第4話 魔法で火をつければいいのに

 図書室を出ると魔法使いは鍵をかけた。

 

「ところで何の本を熱心に読んでいたんです?」

 

 鍵を抜き取ると彼はこちらを向いた。私は笑われるのを覚悟でしぶしぶ答えた。

 

「……子供向けの本ですよ、女騎士の冒険物語。マーロウの貸本屋には続きがなかったんです」

 

「ああ、祖母が寄贈した本ですね。筋金入りの本嫌いだった私が夢中で読んだ本なら、きっと子供達も喜ぶだろうと各領地の貸本屋に寄贈したとか」

 それならこの軍人のおばあ様の思惑通りになったのかも知れない。あの児童書のおかげで私は読書が好きになったのだから。

 

「ではなぜあの本の続刊はなかったんでしょう?」

「祖母が亡くなったからですね」

「……すみません、聞いて」

「いえ、今祖母に感謝しているところです。同じ本を読んでいると、話が途切れた時に話の種になるなと」

 

 私も本を読む楽しみを味わえるようになれたことには感謝している。けれど、そのような発想はなかった。

 

 図書室の前でそのような会話をしていると背後でかすかな靴音がした。私たちが振り返るとそこには軍服を着た茶髪の男性が立っていた。彼は軍服魔法使いに向けて敬礼すると、私には腰を折って軽くお辞儀した。


「クリアアイズ軍師」

 

「どうしたアルカン」

 

 軍人魔法使いの声は氷のように冷たく鋭かった。表情はいつも通りだが、威圧的な雰囲気を纏っている気がしなくもない。茶髪の軍人も同じことを感じているのか、早くこの場を去りたい様子だった。

 

「急ぎではない、と言われたのですが」

 

 アルカンと呼ばれた軍人は封筒を軍服魔法使いに渡すと、不躾なくらいちらちらとこちらを見ていた。落ち着きのない軍人だと、私でも思う。魔法使いは手で封筒をざっくりと開くと、中身に目を通すなりグシャっと片手で握りつぶした。

 

「アルカン」

 

 軍服の魔法使いはいくらか柔らかな声で呼びかけた。アルカンは直立不動の姿勢で上司の次の命令を待った。

 

「急ぎでないのにすぐ持ってきてくれてありがとう。感謝する」

 

「はっ!」

 茶髪の軍人は敬礼をし、踵を返して、来た道を戻っていった。頬を涙で濡らしていたように見えたのは気のせいだろうか。軍人の上下関係はよくわからない。いや、他人の心はわからない。

 

 私たちはそのまま暖炉の部屋まで移動した。

「弟子を取ったので休暇を申請したのです。その返事でした」

 

 先ほど自分で握りつぶした手紙を、彼が自分で広げている姿を横目で見る。なぜ握りつぶしたんだろう?

 

「そうですか」

 とだけ私は返した。

 

「一週間の休暇をいただけました。上出来です」

「そんなに休暇をいただけるものなんですか?」

 魔法使いは肩をすくめた。

「一応どれくらいの休暇をもらえるかわからなかったので、次の半年分は見通して計画を練り報告書にはあげておいたんです。占星術は必ず当たるものではないので」

「でも私が魔女になるのは的確に予測できたんですね」

「ええ、まあ。パターンと条件さえ掴めれば大体わかるんですよ。ただ、そのパターンを読み解くのが難解なだけです」

 

 どれくらい難しいのかと聞くと、ジャム瓶の中に入れた塩の中から、一粒の白いお砂糖を見つけ出すくらいなものです、と軽く言われた。

 

 その答えに私はあっけに取られた。この国の占星術師はちょっとおかしいのかも知れない。そう思っていると魔法使いで占星術師の男は暖炉に先ほどの手紙を置くとマッチで着火した。炎が舐めるように手紙を喰らい燃え広がる。

 

「魔法で火をつけないんですね」

「ええ、私が使えるのは水を扱った魔法ですから」

 

 何そのファンタジーな話、是非もっと聞きたい。

 

 私の目の色が変わったのが伝わったらしい。相手は相変わらず表情に乏しいが、何か考えているだろうことがわかる。

 

「例えば……私は大気中にある水分を集めてそれを水、蒸気もしくは氷として性質を変換することができます。また水を動かすことや温度を操ることが可能なので、水を凍らせて水の上を歩くことも可能といえば可能です。服が濡れるので滅多にはしないですけどね。馬車の中で冷気を浴びせたのは今でも申し訳なく思っています。あれはこの二つを合わせた応用です」

 

 馬車の中で起きたあの一件は、空気中の水分を冷たくして動かしたということか。夏に重宝しそう。魔法使いの男はあとはそうですね、と考え込んだ。

 

「戦闘に関して言えば、水辺では一人でも無敵です。あまり得意ではありませんが、魚介類なら、洗脳して敵にけしかけるくらいはできます。あと人体や物体から水分を完全に抜き取ることも可能です。領域を限定すれば雨を一時間くらいなら降らせ、ます……よ」

 

 説明を続けていた魔法使いがふと視線をこちらに向けたかと思えば、言葉を止めて息を呑んだ。私は完全に彼の話に聞き入っていた。ただもっと彼の話を聞きたかった。話の続きを聞きたくて彼の名前を呼んだ。


「エドガーさん?」

 

 次の瞬間、彼は立ち上がると、すみません、と囁いて玄関扉から飛び出して行った。

 丁度帰ってきた父と母が、あたふたとしていた。父が私に聞いて来た。

 

「サニー、お前、何かエドガーさんに酷く酷いことでも言ったのか?」

「そうよ、あんな怒った? お顔、見たことないわ」

 

 母は怒った? と疑問気味に言った時、父の顔を見て確認していた。

 

「ありゃあ激怒している顔だったぞ。お前、私たち家族全員の恩人に何を言ったんだ?」

 

 激怒。あの冷静で無表情な顔を真っ赤にして怒りを露わにしていたと?

 

 私は、訳がわからなかった。

 

「エドガーさんの魔法についてお話をお伺いしていただけよ。そうしたら彼が突然黙って……出て行ったの」

 

 私の言葉を聞くと父と母は顔を見合わせた。母は、思案顔でこう言った。

「もしかすると魔法を使う人は口ずさんではいけない決まりでもあったのかしら?」

 私は首を振った。


「わからない」

 

 今度は父がいや違う、と言った。

「お前の聞く態度が悪かった可能性はないのか?」

 私は思い返してみたけれど頭を抱えた。


「わからない」

 

 母が私の腕を両手で掴んだ。

「サニー、あなた、急いでエドガーさんを追いかけて謝りに行きなさい!」

「そうだサニー、あの方はお前のことをとても大事にしていたんだぞ」

 私は両親に背中を押されるようにして玄関を飛び出した。

 

 夕暮れの街に飛び出たはいいものの、右を見ても左を見てもエドガーさんらしき姿はない。

あの紺色の軍服。白金髪。

鋭い眼差しと、冷たく張り詰めた空気をまとった人。

ほんの少し前まで確かにこのあたりにいたはずなのに。

どうして、家を出て行ったのだろう。


私は思わず、名を呼びかけそうになった。けれど、声にならない。

代わりに、心の中で強く願った。


ーーーー会いたい。

謝りたい。

和解したい。


切実な思いが胸いっぱいに広がった時だった。

ふいに、脳裏に映像が浮かんだ。

 

黄金色の草原

風に揺れるなだらかな斜面に、膝を抱えて座り込むひとりの青年。

綿毛のような銀髪が、風に揺れている。


それが誰なのか、考えるまでもなかった。

エドガー・クリアアイズ。

 

私は目を瞬き、立ち尽くした。

こんな風景、見たこともないのに……どうして、こんなにもありありと浮かぶのだろう。


----きっと、あそこに行かなきゃ。


そんな直感が、私を突き動かす。


どこだろう、あの場所は。

知りたい。とても、知りたい。


その瞬間、またひとつの映像が頭に浮かんだ。

まるで空から見下ろすような視界。

道なりに続く一本道の先に、見慣れた建物があった。


----クリアアイズの家の裏道だ。


思わず足が動いた。

私は急いで家へと引き返し、玄関を勢いよく開け放った。

  

 父と母が心配顔で私を出迎える。

「見つかったか?」

「謝ったの?」

 と父と母はそれぞれ一緒に言うものだから私はいっぺんに答えた。

「うん。でもまだ」

「「どっち?」」

 

 私は二人をほうって暖炉の部屋へと向かった。ガラス戸を開けると、閉めもせずにそのまま夕暮れの庭を奥へと進んだ。普段だったらきっと通りながら愛でただろう草花が今は邪魔でしょうがない。

「通してよ!」

 とイラついたら風が鋭く吹いて目の前の枯れたつる草がスパッと切れた。

「あら、ありがとう」

 私は誰にでもなく言うとそこを通り抜けた。すると傾斜が見えた。黄金色の草原にポツンと紺色の軍服と綿帽子のような髪が浮かび上がる。その姿を見るなり嬉しくなって私は駆け寄った。

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