第5話 すいません、少しお聞きしたいのですが…
「こんにちは……えーと、確かアミナちゃん、だっけ?」
店内を忙しなく動いていた少女―アミナは自分の名前を呼ばれ、動きを止める。突然、心当たりの無い人物に自分の名前を呼ばれ、少々戸惑っている様子だ。
そんなアミナの不信感を拭い去るように、ミーネットは人当たりの良い笑顔でアミナへと接触を図っていく。
「私はミーネット・ガルスター―ミーネって呼んでもらえると嬉しいかな。昼間そこのお兄さんと一緒に居たんだけど、覚えてるかな?」
「昼間……?」
アミナはそう呟きながらミーネットの指した方向に視線を向ける。そして、そこに立っていたレオハルトを見て小さく安堵の声を洩らした。
「レオ……」
「もう名前を覚えたのか、随分早いな」
「助けてくれた人の名前は忘れないから」
純粋な感謝を正面から受けたレオハルトはどこか居心地の悪さを感じて視線を背けてしまう。
日頃、あまり感謝することになれていないレオハルトはアミナの言葉に対しても照れくささ感じてしまい、正面から向き合うことが出来なかったのだ。
そんな彼の後ろから漂々とした男の声が聞こえてきた。
「よお、レオハルト。なんだ、そのお嬢さんとは知り合いなのか?」
その声に釣られるように後ろを振り向くと、何やら多数の文字が書かれた大きな紙を広げながら煙草を吸っている男が座っていた。
この店『骨董品屋カーマイン』の店長―イエガー・カーマインだ。レオハルトと彼は父親を通して長い付き合いである。そんなイエガーは客が居るにも関わらず、清算を済ませるはずの席でいかにも体に悪そうな菓子を一枚つまむと、大きく口を開いてその中に放り込んでいた。
レオハルトは、そんな彼の近くまで歩いてくると、慣れた口調で言葉を返す。
「知り合い……と言えるほどでもないよ。昼間たまたま教会に居たんだ」
「教会? 『国立ラヴェルム征錬術教会』にか? さっき少し話してみたが、初等部や中等部って感じじゃないみたいだが……あそこは部外者の立ち入りは禁止しているはずだろ?」
「まあ、そのはずだ」
そう言いながら、ミーネットとアミナの方を見る。ミーネットが何か小声で質問しているようで、ここからでは聞き取り辛いがアミナはその問いに時折、首を横に振ったり、縦に振ったりして応じていた。
そんな彼女達を横目に、イエガーはレオハルトに問いかけてくる。
「学年は確認したのか?」
「いや、聞いてない」
「聞いてない、ってお前な……」
「人には人の事情があるし、あまり詮索するのはどうかと思って聞かなかった」
「……お前らしいというか。普通、教会に見知らぬ人間が現れれば教師に知らせるもんだろ」
言われてみればそうだ、と思う反面、レオハルトはなんとなく自分はそれが出来ないな、と思った。生まれながらにして『有名人』だったレオハルトは必要以上に他人に情報を与えればどうなるかを知っていたからだ。
失望や落胆、そんなものを目の前で見てきた所為か、他人に対して必要以上に情報を引き出すのを酷く躊躇うようになった。だから、アミナについても自分から名前を聞き出すことすらしようと思わなかったのだ。
イエガーはそんなレオハルトをしばらく見ていたが、やがて視線をアミナ達へと向けると、唐突に質問を投げかけてきた。
「……あのお嬢さん、どこから来たんだろうな」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
少し声音を変えて真剣な表情のまま煙草を片手に持つと、イエガーは鋭い目をアミナへと向けていた。
レオハルトもつられるようにアミナへと視線を向けると、イエガーはすこし眉を顰め周囲に聞こえないほどの声量で話を続けてくる。
「さっきも言ったが、お前が来るまであのお嬢さんと話していたんだよ。……それで疑問だったんだが、あのお嬢さんはあまりにも知らなさ過ぎだ。『征錬術』のこと、『この街』のこと、全部だ。子供だって知ってるような知識でも関心していたくらいだからな」
「別に知らなくてもおかしくないんじゃないか? 親が貧しければ教会に通うことも出来ないことだってあるかもしれないしな」
「そこいらの街ならそうだろうな。だが、この街に住んでいると当たり前過ぎて忘れがちだろうが、ここは〝征錬術の都〟って言われてる『王都シュヴァイツァー』だぞ? 貧困なんてもってのほか、子供が講義を受けないなんて話は聞いたことも無い」
「……確かにな」
レオハルトが視線を向けると、アミナとミーネットは仲が良くなったのか、二人で店内を見回っていた。時折、アミナが商品の一つを指をさして質問するとミーネットは一つ一つ丁寧に教えているようだ。
知識の少ないアミナに困惑させられながらも答えていく様子のミーネットは、傍から見れば姉のように見えた。
もちろん、見た目は違うし、性格も全然似ていない。だが、子供とはいえ、他人にあそこまで心を許させるミーネットはもしかしたら教師に向いているのかもしれない。
レオハルトがミーネットの意外な一面を見て感心していると、店の入口から他の来客が入店し、いち早く気付いたイエガーが面倒くさそうに入口に向かって声を掛けていた。
「いらっしゃい。……まあ、適当に見て行ってくれ」
その声を聞きながら、レオハルトは店内へと入ってきた人物へと視線を向けると、その人物と一瞬だけ目が合う。自分やミーネットと同じくらいの年齢と思われるその少女は、少し眉間に皺を寄せると店長であるイエガーを睨みつけていた。
「―このお店は来客に対する敬意というものが無いのですか?」
腰まで伸びた金色の髪に青い瞳。美しく整った顔立ちは店内に立ち込める煙草の匂いで不機嫌そうに歪んでいた。
「そいつは悪いな、ここの店は『この匂い』込みで成り立ってるんだ。文句があるなら余所に行くんだな」
「……お前、なんで客商売やろうと思ったんだ」
「ほっとけ」
レオハルトの鋭い指摘を受け、店主であるイエガーは軽く手を振ると店の奥へと姿を消した。大方、面倒な客を相手にしたく無いのだろう。
昔からの馴染みである彼のそんな姿に、レオハルトは溜息を吐くしかなかった。
「すいません、少しお聞きしたいのですが……」
店を離れる適当過ぎる店長の背中を見送っていると、後ろから少しくぐもった声が聞こえてきた。その声に振り返ると、先程入って来た少女が小さな布で口元押さえながらこちらに視線を向けていた。
「聞きたいことって、僕にか?」
「はい。実は人を探していまして。これぐらいの身長の女の子で、私と同じ髪の色をしているのですが……」
そう言って、少女は自分の胸元より少し下の部分くらいまで手を挙げる仕草をする。それまで整った顔立ちだという印象はあったものの、店の中が暗く逆光になっていた為、すぐにその顔を判別することは出来なかった。
しかし、近くで見るとその容姿の美しさにレオハルトは思わず言葉を失ってしまいそうなるが、それと同時に彼女の顔に妙な既視感を感じていた。
―そうか、どことなくアミナと似ているんだ……。
瞳の色も年齢も違うが顔立ちと髪の色はほぼ同じであり、それに加えて先程少女が言っていた探し人の特徴もアミナと一致する。
「あの……?」
レオハルトがしばらく黙り込んでしまっていると、目の前の少女は少し訝しげな表情を浮かべながら首を傾げた。
その仕草は綺麗な見た目も相まって思わず見惚れそうになるが、すぐに自分を取り戻すと、レオハルトは少女へと向き直った。
「あ……ああ、悪い。人を探しているんだろ? もしかして、その探してる子の名前ってアミナって子じゃないか?」
「アミナをご存知なのですか?」
レオハルトの言葉に一瞬、表情を明るくする少女だったが、すぐに何かを警戒する様な姿勢を取る。疑問に抱くレオハルトに対し、警戒心を強めながら少女は尋ねてきた。
「あの子……アミナはどこに居るんですか? まさか―」
「ちょっと待ってくれ、別に僕は何もしていないよ。アミナならそこに居る」
誤解が生じないうちにレオハルトは視線をアミナの方へと向けた。目の前の少女も警戒を解かないままそれに習うように視線を向けた。
そして、視線の先に目的の人物を見付けると、先程までの警戒がまるで嘘ではないかと疑うほどに安堵した笑みを浮かべた。
「アミナ……やっと見つけた」
その声と共に少女はアミナの方に駆け寄って行く。アミナの方もそれに気付いたのか、少女の所まで駆け寄ってきた。
「レイシア……? どうして、ここに居るの?」
「それはこっちの台詞でしょう? どうして、私に黙って出て行ったの? 心配するじゃない」
責めるような口調ではあったが、レイシアと呼ばれた少女の顔は安堵したような表情を浮かべていた。対するアミナは気まずさからか視線を下へと落とす。
そして、呟くように何かを口にした。
「……お父さんに言われたの、『ここに行け』って」
「え……?」
その言葉にレイシアの周囲の温度が少し下がったような、そんな印象を抱かせた。
レイシアはアミナの呟きを受け、少しの間考える素振りを見せていたが、やがてアミナの手を握るとゆっくりと声を掛ける。
「ともかく、あなたが無事で良かった。……もうお父様の言うことは良いから帰りましょう?」
「……うん、レイシアがそう言うなら」
事の成り行きに付いて行けず茫然と二人の様子を眺めていたレオハルトの前に、再びレイシアという少女が足を止めた。
「アミナを見つけて頂きありがとうございました。―では、私達はこれで」
少女は感謝の言葉もどことなく事務的な口調で話しながら、入口へと向かって行く。それと同時に手を繋いでいたアミナも同様に店の外に向かっていくが、すぐにその足を少し止めると、レオハルトの方へと振り返ってきた。
「なんだ? 忘れ物でもしたのか」
「そうじゃなくて……ありがとう。また会えたら会いたいなと思って」
そうしてアミナが足を進めると、今度こそ二人は店の中から姿を消した。そんな二人を見送った後、ミーネットが近くまで歩いて来る。
「アミナちゃん、保護者の人が見つかって良かったね。お姉さん……なのかな? 結構似てたよね」
「うん、そうかもな」
「結局、あの子、ここに何しに来たのか教えてくれなかったな。レオはなんだと思う?」
「さあ?」
―確かに、本当に瓜二つだったな。そんなに歳は離れてないようだったけど……姉妹だったのか?
取り残された二人はそんな風に少しの間考えていたものの、しかし、考えても答えは見つかりそうにはなかった。
そして、レオハルトはミーネットに気付かれないよう当初の目的通り〝星の砂〟を買うと、店を後にしたのだった。
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