第3話 最高のスキル
受付を済ませて大聖堂の中へ入ると、ひんやりとした空気が肌を包み込んだ。
高い天井とステンドグラスからこぼれる光が、どこか
「それでは順番が来るまで、こちらの待機室でお待ちください」
案内された先は、壁に沿って椅子が並ぶ控室のような場所。
既に何人かの少年少女が先に来ていて、神妙な面持ちで座っている。みんなそれぞれ緊張しているのだろう。ちらちらと周囲の“ライバル”らしき者を意識しているようにも見えた。
「ハル、ゴズ……なんだか、私、ドキドキしてきたぞぉ……」
セラが小さな声でつぶやき、静かに息を吐く。
彼女がこんなに自信のない姿を見せるのは珍しい。それだけスキルが特別で重要だということなのだろう。
「心配すんなって。セラの実力は俺が保証する。お前が最高のスキルを得ないなんて、天地がひっくり返ったってありえない」
「そ、そうか……? 本当にそう思うか?」
「当たり前だろ。な、ハル?」
「うん、もちろんだよ。きっと素晴らしいスキルになるはずだ」
ゴドリックに話を振られて、僕は力強く頷く。するとセラも、いつもの明るく元気な笑顔を取り戻して「ふたりとも、ありがとうな! よぉし!! 絶対最高のスキルを手に入れてみせるぞ!!」と両腕を天井に向かって突き上げ、拳にぎゅっと力を込めた。その目には強い決意と意志が宿っていて、不安や緊張はもちろんあるけれど……それ以上に楽しみで仕方がないといった表情だ。
「そうだ! 一番すごいスキルをもらったやつが、他のふたりから何か奢ってもらうってのはどうだ? うん、いい! 最高だ!」
「はんっ! いいのか? 俺は最高のスキルの中でも最高のスキルをもらうぜ? 後悔することになるぞ? な、ハル?」
ゴドリックは僕の肩に腕を回す。僕は思わず苦笑いを浮かべたけれど、セラが「それはこっちのセリフだ!」とゴドリックを指さして笑うものだから、僕もつられて笑ってしまう。
そうこうしているうちに、待機室の扉が開かれ、大聖堂の司祭が入室してきた。
「お待たせいたしました。これより成人の儀を執り行います」
いよいよだ…… 僕は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「それでは、まず――エミル=ドラトゥア様、前へ」
「は、はい!」
ひとり目として呼ばれたのは、セラと同じく平民の少女。エミルと呼ばれたその少女は、緊張のせいで顔が強張っている様子だったが、ゆっくりと前に進み出た。
「こちらへ……」
司祭はエミルの手を取ると、再び扉の奥へと消えていく。
僕たちは息を潜めて、その背中を見送った。
「いよいよ始まったなぁ……!」
セラはのどを鳴らして高揚した様子で言う。ゴドリックも少し緊張しているのか、胸に手を当てながら扉を見つめていた。
それからしばらく経ち……。
「では、次――アルス=リベルタ様、前へ」
「あ……は、はい!」
司祭が戻ってきて、また一人の少年を指名する。アルスと呼ばれた少年は、身なりから貴族なのは明らかだが、落ち着きがなく、どこか危なっかしさを感じさせる雰囲気だった。
「こちらへ……」
促されるままに、アルスも扉の奥に消えていく。
その後も、ひとり、またひとりと順番に呼ばれていき……。
「次――ゴドリック=アルデヴィン様、前へ」
「っ!! はい!」
ついにゴドリックの順番がきた。彼は勢いよく立ち上がり、司祭のもとへ駆け寄る。
その背中は今までに見たどの姿よりも大きく感じられ、僕は思わず息を呑んだ。
「ゴズ……頑張れよ!」
セラが小さくエールを送り、僕も心の中で健闘を祈る。するとゴドリックは、振り返らずに、小さくうなずいて答えてくれた。
「こちらへ……」
ゴドリックが扉の奥に消えていくのを見届けると……セラが僕の袖をくいくいと引っ張る。何かと思い、彼女の方を見ると不安げに揺れる瞳が、何か言いたげに僕の目を覗きあげていた。
「……なあハル、なんだかすごくドキドキするな。ゴズは大丈夫だろうか? 本当に最高のスキルを得られるのだろうか……?」
その瞳には先ほどの高揚とは別の揺らぎが宿っている。
ゴドリックへの期待が大きい分、もし思うような結果を得られなかったら……という不安が渦巻いているのだろう。
「ゴドリックなら平気だよ。あいつ、剣の腕もすごいけど、それ以上に“どんな障害も乗り越える気迫”があるじゃないか」
そう言ってセラの手をそっと握る。不安そうな彼女に、少しでも落ち着いてほしいという思いからだったが、セラは一瞬驚いた様子を見せ、それからすっと微笑んだ。
「……だよな。ゴズなら絶対大丈夫だ。ありがと、ハル。なんだか少し落ち着いた気がするぞ」
「うん。……僕たちは信じて待っていよう」
僕は優しく頷き返し、つないだ手に少しだけ力を込める。セラも小さく「うん」と頷き、ようやく表情から緊張が薄れていった。
しばらく静寂が続く。
待機室の扉は閉ざされたままで、外の様子は全くわからない。けれど、遠くから儀式の
ゴドリック……うまくいっているといいな。
そう思った矢先――。
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
突然、大聖堂の奥から爆発したような歓声が響き渡った。
「な、なんだ!?」
セラがびくっと肩を震わせ、僕も思わず身を乗り出す。その声に続き、扉の向こうから複数の声が重なった。
『剣聖だ!!』
『剣聖のスキルだ!!』
『アルデヴィンの跡取りが、伝説級のスキルを……!』
待機室の空気が一気にざわつく。ほかの少年少女たちは顔を見合わせ、驚きと
「ゴズ……やったんだな……!」
セラが大きな瞳をさらに見開き、希望に満ちた表情で扉を見つめる。その瞳はわずかに潤んでおり、今にも泣き出しそうだ。
「剣聖か……本当に最高の中の最高のスキルを得られたんだね……!」
僕の胸にも喜びと興奮が込み上げてくる。剣聖といえば国内でも数えるほどしかいない、極めて希少なスキルだ。ゴドリックほどの実力なら、手にしてもおかしくないとは思っていたが、本当に引き当てるなんて……。
「まだ拍手が聞こえる……。ゴドリック、本当にすごいな……」
まだ興奮冷めやらぬといった様子でざわつく待機室。その喧騒はしばらく続いたものの、やがて司祭の咳払いで静まり、再び厳粛な詠唱が流れ始めた。
そして『次――』という声とともに、ひとり、またひとりと呼ばれては扉の奥へ消えていく。
「次、セラフィーナ=グリーンフィールド様」
気がつけば、待機室にはセラと僕だけが残っていた。そしてそのセラも、たった今、名前を呼ばれたところだ。
名前を呼ばれたセラは、一瞬息を呑み、目を伏せる。嬉し涙も、いまは見えない。けれど、胸の奥で沸き立つ静かな決意だけは、確かに伝わってきた。
「セラ……行ってらっしゃい」
僕の言葉に、セラはこくりと頷く。ゴドリックが剣聖のスキルを得た今、焦りと期待が入り混じっているのだろう。それでも、彼女は自分の拳を強く握りしめ、決意をたたえた瞳で立ち上がった。
「……私も、最高のスキルをつかんでみせる。そしたら、もう……誰にも貶されないからな!」
声は少し震えている。それでも、その言葉にははっきりとした意思が宿っていた。先ほど母上に向けられた辛辣な言葉も、セラを奮い立たせる一因になっているのかもしれない。
「だから、ハルもぜっっったい、最高のスキルを手に入れてくれよな!」
「うん。セラもね」
セラは最後にいつもの笑顔を残し、司祭のもとへゆっくりと歩いていく。そして深く一礼し、扉の向こうへと消えた。
「……セラ、頑張れ」
扉が閉まると、いよいよ待機室には僕ひとりだけになった。さきほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、ゴドリックは剣聖、セラはまさに儀式の真っ最中――そんな光景を思い浮かべながら、僕はもう一度手のひらを見つめる。
誰かを救えるスキルが欲しい……ずっとそう願ってきたけれど、神様はどう判断するだろう……。
ささやかな祈りを込めるように拳を握りしめ、胸の鼓動に耳を傾ける。両親の期待、ゴドリックの活躍、セラの努力、そして僕自身の“救う力”への思い――いろいろな感情が交錯して、自分でも何を考えているのか混乱する。
「僕にも……きっと、時が来る」
ゆっくり息を吸い……吐く。すると、大聖堂の奥から再び熱狂的な歓声が上がった。
『大魔導士だ!』
『大魔導士のスキルだぞ!!』
『平民の子が、大魔導士のスキルを……!?』
『嘘だろ?』
『いやっっっっっっっっったぁぁぁぁぁあああ!!』
天井が揺れるほどの大きな叫び声。おそらくセラのものだろう。喜びと興奮、そして安堵がない交ぜになった声は、まるで歓声をかき消すかのように大聖堂中を震わせている。
「セラ……よかったね」
心底ほっとした僕は、小さく息を吐く。
大魔導士――それは“魔法”の分野で剣聖に匹敵するとされるほどの高位スキル。しかも平民には滅多に見られないと聞く。セラの努力がようやく報われたことが、胸に熱いものをこみ上げさせた。
「本当に良かった……」
扉を見つめながらそうつぶやき、自分の手のひらを胸に当てる。
「あとは……僕か」
待機室に残るのは僕ひとり。次に呼ばれるのは確実に僕だ。……僕も、ふたりのように最高のスキルを得られるのだろうか。
心臓の鼓動が早鐘を打つ。自分が何を望んでいるのか、これから何に挑もうとしているのか……頭で考えてもまとまらないまま、運命の時は訪れた。
「では、最後に――ハリオン=ヘルムート様、前へ」
「……はい」
扉が開き、司祭が退室を促す。
僕は迷いなく立ち上がり、扉へと歩き出した。足取りは重くも軽くもない。何を望み、何に挑もうとしているのか――頭では整理しきれないのに、体は自然と前へ進む。
「こちらへどうぞ」
司祭にうながされ、奥へと進むと、ひんやりとした空気が肌を包んだ。
あたりは薄暗く静まり返り、大聖堂全体が
果たして僕は、このままふたりと同じ道を歩めるのだろうか――。
そんな思いにふけっていると、大きな幕が視界をさえぎった。どうやら、この向こうが祭壇らしい。
僕は息を整え、そっと幕をくぐる。すると――――
「うっ————」
それまでの暗さが嘘のように神秘的な光が差し込んだ。その景色の変貌たるや、まるで別世界に足を踏み入れたかのよう。
見上げれば、天井は果てしなく高く、ステンドグラスから七色の
青みがかった銀髪が背中まで流れ、光の加減で淡い虹色を帯びて見える。その涼やかな表情は荘厳さを湛え、穏やかなまなざしからは慈愛が感じられた。
そして何より驚くべきは、その瞳。右目は地平線から顔を出す日の光を思わせる鮮やかな黄、左目はまばゆい光に包まれた夜空から降り注ぐ、星々の輝きを映し出したかのような薄い紫。左右異なる色彩が、透き通る肌と高貴な衣装も相まって、どこか超然とした雰囲気を醸し出している。
その神々しいまでの美しさと儚さの同居した不思議な光景に、思わず見惚れていると……彼女がゆっくりと僕の方を向き、視線が交わった。
「……あなたの名を、お聞かせいただけますか?」
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