第35話「クン=ヤン・アンダーパス」

墳丘の隠しトンネルを途方もない距離下りる。

下り続けることで徐々に地球の表層を支配している物理法則が及ばなくなっていく。

そうすると、そこはもうクン=ヤンだ。

じっとりと冷ややかな空気がかすかに流れている。

シュブ・ニグラスも、その主の後藤も、モノを見るのに光は必要としないため、不便はないが、一切に光がない世界をひたすら進んでいく。

実はもし仮にいま二人がいる場所から直上に土を掘り進んでも地上に出ることはできない。

クン=ヤンは出入り口が地中にあるというだけで、地球とは次元が異なるのだ。

蠢動する大理石のトンネルをひたすら下り続ける。

とはいえ、二人は黒い仔山羊という全く山羊の形はしていない気の利いたイソギンチャクのバケモノの背中に乗って揺られているだけだが。

気が遠くなるほど揺られた結果、トンネルの先がほんのり青く輝いている。

シュブ・ニグラスは別に光は有っても無くても構わないのだが、この青い光が見えてきたことは素直に喜んでいるようだ。

青く輝く都ツァスだ。

青い輝きが見え始めた頃から、二頭の黒い仔山羊の周りを灰色の肌をした人間に近い何かが現れたり消えたりするようになった。

よく見ると貴金属や輝石で作られた装飾品を身に着け、全身にぼんやり光る入れ墨のようなものが見えている。

壁があるのか彼らには障壁にならないようで、壁を通ったり出たりしている。

トンネルを下りきると、青く輝く巨大な大空洞に出た。

大空洞にはたくさんの彼らが立ち並んでいた。

彼らは茶褐色からエメラルドグリーンに近い色まで多種多様な肌の色をしているが、共通して灰色がかった色だった。

髪は貴金属や鉱石でごてごてと飾り付けている。

その姿はネイティブアメリカンのアローヨ族を彷彿とするが、羽のような素材は少なかった。

一様に直立した姿勢で両手を上にあげ、顔も真上を見て唇を閉じている。

彼らはテレパシーを用いて会話を行うため、口はもっぱら食事や呼吸に使われる。

彼らはその姿勢で邪神を賛美し、礼拝しているのだ。

そして、今の礼拝対象はシュブ・ニグラスであった。

しかし、彼らの中心的崇拝対象はクトゥルフであり巨大な蛇の神であるイグだった。

クトゥルフの崇拝に関して彼らはそれを「トゥルー」という名で認識している。

テレパシーでしかほぼ会話が無いため音はあまりこの際関係ないのだが、クトゥルフを深きものと同様に認識しているかというと怪しく、この関係は「深きものはクトゥルフの右の顔面だけ見ていて、ツァスの民はその左の顔面しか見ていない」というような表現だとあえて述べておこう。

深きもの達の崇拝しているソレとはずいぶん印象の違う「偉大なトゥルー」を崇拝している。

また彼らにとってさらに重要な存在がイグだ。

クトゥルフと違ってイグはこのクン=ヤンに顕現している。

そしてこの太陽も見えなければ季節も無いクン=ヤンで暦の元となっているのがイグだ。

シュブ・ニグラスはイグと相対した記憶が無いので、その辺に見えないかと見まわしてみると、都の中心に高層建築のようなデカさでイグが座り込んでいるのが見えた。

イグがシュブ・ニグラスよりも格下であることは紛れもない事実だ。

しかし、イグは本格的にこの世界を守っているので、シュブ・ニグラスといえどクン=ヤンにおいてイグを軽んじることはない。

総理大臣が赤信号を守るのと似ているかもしれない。

シュブ・ニグラスは今は人間の姿をしているので、周りのツァスの民に倣って、両手を上に掲げて「イグ様はいつまでもご健康でクン=ヤンを守ってください」と心で念じておいた。

特に引き留められることもなく、一行はツァスの都を抜けていく。

都の中心に近づけば近づくほど、多種多様な異形の生物が増えていく。

それらの異形はこの世界の家畜であったり奴隷階級だ。

都の中心付近で蛇をかたどった宝飾品を身に着けている女性に声をかける。

「そこな蛇の神官、道を尋ねたい。」

急な質問にも丁寧に対応してもらえた。

無名都市の最寄りの地上出口をきいたのだ。

何の皮をなめしたのか分からない、謎の皮に簡単な地図まで書いて渡してくれた。

丁寧にお礼を言うと、比較的、早くにアラビア半島に出られそうな気がする。

「後藤さま、思ったよりすんなりと無名都市にたどり着けそうな気がします。」

後藤は何も返事せずに、身じろぎせずに真っすぐ前を向いて黒い仔山羊の背中に座っている。

シュブ・ニグラスは主から返答がないことにすっかり慣れ切っていた。

そんなことより、後藤がイグを敵だとみなして攻撃しなかったことに喜んでいた。

クン=ヤンの民も、イグも人間の敵には基本的にならないので、シュブ・ニグラスは後藤はクン=ヤンを平和的に抜けられるとヤマをはっていたのだ。

そのヤマ勘が見事に当たったのだから、喜びひとしおだ。

一行は教えてもらったトンネルを今度は上に向かって登り始めた。

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