2話 見つかりもの

 夜。私は幌馬車の荷台で揺られながら膝を抱えた。

 髪はディラティたちにより編み込まれ、さらにそれを隠すように帽子を被る。さらに厚手の生地であつらえられた冬の簡素な少年用の服を着ている。隣にいるエドガーも軍人らしからぬ農村にいそうな服装だった。

 荷台には木材から雑貨の詰め込まれた木箱が置かれていた。御者二人も一般人に扮した兵士たちだ。

 この馬車の前にも一台馬車が先を進んでいた。夜の間にマーロウへ行く行商人に端的に事情を話し、口止め料という前金を払って同行させてもらうことにしたのだ。

 これらは全てマーロウという片田舎で軍事行動を目立たないようにするため。

 私たちはそれぞれ毛布にくるまっていた。季節は冬。空気を吸うと肺の内側までひんやりとしている。

  

 エドガーはもう寝なさい、とは言っていた。けれど緊張のためか、馬車の揺れのためか眠れない。しかしふとした瞬間に瞼が閉じて。


 短な夢を見た。


 気がつけば朝焼けの光が幌の隙間から照らしていた。目を開いて、隣で毛布にくるまるエドガーの寝顔を見た。


 ……あれ、笑っていない。


 そんな感想を抱いたのも束の間、彼の瞼が開き目が合った。目元だけ微笑む彼に、私も同じように返す。


 それから先程目を閉じたときに見た、夢のようなものを思い出した。

 それは、豊かな黒の巻き毛にスミレ色の瞳の女性の夢だった。彼女はマーロウの森の入り口で品の良い黒のドレスに身を包んで立っていた。その姿は誰かを待ちぼうけているように見えた。

 私が彼女に歩み寄ると、彼女は喜んで声を上げた。


「私はジャスミン」


 その声を聞いて、私はこの声を知っていることに気がついた。


 馬車が停まった。御者代のほうの幌が捲られた。

「到着です」

 そう小声で告げたのはアルカンという軍人だった。以前エドガーの家に手紙を持ってきた、落ち着きのなかった人だ。


 エドガーは、毛布を手早く畳むと、私に合図してついてくるように言った。


 私たち四人が向かったのは、私の、ポーターの家だった。

 去った時と変わらない我が家。しかし横の畑の小麦は刈り取られ、農作物が綺麗に処理され畑の畝も雪に備えて平らにされていた。


 私が不思議そうに眺めているとロックスという軍人が、軍師の手配でマーロウへ出向いた部隊が畑の農作物を刈り取り、お金に変えポーター夫妻の新しい生活の資金にしたと、教えてくれた。


 エドガーは私の両親から借りた鍵を使い家の中に入る。


 玄関入ってすぐ右の部屋にダイニングテーブルがある。そこで私たちは持ってきたハムとチーズのサンドイッチを朝食にいただいた。


 食事を無言で食べ終えると、エドガーは部下たちに告げた。


「アルカン、ロックス。お前たちは違法魔法に耐性がある。突然連れ出してすまないが、本日遺体を回収する」


 二人の忠実な兵士たちは、ただ声を揃えて返事した。


 皆が食べ終え、マーロウの森に入った。この森をまっすぐ突き抜ければ海岸がある。


「エドガー、違法魔法って耐性がないとどうなるんです?」


「気が触れた人のようになります。……おそらくサニーの父君もその耐性のある方です。父君はお酒が飲めなかったり飲まない人ではありませんか?」


「え? ええ。両方です。なぜわかるんです?」


「以前母君と父君が婚約した時の話です。母君を取り合った男どもは十中八九酒場で酒を飲んでいた。そしてその中に違法契約者がいたんでしょうね」


「……それって思考の飛躍じゃないですか?」


「いえ、おそらくサニーの母君が魔法の血筋を持っていたと思われます。この魔法の血筋は違法契約者を避け、同時に契約者とそれによって気が触れた者を、引き寄せもする性質があるのです」


 ふと母を思い出して納得がいった。好き嫌いのはっきりとした人だったから。

 母のことを思い出して少し口角が緩む。    


 それ以降、私たちは黙々と森の中を進んだ。森の中央の一本道の途中で何ヶ所か脇道があり、私はいくつかの道を見るたびに思った。この道は夢でよく見るあの場所へと続いている、と。

 昔、クライド・バックワーズに追いかけられたことで、この森は私の庭。熟知していた。それを思うとあの嫌な思い出にも、良かったと感謝の念がわく。


 奥へ進めば進むほど森は深くなっていく。しかしある地点から海独特の香りが漂ってくる。その香りの湿度が高くなった頃には森の木々がまばらになっていた。


「ここですね」


 エドガーは崖の下を見た。岩礁が突き出ている。どうやって遺体を引き上げるのだろう。

 軍師はアルカンに背負わせた袋を受け取ると森の腐葉土に中身を広げた。それは厚手の毛布のようなものだった。


 「サニー、少し荒っぽいことをするので、私から離れていてください」


 私は森の内側に後退した。するとエドガーはなんのためらいもなく海に身一つで飛び込んだ。私は驚いて師の後を視線で追った。空中を落ちていく彼の足元を海の水が迎えに伸びてきた。水は足が着地したところから凍り、そのまま水面まで引いていく。

 軍師が海面に触れると同時に海面は急激に凹み、エドガーを中心に海底が見えるまで海水が引いた。


「かっこ良すぎる」


 とロックスが呟き、アルカンも目を輝かせて破顔していた。エドガーが手で合図するとアルカンが高らかに叫びながら崖から飛び降り、ロックスもそれに続いた。私はそれをはらはらしながら見守る。例えエドガーの魔法で無事に着地できたとしても、私には飛び降りる勇気はない。でも。


 まるで聖書の世界だ。


 海はエドガーの進む先に道を開けた。その後ろをアルカンとロックスが続く。

 崖の下からエドガーが私の名前を叫んだ。私が下を見るとエドガーの声が風に乗って聞こえる。


「彼女の場所がわかるように教えてくれませんか!」


 私は魔法に尋ねた。すると遺体はエドガーたちが進んだ場所より北の方角にあると風が囁くのが聞こえた。私は目で確認しながら魔法で声を飛ばした。


「もう少し北、そうそう、そっちです」


 エドガーは向きを変えて白い砂の上を歩行する。時折魚が砂の上を跳ねているのをアルカンが面白がってつまみ上げ、海水の壁に戻していた。


 エドガーは歩みを止めた。素手で海面に触れると水の中から遺体が吐き出される。


 赤とオレンジ色のドレスが、彼女の体にまとわりついていた。アルカンとロックスは砂の上に転がった体から鎖を退けはじめる。どうも鎖は結構な重さのようで時間がかかっていた。鎖に錠がついているのか、取れないようだった。


 エドガーが海に手を突っ込み引き抜くと、ガラスのように透明な斧が握られていた。それを振り下ろしエドガーは錠を見事に破壊する。


 氷で出来た斧が金属に勝つだなんて、一体どのような強度の氷なんだろうか。彼のできることはまるで神話のようだった。


 鎖が外れると、アルカンとロックスはそれぞれ遺体の肩と足を手で持ち上げた。それを確認するとエドガーはこちらを見上げた。今まで壁になっていた海水がたちまちエドガーたちをぐるりと包み、その水は持ち上がって私のいるところまで四人の体を運び込む。


 崖を上がった兵士たちはどこか愉快そうであり誇らしげだった。エドガーは別にどうとも思っていないようで、遺体を先ほど敷いておいた布の上に置くように指示する。


 濡れた亜麻色の髪の女性の表情は恐怖の色が残っていたが、ロックスがそのまぶたをそっと手で閉じると、ただ眠っているように見えた。


「サニーのおかげで探索が早く終わりました」

 エドガーが淡々と語ると残りの二人も頷いた。魔女殿の力はとても便利であります! と口々に言う。お役に立てたなら私も嬉しい。


 私たちは毛布に遺体を包もうとした。その時、私は彼女が何かを手に握りしめているのに気がついた。

 鎖が指の間からはみ出ている、と指摘するとエドガーは何の躊躇いもなく彼女の手を広げた。


 出てきたのは細い鎖につながれた不思議な形の銀の首飾りだった。エドガーはそれをしばらくじっと見ていた。どうしてか私はその時のエドガーの表情が忘れられない。何か信じられないものを見たような顔。


「どうかしましたか?」

「……いえ」


 私の質問にエドガーは瞬き言葉を濁した。彼はその首飾りを服の胸ポケットにしまい込むと、兵士たちに遺体を運ぶように指示する。


 兵士たちが遺体を運びだすと、エドガーは私に向きなおった。


「サニー、できればすぐにでも王都へ戻りたいのですが、まだこの森に用事がありますよね? できれば今、片付けられませんか?」

「どれくらいの時間がいただけますか? 私もここで何をすればいいのか把握できていないので」


 エドガーは顔には出さないものの、焦っているようだった。


「……日没には出発しましょう」

 しかし彼はすぐ、ああ、と呻いて狼狽えた。

「サニー。どうも頭が働いていない。魔法の使いすぎか、昨晩あまり寝ていなかったせいでしょうか。先ほどの遺体の記憶を見るのを忘れていました……!」

「ああ、それなら大丈夫です。ここは私の庭みたいなものですから」


 先へ行ってください、と言うとエドガーは終わったらすぐに戻ります! と叫びながら森の道を駆け出した。


 エドガーでも失敗するのだと思うと、気持ちが軽くなった。


 私は森の道を歩いて最寄りの脇道へ足を踏み入れる。この森は葉を落とす木とそうでない木がまばらに生えている。時折ふさふさとした尻尾が目立つ小型の齧歯類が、枝から枝へと飛び移る音がする。多分あれが森を豊かにしてくれているのだ、と取り止めのないことを考えた。

 足の下で腐葉土がどんどんと深みを増していく。今思えば私もこんな場所をよくドレスで走り回ったものだ。

 幼さとは恐ろしいほどに無邪気で、危険や恐怖など考えないのだ。それほどに世界は不思議に満ちていたのだから。

 私は歩をとめた。


 ここだ。


 夢で、何度も何度も見ていた場所だから、間違えようがない。苔蒸した岩のそばに私は立った。ここで私は独りで泣いていたのだ。


 夢は、私の涙がたどり着く場所にある、と言っていた。


 涙。


 ぽたぽたと重力に従って落ちた水滴。


 涙の行方なら、きっとこの腐葉土に吸い込まれて行ったに違いない……まさか。


 まさか何かが、ここに埋まっているということだろうか?


 私はすぐにそこを飛び退いて手袋を外した。手を眺め地面を交互に見る。私は覚えのない高圧感を感じ、気がつけば素手で地面を掘っていた。


 私は手で腐葉土を掘り続けた。泥が爪と指の間に詰まろうが、ミミズが出ようがお構いなしに。腐りかけた葉のざらっとした断面や小枝が時折手や指を引っ掻く。それでも掘る手を休めずに一心不乱で掘っていく。


 何かまずいことをしているような気もした。でもそれよりも何が埋まっているのか知りたい気持ちが強い。


 しばらくそれを続けていくと、穴はつま先から腰の深さになった。土の抵抗が急に変わる。粘土質。その粘土質の土に手を入れると、指先に、柔らかな感触があった。何かが埋まっている。私はその土を手で少しずつ剥がしていった。


 その下にあったのは。

 

 黒い巻き毛の女性の顔。夢に今朝でてきた女性だ。瞼を閉じたその目鼻口を一目見るなりどうしてだか、酷く懐かしい気持ちになる。


 ああ、そうだ。


 あの声は。私に魔法をくれた彼女の声だ。


 初代風の魔女……ジャスミン。


 エドガーが言っていた、魔法をおびた物質は朽ちることを知らないというのは、本当だったのだ……。


 ずっと……ずっとこのマーロウの森に埋まっていたのだ。見つけられる日をただ待って。


 私は彼女の周りを手でただひたすら掘り続けた。ここは私が泥をぶつけられた場所だ。あれからどれくらい経ったのだろう、時間の経過がどれぐらいなのかわからない。エドガーのいう日没までに間に合うだろうか。


 とりあえず彼女の全体を掘り起こしてわかったことがある。彼女は黒の礼服のようなドレスを着ていた。何世紀という年月を経ても朽ちない衣類に、魔法という不思議すぎる力に圧倒される。死因がわからない。つまり見ただけだと損傷はない。知りたかった。


 なぜ、こんな場所に埋められていたのかを。


 私が彼女の遺体を穴から起こすのに奮闘していると、エドガーが私の緑の粒子をたどって到着した。


 私の行動を眺めたエドガーは首を傾げた。


「サニー、それは埋めるんですか、それとも穴の外へ?」


 私は彼女の両脇に手を差し込んで穴から引き上げようとしていた。しかし彼女を支えきれず一緒に穴の中へと沈む。

「外に出してちゃんとお墓に入れてあげたいんです」


 ほう? とエドガーは呟き、手のひらを穴に向けた。次の瞬間穴の底から氷がもちあがり、その上にいた彼女と私は持ち上がった。私が退くとエドガーは迷わず彼女に思い切り水をかけた。


「ちょっと……! 何するんですか!」

「いえ、土で汚れがひどかったので」

 私は慌てた。

「かわかさないと……」

 

 私が初代風の魔女の頬に水で張り付いた巻き毛を払いのけていると、彼女の長いまつ毛が震え、瞼が、ゆっくりと、こちらを見返すように開いた。


 私はぞっとした。


 その紫色の瞳は、私を静かに眺めて瞬く。あまりに急な出来事に私は言葉がでない。私が何も言わないので彼女は呟いた。


「……から、体を、掘り起こしてくれて、ありがとう……」


 数世紀の間喋っていなかった声は掠れていた。


「まさか、この肉体に戻ってこられるとは思っていなかった」


 エドガーは身構えていた。片手を構えていつでも攻撃できる、と脅しているように見える。

 そんなのお構いなしに、彼女は自分の服を正すように引っ張った。服や肌、髪から水分が風で飛ぶ。


「サニー、この人、誰です?」

「初代風の魔女です……」

「そう、私は風の魔女、ジャスミン」

 私は慌てて彼女にたずねた。

「お身体、痛いところはないですか?」

「大丈夫。私の死因は毒だった。長い間眠っていた間に、毒が分解されて力を失ったみたいね」


 あはは、と彼女は明るく声を立てて笑った。


 カラッとした夏の、木陰のように爽やかで落ち着いた笑い方だった。その笑い方や声の落ち着き具合が、それまでの人生の複雑さを表しているように思える。

 ひとしきり笑うと彼女は視線を地面に落とした。

「まさか夫に毒を飲まされ、こんな場所に埋められるとは思っていなかったよ。これがあの人なりに考えた、あの時代の私の幸せ、か……」

 彼女の言葉から私は、想像力があらぬ方向へと飛びそうになるのを堪えた。

 彼女は一瞬無言で私を見た。その表情は何か言いたげだった。でも彼女はそれを飲み込んだようだった。代わりに目元を綻ばせて、じわりと柔らかな笑みが広がった。


「あなたは私の望みを叶えてくれたね」


 風の魔女はその美しい瞳を細めた。


「あなたの望みは……何かな?」

 

 私は疑問に思った。この人、私の望みを知っているのではなかっただろうか? それとも確認のために聞いているのだろうか。


「知りたいんです。どうすれば魔法の系譜を終えられるのか……」


 それが“エドガーの望み“だから。


 再び彼女はあはは、と笑った。


「心配しなくていいわ。あのね、幸せになれば魔法は持ち主の死と共に消えるのよ」


 それが、母の願いだったから、と彼女はぽつりと呟いた。

でも突然にっこり笑ってから


「と、信じてる」

と付け加えた。


「確定ではないのですか?」

「そうね。でもきっとそれであってるわよ。私はお母様が意地悪ではなかったと思うの。そう信じたい」


「え、待ってください。最初の魔法使いは女性だったんですか?」

「そうよ。父親がその時代の国王。母は第一后だった」


 最初の魔法使いは、てっきり白い髭のおじいさんを想像していた。


「魔法の系譜には私たちの個人の名前しか書いてないでしょ? 魔女狩りは王族が王族を滅ぼす物語だったの。姿を消してそっとしておいてほしい私たちとしては、どうしても王家の名前を記すわけにはいかなかった。それも諸刃の剣だったけれど、そういう事情があったの」


 エドガーは、そうだったのか、と呟いた。


「父は母の魔法に憧れ母に憧れた。でもどうしても自分がその力を持てないことを知り、母を裏切り……海賊の女を妃として受け入れる代わりに、手軽で下等な契約魔法に手を出した」


 それが全ての悪夢の始まり。


「待ってください。でも魔女狩りは一度終わってますよね?」

 私の質問に風の魔女は微笑んだ。

「それはそこにいる水の魔法使いのおばあさまが、若き日のお爺さまを救ったからよ。彼は彼女を心底愛し、国の中枢に影響力を持つまでの軍師になった。愛は世界を救うのね。彼女の土の魔法は大地を祝福し同時に呪った。海賊たちはイディアナの土を踏むことができなくなった」


 彼女亡き今は、もう魔法の効力はないけれど、と風の魔女はつぶやく。


「だから今、エドガー、あなたが妹と必死でこの国を守る必要がある」

「しかし妹君、ジェニファー様は私にあまり期待をしていないですよね」 

 エドガーは何故です? とジャスミンに問うた。ジャスミンはエドガーの方を目を細めて眺めた。


「妹は疲れている。記憶を見れる能力はあなたにだけでなく妹にとっても心を消耗させるのよ。それにこれ以上あなたに重すぎる負荷をかけたら」


 一拍置いて風の魔女は容赦なく言葉を叩きつけた。


「あなた、壊れるわよ」


 風の魔女はくるりと私の方へ踊って近寄ると、私の背後から私の両肩に触れた。


「そこで。最強の魔女、サニーの登場なの」


 ジャスミンの声は笑いを含んでいた。


「サニーは壊れながらも再生していく心の柔軟さを持っている……だからこそ死ぬ気で守りなさい」

 風の魔女の言葉にエドガーはムッとしたようだった。

「ええ、そのつもりです」

 しばらく二人は不穏な空気を挟んで睨み合っていた。


 あと二つお願い、とジャスミンは言った。

「エテル。それが母の名前。もう誰も呼ばない母の名前。覚えていて」

 もう一つは、と彼女は人差し指を立てた。

「私の体を棺に入れて地下室でもいいから保管していて。まだ埋めないで」

 それだけ言うと、彼女は顔の横で手をひらりと動かし、地に崩れた。

 私とエドガーは魔女の体を仰向けにした。魔女の顔は幸せそうな、まるで寝顔だった。

「迷惑な女ですね」

 エドガーの言葉に私はなんとも言えずにいた。私は念のため彼女の心臓が止まっているのを耳で確認する。安らかな寝顔のようなその顔に、彼女の幸せを思わずにはいられない。


 エドガーは魔女の身体を肩に担ぎ上げた。まるで荷物のように扱うので少し咎めると、エドガーはため息をついた。


「これが一番手っ取り早い」と、彼は素っ気ない。


「まだマーロウに用はありますか?」


 ないです、と私は首を振る。


 私たちは森の中を歩いた。

 エドガーの横顔を見上げるとわずかに険しい顔をしていた。私の視線に気づいた彼は、表情を和らげこのような話を始めた。

 

「……先程海から引き上げた遺体の記憶ですが、穴だらけでした。でも死ぬ前にマーロウの祭りを準備する風景が残っていました。崖から海に突き落とされる死の直前に、私によく似た人物の後ろ姿が見えました」

「どういうことです?」

「これです」

 エドガーは胸ポケットから首飾りを取り出して私に持たせた。

 歪な形をしたコインのような銀の首飾り。

 それからエドガーは自分の首元を探って、似たような首飾りを取り出した。

「この二つの首飾りは二つでひとつ。片方は私の……弟のものです」


Closed.

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