4話 最強の魔女

 私は瞑想を終え、魔法を声に出して使った。そうすることで私が見ているものをエドガーにも共有できる。

「国内の違法契約者の居場所を教えて」

 すると視界が暗転し、イディアナ国が大空からの視点で見える。違法契約者の居場所、そしてその顔まで見せてくれる魔法の親切さに感謝する。


「意外と王都に多いですね」


 エドガーの言葉に私も頷いた。次に多いのはこの国の貿易口である東の港のあたりだ。私はふと西のマーロウの方を見た。幸いなことにマーロウには違法契約者はいないようだった。安心するのも束の間、私は疑問に思う。


 なぜマーロウにいないんだろう?

 

 エドガーの、もういいですよ、という言葉に私は魔法を解除した。


 視界が暖炉のあるあたたかな部屋に戻る。隣でエドガーが赤いピンを地図に差し込んで印をつけていた。エドガーはピンを刺し終えると小さく首を傾げた。


「国内の違法契約者ですが、予想していたよりも少ない……」


 彼はその潤沢な白のまつ毛をまたたかせ考え込んだ。


「サニー、海賊の居場所も探知できたりしますか?」

「やってみます」


 私が言葉を転がすと、魔法はそれに応えた。視界が暗転し、イディアナ大陸を中心に海が現れ、北東の海の先に海賊の船はあった。


「なぜ弟がマーロウにいたのか気になりますね……サニー、今弟の居場所を探せますか?」


 私は、はい、と答えて止まった。


「弟さんの名前ってなんでしたっけ?」

 エドガーは目を伏せた。


「アーサー・ローデン・クリアアイズ、です」


 私がその名前を呟くと、魔法は私たちに大空を飛ぶ映像を見せ、海を渡り、先ほど見た海賊船の中に飛び込んだ。


 そこは玉座のように豪華な椅子があり、その椅子には体にピッタリと張り付くような赤いドレスの女性がいた。顔がとても華やかな人で、その眼差しはとても妖艶だ。

 玉座から伸びた鎖の先には、見覚えのある白銀の髪が見えた。首を鎖で繋がれているその男性は、鎖を引っ張られて顔を顰めた。


「海賊に囚われているのだろうか?」 


 エドガーは疑問に首を傾げる。

 しかしアーサーを見ていると鉄の首輪を自分で外したかと思えば、また自分で付けているのを私たちは目撃した。


「……自分で好んで繋がれているのなら、いいです。サニー、その船の中にイディアナ国民はいますか?」


 私は魔法にそっと問いかける。違法魔法に手を出した人たちが、なぜその道に走ったのか、憂う気持ちが出てきた。


 魔法が示すところによると、船にいる国民はエドガーの弟だけだと言っていい。その代わり、海賊たちがうようよしていた。


「これって、アーサーさえ救えれば、あとは海に沈めちゃって良いってことですか?」


 私の言葉にエドガーはぎょっとしたようだった。驚きの色が隠せていない。


「え、ええ……なんの前触れも無しに沈めるのは卑怯に思えますが、海賊ですし、例え今晩沈めても国王は咎めないかと」


 私は目の前に広がる海賊船の浮く海を指差した。


「エドガー、この映像の海の水、動かせます?」

「……ええ」

 海面に浮く船の横。水面から水の球体が浮き上がった。


 私は次の質問をした。

「エドガー、船ってここを壊されたら直らない部品とかあります?」


「……ええ、竜骨(キール)と言って、船の先から後ろの先までを通す、背骨のような部品です。ここを中心に船は構成されている」


「じゃあ、今からその竜骨を端から端まで粉砕するので、あなたの弟さんを守るなら守るで安全な場所に寄せてください。残りの海賊は捕まえるかどうにかしてください」


「え、ちょっと、サニー……」

「何か不都合でもあります?」


「いえ……ありませんが、海岸沿いの警備部隊に一声かけてからが良いかもしれません」


 時は夜。とっぷりと暮れていたけれど、私たちは魔法を駆使して次のことを行った。


 まず、北東の海岸沿いの警備兵達にエドガーの声を私の魔法で届けた。エドガーの真面目すぎる鋭い声を聴いた兵達は、戸惑いながらもその声の言う通りにし、時に叱咤されながらも海岸へと向かっていた。


 次に私は船の竜骨を粉砕した。船は数秒もしないうちに竜骨を中心に真っ二つに割れ、瓦礫と化しながら暗い海へと沈んでいく。その時赤いドレスの女性が銀色の杯を持っていたが、それは彼女の手を離れ、海へと落ちていった。

 私は良かれと思って風の圧力を海賊達に思い切りぶつけて気絶させた。海賊達の顔があざだらけなのはそういうわけだったりする。


 崩れた船を海の水が飲み込む瞬間、エドガーが水を動かし、海賊たちを分厚い氷の檻に閉じ込め、波を操り警備兵たちの待つ砂浜へと氷の檻を届けた。


 浜辺で待機していた警備兵達は慌てて海賊の入った檻を引き上げていた。


 エドガーと私はそれを確認すると一度、魔法を解除した。クリアアイズの家の暖炉の火が赤々と燃えている。


 私のきょとんとした顔を、エドガーも同じようにあっけに取られた顔で見ていた。


「サニー……さすが風の魔女、出来ることが凄まじい」


 彼の黒い瞳には光がゆらめいていた。私の両手を彼は自分の両手で包むようにして触れた。


「今まで海賊を殲滅できなかったのは、彼らが違法魔法による幻で姿を隠していたからでした。物理的に位置がわかって見えてしまうあなたの力は、私が軍に入ってから一度も完ついできなかったことを成し遂げてしまった……」


 エドガーは私の手の甲を親指で撫でる。


「どうか、私の隣にずっといてください。あなたに相応しい人間であるように心がけますから」


 私は軽く微笑んだ。


「……エドガー、正気ですか? 私は船を壊してみせたばかりです。何がそこまであなたを魅了しているのかわからない。私、なのか、力なのか」


 エドガーはゆっくり手を離した。そして落ち着払った態度で背をまっすぐにすると彼は珍しく破顔した。あのいつもの氷のような顔が、華やかな微笑みを浮かべている。

 彼は気恥ずかしそうに瞼を伏せた。


「あなたの全てが私を救っている……それだけです」


 私はその笑顔に一瞬見惚れたものの、こう呟いた。


「おおげさですよ」



 次の日、捕えられた海賊達が王都に氷の鎖に繋がれて運ばれてきた。彼らは宮廷の地下牢、魔封じの牢獄に移された。

 その中にはあの赤いドレスの女性もいて、彼女は独房に移された。どうも彼女が海賊たちをまとめていたらしい。


 ここは王宮の地下に当たる。

 地下への階段を降りていくごとに首の辺りに圧迫感を覚えるのは、ここが魔封じの領域だからかもしれない。


 独房の前で将軍がエドガーと私を振り向いた。

「国王も俺も今回の件は高評価だ。まあ、夜勤対応で馬を飛ばした兵士たちはくたくただろうが、結果よければ全て良し、だ」


 よくやったな、とユウマ将軍は安堵のため息をつく。


 現在、国内の違法契約者を各領土に配置されている兵士達が捕まえている最中だったりする。


「……あとは、俺が尋問するだけだな」


 ユウマ将軍が肩を回すと、独房にいる赤いドレスの女性は肩を抱えて震えていた。


「……俺の尋問は優しいことで有名だぞ?」


 と、将軍は意味ありげにエドガーを横目で見た。将軍の背後で青い鬼火が浮かび上がる。


「……俺は魔法使いじゃないから、この牢獄は苦じゃない。だがサニーちゃんと軍師にとって居心地の良い場所ではないだろ。ささ、二人で早く地上にあがれ。国王も待ってる」


「一人、顔を見ておきたい囚人がいるのでそれが終わったら国王に謁見します」


 エドガーはそう言うとそこから離れた場所にある独房を訪れた。


 独房の中にはエドガーと似通った姿の男が膝を抱えて座っていた。エドガーが檻越しに現れるなりその男は勢いよく立ち上がった。しかし鎖に繋がれて途中で行動を制限されている。


「エドガァア!」


 その人は獣が吠えるような声で私の師の名を口にした。エドガーはいつになく感情のない声で応じる。

「アーサー」

 名を呼ばれた男は視界の端に立っている私に気がついたようだった。彼は私とエドガーの立ち位置を見るなり何かを把握したようだった。


「こりゃ傑作だ! やっと夢に出てくる理想の女を諦めて、現実の女を選んだんだな?」


 エドガーは無表情を崩さない。そして軍服のポケットから銀の首飾りを取り出した。

「ミリアム・ホークスの遺体が握っていた。まさかお前が生きているとは思っていなかった」


 エドガーはそれだけ言うとネックレスをしまった。


「お前が契約時に差し出したのは倫理観だろう?」

 エドガーの詰問に相手は全く動じなかった。

「さすがだおにいちゃん、なんでもお見通しか? 俺をあの家に置き去りにしたくせに、今更俺に関心を示したって遅い」


 私は二人のやりとりを聞いて首を傾げる。どうもただの仲の良かった兄弟ではなさそうだ。


「ペリウィンクル、ペリウィンクル! それ以外興味のなかったお前が、今更俺に何の用だってんだ! どうせ俺は違法契約者だったから処刑される。それともお前のお情けで助けてもらえんのか?」

 アーサーはあははははと、けたたましく高笑いした。正気ではないのだ、この人は。


 エドガーは、行きましょう、と言って独房を後にした。


 地上に続く階段を登りながら、私はエドガーに問いかけた。


「アーサーが正気じゃないのは、倫理観を悪魔に捧げたからなんですか?」


「……いえ、おそらく正気じゃないのはもっと前からでしょうね。昔は本当に真面目すぎて優等生だったんですよ。私の方がずっとやんちゃでした」


 石の階段をこつこつと二人分の靴の裏が叩く。


「壊れちゃったんでしょうね」


 エドガーの、淡々とした声が妙に響いた。


「私の生まれた家について興味ありますか?」




 エドガーは私の頷きをみるなり、一瞬だけ目元をやわらげた。あとはずっと無表情だったけれど。


「私の父は大地の魔女であった祖母をとても尊敬していました。大地の魔女の力は人に恩恵を与える力。そこで自分の子供にも、そのような力があればいいと思ったのでしょうね」


 エドガーの父、フェリクス・クリアアイズは魔法を授かる方法をくまなく探したのだと言う。そして探しだせた全ての条件を満たした上で授かったのは双子の男の子だった。


「アーサーと私は、共に生まれてきただけでそれ以外は全て異なっていました。落ち着き払った優等生のアーサーと、いたずらばかりするやんちゃな私。両親にとって私は悩みの種だった」


 家族に魔法を授かるその日まで、エドガーの父親は楽観的だったのだ。魔法を授かり制御するのにどれだけ大変か、彼は知らなかった。しかもそれが手を焼いているエドガーを選んだものだから、父親の落胆は激しかったらしい。


「私たちの受けた先天性の魔法は、一人が保持している間に他の誰かが同じ魔法を使えるようになることは不可能。双子であればどちらか片方にしか魔法は受け継がれない」


 結果、エドガーが受けたのは水の魔法だった。絶えず流れる水の魔法は幼い子供が扱うには強すぎたのだとエドガーは嗤う。


 エドガーの両親は魔法を暴走させる子供にお手上げだった。そこでエドガーは、魔法を使える祖母の元へと馬車で送りつけられたのだった。


「結果として良かったのです。軍人気質でただただ厳しい父と、私たち双子の妊娠中に精神を病んだ母の間にいたら、私は魔法を暴走させてばかりだったでしょう。祖父母は私に寛容でしたから、私はそれで良かった。でも家に残されたアーサーは」


 エドガーは言葉を切った。


 その先をエドガーは言わない。

 一人家に残されたアーサーはどうしただろうか。優等生らしさを加速させた? それが苦しくなって失踪した? 


 それは、本人にしかわからない。


 エドガーはため息をついた。


「父は軍人でしたが、祖父ほどの功績は残しませんでした。ただただ厳しい大人になってしまったのは、それだけ辛いことを経験したのだろう、と私は勝手に想像して溜飲を下しています」


 話が終わる頃には、私たちは王の待つ謁見の間に続く二重扉の前にいた。その扉の取手に指先で触れたエドガーは何か言葉を言いかけた。


 私は聞き返したけれど、エドガーは首を振った。そして出し抜けに、こう、問うた。


「もし私が魔法を使えなくなったら、サニーはどうします?」


 私は次の言葉がするっと出たことに、自分でも驚いた。


「私があなたを護ります」


 その言葉にエドガーは瞼を伏せて、小さな声で、ありがとう、とつぶやいた。私も自分で言った言葉に全く嘘がないと思えたのは意外だった。




 謁見の間に入ると部屋の奥の玉座に座る国王が、背筋を正したのが見てとれた。


 国王は相変わらず黒の上下に何の装飾品もない出立ちだった。片手で眼鏡を外すとそれを手にしたまま、歩み寄る私たちにこう問いかけた。


「あなたたちを待っていた。力を持つということがどういうことか、よくわかったかな、サニー・ポーター?」


 私は玉座前の数段下に小走りで進んだ。私は胸の前で両手の指を組んだ。


「……畏れながら陛下、自分の力が私はおそろしく思います」


 国王が短く笑う空気の音がした。と思えば、ふふふ、と彼は静かに笑い続けた。音を吸い込むビロードの床が憎い。国王は気が済むまで笑うと、片手をあげて制した。


「……そう、それで良い。権力に能力。それらを持った者は皆、己を畏れなければいけない。その力で歪めるのは自分だけでなく世界をも変えてしまうということを」


 国王は視線を私からエドガーに移した。その瞳に宿っていたものをなんと形容したものだろうか?


「クリアアイズ軍師、私はあなたが羨ましい。あなたは心の重荷が取れたような晴れやかさをまとっている……まあいい」


 好奇心。それとも、喜び、だろうか……?


 国王は一度瞼を閉じ、数秒間そのままでいた。その後瞳を開くとこう切り出した。


「二つの決定事項を伝える。海賊の処刑は年内に終わるだろう。違法契約者たちの処刑は年明け後に行う」


 エドガーは微動だにせず黙していた。国王は続けた。


「あなたの弟についても同様に行う。異議はないか?」

「ええ、ありません、陛下」


 エドガーの迷いのない返答に私は内心胸が痛んだ。

 国王はひたとエドガーを見た。


「では、もうひとつ。慰労を兼ね年末に舞踏会をこの謁見の間にて開くことにした。尚、内向的なサニー・ポーターのためにこの舞踏会参加者は皆、仮面を着用するように手配する。二人とも参加するように」


 私は国王様のお顔を見たものの、なんと言えば良いのかわからず、隣のエドガーを見上げた。


 エドガーは私の視線に気づくと、目元を綻ばせ、宮廷式のお辞儀を国王に向けた。私もそれにならい、あっという間に背を向けて去る師の後を追う。


 振り返ると国王様は淡く微笑んでいた。その姿はまるで何かを慈しむ者のようだった。



 

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