第6話お兄ちゃんと一緒

隊列は自然と二派に分かれていた。煉と田中を中心に、微妙な緊張が漂う。


煉は派閥を作る気など毛頭なかった。千回の経験があれば単独クリアも可能だが、今回は九人の存在と細かな差異が気掛かりだ。


「この写真が鍵か……」


山口が青褪めた家族写真を手にした。赤ずきんが子羊のぬいぐるみを抱き、両親の顔が切り抜かれた状態。老婆の手が孫の肩に不自然に重なる。


橋本が眉をひそめる。「家庭内暴力の痕跡かしら」


田村が煉に視線を投げる。「君の見解は?」


煉は舌打ちしそうになるのを堪えた。千回聞かされた暗い物語――酔った父親が祖母を殺害し、狂った母親が復讐する話など、もう聞き飽きていた。


「老婆は孫を愛していた」


曖昧な返事に弾幕が騒然とする。


:核心を外した回答


:これがプロの見解?


:写真の分析より戦闘シーン見たい


煉は正志の頬に残る掌形を指さした。「芸術的だ」


「兄貴の美学は理解不能です」


赤ずきんが突然指差す。「お婆さんの家はあそこよ」


崩れた団地の4階に、蜘蛛の糸が付いたカーテンが揺れていた、左右に分かれた入口が選択を迫る。


「どちらから行く?」田村が問う。


「お母さんは『どっちでも』って」


田中が鎌を肩に乗せて介入する。「なら二手に分かれろ」


煉は淡々と頷く。「先に選べ」


二つの入口の違いは「逆さ吊りの女」の出現確率だ。千回の経験でも確率は読めない。


田中が一棟を選択。小林兄弟が迷いながらも後を追う。赤ずきんが煉の裾をつかむ。


「お兄ちゃんと一緒がいいわ」


煉の瞳孔が細くなる。赤ずきんが同行するということは――田中組には最終ボス戦が発生しない代わりに、「逆さ吊りの女」が待ち構えている。


「全員ここで待機」


正志が飛び出す。「ダメだよ!自殺行為だ!」


煉はハンマーの底蓋を開けながら嗤う。「心配するな。千回分の保険をかけてある」


「何が分かるって言うんだよ!俺もついて行く!」


正志が煉の袖を掴む。山口も涙声で訴える。


「煉さん……足手まといにならないから……」


橋本が無言で頬杖をつく。田村は沈黙を守った。


煉は正志の肩に手を置き、芝居がかった悲壮感を演出する。


「大学生なら勉強に専念しろ。命を賭けるゲームじゃない」


正志の目頭が赤くなる。「でも……」


「山口」煉が涙ぐむ少女を見る「こいつを指導してやれ。脳みそ空っぽだからな」


「はい……嗚咽……勉強します……」


煉の視線が橋本と田村を撫でる。大人同士の無言の了解が交わされた。


「行くぞ」


颯爽と背を向ける煉の後姿に、弾幕が感傷に包まれる。


:自己犠牲の精神……


:こんな時代に奇跡の人


:救援カード使えよ!


:鳴雀なら持ってるはず


その時、白塔正門で松岡が時計を睨んでいた。蘇海蓉が血の付いた救援カードを指先で回す。


松岡は隠れ蓑も被らず1089区に降り立った。赤と金の紋章が輝く専用機が滑走路に着陸すると、待ち構えていた記者団が殺到する。


「松岡副会長!新人獲得のために来られたのですか!」


「千咲煉へのシルバー契約は本当ですか!」


「救出カードを使用するおつもりは!?」


スーツの襟元を緩めながら、松岡は会長との通話を切った。蘇海と石川が背後で記者を遮る。


「鳴雀は有望な新人に対し、常に最大限の誠意を――」公式的な笑みが浮かぶ「千咲氏が生死戦を生き延びた場合、【銀契約フラス】を提示します」



【シルバープラス契約】!


記者団が騒然とする。鳴雀がさらに条件を引き上げたことに、白塔フォーラムや配信サイトが炎上した。


通常【シルバープラス】はギルド幹部候補にしか出されない超優遇契約。新人への提示は前代未聞だった。


突然、あるスレッドがシェアされた。《鳴雀が千里の恋:松岡副会長【シルバープラス】提示》


弾幕が沸騰する。


:保送副会長クラス!


:頭おかしいんじゃ?


:二槌の「シルバーって何?」が脳内再生される


煉は赤ずきんと共に四階へ駆け上がる。渡鴉の赤いレンズが軋みながら追跡する。配信画面には煉視点の観客が100万人を突破していた。


赤ずきんのマントが階段で翻る。煉がふと足を止め、一瞬だけ不敵な笑みを浮かべた。


煉視点から田中組の惨状へ切り替わる。天井から逆さ吊りの女が降り、小林弟の上半身が壁に叩きつけられる。血しぶきがカメラレンズを覆った。


一方煉は401号室前に立つ。


煉はカメラの存在を意識し、普段の荒っぽい作法を封印した。千回目まではドアを蹴破り「婆あぁ!地獄行きの切符持参したぞ!」と叫びながら突入していたが、今は紳士的にノックする。


「ご在宅でしょうか?」


しばらくして、かすれた老婆の声が響く。「どなたです?」


赤ずきんが爪先立ちになる。「お婆ちゃん!紅紅だよ!お母さんのお使い!」


鈍い足音が近づき、ドアチェーン越しに目玉が光る。暗紫色のスカーフを巻いた老婆が煉を警戒深く見上げ、赤ずきんを見ると顔を緩めた。


「まあまあ、可愛い子が」防犯ドアの鍵が外れる音。「すぐ開けますわ」


二重ロックが解除され、異様に整った室内が現れた。レースのカーテンが揺れる窓辺には干からびたひまわりが飾られていた。


「このお兄さんが護衛してくれたの!」赤ずきんが煉の袖を引く。


老婆の昏々とした目が煉を舐めるように見た。「優しい方ですね」


ドアが閉まる瞬間、奥の寝室から全く同じ声が響いた。「どなたかしら?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る