第29話 少女の疑念

 教会の講義が終了し、それを知らせる鈴の音を鳴ると同時にレオハルトは席を立った。『骨董品屋カーマイン』に向かい、イエガーにアミナの今後の処遇について相談が必要だと考えたからだ。


 事実、まだ学生の身分であるレオハルトにできることは少なく、『魔術師』側であるアミナを匿う場合、レオハルトだけで解決しようとするのは非常に困難を極めた。


 その為、現状でもっとも信用のできる人間の一人であるイエガーに相談し、今後の方針を固めようと考えていたのだ。イエガーは以前『王都防衛軍』に所属していた経験もあり、王都で多少は顔が利く。


 ―あいつに全ての事情を話すかどうか……。ミーネットと同じようにアミナが『魔術師』だと知っても手助けをしてくれる可能性は高いが、さすがにこっちの事情でそこまで危険な目に遭わさせるわけにはいかないよな……ひとまず、アミナを今回の騒動で見つけた孤児としてどうにか匿える方法を聞いてみるか。


 現在、アミナは寮にあるレオハルトの部屋で待機しているが、この街には『魔術師』という存在そのものを憎んでいる者が溢れかえっているはずだ。自分達から明かさない限りアミナが『魔術師』だと判明するようなことはないと思うが、それも確実ではない。


 現状はアミナを孤児として扱うことで、彼女がレオハルトと居てもおかしくない状況を作り出すことを考えている。従来であれば、それでも見ず知らずの人間を匿うことは不審に思われる可能性は高かったが、今は『魔術師』との戦争の懸念から細かいことに周囲の目が向かない可能性は高かった。


 そのことから、レオハルトは彼女を孤児として受け入れることにするのが現状でできるもっとも有効な手段ではないかと考えていたのだ。とはいえ、いつ彼女やそれを匿っているレオハルト自身が狙われるとも限らない状況に、レオハルトは知らず落ち着きを取り戻すように深呼吸をしていた。


 そして、一刻も早く状況を改善するべくイエガーの骨董品へ向かおうと、後ろの扉から外へと出ようとすると、その後ろ姿に突如声が掛かった。


「ヴァーリオン」


 凛とした声が耳に届き、その声の方向に視線を向ける。そこには、同期であり、『学生会』の書記でもあり、『貴族の娘』でもある赤髪の少女シルヴィ・ナルテルが立っていた。


 その表情は今朝と同様にやはりどこか切れがない。

 普段の彼女なら鋭い目付きで相手と対峙し、自信に満ちあふれた姿を見せるはずなのだが、今の彼女にはそんな気配は微塵も感じなかった。


 振り向いたレオハルトと視線を合わせようとしないまま、彼女は小さく呟いた。


「……少しだけ話がしたいの。時間……ある?」


 そう尋ねるシルヴィの声はどこか縋るように小さく、レオハルトは進めようとしていた足を止めざるを得なかった。まるで迷子の子供のような態度を取るシルヴィに、いくら普段自分に注意ばかりしてきた相手とはいえ、無下にすることはできなかったのだ。


 そして、今朝の彼女の様子を見てしまった手前、やはり簡単に彼女の頼みを断ることはできず、レオハルトは俯く同期を気遣うように声を掛けた。


「良いよ、少しくらいなら取れる。……あまり周囲に聞かれるのも嫌だろうし、ひとまず中庭にでも行こうか」

「……ありがとう」


 本来であれば、すぐにでもアミナのことを相談するべくイエガーの下に行くべきだろう。しかし、自分の手を必死に握りしめて感情を押し殺すシルヴィを放っておくことはできない。


 そして、中庭に向かおうと荷物を持つと、隣に立っていたシルヴィがやがて意を決したようにレオハルトに向き直ってくる。


「……この前、助けられた時のこと―色々聞きたいこともあるから」


 そんな彼女の言葉に頷くと、二人は中庭へと足を向けるのだった。

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