第4話 ボク……女の子になってるぅぅぅぅ!?
「……あなたの名を、お聞かせいただけますか?」
低く澄んだ声が、大聖堂に響いた。
僕は思わず背筋を伸ばし、意識して静かに息を吐く。それから心を落ち着かせるように一言、名乗った。
「ハリオン=ヘルムート、です」
その瞬間、彼女の唇がうっすらと微笑む。それは慈愛を帯びているようにも見えたし、何かを見極めようとしているようにも見えた。
「……ハリオン=ヘルムート様。お初にお目にかかります。私はセレスティア。主よりこの地域を任せられている司教です。本日はどうぞよろしくお願いします」
ゆったりと衣の裾を揺らしながら、司教様は僕の前まで歩み寄る。その所作のひとつひとつがどこか気品と美しさを宿していて、僕は思わず息を呑んだ。
「ふふ、どうか緊張なさらずに……さあ、手を」
「あ……は、はいっ!」
司教様は柔らかく微笑み、そっと僕に手を差し出す。僕は一瞬戸惑いつつも、その指示に従い手のひらを差し出した。すると彼女は僕の手の甲に、自らの手のひらをそっと重ね、包み込むようにぎゅっと握りしめる。
その瞬間、胸の奥がかっと熱くなるのを感じた。心臓の音がうるさいほど響き渡り、息遣いまで荒くなる……初めての感覚だ。
「力を抜いて……そう。ゆっくりと深呼吸をして……」
司教様の心地良い声音に導かれ、僕は深く息を吐く。
スー……ハー……
スー……ハー……
すると不思議なことに、胸の高鳴りは収まって、呼吸も楽になってきた。
「そう……上手ですよ」
目を細めて柔らかく微笑む司教様。その表情は美しく、思わず見惚れそうになる。けれど……今は儀式の最中だ。僕はなんとか思い直し、姿勢を正して立つ。
「少し落ち着かれたみたいですね。では……行きましょうか」
「……はい」
僕は一歩、また一歩と前へ進む。光の結晶の輝きが視界いっぱいに広がり、頭上の燭台から揺れる温かな灯火が、まるで僕を包み込むように揺らめいていた。
静寂に包まれた祭壇の上。だが次の瞬間には――その静けさを破るように、幕の向こうから歓声が響き渡った。
『うぉぉぉぉぉぉおっっ!!』
『ハリオン様!! 成人おめでとうございます!!』
僕の姿が祭壇の上に現れると同時に、観衆の中からどよめきが起こる。あまりの歓声に、また心臓が早鐘を打ちそうになるけれど、その中から聞き慣れた声を見つけて、僕の心は落ち着きを取り戻した。
「ハルぅぅぅぅ!! 頑張れよぉぉお!」
――セラだ。彼女の誰にも負けないくらい元気な声が、他の声援をはねのけ、僕のもとまではっきりとした響きを持って届く。
「おいハル!! 俺たちが最高のスキルを手に入れたんだから、お前も頑張れよ!!」
――ゴドリックの声も、興奮を抑えきれないように響いていた。
それだけじゃない。
「ハリオン……どうか……」
母上の柔らかく、どこか祈るような調子が耳に届く。
「……ヘルムート家の誇りにふさわしい結果を示せ」
父上もこちらを見据えており、その声は静かな威厳を孕んでいた。
「みんな……」
ふと、胸の奥が熱くなる。こんなにも多くの人が、僕を――ハリオン=ヘルムートを祝福し、応援してくれているなんて……。
「ふふ、人気者ですね」
「あはは……そうですね。ありがたいことです」
歓声を浴びながらも、さらに前へと歩を進める。そして、ついに光の結晶の元へたどり着いたとき――ざわついていた観衆が徐々に静まり、代わりに神妙な沈黙が訪れる。
「ハリオン=ヘルムート。あなたの願いを捧げる時が来ました――」
司教様は僕の前に立ち、真っすぐ僕の顔を見据える。そして一言、祈りを捧げるように宣言した。
「これより、成人の儀を始めます」
「はい……」
「この
司教様の言葉が、大聖堂の静寂を一層際立たせる。彼女が手にしている
僕は指示に従い、その
「そのまま……目を離さないで……」
司教様はそう
「――っ」
眩しさに思わず目を細める。体の奥底からは温かい波動が湧き上がり、それが光の流れとなって全身を駆け巡っていくのを感じた。
「さぁ、目を閉じて……ともに祈りましょう」
司教様の穏やかな声は子守唄のようで、僕の瞳はゆっくり……けれど着実に、下りていく。やがて、瞼同士が穏やかに重なりあったとき、僕の視界は暗闇に沈んだ……はずだった。
けれど、実際には闇の代わりに、瞼の裏側には、まばゆいばかりの光が浮かんでいた――。まるで神秘的な光の粒が跳ね回り、脳裏を照らしているみたいだ。
『き、キミはどんな力を望むのかな?』
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。
「僕は……」
思わずそう呟く。けれど……それは声にはならなかった。ただ、自分の中にだけ響くように、ただ、その”光”に願うように……。音にはならずに溶けていった。
「僕は……誰かを救えるような、そんな力が欲しいです」
そう呟いた瞬間、瞼の裏側に広がる暗闇が、さらに一段と眩い光を孕んだ。体の芯が熱を帯びるかのように温かくなり、まるで大きな川が
「…………」
司教様が何か言っているのかもしれない。けれど、今の僕には何も聞こえない。世界が遠のき、光に満ちた静寂だけが内側を満たしていく。
『……救う力を望むの……?』
声はとても優しく、ほんの少し頼りなげに感じた。僕はそんな声に対して、心の中で必死に答えようとする。
「はい……」
一人を救えなかった、あの日の無力感。そこから始まった“救いたい”という想い。セラやゴドリックと切磋琢磨してきた日々、そして僕を信じてくれた両親。すべてが、今ここへ導いてくれた。
『……本当に、その力を扱える……?』
声はかすかに不安を含んだ響きを帯びる。だけど僕は胸を張って――もっとも、それは声にならない声だけれど――強く答える。
「扱ってみせます。僕は、もう二度とあんな後悔はしたくないから……」
すると、暗闇に差し込む光がさらに明るくなり、僕の意志を肯定するかのように輝きを増していった。
そして声は、静かに囁く。
『……わかった。なら、受け取って。きっと、その願いが多くの人を照らすはずだから……』
次の瞬間、全身がぽっと熱を帯びた光に包まれて、僕は思わず息を呑む。遠くで司教様の祈りの声が聞こえ、すべてが白く染まっていく――。
「……ハリオン様」
不意に、司教様の声が意識を表面へ引き戻した。まぶしさで閉じていた瞳をゆっくり開くと、杖の先端から一筋の光が僕の胸元へ流れ込んでいくところだった。
その光はまるで生きているかのように、僕の体へ吸い込まれていく。
「――あなたの祈りは、神へと届きました。どうか、この祝福を正しく活かすことを……」
刹那――――祭壇へ差し込む輝きがいっそう強まり、周囲から驚きと感嘆の声が上がった。
「うぉぉぉ……!?」
「なんだ……?」
「ハル!?」
「ハリオン様に、祝福が……!?」
光はますます力を増し、やがて僕の全身を包み込むように輝き始める。
「おお! なんと神々しい……!」
僕はただ呆然と立ち尽くして、その眩い光に身を預ける。体が温かい。まるで内側から光があふれてくるようだ……。
「……っ!?」
胸の奥から激しい鼓動が広がり、熱い血が体中を駆け巡る。周囲の光があまりに眩しすぎて、瞳を細めるほかない。
そうして光の輝きに身を任せていると、肩や腰のあたりに、これまでにない奇妙な違和感が走った。それはまるで、筋肉や骨格が形を変えていくような、不思議な感覚――。
筋肉は柔らかく、骨格はより丸みを帯びたしなやかなものへ……。手足はきゅっと細く引き締まり、美しいラインを描いて、可憐なものとなる。それに伴い、つま先が自然と内側を向いて、意識をせずとも内股になってしまった。
お尻のあたりはむっちりと肉づきつつも重力に逆らうように持ち上がり、対して腰回りは細くくびれて、大きな余裕が生まれていく。
そして、体全体が丸みを帯びたあたりから——
……とくん、 とくん、 とくん……
心臓の鼓動が高鳴り、胸のあたりがむず痒さを感じ始めた……。
徐々に徐々にと、柔らかいものが押しあがってくるような、不思議な感覚。 それを抑えるのは至難の業で、思わず胸を抱きしめるように腕を組み、懸命に膨らみを抑えようとする。
けれど、その隆起は止まるどころか勢いを増し、やがて腕の中から溢れ出すほどに大きくなった瞬間——
「ふあぁぁぁあああっ!!」
頭のてっぺんからつま先まで、今まで感じたことのない刺激が駆け巡った。悲鳴とも言えない高い声が喉を突き抜け、背中をのけ反らせる。その声は不思議な響きを含んでいて、確かに自分の声のはずなのに、小鳥の囀りのように高く澄んでおり、他人のもののようでもあった。
「んぁ……っ、な……なにこれぇ……!?」
そうして、僕がうろたえているうちにも、身体は"声”に呼応するかのようにさらにさらに変化を続け、僕をいっそう混乱させる。
肩や背、そして頭に今まで感じたことのない繊細な感触が広がり、髪の毛がさぁっと流れ落ちるように伸びていく。肌を優しくなでる長い髪の感触はまるで羽毛に包まれているようで、くすぐったくも心地良い。そのあまりの解放感に涙がにじみそうになるが、そんな微かな情緒すら、次の“衝撃”にあっという間にかき消されてしまう。
「はぅ……っ、あ……っ!」
思わずお腹を抱え込みたくなるほどの強烈な刺激。それは下腹部を貫き、全身の神経を逆撫でしてきた。あまりの衝撃に膝がかくりと折れ、その場にぺたりと座り込んでしまう。
「ひぁ……っ、んっ……!」
お腹の奥底から風船がじわりじわりと膨らんでくるように何かが湧き上がってくる————
そして、それと反比例する形で、内股のナニかがみるみる萎んで消えていく————
「は、ふぅ……」
熱い吐息とともに何かの膨張は止まり、ナニかは完全に身を潜めた。内股にはスースーと風が通るほどの開放感だけが残る。
そうしてようやく、全てが終わったと思ったのもつかの間。光は最後の仕上げとばかりに左目へ集中し、瞼を焼き付け始めた。
「ひぅ……っ!! あ、あつい……っ」
目を開けていられず、手で顔を覆うが、それでも瞼を焦がす熱は緩まない。まばゆさに耐え、痛みに耐え、どれほどの時間が経ったか――光はようやく少しずつ弱まっていった。
「……はぁ……はぁ……」
心臓を叩きつける鼓動と、浅い呼吸の残響が身体の内外を満たす。すべての変化が落ち着いた頃、ボクの体はスキルを得る前とはまるで別人と言えるほど様変わりしていた。
「おお! まさかこのような奇跡が起きるとは! 素晴らしい! これぞ神の御業!」
まず気づいたのは、“視線の低さ”だ。司教様の顔が、見上げなければいけないほど高い位置にある。つい先ほどまでは、少し目を上げれば視線が合ったはずなのに……。
「は、ハル……なのか?」
続いて気付いたのは、変わり果てたふたつの白く細い腕。少し力を入れたら折れてしまいそうなほど華奢で、拳を握っても小さな爪が見えるだけ。力強さなんてまるで感じない。
そっと指先に触れてみると、ふにふにとした柔らかさと吸いつくような潤いが伝わってきて、手のひらをかざすと桜色の小さな爪が“かわいらしい手”を彩っていた。
「お、お前……女に……」
下を見ると、小さいながらもしっかり存在しているふたつの“ふくらみ”が目に入る。こんな柔らかそうなものが、自分の体の一部だなんて……到底思えない。
しかも、指先で軽く押し込めば、ふにっとした感触が返ってきて、繊細な震えを伴う。そして、その中心で突き出ているピンク色の突起に気づいた瞬間、思わず目を逸らそうとするけれど――。
「ひぅ……っ!」
まるで小鳥がさえずるように高く澄んだ声が耳に届き、反射的に両手で口を押さえた。光の中で聞こえた声。あれは紛れもなくボクのものだったのだ。
「嘘……でしょう……」
さらに身体を確かめようと視線を巡らせると、後頭部に何かが揺れる感触を覚える。
「あ……っ」
不思議な感触に手を伸ばすと、自分の真っ白な髪の毛が腰のあたりまで伸びていた。絹糸のようにしなやかで、指の間をさらさらと滑り落ちるその感触は、今までに経験したことのない繊細さだった。
「お、お前……本当にハリオンなのか?」
見た目も声も変わってしまった。でも、まぎれもなく自分が“ハリオン”であるという自覚が確かにある。混乱が渦巻く中でひとつの仮説が芽生えるが、それを確証づける最後の手がかりは、まだ確かめていない“あの部分”だ。
僕は喉を鳴らし、高鳴る心臓をなだめながら、そっとそこに手を伸ばす――――
瞬間、未知の刺激に思わず身体が強張り、肩がびくりと震えた。再度そっと確かめるように指先を滑らせると——そこには、本来あるはずのものが全く無く、柔らかい“何か”が閉じられたように反応を返すだけだった。
「……そんな……」
半ば夢中で“ソレ”を探すように、さらに指を押し込んでみる。すると……
「あぅっ!」
ふにゅりと指先が沈み込み、脳天が痺れるような甘い刺激が背筋を駆け抜ける。反射的に高い声を上げ、慌てて手を離してしまった。心臓は鼓膜を突き破りそうなくらい高鳴り、身体が熱をもってじんじんする。
間違いない。今の感触は――。
「ボク……女の子になってるぅぅぅぅ!?」
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