを観ている。
将軍は咬まれているダチョウに視線を向けると片手をぎゅっと握りしめつぶやいた。
「滅びよ」
ダチョウはたちまち動きを停めて砂のように崩れた。床には黒い砂の山ができている。
将軍が手を挙げると馬脚の狼は鬼火になり、将軍の手のひらに吸い込まれた。
「その様子だと、私は悪魔に食べられそうになっていたのかな」
国王の問いに続いて本を閉じる音がした。将軍が国王様に向き直った。
「陛下、その通りです。今回は軍師の失踪の誘発とあなたへの危害が目的だったようにみられます」
国王はゆったりと微笑んだ。
「危ないところを感謝する。残念ながら私には見えも聞こえもしないもので、ただそこの黒い砂が突然現れたので嘘でないことがわかる」
国王は壁に立てかけてあった箒と塵取りをいつのまにか将軍に握らせていた。
「後始末も頼む」
さて、と国王様は私に視線を向けた。
「その浮かない様子だと、見つからなかったのだね。あの迷子の軍人は」
私は、ええ、とだけ口にした。
「この書庫のどこかにある一冊に、魔法の影響を一切受けない場所についての記述があったはずだ。うろ覚えで申し訳ないが、その本を探していた」
まだ見つかっていない、と国王様はため息混じりに囁いた。
「私も探させてください」
私の申し出に国王はどこからか手袋を取り出して私に預けた。
「ここの本は古い。傷む。だから手袋をして触るように」
黒い砂を片付けた将軍も手袋を渡されて本探しに加わった。
本を探しながら、私は国王様と将軍に不可視の国、もしくは見えない世界の住民について尋ねた。
わかったのは、両者とも同じ存在を指しているということだった。もっと雑な呼び方をするとそれらは悪魔と同類なのだという。
物質的な肉体を持たないが、感情や思考に入り込んで人の間に不和を生じさせることができる。そしてその時に起きた負の感情を糧に、さらに強く人を破滅に導く力を持つという。
「ようするに国家の敵だ」
と、国王様は片付けた。
ちなみに将軍がその悪魔たちを使役できるのは、将軍が邪悪だからではないらしい。逆で、悪魔を滅ぼすだけの力があるが故に、消されたくない悪魔が媚びへつらっているのだという。
「家系的な力だからサニーちゃんの立場に似ていると言えば似てはいる」
将軍は強い悪魔も消滅できるので、現時点で三十七体の不可視の国の住民を配下に置いているとのことだった。
書庫の窓から見える景色が、もう朝が近いことを告げていた。思えば、舞踏会の礼服のまま、踵の高い靴で走り過ぎたのか、体のあちこちが痛い。
指先の感覚が不確かだった。ふと、左手を見ると、エドガーがくれた指輪がいつのまにか薬指にはまっていた。
私はそれを見るなり、目に涙があふれ慌てて目を擦った。
「サニー・ポーター、あとは私たちに任せて少し休みなさい。あなたは十分よく働いている」
国王様に図書室の布張りの長椅子に私は座らされ、いつのまにかやわらかな毛布をかけられて眠ってしまった。
国王様の声がした気がする。
「軍師も罪作りな男だな」
「陛下もそう思います?」
「……まあ人並みにな」
Closed.
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