4話 突然すぎる訪問者2

「エドガー」

 はい、と柔らかな声が返ってくる。

「ダニエルと名乗る男性からあなたに、悪かった、と言伝を預かりました」

 ダニエル? とエドガーは首を傾げた。どんな見た目の人です? と彼は聞いてくる。

「肩まで伸ばした黒の髪に、深緑色の瞳で雰囲気が捕食者みたいな人です」

 エドガーはさらに首を傾げた。

「身長は?」

「あなたと同じくらいで、体格はあなたより細めでした」

 誰だろう、とエドガーは考え込んでしまった。私はだんだんと自分が会話した相手が何者なのかわからなくなって怖くなった。

「知り合いじゃ、ないんですか? その人あなたのことをよく知っていましたよ?」

 エドガーの周りの空気がひやっとした。

「サニー、私がいない間、その男とおしゃべりでもしていたんですか?」

「……ええ」

 エドガーが無表情で私の額に手を伸ばしかけてやめた。指先が泥だらけなのに自分で気がついたようだった。今この人、私の記憶をこじ開けようとした。ひどい。

「会話の内容をおたずねしてもいいですか?」

「この前あなたに会ったと言っていました。そしてマフラーについてたくさん質問したと」

 ああ、とエドガーは納得したようだった。

「ダニエル」

 そう言うと彼は私に、その人眼鏡はかけていなかったんですね? と聞いてくる。私は、はい、と答えた。

「サニーが会ったのは国王ですよ。普段は厚みのある眼鏡をかけて髪を後ろで縛っているのでわかりませんでした。あいつ、ミドルネームが六つあって、その中でダニエルが気に入っているんです、平凡だから」

 エドガーは彼にしてはすごく楽しそうに言う。

 

 私はダニエルが最後に今度は穏便な方法で、と言っていたのを思い出した。つまり、ダニエルは手荒なことをしたと自覚して、いる?

 

 私はエドガーにあれを見てください、と空に薄く伸び始めた緑の雲を指差した。

「あれ、ダニエルが帰り際に打ち上げたんです」

 あれがなんなのかわかりますか、と聞く。エドガーはそれをしばらく見上げていた。だんだんと彼の表情が暗くなっていくのがわかった。

「国王が、我が国最強の部隊を使役してまで、あなたと二人だけで話す時間を作ったなんて……職権濫用ですか」

 その言葉で私も今日起きたことのつながりが見えた気がした。

 

 今朝風に乗って聞こえたひどく緊張した声は、おそらくエドガーを惹きつけておく計画の指揮を取った人のものだったのだ。


 私の想像でしかないが、エドガーはマフラーを取られたら取り返そうとするだろう。この家に来た軍人たちの反応から予測するに、エドガーは軍の中ではそこにいるだけで心身が引き締まるような上司、なのだ。そんな人の大切なものをとってまで惹きつけるとなったら、確かに必死にならざるを得ない。命を失ってでも、という表現はちょっと誇大表現のような気もするが、エドガーが私のことになるとちょっと頭がおかしくなるのは理解しているつもりだ。

 

 そしてその間に国王は自分の思うままに、私と時間をとって会話をしたのだ。エドガーを惹きつける計画をわざわざ考えてまで。


 ふと、今朝訪れた将軍も一枚噛んでいるのではないか、と思った。何が起こるかわかっていなければ、今日のことを忠告なんてできないのだから。

 

 国王がその玉座を離れ、わざわざ自分の足でここまで来たのだと思うと、奥深い話だと思う。


 エドガーが以前、その人のことを知りたいのなら直接本人に聞けと言ったのを思い出した。類は友を呼ぶのか、それとも親友だからこそ同じ思想を共有しているのか。

 

 この国の王もエドガーと同じでやはり変わっているのかもしれない。でも視点を少しずらして考えて見れば、国王が取った行動は妥当だとも思える。国王としては私というぽっと出の魔女が、自分の軍士を破滅させないか見極める必要があったのだと思う。そのために一番強い軍を使ったのだとしたら、なんだか納得できた。


 国のためだろうけれど、たった一人の人生のために全力で力を行使する王様。そう考えたら素敵な人だと私は思う。

 

 しかし私は国王の信頼を得られたのだろうか? それとも毒にも薬にもならないと思われたんだろうか……? いや、それは本人に聞かないとわからないか。今度機会があればその時に聞こう。

 

 私がそんなことを一人で考えていると横でエドガーが、瓶底眼鏡の魔王め、と呟いたのを聞いて思わず笑ってしまった。

 

 魔王。

 

 私は国王を最初に見た時のことを思い起こして納得した。確かにそんな雰囲気があるかもしれない。私の笑う顔を見てエドガーはため息をついた。

「みんなサニーに感謝するべきです。これで私が黒幕を見つけるためだけに軍人たちの記憶を暴く必要はなくなったのですから」

 私はエドガーを振り向くと、たんぽぽの綿毛のような髪から小枝や葉を取り除いていった。気の回る魔法使いの男は頭を下げてくれる。私はどうしてだか自分でもわからないけれど笑みを浮かべた。

「あまり同僚たちをいじめないでください。そのほうがあなたのためにもなりますよ」

 エドガーは小さく息を吐くと、あなたの頼みなら、と言ってくれた。

「ああ、そうだ」

 彼は頭を上げた。

「いろいろあって忘れていましたが、昨日のあの不思議な現象。見たらあなたと私の魔法が混ざり合っていたんです」

 私は首を傾げた。

「普通に考えてみれば普通の結果でした。私たちが呼吸している空気の中には湿気もあるんです。つまり風と水の力というのは性質として混ざりやすい。そして昨日の状況から考察するに、私たちの気持ちが一致したのが原因なんだろうなと」

 でもってあなたの魔力量が多いから、家中に影響を及ぼしたみたいです、と魔法使いの男は言った。

 エドガーが以前、魔法とは感情だと言ったのを思い出す。

「家の中、だけだと良いんですけどね」

 と彼は呟く。

 確かに私も人に自分の姿を見られたくはない。魔法が混ざり合うのも問題だけど、私の魔力量が多いのも問題なのだ。

「魔力量って変動しないんですか?」

 エドガーは私の疑問に簡単な話ですよ、と言った。

「使えば減ります」

「そうですか」

「そうです」

 私たちは横に並んでしばらく黙って前を向いていた。目の前を羽虫がよぎっていく。秋色に染まった庭は、どこか物悲しい雰囲気を醸し出している。

「エドガーはいつも記憶を見るときになんて思ってるんです?」

 エドガーは、そうですね、と言った。

「記憶を見せろ、ですかね」

 と抑揚のない声でいう。あれだ、棒読みってやつだ。感情がこもっているとはとてもじゃないが信じられない。今の台詞をエドガーが感情を込めて言っているのを見てみたかった。小説に出てくる魔法使いとどれくらい似通っているだろうかと期待しちゃった。


「そんなんで魔法が働くんですか?」

 私の質問に、エドガーは私に訝しげな視線を送ってきた。それどういう意味ですか、あなた散々私が魔法使うの見てるじゃないですか、とでも言いたげに。彼は目を細めて私の顔を見た。そしてああ、そうか、と理解したようだった。

「以前も言ったと思いますが、感情を込めて今と同じことを言ったら、普段よりも威力が強くなってしまうんですよ。心で思うよりも口から飛び出た言葉の方が強いから」

 なるほど、と私は納得する。論理的なファンタジーだ。




「なぜ……私の魔力は量が多いのでしょう?」

 私が恐る恐る聞くと彼は顔を上げた。

「前に、魔法使いの子供達が力を譲渡する相手を選ぶという話をしましたよね?」

 ええ、と私は頷いた。

「力の量は、彼らの力を譲渡する相手への期待に比例するのではないかと、私は予測しています」     

 でも何に対する期待なのか、全くわからなくて、とエドガーは苛立ったように頭を泥だらけの手で掻きむしった。

「一応、私なりに調べてはいるんです。私の魔法の記憶を遡ったり、魔女狩りのあった土地を訪れて水の記憶を調べたり、でも見えたのはどの魔法の継承者も悲惨な人生を歩んだ、と言うことです」

 魔法の記憶を遡る。そんなこともこの男はできるのか。

 泥だらけの両手に顔を埋めた銀髪の魔法使いは、指の間から目を覗かせて見開いていた。

 

 何その表情。すごい悩ましい魔法使いみたいで絵になる。いや、彼は実際に悩んでいる魔法使いだ。すごい、現実が物語りの世界だ。

 

 エドガーは私の表情に気がつくとこう言った。

「なぜ、今そんなきらきらした瞳で私のことを見ていたんです?」

「え……」

 私は言葉に詰まった。

 エドガーが真剣に悩んでいる姿が魅力的に見えたなんて言ったら、さすがにエドガーでも怒りそうな気がする。私が言えないでいるとエドガーは表情を柔らかにした。

「私の姿があなたの瞳に魅力的に映ったのなら、なんでもいいです」

「なんでわかったんです?! 心まで見えるようになったんですか?」

 エドガーはいいえ、と答えた。

「普通に考えただけです。目が輝き出したタイミング的に、悩み絶望している私の姿を見てあなたが何を考えそうか。まあ、私が話した内容に対してそこまで魅了されていないのは途中から感じてましたし」

 なんか複雑な気持ちだ。この人は私のことを視線を向けていなくとも、目の端できちんと捉えているのだ。それって記憶の魔法が使えるからなのか、常時注意力の必要な軍人だからなのか、星を見る人だからなのか。

「サニー、難しい顔しないで笑って。あなたは私の太陽なんです」

 それは私の名前をかけた冗談だろうか。実に面白い。私が、ははは、と笑うとエドガーはひどく安堵したようだった。

「今日は国王のせいで散々な日でした」

 ああ、そうだ。

「エドガー、どう言う経緯であの国王と親友になれたんです? 私の目には国王が飛び抜けて社交的な人にも、考えなしに強気に踏み入ってくるような人にも見えませんでした」

 私の質問に、今度は彼が言葉に詰まる番だった。

「……きっかけは、初対面である彼を、手加減無しに殴ったからです」

 意外過ぎる答えに私は驚きを隠せない。あの湖面のように落ち着いた王さまを殴ったとは、この人、何をやってるんだ!

「……あの顔を見た途端に心のうちに凄まじい怒りと憎しみと……命がかき消されそうな恐怖が湧き上がったんです。気がついたら渾身の力で彼の腹に、こう」

 彼は拳を突き上げる仕草をしてみせた。

 

 本気なのか! 男性であり軍人であるあなたがそれをしたら、相手は死ぬかもしれないんだぞ!

 私の反応を見たエドガーは何か勘違いしてます? と聞いてきた。

「まだ私と国王が小さい頃の話ですよ」

 なんだ、二人が小さい頃の話か、と私は少しだけ安心した。

 

 私は彼にもっと続きを話すように促した。

「幼かった現国王は、後ろに吹き飛ぶと、ただ驚いたような顔で私を見上げたんです。それでなんと言ったと思います?」

 あの王様ならなんと言っただろう? 普通に、痛い、何をするんだ、とか? いや、無難な反応しか思いつかない。私が答えに困っていると、エドガーは苦笑いを浮かべた。

「咳き込みながら、これが殴られる痛みか、やっとわかった。誰も教えてくれなかったんだ、ありがとう、って」

 確かに王族であるダニエルがいくら頼んだとしても、周りの人が彼を渾身の力で殴るなんてことはできなかっただろう。

 しかし王様になる人って、子供の頃から器の大きい人なんだろうか。それともやはりダニエルが変わった人なんだろうか。今ひとつ国王のことがわからない。

「その後私は今までにないくらい両親に叱られて、部屋で一週間反省しろと言われたのですが、殴られた本人がその日のうちに私の部屋にまで来て、退屈で死にそうだから話し相手になれ、と」

 そこから私たちの奇妙な友情は始まりました、と彼は締め括った。私は男の友情が理解できないのだと悟った。

「本当に初対面だったんですか? 他の似た誰かと間違えたんじゃなくて?」

 エドガーは首を振って否定した。

「国王のような子供はそうそういませんよ。あんな落ち着き払って静かにしていられる堂々とした子供」

 そうですか。

 私はダニエルを最初に見た時のことを振り返ってみた。

 

 あれ。

 

 そうだ、私は最初に嫌な予感がしたのだ。それからダニエルが近づくにつれて不安と恐怖を覚えたのだった。国王がまるで私を獲物のように見ていると感じて。でも逃げることも隠れることもできなかったのだ。

 

 ここに、共通点がある。

 

 エドガーと私は国王に初対面の相手に対して尋常ならぬ負の感情を抱いたのだ。でもエドガーも私も国王と話せばいいやつだと感じることができた。私とエドガーの共通点と言えば魔法を扱えることだ。魔法とは感情だ。厳密に言うと魔法とは、最初の魔法使いから子供達に受け渡された力なのだ。

 

 私は頭にある可能性が浮かび上がり、突然背筋がゾッとした。でも好奇心に抗えない。

「話は逸れますが、今の国王様は最初の魔法使いが仕えていた国王様の血統の持ち主ですか?」

 エドガーはええ、そうですよ。とだけ答え、サニーそろそろ暗くなってきたから家に入りましょうよ、と言った。

「エドガー。今、私、どんな顔してます?」

「そうですね、驚愕、いえ、青ざめてます?」

 大丈夫ですか? 風が寒かったかな、とエドガーは私の背を優しくさすった。でも私はその場で言葉を続けずにはいられなかった。

「エドガーも私も、初対面の国王を見て強い負の感情を抱きました。しかし国王と言葉を交わして関わればその気持ちが払拭された。あの気持ちはなんだったんだ、って思いません? もしかして、あの突然の強い感情は、私たち個人の感情でなく、始まりの魔法使いの子供達の感情だったのではないでしょうか」

 国王が、始まりの魔法使いが仕えた王の子孫だから、と私が結論づけるとエドガーの表情も変わった。この表情をなんと名づけるのか。散々怖いものを見てきたはずの軍師が、青ざめているとは思いたくない。

「そこまでは考えませんでした」

 エドガーは立ち上がると私を家の中へと引っ張っていった。暖炉の部屋に入ると火が付けられて、部屋の中は食べ物の良い香りがした。きっと夕飯の支度をしているのだろう。

 老齢の執事、アルバートが現れるとエドガーにお風呂の準備ができております、と言った。いや、今それどこじゃないんだ、とエドガーに言われ執事は、と言いますと? と聞いた。エドガーは自分の手を見るとやっぱり風呂に入る、と言って姿を消した。

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