第3話 贅沢な読書時間

 ふかふかの寝床で目が覚めた。目を開いた瞬間に今までの出来事が夢ではなかったと気づく。


 ジョンが腐葉土の中に倒れる瞬間が頭の中を駆け巡り、思わず顔を枕にうずめる。

 

 私は人を殺したのだ。


 私の魔法がジョンを殺めた。それを目撃したあの軍人魔法使いが、私に才があると言って家族ごと王都へ連れてきたのだ。

 カーテンをめくると、窓の外が予想以上に明るくて寝床から飛び起きた。慌てた勢いでつまずいて倒れてしまった。


 物音がしたせいだろう。

 扉を叩く音がし、失礼します、と使用人の女性が五人部屋へ入ってきた。

 おはようございます、と一人が言い、五人が揃ってお辞儀をするものだから、私は床の敷物の上で口を開けて彼女たちを見上げていた。


 侍女の一人が口を開いた。褐色の肌に黒髪を頭の上でまとめた彼女は、スミレ色の瞳にそばかすのある、朗らかな表情の素敵な人だった。とても落ち着いた女性だ。

 

「サニー様。エドガー様から無理せず休みなさい、との言伝です。ご希望でしたら朝食をここで召し上がることも可能ですが、いかがなさいますか?」

「……はい、ここでいただきます」

 すると四人の使用人たちが部屋を去った。残った一人は私と顔を合わせるとお辞儀をした。それは先ほど私にあの魔法使いからの言伝を伝えてくれた侍女だった。


「サニー様、ディラティと申しあげます。こちらへお座りください」

 そう言って彼女は部屋にあった椅子を指し示した。私が椅子にそっと座ると、ディラティは私の髪に櫛を入れ始めた。

「エドガー様からサニー様の部屋付きの侍女になるよう仰せつかっています。何なりとお申し付けください。またエドガー様はサニー様が読み書きが出来るか知りたいそうです」

 

「読むのは得意ですが、書くのは上手ではないです」

 

 ディラティは微笑んだようだった。

 

「そうなのですね。エドガー様が、サニー様の言葉がきれいなのを褒めていらっしゃいました。もしかすると本がお好きかも、と。後ほど図書室をご覧になりますか?」

 

 私の言葉がきれいと言えるほど話した記憶はないが、マーロウの出身にしては言葉がきれいという意味かもしれない。まあ、そんなことはどうでもいい。本は好き。

 

「はい。後ほど、お願いします」

 

 気がつけばディラティは私の髪をまとめ上げてくれていた。お礼を言えば光栄です、と品の良い笑顔が返ってきた。

 

 部屋の扉がコンコンと叩かれ、私の食事が運ばれてきた。お皿に乗った分厚い二枚のパンケーキ。その上にはきめ細かな生クリームと、様々な種類のベリーが乗っていた。

 黒髪を顎の高さで切りそろえた侍女がそれを運んできた。彼女はお皿を卓上に置くと、そこに黄金色の液体を注ぐ。


「どうぞお召し上がりください」

 

 それだけ言うと侍女はそっとお盆を抱えて身を引いた。

 私は恐る恐るフォークを握るといただくことにした。ふわふわの生地になめらかなクリームと甘い黄金の液体。


 なにこれ美味しい。

 

 朝食が終わり皿を運ぼうと席を立つと、また部屋の扉が叩かれディラティが、失礼します、ともう一人の侍女を連れて入室してきた。一人がお盆にお皿を乗せて退室すると、ディラティが腕に見覚えのある緑の生地を持っていた。


「サニー様のお召し物がきれいになりましたので、お返しいたします」


 緑の麻布のドレス。私はそれを受け取り、手によく馴染むその生地の柔らかさに気持ちが落ち着いた。何故か目から涙がこぼれだした。


 自分でも止められない量の涙に困惑していると、ディラティが柔らかな小さなタオルを差し出してくれた。礼を言って受け取り目元に当てる。間も無くして窓の向こうで雨が降り出した。その様子をディラティは


「サニー様がお泣きになるので、空も泣き出したようですよ」

 と、手を差し伸べて握ってくれた。暖かさが、救いだった。

 

 半刻くらいが経っただろうか。私は落ち着きを取り戻した。そう言えば、両親はどうしているだろう。

 ディラティに尋ねると、父と母は、王都で暮らすための手続きをひと足先にしていると言う。


 私の手続きはいつすれば良いのかと尋ねると、エドガー様がマーロウへ行く前に一通り済ませておかれたそうです、と返ってきた。魔法の訓練をするのに時間が必要なので、面倒ごとは先に片付けておいたとおっしゃられていました、とディラティは微笑む。


 そうだ、私はあの軍人魔術師の弟子になるためにここへ連れてこられたんだ。親は親の人生を歩む必要がある。私も、私の人生を生きるのだ。


 とは言えど、何ができるだろうか?




 その後、ディラティに連れられて図書室へ向かった。予想以上に大きい部屋で開いた口が塞がらない。部屋中の壁に本である。心が踊る。

 

「ここにある本はほとんどエドガー様がお読みになったものです。ご興味のあるものがあれば自由に読んで構わないとのことです」

 

 自分の読んだ書物を他人に見せるのはどこかこそばゆい。残念ながら私には共有できる、もしくはしたいと思える相手はマーロウではいなかった。もちろん本は高価なのもあり、村の小さな貸本屋で借りていたので手元には残らなかったけれど。


 本棚に並ぶ背表紙の文字に目を通していく。難しそうな本ばかりで、特に人の心や考え方に関する本が多い気がする。

 

 ディラティの声に振り向くと、彼女が部屋の隅の本棚の前で私を手招いていた。私は足音を立てずにそちらへ行った。その棚にある本の背表紙をいくつか見て、既視感を覚えた。

 

「これ……」

 私は思わず一冊を手に取った。

「エドガー様が幼い頃に熱心に読んだ本の棚です」

 

 ……知っている本、ばかりだ。あとマーロウでは続刊のなかったものもある。

 続きが気になっていたのもあり、私はその続刊を手に取った。確かこれは女の子が弟の代わりに騎士団に入団した話だったっけ。魔法と冒険のファンタジー。本を開くと懐かしさが胸いっぱいに広がった。

 

「どうぞおかけになってください」

 

 そう言われて私は勧められた席に座った。

 心が踊る。久しぶりに、懐かしい世界に触れる予感がした。気がつけば夢中になってページをめくって。ああ、この作者の文章の硬さと表現が私とても好きだったっけ。


 どれだけ時間が経ったのだろうか。家の手伝いや農作業をせずにこんなに一気に本を読めたのは、もしや初めてではないだろうか。私ってこんなに読書が好きだったのだ。

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