4話 突然すぎる訪問者3

 その間、私は暖炉の部屋で夕食を食べるようにディラティ言われた。理由を聞くと、ご主人様のご指示です、と言われた。お先にお召し上がりくださいとのことです、と言われ深皿に入った夕食が置かれた。今日の夕食は肉団子の入ったクリームスープだった。私が食べ終えるとディラティが、サニー様もっといかがですか、と聞いてきた。私は断った。侍女頭の表情から心配されているのもわかるし、私が普段どれだけの量を食べているのかも自覚している。それで、

「今、たくさん食べると、緊張で吐きそうなんです」

 と伝えるとディラティは私をさらに心配しだした。ソファに座る私の目の前にかがみ込むと、小さい子にするように私の顔を覗き込んだ。私の顔に視線を走らせると、彼女はその場を急いで去った。戻ってきたディラティが手にしていたのは、お盆に乗った湯気のたちのぼる硬く絞ったタオルだった。ディラティはそれを両の指先で摘みあげると広げ、湯気を数秒発散させると、手で触れて暑さを確認した。私に向き直ると、お顔にお乗せします。暖かいので気持ちが和らぎますよ、と言った。私は以前エドガーがここでしていたように顔を上に向けた。そこへディラティがタオルを乗せてくれた。

 

 タオルからじんわりと熱が顔中に広がっていく。

 

 なんて気持ちいいんだろう。

 

 そうこうしているうちにエドガーは清潔な香りを漂わせてこの部屋に現れたようだった。エドガーは私が顔にタオルを乗せ上を向いてるのを見てこう言った。

「サニー、気分はどうですか?」

「癒されています」

「私も風呂に入って気持ちが落ち着きました」

 私は顔からタオルを退けた。

「まさかあなたも怖くなったんですか?」

 緑のマフラーをきれいに巻いた男はええ、と肯定する。

 エドガーは侍女によって用意された深皿を目の前にしてしばし黙り込んだ。

 エドガーは口を開いた。

「あなたの、その、人の心を思い図る能力の高さを私は知っています。そして先ほどあなたが提示した、あなたと私が国王を初めて見た時の感情についてですが」

 

 怖いくらい、言い当てていると、思いました。


「エドガー? ちょっと待ってください。言い当てるって、あなたは始まりの魔法使いでもその子供達でもないんですよ?」

「ええ、それが問題なんです」

「私もあなたも国王に感じた感情が自分のものでないと突きつけられて、理由がわからないのに心底怖かった。あなたが言ったことが真実だとするなら、身に覚えのない感情は私たち個人の感情ではないということです。もっと言えば、私たちに力を与えた最初の魔法使いの子供達は彼らが家族としてバラバラになった原因である王とその子孫を憎悪していますし、今も私たちに力を与え私たちの体に宿りながら世界を見ているんです」

 

「え、それってもしかして、王に復讐するために、ですか?」

「まさか。もしそうなら魔法使いがその凄まじい魔法で国王を倒せば良かったんですよ。でも魔法使いはそれを選ばなかった。代わりに彼は力を子供達に贈り渡した。親から子への贈り物として」

 サニー、これを見てください。

 

 エドガーがソファに置いてあった一冊の本を取り上げた。見覚えのある本に私は首を傾げる。

「魔法の系譜、ですか」

「この不思議な本を創ることができたのは誰だと思います? 私たちの使える魔法って結局、自然界にある元素ですよね? 魔法が継承されると持ち主の名前が浮かび上がるこの本を作れるか。いや無理です。そんな緻密な技術じゃありません。じゃあ誰が作ったか」

「……父親である最初の魔法使い。彼は全ての魔法が使えたんでしたっけ」

 エドガーは頷くと本を開いて、本の見返しと扉をめくった。

「この本が最初に語っているのは、あの最初の魔法使いのお話です。魔法の系譜になぜこの話を載せたのか。目的もなしに力を継承した子孫の名前を載せた本なんて作ります? 魔法で何かを作れば朽ちないんですよ? 自分が仕えた王や同じ思想を受け継いだ王に見つかれば、この本は魔法使いの子孫が生きている証拠でしかないんですよ。じゃあ誰にこの本を見て欲しかったのか。系図を見るべき人物、つまり子孫に何かを伝えるための道具ではないかと」

 エドガーは開いたまま本を私に手渡した。私は手渡されたページに目を走らせる。

 

 最初の魔法使いのお話

 

 昔、王都に一人の偉大な魔法使いがいました。彼は全ての魔法を扱える人でした。彼は未来を見て、遠くない未来に王が自分を裏切ることを知りました。そこで彼は自分の四人の子供たちに贈り物をしました。一番上の娘には風の力を。二番目の娘には水の力を。三番目の娘には土の力を。そして末の息子には火の力を渡しました。魔法使いは、子供たちに魔法を譲り渡すと、彼らをこっそり王都から抜け出せるように計画を練り、それを実行したのです。

 

 魔法使いが子供たちに譲り渡したのは魔法の力だけではありませんでした。彼の記憶を、心を、それぞれの子供の性格に合わせて渡しました。一番上の娘は責任感が強く、彼女には自由を満喫する力を。二番目の娘はお喋りが得意でないので人に気持ちを伝える力を。三番目の娘は人を喜ばせる才能があったので贈り物を見つけ与える力を。そして末の息子は優しく正義感があったので人を守る力を贈りました。これらの力は親から子への贈り物でした。

 

「その話から何か読み取れますか?」

 エドガーはそう言うと食事を食べ始めた。

 

 未来を見て、子供が四人いる身で自分が裏切られるとわかったらどうするだろうか。子供達が生き伸びられる方法を模索するためにまた未来をできる限り見るだろう。


「エドガー、最初の魔法使いの未来予知って何年先まで見えたんでしょうか?」

「彼ができることで望むことならなんでもできただろうと国王の書庫にある記録にはありました」

 と言うことは、親という立場なら子供達が安全に幸せに暮らせるまでは、知りたいだろう。私の脳裏に、寝る間を惜しんででも未来を見ていた魔法使いの赤くなった瞳が思い浮かんだ。どこまで先の未来を彼は見ただろうか。

 

 エドガーは庭でこう言った。歴代の魔法の後継者たちが生きた記憶を探し求めて見たが、どれも悲惨だったと。悲惨だったのに目の前のエドガーまで続いたのは幸運だったとしか言えない。いやむしろ奇跡だ。

 

 魔法を授かる条件として最初の魔法使いの血が入っていることが前提だとエドガーは言っていた。つまり私にもエドガーにも最初の魔法使いの血が流れているのだ。世代を超えた遠い親戚なのだ。それが意味しているのは、王都を脱出した子供達が異性の相手と出会い今に至るまでその血を残した証拠がエドガーと私なのだ。

 

 私は本をテーブルに置いた。私はそこまで頭が良くはない。できるのは想像するくらいだ。できることなら、私を選んで魔法を与えた本人に直接聞きたい。ああ、伝えたいことがあるなら、ヒントでもください!

 

 そう願った途端に部屋の中にそよ風が吹いた。風は本のページをぱららら、とめくるとあるページでぴたりと止まった。私とエドガーは顔を見合わせた。私たちは立ち上がると、そのページを覗き込む。エドガーが後ろのソファに座るように促すので私たちは本を持ったまま座った。

「火の魔法使いの系譜……本当に最初に受けついだ子供のベンジャミンの名前しか書いてないですね」

 私はそのページをじっと見た。

 

 ベンジャミンという人物。この本の記述によれば、優しく正義感があり人を守る力を受けついだ人。騎士みたいな人を私は連想する。でも炎の力を渡す相手がいなかったのだとすると、独身だったのだろうか。いや、それでも他の兄弟の子供の中にだって最初の魔法使いの血は流れているのだ。

 

 そんなことを考えていると視線がそのページの名前の右下に向いた。目がおかしいのだろうか。私が違うところを見ようとしてもすぐそこに視線が戻ってくる。エドガーが私の様子がおかしいのに気がついた。

「サニー、落ち着いて、力を抜いて」

 師の言うとおりにすると視線は名前の右下にある黒い点を捉えた。

「この染みなんです?」

 私が点を指さすとエドガーが首を傾げる。

「染み、ですか? 私は終止符だと思ってました」

「そうですか?」

 私は首を傾げて他の系譜を見た。風の系譜は一番最後に私の名前があるがそこに終止符はない。系譜を遡ってみたけれどどの名前にも終止符らしき点はない。次に水の系譜を見てみた。一番最後にエドガー・アラン・クリアアイズと黒く美しい文字で書いてあるがどこにも終止符はない。

 

 次は地の系図を開いた。最初の魔法使いから順に名前を辿っていく。やっぱりどこにも黒い点は見当たらないように思えた。あの火の系譜にあった点はやはり染みだったのではと思い始めた時、最後の名前の右下にやはり点があった。エドガーがそこを見てこう言った。

「それ祖母の旧姓なんですよ」

 グレイス・エマ・リトルステップス。

 エドガーのおばあ様。マーロウの貸本屋に本を寄贈した人だ。そういえば地の魔女は最初の魔法使いの三番目の娘で彼女は人を喜ばせる才能があったので贈り物を見つけ与える力を受けついだと書いてあったっけ。

 

 私はエドガーにおばあ様のことを聞いてみた。

 

「そうですね、祖母は魔女でしたが軍人であった祖父にそれはとてもとても大事に愛されていて、いつも笑顔の幸せそうな女性でした」

 時代的には魔女狩りが収束した頃に二人は結婚したんですよ、とも。そして彼は、私もサニーに幸せになってほしいと思っています、と熱心に付け加えた。

「祖母が私に最後に残した言葉は、あなたも誰かを愛して幸せになりなさい、でした」

 祖母は、エドガーに魔法の使い方を教えてくれた人であり、彼が魔法の力を継いだときに一番喜んでくれた人だったらしい。次に彼の祖父が喜んだそうだ。エドガーは独り言のように喋っている。

 

 私はエドガーの祖母の名前を眺めた。

「おばあ様が亡くなった後、次の継承者はいなかったんですか?」

「私も気になって星を眺めて答えを探していたんですが、どうも分からなくて。実は占星術は私と同じ軍師であった祖父から教わった技術なんです。祖父に占星術、いいぞ、とすすめられたのがきっかけですが。未来が見えないのなら、と気になって過去を遡ってみたら基本的に亡くなったらすぐ次の人が選ばれているみたいでした」

 ということはマーロウの森で私があの声を聞いた時、どこかで誰かが息を引き取ったのだ。それを考えると少し背筋が寒かった。

「そこでサニーの魔法の出番です。声に出して、地の魔女の力を受けついだ人を見せろ、と尋ねてください」

 私はエドガーの顔を見た。彼も私の顔を見て

「なんでそんないやそうな顔をするんです?」

 と、聞いてくる。

「何も起きなかったらバカみたいじゃないですか」

 エドガーはそれを想像したみたいだった。

「そんなわけないですよ、私のためだと思って。ほら、頼みます」

 私の力ではできないことなんですから、とエドガーは懇願した。私はしょうがないなぁ、と思った。今だけの恥だ。私はどきどきしながらも願った。


「地の魔女の力を受け継いだ者の姿を見せなさい」


 すると眼前が真っ暗になった。そしてまた視界が戻ってきた。エドガーは唇を閉ざ

 してこちらを見た。それから、私にまで真っ暗なのが見えましたよ、サニーの魔法、強いですね、とだけ言った。つまり魔法は働いたのだ。でも何も見えなかった。

 質問が悪かったのだろうか。それとも地の魔女は本当にもういないのだろうか。じゃあ質問を変えてみよう。ものは試しだ。魔法よ、私の好奇心に応えなさい。

 

「炎の魔法使いの子孫で今地上に存在している者の顔を見せなさい」

 

 すると目の前が暗くなったかと思えば、暗闇にぽつりぽつりと灯るように人の顔がたくさん浮かび上がってきたのだ。みんな外見はばらばらで違うけれども幸せそうな顔をしていた。この気持ちはなんだろうか。胸の中にじんわりと鮮明な喜びが広がっていくのだ。そして焦燥感。もしかして、私の感情ではないのかもしれない。

 

 目の前の光景は消え、代わりによく知った暖炉の部屋があった。エドガーは呆気に取られたように口を開けて、脚を組んでソファに座っていた。

「炎の魔法使いには子孫がいた。けれど彼の炎の魔法の系譜は続かなかった」

 とエドガーが結論づけた。

「みんな、幸せそうでしたね」

「……ええ。魔法の系譜が途絶えたから、でしょうか?」

 エドガーが考え込む。

 私は彼の名前を呼んだ。どうしたんです、と返ってくるが彼の関心が私に向けられていないのが自然とわかる。

「あなたの苦しみを想像すると魔法は私たち人には身に余る力です。でも私があなたに会えたことを思うと、私は魔法にとても感謝しています」

 エドガーはその言葉に意識を私に向けたようだった。

「なんとなく聞きますが、あなたは私が何を考えているのかわかりますか」

 いいえ、と私は告げる。想像しかできませんよ、と。エドガーはやっと興味を持ったようだった。こちらを静かな眼差しでじっと、今まで以上に熱心に私を見た。私は想像したことを口にした。

「あなたは水の魔法を自分の代で終わらせたくてしょうがないんですね」

 ええ、そうです、と彼は静かに肯定した。

「私が魔法を授かった七歳の時、両親は私を祖父母に預けました。もともと精神的に不安定だった母と、母が大切だった父は、魔法が暴走してびしょびしょの私を馬車に投げ捨てるように放り込んで祖父母の家に送りつけたんです」

 想像しただけで可哀想な濡れねずみだ。小さい頃のエドガーの姿が想像できないのが辛い。

 

 エドガーは小さくため息をついた。

 自分の子供に、そして後の世代に私と同じような経験をさせたくないです、と彼はつぶやく。


 私も幸せになりたいです、と静かな声で彼は言った。私はエドガーの横に座って、少しでも元気になってほしいと思った。そこでちょっとおどけた調子で言ってみる。


「私が隣にいるのに幸せでないとおっしゃるんですね」


 エドガーの顔に珍しく人並みに笑顔が灯った。そして私の名前を柔らかな声で呼ぶ。


「ついにあなたも私と同じくらい頭がおかしくなったんですか」

 エドガーの言葉に私は思わず笑ってしまった。

「ご自分で頭がおかしいの自覚していたんですね」

 エドガーはええ、と応えた。

 

 私こう見えて、この国の優秀な軍師なんですよ、と彼はくすぐったそうに微笑んだ。

 

 Closed.

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