第29話

病棟のスタッフステーションでテーブルに両肘をついて頭を抱えるように俯く倉沢。

それを藤森と病棟師長は頬杖をつきながら呆れた顔で見ている。


「それで連絡先を聞きそびれたってわけね」


病棟師長がため息をつく。


「終わったじゃんか」


藤森は冷たく言い放つ。

倉沢は頭を抱えて俯いたままボソボソと喋り出す。


「ありがとうって言われて嬉しくて、舞い上がってしまいました」


「だからって倉沢先生、次に繋げないと意味ないじゃない」


「尾崎さんには嫌われたくないんです」


「先生、看護師たちに散々嫌われてるのに?」


病棟師長が茶化すように笑う。


「はい、尾崎さんだけには絶対嫌われたくない」


藤森と病棟師長は顔を見合わせた。

ようやく顔を上げた倉沢は力なく立ち上がる。


「僕、お昼食べてないんで、これで帰ります。お疲れ様でした」


「倉沢先生が定時で上がるなんて珍しい。お疲れ様」


「やさぐれてんな。お疲れー」


藤森と病棟師長に見送られ、スタッフステーションを出ようとした時、小走りに戻って来た看護師が倉沢を見て声をかけた。


「あ、いたいた!倉沢先生にお客さん見えてますよ」


「僕帰るんで」


感じの悪い倉沢に藤森と病棟師長はやれやれとため息をつく。

明らかにイラっとしている看護師の後から“お客さん”が明るく手を振りながら現れる。


「おーい、倉沢ー!いるじゃーん!」


ハルは看護師に“感じ良く”「ありがとうございまーす!」とお礼を言う。

藤森が病棟師長に「あれが尾崎」と囁く。病棟師長は「あの子この間入院してたじゃない!嘘でしょ」と驚く。

しかし1番驚いているのは、倉沢だった。

スタッフステーションを出てハルと向き合う。


「倉沢、帰る?」


ハルがニコニコと訊ねるとスタッフステーションの中から藤森が声をかける。


「尾崎ー!元気かー!」


ハルはチラッと藤森を見て「うわ、藤森もいる」と呟いて無視した。

倉沢は我に返ったように、心配そうにハルに訊ねた。


「どうしたんですか?」


「ハッシーがさー、まだ小児科の先生たちと話しててさー、先帰っていいよって言われたからさ、リコちゃんとご飯行こうかなって思ったら今日は高杉さんとデートだからってフラれた。倉沢、ご飯食べ行こ」


あまりに突然で、流れるようなハルの話し方に倉沢の頭の中はフリーズした。

ハルは返事を待つ間、ナースステーションの中の藤森に声をかける。


「藤森も行くー?」


「俺今日当直ー」


「ざまあ」


「倉沢は昼飯食ってねえから連れてってやれ」


藤森の言葉にハルは心底驚いたように倉沢に視線を戻し、少し気まずそうに目を逸らす倉沢の手を引いた。


「ご飯食べよう、倉沢!」


ハルの笑顔に促されるように倉沢は「はい」と頷いた。

その様子を見ながら藤森と病棟師長は満足げに微笑む。


「当直だなんて嘘ばっかり。倉沢先生にはバレバレですよ」


「次の当直変わってもらお」

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