第2話俺がやる。ツキがあるから
「新人プレイヤー!」
煉の瞳が狼のように光った。ジャージの少女が恐怖で後ずさる。
「怖がるなよ」煉は苦笑いしながら手の平を見せる「ただ……生きてる人間を久しぶりに見ただけさ」
「…………」
煉は新顔たちの周りを蝶々のように舞い始めた。まるで迷い猫が飼い主の匂いを確かめるように、肩や袖に鼻先を近づける。
女性に対しては紳士的に距離を保ちつつ、目尻を下げてにやにやと眺めていた。20代前半のOL風の女性と、大学生らしきジャージの少年。社会人からフリーター風まで様々。
「お前……このダンジョンのNPCか?」
勇気ある質問に、煉の首が不自然な角度で捻じれる。突然、指先が集団の背後を刺す。
「あいつがな」
ザァッと潮が引くように人影が分かれた。赤いマントの少女が、いつの間にか立っていた。
白亜の顔に不自然な笑み。耳朶で揺れる三つ編み。999回聞いたあの台詞が、再び響く。
「初めましてのお兄さんお姉さんたち。隣の幸運団地に住む紅紅です。お婆さんの家まで……」
フード付きパーカーの青年が興味深げに近づく。その瞬間、漆黒の影が枯れ木の枝に舞い降りた。
ガラス玉のような鴉の目が不自然に回転。赤い光がチカリと灯り、微かな駆動音が煉の鼓膜を震わせた。
(監視カメラ……?)
「ライブ配信ですよ」
いつの間わりに煉の脇に立っていたジャージの少女が、左腕の黒いブレスレットを示す。液晶画面には《第1089区》の文字が浮かび、視聴者数が刻々と増加している。
「キッズ用スマートウォッチか」煉が呟くと、少女は呆れたようにため息をついた。
「プレイヤー用ブレスレットです。ステータス表示と配信機能が……あ、また赤ずきんが動き出しました」
少女の指先の先で、赤いマントが風に翻る。煉の背筋を映し出した。
「1089?数字がでかいってことは、俺たち最強ってことか」根拠のない自信に満ちた煉の言葉に、少女――ブレスレットに浮かんだ《山口・19歳・X大在学》のプロフィールが瞬いた。
山口が首を振るたび、耳朶のイヤホンが銀色に光る。「逆です。数字が大きい区ほど弱くて……1000番台は消滅危機にあるって」
「消滅?」
「文字通り、区ごと消えるんです」
煉は顎に手を当てた。「つまりデスゲームか」
ふと気付けば山口の目頭が赤くなっている。「今回のダンジョンが失敗したら、私の家族も……」その言葉より、煉の視線は画面左下を流れる弾幕(コメント)に釘付けだった。
:1089区終わってるw
:1000番台なんて廃墟同然だよ
:初ダンジョンがいきなり生死戦とか地獄すぎる
:この新人に『新人ガイド』投げてやれよ
『新人ガイド』とは白塔が配布する基本マニュアル。幼稚園児用のひらがな表並みに初歩的な内容だ。
枯れ枝の鴉がギイイと首を回し。赤いレンズが十人のプレイヤーを舐めるように映し出す。
煉は真剣な顔で山口を見た。「『新人ガイド』持ってる?」
「えっと……クリアしたら、どこの書店でも売ってますよ」
「ありがとう」
妙に礼儀正しい。
弾幕から情報をかき集める煉が首を傾げる。「区サーバー生死戦って?」
その言葉で山口の長い睫毛が震えた。「このダンジョンが失敗したら……外にいる人たちもデータのように消されるんです」涙がアゴのラインを伝う。「上位区なら問題ないけど、私たちの区は老人ばかりで……」
周囲を見渡す。青ざめたOL、震える大学生、酒臭い中年男。これが全区の「精鋭」という現実。
枯れ木の鴉がギラリと赤い目を光らせる。山口の嗚咽が暗雲に吸い込まれる中、煉はふと彼女の腕時計に目を留めた。
「そ、その……」煉の直視に顔を赤らめる山口。
「ああ」煉の指先が彼女のブレスレットを撫でる「このキッズ用スマートウォッチ、どこで買った?」
「……」
山口の憂いを帯びた表情が、煉の天然ぶりに砕け散った。
「普通版ならスーパーで売ってます」
「了解」
煉はにっこり笑って場を離れる。その間に赤ずきんの背景説明は終わっていた。
「ダメだ……肝心な情報聞き逃した」山口が額を叩く。
煉が肩をすくめる。「気にするな。大事なことではない」
999回聞き飽きたセリフだった。山口が不思議そうに煉を見上げる。
「煉さん……怖くないですか? 生死がかかってるのに」
煉は芝生に腰を下ろしながら眉をひそめた。「若い娘が殺伐としたこと言うな。こんな風光明媚な場所でピクニック気分を味わえばいい」
ゴトンと看板が転がる音。山口の顔が痙攣した。
武器庫前に集まる人々。煉が目を細めると、いつもと違う光景があった。赤錆びたガチャマシンが不気味に光っている。Sを筆頭にアルファベットが螺旋状に並んだ筐体だ。
「難易度抽選機です」眼鏡のサラリーマンが説明する。「プレイヤーがハンドルを回す必要があります。」
「難易度って最初から決まってるんじゃ?」煉が首を傾げる。
「決まっています、儀式のようなもので」
つまり「地獄級」が出たら責任を取らされる恐怖の装置か。皆が後ずさりする理由がわかる。
「俺がやる。ツキがあるから」
煉が進み出た瞬間、ガチャマシンがけたたましく鳴り始めた。
「ようこそぉ!新鮮なプレイヤーさん!クスクス……白塔へようこそ!可愛いお手てでハンドルを回して、幸運を待ってねェ!クスクス……内臓も骨も忘れずに持っていってねェぇ――」
ブツリ。
煉が配線を引き千切った。機械音が不自然に途絶える。
「うるせえんだよ」
そう呟きながらハンドルをガラガラと回す。オレンジ色のボールが三つ吐き出された。
S・S・S――
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