チュートリアルを千回死んだら、破壊神になった件

@uxi

第1話999回目のクリア後

「お兄ちゃん、遊んでよ」


999回目。


千咲煉がこの台詞を聞くのはこれで999回目だった。煉が視線を下ろすと、赤いドレスの少女が腰の高さまでしかない小さな体でぎこちない笑顔を浮かべていた。


赤いマントに帽子を被り、耳元で揺れる三つ編み。革靴に白いソックス、右手には竹製のカゴを提げている。青白い肌を除けば、どこにでもいる普通の女の子に見えた。


だが煉は知っていた。15分後、この子の顔が四つに裂け、妖しい花のように牙をむき出し、トゲだらけの舌のようなものを伸ばしてくることを。


彼女の名は赤ずきん。


このダンジョンの最終ボスである彼女は、ゲーム開始時から無害なNPCを装い、プレイヤーにヒントを与えながら最後の舞台「お婆さんの小屋」で正体を現し、骨までしゃぶり尽くすのだ。


普通のプレイヤーなら可愛らしい外見に騙されるだろう。小屋に着いた瞬間、美少女が人喰い花に変貌する姿に、十中八九腰を抜かすに違いない。


しかし999回もクリアした煉に恐怖などない。


むしろ、もう食傷気味だった。


「姉貴」煉は泣きそうな声で言った「お前が俺を142回殺し、俺が857回お前を殺した。数値的には清算済みだろ?そろそろ次ステージに行かせてくれないか?」


赤ずきんは丸い瞳を瞬かせた。


「お兄ちゃんの言ってること、わかんないなあ」


「……。」


このNPCに複雑な会話機能は搭載されていない。プレイヤーの発言が少し長くなると「わかんないなあ」と返すだけだ。


煉は深いため息をつき、仕方なく右前方へ歩き出した。


現在いるのは復活ポイント兼ゲーム開始地点。ここで新人プレイヤーは赤ずきんと会話し、武器を選択することになる。


煉の進んだ先にあるのは武器ラック代わりのロッカー。


上下に分かれた構造で、上半分はガラス張り、下半分は木製の扉。一見普通だが、中身は桁違いだ。


スパイク付きメイスに斧、身長並みの大鎌……ありとあらゆる武器が揃っている。


10種類の武器を全て試し終えた煉は、隅っこに転がっている目立たない武器を拾い上げた。


全長1.5メートルの空気ハンマー。筋肉質な男が好みそうなピンク色のボディに、対称の星マークが輝く。振ると「ギシギシ」と戯けた音が鳴る。


まともなプレイヤーなら誰も選ばない、子供用玩具のような武器だった。


九百回近くクリアしてもこの武器を選ぶ理由がある。空気ハンマーは軽量で扱いやすく、何よりグリップ末端の蓋を開けると「ノーマル/強化モード」の切り替えスイッチが仕込まれている。458回目のプレイで発見した秘密兵器だ。


ただしモード切替には3秒のタイムラグ。戦闘中は緻密なタイミング計算が要求される。強化モード時のハンマーは千鈞の重みを帯び、両手で打撃動作を行う瞬間に切り替えないと効果を発揮せず、腰を痛める羽目になる。


三百回も腰を痛めて体得した戦闘術だった。


武器を手にしたプレイヤーの準備は完了した。



赤ずきんが革靴の音をコツコツ鳴らして駆け寄ってきた。


「見知らぬお兄さん、こんにちは。お願いがあるんです。私は隣の幸運団地に住んでいる紅紅。お母さんが幸福団地のおばあちゃんのお見舞いに行くようにって...」


赤ずきんの声が突然鈍く濁った。千咲煉が彼女の鼻をつまんだからだ。


目。


そして口。


彼は手を背中に回すと小さく舌打ちした。


「どうしてシナリオスキップができないんだ?」


赤ずきん:「......」


NPCが不自然に動作を止めた後、背景説明を再開する。煉は退屈そうに爪をいじっていた。


数百回も試した結果、NPCの会話をスキップできないことが判明している。できればクリアタイムをもっと縮められるのに。


ようやく「じゃあ出発しましょう」の台詞を聞くと、煉は矢のようにシュッと飛び出した。


赤ずきんダンジョンは三つの主要エリアで構成されていた:街路、階段、おばあさんの小屋。


最初の二つは新米でも対応可能な難易度。問題は第三エリアの小屋に配置された三体のボス――狼、おばあさん、そして真の最終ボスである赤ずきんだ。各ボスが偽装しており、撃破順序が決まっている。新人はまず正体を見抜き、各個撃破した後、「無邪気な赤ずきんの必殺一撃」に警戒しなければならない。


だが999回クリアした煉にとっては朝飯前だ。


街路を疾走し、二番目・七番目・九番目の交差点で人面狼蛛を斬り伏せる。角の肉まん屋で店主の長広舌に耐え、古びた写真の半分を入手。掲示板で残り半分を回収する。


階段部屋では身を低くして三階の水瓶に潜り、逆さ吊り女の追跡を回避。四度の巡回パターンを確認してから這い出し、四階のおばあさん部屋へ突入する。


薄暗い部屋で二体のおばあさんが不気味な笑みを浮かべる。煉は「キーキー」という笑い声が収まるのを待つ。仕方ない、これもシナリオの一部だからな。


証拠も集めず、左側を指さして「お前が狼だ」、右側に「死んだおばあさん」と宣言すると、両方にハンマーを叩き込んだ。


「そしてお前もな」


振り返った煉の眼前に、深淵のような口を開けた赤ずきんがいた。空気ハンマーをその喉奥に突き立てる。


ゲームクリア。


古びた情景が砂の城のように崩れ、闇に吸い込まれていく。


漆黒の空間に一条の光の道が浮かんでいる。深淵の上に張り渡された蜘蛛の糸のような細道は、一歩でも踏み外せば奈落の底だ。


だが999回歩いた煉にとっては目隠しでも進める道のり。1000回目も変わらぬ光景にため息をつきながら、煉は細い道を歩き始めた。



前世は過労死した会社員。目覚めればこの呪われた世界。千回もクリアしたって、何の意味がある?いっそ地獄に堕ちた方が──


………


まさか…ここが地獄なんじゃないだろうな?!


でなきゃ、何度も何度も繰り返すなんて!


その考えが脳裏を走った瞬間、煉は足元がふらついた。次の瞬間、重力が消える感覚。


「え?」


「あああああ──!」


暗闇の底へ堕ちていく。時間の感覚が麻痺するほど落下し、地面に叩きつけられる。視界が白く滲む。


「大丈夫ですか?」


遠くで誰かの声。幻聴かと思った煉が目を擦ると、見慣れた光景が広がっていた。


鉛色の空。人気のない商店街。不気味に鳴く烏の声。


「…リスポーン地点か」


安堵と諦めが入り混じる呼吸。1001回目の赤ずきん狩りを始めようとしたその時──


異変に気付いた。


九人の見知らぬ男女が、蟻地獄の中心に立つ煉を囲んでいた。全員が警戒の眼差し。


「お前ら…何者だ?」


ジャージ姿の少女が震える指先でスマホを握りしめる。


「私たち…みんなプレイヤーですよ、あなたもでしょう?」


プレイヤー?


しかも──新人が!



「新人プレイヤー!」


煉の瞳が狼のように光った。ジャージの少女が恐怖で後ずさる。


「怖がるなよ」煉は苦笑いしながら手の平を見せる「ただ……生きてる人間を久しぶりに見ただけさ」


「…………」


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