第5話 聖女!!

 にわかには信じ難いが、今ボクが……


 目で――――

 手で――――

 全身で!


 感じ取った情報は、ボクが女の子になったという事実を示している。


「ハル……なんだよな?」


 恐る恐るといった様子で、セラが声をかけてくる。その声色には困惑、不安、心配……そして、一握りの期待。さまざまな感情が織り交ざっていた。


「セラ……どうしよう……ボク、女の子になっちゃった……」

「お、おおお、おちつけ! とりあえずこういうときは深呼吸だぞぉ〜。ヒッヒッフーヒッヒッフー!」

「ば、バカセラ! それは深呼吸じゃねぇ! し、ししし、深呼吸ってのはな、こうすんだよ! フシュー……フシュー……」

「それじゃ、吐いてるだけじゃないかぁ! ゴズも落ち着いたほうがいいぞ!」


 慌てふためくゴドリックとセラ。言っていることがめちゃくちゃで、彼ら自身もこの状況を整理しきれていないのがよくわかる。けれど、そのおかげでボクは少しだけ落ち着いた気がした。


「ハ、ハリオン……お前、一体どうしてこんな姿に……!」

「うちのハリオンが、女になってしまうなど……! こんな、こんなこと……!」


 そんな騒動の最中さなか、父上と母上が凍りついたように立ち尽くしているのに気がつく。父の目には怒りと絶望、母の表情には困惑と動揺がありありと浮かんでいた。


『あれが、ハリオン様!?』

『あの少女が、ハリオン様なのか?』

『ま、まさか……さっきまで立派なご令息だったではないか……!?』

『もしやスキルを得たことで体が……!? しかし、そんなこと、聞いたことが……』


 ふたりがボクに迫ろうとしたのをきっかけに、観衆が困惑や驚きの声を漏らし始める。


『名門ヘルムート家の跡取りが、女に……! ヘルムート家の未来が……!?』

『跡取りが女に変わってしまっては……家名の存続は……』

『これでは家の立場が危うくなるのでは……』

『マルクス様が激怒するのも無理はない……』


 誰もが口々に何かを言い募り、その視線はボクの変貌した姿に集中している。驚嘆、戸惑い、好奇心、そして一部には同情の色もあった。


「あ……っ、う……」


 あまりにも多くの視線に、思わず後ずさりしてしまう。みんなが望んでいたのはとしての僕がスキルを得ること。決してとしてのボクがスキルを得ることではない。


『見ろよ。あの姿……まるで天使のようじゃないか……』

『お人形さんみたい!』

『だが、姿が変わるなど異常だ』


――どよめきは次第に大きくなり、敬意と畏怖、そして疑念がない交ぜになった視線が、ひとつ残らずボクに突き刺さってくるのがわかる。


「み、見ないで……」


 気がつくと、そんな言葉がこぼれていた。ボクたち貴族は領民を導く者で、手本となるべき存在……なのに、今のボクはまるで平民以下に成り下がったかのようだ。その視線に耐えきれず、思わずうつむいてしまう。


『な、なんという体だ……あのハリオン様が、こんな……』

『さっきの光……神の啓示だったのでは……?』

『だとしたら、これは神の意志か……?』


 動揺と混乱がおさまる気配はなく、周囲のざわめきはさらに大きくなる。そしてそんな中、ついには誰かが言い放った。


『……もしやこれは呪いなのではないか!?』


 その一言に、場がいっとき静まり返る。そして次の瞬間、さらなる大きなざわめきが巻き起こった。


『呪いだって!?』

『呪い? まさか……』

『いや、しかし……呪いなら説明がつくぞ!』

『おぞましい……もしや、神の怒りに触れたのでは……?』

『呪いじゃあ! これは呪いじゃあ!!』


——視線が刺さる。痛いくらいに、重く。

——頭がくらくらする。足元がぐらつく。


「ハル……!」

「しっかりしろ! ハル!」


 セラとゴドリックの必死な声がかすかに聞こえる。だけど、耳鳴りがしていて、何を言っているのかはっきりしない。……怖い。このまま、取り返しのつかない事態になるのでは……。


「静粛に!!」


 そのとき――司教様の厳かな声が、大聖堂に響き渡った。一瞬で空気が引き締まる。


「これは呪いなどではありません。主の祝福です。くれぐれも誤解なきよう」

『し、しかし……体が……!?』

「ハリオン=ヘルムート様は、主の祝福を受け、使を授かったのです」

『使命? その使命とこの現象に、一体どのような関係が……?』

「主は大いなる使命を授ける際、しばしばその身に特別な変化をもたらすと伝えられております。そしてハリオン様の場合、性別という形でその変化が現れたのでしょう」


 司教様の言葉に、父も母も、セラやゴドリックですら、ただ呆然と聞き入っている。使命? 祝福? 司教様はいったい何を……。

 ボクはただ、成人して……スキルをもらって……それだけのはずだった。それなのに、どうして性別が変わるだなんて話になるのか。司教様が言う使も、まるで実感が湧かない。


「せ、性別が変わるなんて……その使は、一体どういうものなのですか……?」


 声を震わせながら司教様の前に一歩踏み出し、疑問を投げかける。すると司教様は、ふっと笑みを深めた。


「ふふ……よくぞ聞いてくださいました。ハリオン様。あなたの使命は、この貧困と争いに満ちた世界をすることです」

「きゅう……さい? それとボクが女の子になったのと、何の関係が……っ!」

「ハリオン様が女性になられたのは、救済のために主から賜ったスキルが関係しています」

「スキルが……? そのスキルって……?」

「ふふふっ! ハリオン様が賜ったのは、この世に蔓延る邪悪を浄化し、飢える民を救い、平和と愛をもたらす……慈愛を象徴するの力。その名は————」


 司教様の声が大聖堂の隅々まで響き渡る。その清らかで美しい声音は、まるで天使が奏でるように人々の心を優しく包み込み、そして同時に、これ以上なく厳かに響いた。


!」


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