第30話

並んで階段を下りながらハルは倉沢に訊ねる。


「何食べたい?」


「まだいたなんて驚きました」


「でしょ。私ももっと早く帰れると思ってたから驚いてる。ていうか倉沢が結局お昼食べれなかったことに1番驚いた」


「ああ…急患が入ったり、予定外のことが起きただけです」


「もう…」


ハルが深くため息をつくと、倉沢は少し笑った。


「僕は大丈夫ですよ、慣れてるんで。小児科の時はもっと大変でした」


「それは仕事だからでしょ。今日みたいな理由でご飯をすっ飛ばしちゃダメ。あと看護師さんにあんな態度もしちゃダメ。感じ悪い。嫌われるよ」


「もう既に嫌われてるんで」


1階に着き、倉沢は時間外出入り口までハルを案内した。


「着替えてきます。ちょっと待っててもらっていいですか」


「はーい」


見えなくなるまで倉沢の後ろ姿を見送った後、ハルはなんだか懐かしい気分になった。

外に出て空気を吸い、伸びをして、大きく息を吐く。

夕暮れの空を見上げ、そのまま病院を見つめた。


「どうしたんですか?」


「お、びっくりした」


不意に声をかけられ振り向くと、倉沢が同じように病院を見上げている。


「そういえばここに入院してたなーと思って」


「そうですね」


倉沢はハルに視線を戻した。


「さっき倉沢の後ろ姿見てたらなんか懐かしくなった」


「なんでですか?」


「主治医だったから?」


ハルがニコニコしながら話すのを見て倉沢は微笑んだ。

2人は笑顔を交わし、歩き出す。

ハルが唐突に「中華食べたい!」言い出し、2人は中華料理店に入る。

注文を終えると、倉沢は頬杖をついてハルをまじまじと見つめた。

初めて向かい合って座ったハルは「なに?」と少し戸惑う。


「入院の時から尾崎さんは痩せすぎだなって思ってたんですけど、普通にめちゃくちゃ食べますね」


「はい、食べますよ」


「よかったです」


「なんで?」と笑うハルに倉沢は視線をテーブルに落としながら微笑んだ。

ハルは同じように頬杖をついて倉沢を見つめる。


「退院が決まった日、そうやって頬杖ついてつまんなそうにカルテ見てるの見かけた」


「え?そうなんですか?」


「一緒に水を買いに行ってくれた時、倉沢は奢らせてくれなかった。また今度って約束したから、今日は私の奢りね」


倉沢はハルを見つめ返す。


「“また今度”が来るとは思ってなかったけど」


ハルが伏せ目がちに微笑んだところで注文した料理が届いた。

気を取り直すように、ハルは今度は明るい笑顔を見せた。


「さあ食べよう!お昼抜きだったならきっと美味しいよ〜!」


倉沢はつられたように少し笑って、2人は食事を始めた。

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