第2話 魔女の腕を出て2

 窓から壁に囲まれた大きな街が見えてきた。横にあるのは湖だろうか。水辺が見える。その奥にマーロウにある森より大きな森が広がっていた。


 都内に馬車が進むと母は呆気に取られたように窓の外を見ていた。道は石畳で舗装され、建物の一つ一つをとっても芸術的な造りだ。父は何度か作物の出荷に来ていたので見慣れてはいるようだった。そう言う私も景色を眺めずにはいられない。

 

「今日明日と我が家でくつろいでください。明後日からはそれぞれ希望に合わせた生活をしていただくことになりますので」

 

 魔法使いの男は、それだけ言うとそれきり自分から口を開くことはなかった。父と母が二人で窓の外を眺めている間、私は窓のほうを向きながら横目で魔法使いの男を眺めた。


 魔女狩り。このイディアナ王国では私の四世代前くらいにはあった歴史的出来事だ。

 魔女はいた。しかし実際に魔女ではないのに魔女として殺された人の方が多かったという。

 魔女狩りが収まって久しいこの時代ではあるが、まだ魔女がいた時代を忘れられない人は意外と多いという。

 この男は、私が魔女だと言った。その力で私がジョンを殺したと。でもこの男はそれを伏せてジョンの葬儀を手配してくれた。そして私だけでなく、両親も一緒に王都へ連れてきてくれた。


 良いように捉えれば、きっと心細いであろう私のために気を効かせてくれたのだ。この魔術師の男はあの凍った表情の下でたくさんの考えを巡らせて、私たちにとって最良の選択を掴ませてくれたのかもしれない。

 

 ふと私の視線に軍人さんは気がついたようだった。相手の黒の瞳が一瞬揺れた。


 馬車が止まり彼はテキパキと扉を開け、私と母が降りるのに手を貸してくれた。父も慣れた様子で馬車から飛び降りる。そして荷物を荷台から下ろしている使用人らしき人の手伝いをしようとして、お客様ですので、と断られていた。

 

 マーロウでは見たこともないような大きさの建物を前に、私たち親子は無言で見上げた。玄関先にポーチがあり、さらにそこから階段がある。建物の幅は我が家が三軒入っても余裕があるくらいの大きさだ。建物の右側にはおそらく裏庭へと続く道が、おそらくハーブの、草深の中に舗装されていた。


 私たちは中に通され、淡々と指示を出す魔法使いの広い背中を見ていた。

 気がつけば私は使用人らしき女性陣に囲まれて風呂に入れられ、気がつけば緑のシンプルな型の絹を何層も重ねたドレスを着せられていた。あんなにたくさんのお湯に入ったのは初めてで、気分は茹でられた鶏肉のようだった。


 麻布のドレスが恋しい。私を撮り囲む女性陣の一人に私が着ていた服の行方を尋ねると、ただ今洗っております、お待ちください、と返ってくる。

 

 使用人たちに暖炉のある部屋に連れてこられた。まだ秋なので暖炉に火はなく、そこにいたのは魔法使いの軍人だけだった。


 彼はこちらに背を向けてソファに座りながら何やら書類に書き込んでいる。頭を動かす度に白金の髪が柔らかな動きで揺れるのが見ていて面白い。

  

「……あの、クリアアイズさん」

 

 彼の人は私の声が耳に触れるなりこちらを振り向いた。そしてため息まじりにこう言った。

 

「どうか、エドガーと呼んでください。私とあなたは対等なのだから」

「対等? 私より七つも年上で、国王軍の軍師であり、もしかすると私の師匠になるのに?」

 

 その言葉に相手はムッとしたようだった。相手は口を閉ざしているだけだが、なんとなくそんな気がする。もしや自分が対等と言えば対等になるとでも思っているのだろうか。

 

「あの、エドガーさん、気を悪くしないでください。私が勝手に使用人の方々に質問したんです」

 

 先ほど私の世話をしてくれた使用人の女性たちに色々と質問したのだ。すると彼女たちは控えめに、でも楽しげに教えてくれた。この街で流行っている甘いお菓子の話から、何が今話題になっているか。

 中でも彼女たちがよく話していたのは主人であるエドガー・クリアアイズの話だった。今年二十四歳になる彼は、まだ若いのに頭が切れる策士で、その知識量は並外れていること。あの爽やかでありながら隙のない外見がいかに素晴らしいかを力説するかと思えば、それ以上に性格の良さと思慮深さを彼女たちは讃えていた。つまり彼女たちの自慢の主なのだ。

 

 私がそんなことに考えを巡らせていると彼は隣へ座るように手招いた。私が隣に座ると、彼は大事なことですから言いますが、と静かに前置きした。

 

「誰かのことを正しく知りたければ、本人に直接聞くことをお勧めします」


 あまりに物静かで柔らかな物言いに、目前の表情の乏しい人物に、言葉にできない感情を私は抱いた。あえて言葉で言うなら、なんでこの人、軍人を続けられるんだろう、優しすぎないだろうか。

 

 何か優しい言葉を掛けたくて言葉が転げ落ちた。

 

「エドガーさん、辛いことがあったら私話聞きますよ」

 

 言われた当人は小首をかしげて、じゃあひとつ教えてください、と区切った。

 

「あなたをどう呼べばいいですか?」

 

 思い返してみれば、私は名乗った記憶がない。そういえば彼は最初からきちんと名乗っていた。だがこの流れで名前を聞かれるとは思っていなかった。

 

「サニーです」

「サニー、良い名前ですね。私の中では勝手に花の名前をイメージしていました」

「……どんな花です?」

 好奇心に勝てず、質問が口からこぼれた。エドガーさんは一拍あって、控えめな声でこう言った。


「ペリウィンクル、とか」

 その言葉が囁かれる時、一瞬彼が持っていた書類が歪む音がした。

 

「……改名しようかな」

 と冗談半分で呟くと

 

「いえ、サニーのままで」

 と真顔で断られた。

 

 会話が途絶え、彼は手元の書類に目を落とし、私は部屋の装飾を眺めていた。明るい灰色に塗られた壁が、外の光に照らされて心地よい明るさだった。ソファの横には開け放たれたガラス戸がある。外へ出られるようだ。

 

「あの、私の両親はどこですか?」

 

 物静かな雰囲気をまとったまま、彼は書類から顔を上げた。

 

「……庭を散歩していることかと」


 何を思ったのか、魔法使いは書類を机に置くと、小さい子にするように私と目線を合わせた。


 まただ。この黒い瞳は心の奥まで見ている、そんな錯覚を覚える。

 

「疲れたでしょう。昨晩はとても怖い思いもしましたし、今日は長旅でした。私の弟子になるという返事は、軍事目的とは言えど、自由に決めてもらって構いません。あなたの気持ちを考えずに無理やりここへ連れてきた自覚もあります。しかしそうせざるを得ない状況だったのを、いつか、理解してもらえたなら幸せです」

 

「……軍事目的なのに、私の一存で断っても良いのですか?」


 私の問いにエドガーさんは視線を泳がせた。


「……いえ、良くないです。これ以上無理強いしたくなくて、つい口からあべこべを」


 庭の方から母の話し声が聞こえた。どうも庭の散歩から戻ってきたようだった。

 

「とりあえず今日明日はよく休んでください」

 

 それだけ言うと軍人は書類を持ってどこかへ去った。入れ替わるように私の両親が入ってくる。そこへどこからともなく使用人たちがやってきてお辞儀した。

 

「ポーターご夫妻、サニー様、遅いお昼の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」

 

 私たちは案内されるがままにもてなされ、料理に舌鼓を打った。でも何を食べたか覚えていないのは、やはり疲れていたのかもしれない。食べ終わった頃にはひどい眠気に襲われた。使用人たちに腕を引かれ、重い足取りでどこかへ連れて行かれたのは何となく覚えている。女性のおやすみなさい、という柔らかな声を最後に記憶が途絶えた。

 

 Closed.

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