愛憎む/人造怪異開発計画

 陰陽師というのは官職の一つ。

 暦といった時世的な知識、陽や月を含む天体への知識、そして神や怪異などの異質な存在に対する知識を統合し、仕える国家をより良いものにすることを役割としている。

 また、大和の国における奇怪な問題を解決するのも我々の業務だ。

 朱雀大路の通るこの都においては複数の機関が設けられており、私の宿舎も、奉常の家も、そういった施設のうちの一つだ。


 そして、呼び出された俺が向かった先も、同じく陰陽師の息がかかった屋敷だった。



「––––––来たな、“気違い陸郷”」


 蛇蔵武弦へびくらぶげん

 呪術を行使する技を磨き、怪異絡みの問題を手際よく解決していると噂の男。

 その外見を一言で表すとしたら、豪胆そうな大男、だな。

 背丈は六尺ほどで、肩幅も広く、腕も脚も筋肉が引き締まっている。

 相対したものを眼力だけで射抜くのではないかと思えるほどに強い目力も印象的だ。


 それだけでは頼れる無頼漢のように聞こえるかもしれないが、その実、俺はコイツのことがあまり得意ではない。むしろ苦手だ。嫌いだと言い切ってもいい。

 別段、俺のことを“気違い陸郷”呼ばわりすることが気に入らない訳でもないし、毎度毎度俺に喧嘩を吹っ掛けてくるような態度が嫌だという理由でもない。


 コイツの怪異に対する捉え方が、全くもって気に入らないんだ。

 異物は排除するべきだ、人間様に逆らっていい存在などいない、そんな傲慢かつ独り善がりな思考が透けて見えるようだ。

 加えて言うのであれば、この男からは陰陽師として国を良くしようという気概や信念すら感じられない。

 気色の悪いバケモノを殴るだけで法外な収益を得られる……そんな仕事のようにしか考えていないのではないかと思う程だ。

 だというのに、呪術への才覚はあるのだからタチが悪い。


「おいおいどうしたよ? まさか天下の陸郷さんがビビッてるだなんて言わねぇよな?」

「うるせぇな……さっさと要件を話してくれ」


 どうやら残念なことに、組織が手配した俺への対応係はコイツらしい。

 ちなみにだが、この男こそ過激派の筆頭格であり、俺のことを目の敵にしている一人なのだ。

 奉常によると“気違い陸郷”という侮蔑を過激派内部で流行らせたのもコイツだとか。

 本当に腹立たしい限りだ。まぁ、俺も大人なのでそんな感情を表に出すことはないのだけれど。


「…………露骨に嫌そうな顔してんじゃねぇよ」

「あ、出てた?」


 あらあら、顔に出てしまっていたようだ。大人なのに。

 まぁ実際のところ、お互いにお互いをよく思ってはいないのは火を見るよりも明らかだし、この豪胆な男ならそれほど気にはしないだろう。

 今はそんなことよりも、呼び出された内容に関して問いただすのが先だ。



「何なんだよ「俺を怪異にする実験」って。御上はそんな非人道的なことを許したってのか?」


 そもそもの話、妖怪とは妖しく怪しいモノであり、怪異とは妖しく異なるモノだ。

 我々人間が生きている正常から外れた存在、あるいは意図的に外れようとした存在。

 人というのは太古の昔から、自分が知っている当たり前から逸れたものを異常だとか不浄だとか考える生き物だ。

 陰陽師はそんな異常を避ける術を、不浄を祓い清める手段を求められる。


 だから、陰陽師である俺……つまりは人間を怪異にするための研究を、しかも人造の怪異を作るという話を、組織の上層部が承認しただなんて微塵も信じられないのだが。


「あぁ、元より怪異共への対抗策として、自由に遣える怪異が必要だって話はあったんだよ」

「陰陽師には式神があるだろ」


 式神とは、霊力あるいは呪力を注いだ物品のこと。

 術の使い手の技量に依存するものの、上手く操作できれば攻撃に追跡にと自由自在に使いこなせる。

 最も一般的なのは、人型に切り取った質の高い和紙を使用するもの。

 俺としてはそれを使うだけでも全く不自由を感じていないのだが、上はそうでもないらしい。


「目には目を、歯には歯を……毒には毒だ。怪異共をぶっ潰すには、怪異に任せたほうが楽だって寸法だな」

「上がそんな行き詰まった考え方するかよ。どうせ、お前らの入れ知恵なんだろ?」

「へっへっへ……まぁ、バレてるわなぁ」


 安倍家の現当主……より正確に言えば奉常の祖父を筆頭とした組織の上層部は、一方的な立場に偏らず公平なものの見方が出来る連中だ。

 先日俺がかくまった黒猫のような話のわかる怪異も、そもそも人間に危害を与えないどころか利益すら運んでくれる怪異だっているのだ。上はそういった存在もしっかり認識してくれているはずだからこそ、今回の案件を俺に投げるはずがない。


 やはり過激派の奴らは、どうしても俺を排斥したいらしい。

 わざとでは無くとも、俺のやっていることは彼らの面子を潰しているのと同義だ。

 怪異と戦闘するとなれば式神の消費量やら、周囲の建物への被害やら、負傷した際の薬の金額やら様々な出費がかさむことは想像に難くない。

 それでも民衆を守るべく暴力的解決を図ろうとしているのに、横やって来た俺がちょいと会話をするだけで終わらせて、おまけに民衆からも宮中からもある程度の称賛を受けているのだから、そりゃあ気にも食わなくなるだろう。

 無論、なんであれ俺のやり方を変えるつもりなど微塵も無いがな。


 要するに、今回の要件は過激派連中にとって邪魔な俺を黙らせる良策ということだろう。

 穏健派には、「研究を円滑に進めるためには、事件解決の実績が確かな陸郷を誂えるべきだ」とでも言えば文句も言わせ辛くなる。

 正直な話、組織の上層が穏健派ばかりという訳でもないし、怪異が居なければそもそも問題が起こらないと考えている人間が圧倒的に多いのは確かな事実だ。

 絶対に断れない訳ではないだろうけど、俺が断れば過激派はいちゃもんを付けまくるだろう。

 そうなれば奉常やらその周囲の人間に迷惑をかけてしまう。最悪の場合、穏健派の立場が揺らいでしまうキッカケにもなり兼ねない。


 我ながら、気付かぬ内に悪目立ちをしてしまったようだ。



「そんでよ、怪異化の実験内容だが……俺たちが普段扱うような浄化の術式。その逆をお前に施す」

「意図的に穢れを身体に注いで、留めておくわけか」

「上手くいかなきゃヤバめな呪物すら使う予定さ。でも、御上が目にかけるほどに霊力の質が良いアンタなら、きっと問題ないだろう」


 それはつまり、霊力を上手く扱える人間であるほど、穢れを外に出さず、なおかつより強い穢れを内部で育てることが出来るという話か。

 思えば陰陽道の長い歴史の中でも、あえて穢れを留めておくだなんて発想は無かったはずだ。

 邪魔者を消すために、遂には禁忌に手を出したというわけだ。笑えないな。


「んで、怪異にさえなっちまえばお前は怪異から怪しまれることなく近づける。近づければ寝首も掻ける。そうすれば––––––」

「––––––無駄な負傷をする陰陽師も減って、人間様は万々歳ってか」

「よくわかってるじゃねぇか」


 やかましい。本当は民衆の身の安全だなんて米の粒ほど考えていないだろうに。

 陰陽師の仕事を減らせば、お前らが飯を食うのに困ると知っているくせに……まだ何か良からぬ事を考えていそうで気掛かりだ。

 奉常に頼んで探ってもらえるとありがたいのだが……彼の場合は家の立場の方が大事だろうからな。

 それに、今回のことに巻き込んでしまえば、アイツだけではなくアイツの嫁さんや子供にまで皺寄せが来ちまう危険がある。



「––––––で、選択肢なんざ最初から無ぇが、どうするよ?」

「無ぇって言ってるじゃねぇか」

「まぁ怪異大好きな“気違い陸郷”のことだ。向こう側に行っても、よろしく出来るだろうぜ。へっへっへっ……」


 気色の悪い笑い方だ。

 こういう輩がいるから、俺は人間よりも怪異の方が好ましく見えてしまう。

 人間のように損得勘定ばかりで動かない。自らの性質に沿って真っすぐに今を生きているように俺には見えるんだ。

 そもそも、生きていると言えるのかはわからない。


 だが、昼間に撫でたハナビの頭は暖かかった。生物としての熱を感じた。

 アイツだって、会話を介することで矛を納めてくれたんだ。目の前の性悪男と比べてもまさに雲泥の差だろう。

 だから俺は、怪異と心を通わせることを優先するんだ。


「…………そうだな。怪異になれば、もっと怪異のことが知れるだろうな」

「……けっ! 本気にしてんじゃねえよ、気違い野郎」


 俺は無理やりに、自分の胸に沸いた恐怖心を塗り潰した。

 怪異をより深く知れるかもしれない、ハナビや他の怪異と会話が出来るようになるかもしれない……そういった前向きな好奇心で、不安な気持ちを紛らわせていく。


 実験に失敗したら、俺は二度と元には戻れないかもしれない。

 むしろ、過激派の連中は意気揚々と俺の命を捨てる方向へと舵を切るだろう。

 それでも今の俺に、この状況を切り抜けられるほどの案は無い。

 非常に……非常に悔しい限りではあるが、逃げるための方便が浮かんでこない。

 追い込まれたな。もはや此処までか。



「……それで、決行日は何時になる?」

「明後日の明朝だ。逃げ出すなよ」

「逃げれねぇの間違いだろ」


 それにしたって早すぎる。

 御上はもちろんのこと、ご近所さんへ挨拶しようと思っていたのだが……そんな時間は用意してくれないようだ。

 しょぼくれていると、薄汚い笑みを浮かべた武弦が口を開いた。


「お気に入りの女と、別れの交尾でもしてきたらどうだ?」

「…………黙ってろ」


 つくづく下衆な野郎だ。本当に気に入らない。

 ただ、彼女だけには明日中に挨拶をしておくべきだろう。


 最愛の相手––––––宇治元八恵うじもとやえの下へ。

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