第6話 アミナを育てるのは、私の役目です
アミナは長い廊下を手を引かれながら歩いていた。その手を引いているのはレイシアという名前の少女だ。
血の繋がりは無いものの、アミナにとって常に気を掛けてくれるレイシアは姉同然の存在だった。
今も自分の歩幅に合わせてくれる姉の優しさを感じて暖かい気持ちになっていたアミナだったが、そんな姉が顔を強張らせているのを見てどこか不安そうな表情を浮かべる。
その原因を知るアミナは視線をレイシアから外すと、足元へと目を落とす。
レイシアとアミナが向かう先には彼女達の『父親』とも呼べる存在がおり、レイシアはその父親との面会する為にこの城内へと足を踏み入れたのだ。
まだ小さいアミナの歩幅に合わせてゆっくりと歩いていたレイシアは、ふとその足を止めた。そのまま先程よりもゆっくりと通路を歩き続けると、やがて二人の眼前に大きな扉が現れる。
そして、レイシアはその扉の前でアミナの手を離すと、自分の胸に手を当てて一つ大きい呼吸をした後、ゆっくりと扉を叩いた。
「レイシア・レディスターです。―陛下、少しお話したいことがあるのですが」
その声に扉がゆっくりと開いていく。扉の近くには誰もおらず、何か別の力が働いたように一人でに開いたようだ。
レイシアが中へと入ろうとすると、彼女の裾が何かに引っ張られる感触があった。
そこに視線を向けると、アミナが体を震わせながら自分の服の裾を引っ張っているのが見え、レイシアは穏やかに目を細める。
「……大丈夫」
そう言って頭を撫でると幾分安堵したのか、アミナはゆっくりとレイシアの後に付いて行く。しかし、そうしてアミナに言い聞かせる声は、まるで自分自身に向けたようにも聞こえた。
部屋の奥に見える巨大な座席の前まで歩くと二人は跪き、レイシアはその座席に座る男に向かって静かに問い掛けた。
「陛下、お聞かせください。……何故、アミナを『あんな危険な場所』に行かせたのですか?」
男の名前はアーノルド・レディスター。
レイシアやアミナの住む国の王であり、またレイシアの父親でもある。
しかし、レイシアは血の繋がりのある家族にも関わらず、父であるアーノルド・レディスターをまるで仇を見るような目で睨みつけ、少し怒気のこもった声を向けていた。
およそ肉親に向けるような視線ではない鋭い目付きで睨むレイシアに対し、アーノルドは意にも介さず、それどころかそもそも興味が無いのか二人の方に向き直ることも無いまま、問いかけられた質問の答えを冷たく言い放った。
「それには偵察を任せただけだ」
アミナを『それ』呼ばわりされたことにレイシアは酷い不快感を覚えていたようだが、それを表情には出さないよう歯を食いしばっていた。
いくら怒りを露わにしたところで目の前の父親が反省することなど無いのはアミナもレイシアもよく知っていた。仮にここで喚き散らしてしまえば、これから行う交渉に支障をきたすだけだとレイシアは考えたのだろう。
アミナは感情を高ぶらせたレイシアの裾を強く掴むと、レイシアは幾分か冷静になったようで少しだけアミナへと笑顔を見せると、父親を前に冷静さを崩さないようにゆっくりと言葉を続けていく。
「……ならばせめて、一度私に事情を説明してからにして下さい。私は彼女の『教育係』を任されています。彼女が行くのであれば、私も付いて行くべきなのですから」
レイシアはあくまで冷静に、そしてはっきりとした声で父であるアーノルドへと言葉を向けるものの、そんな彼女の言葉に対してアーノルドは失笑を洩らしていた。
そして、部屋の中央にあった席―玉座から外を見ていたアーノルドはゆっくりと顔をレイシア達へと向ける。しかし、そこには何の感情も見えない。
アーノルドは顔の前面を仮面で隠しており、表情を伺うことは出来なかったのだ。
いつからか、仮面を被りその下の感情見せることの無くなった父親が娘であるレイシアに久々に見せた感情は、レイシアの妹とも言えるアミナを嘲る笑みだった。
「教育だと?」
そんな父親の姿により一層レイシアはその顔に不快感を露わにする。
「……ええ、そうです。アミナを育てるのは、私の役目です」
レイシアの声は鋭く、ある程度感情を殺しているもののその目付きは見るものを怯ませるには十分だ。しかし、アーノルドはそんな娘の怒りに対しても嘲笑することをやめず、代わりに起伏の少ない声を響かせる。
「いつまでそんな〝出来損ない〟に執着しているつもりだ?」
アーノルドから不躾に発された〝出来損ない〟という言葉にアミナが反応する。
言い返すこともせず、ただ言われるがままになっているアミナの姿に突き動かされるように、レイシアは父親であるアーノルドを再び睨みつけ、先程よりも口調を強めて言葉を向けた。
「陛下がどう思われようと構いません。しかし、今後このようなことがあれば―私は協力をやめさせて頂きます」
アーノルドはそこでようやく笑うのを止め、レイシア達へと向き直る。
白く伸び切った髪を揺らし、その表情を仮面で覆い、その仮面の下の感情を見せることの無いこの国の王。
そんな彼は先程のレイシアの言葉に小さくため息をこぼすと、父親でもある彼の考えを図りあぐねている娘に酷く冷淡な声で言葉を返した。
「レイシア、あまり私を困らせるな。お前は優秀な王女であると同時に、優秀な〝指揮官〟でもある。……そこの〝出来損ない〟とは違って、お前が抜ければ替えは利かん」
「お言葉ですが、陛下。彼女は〝出来損ない〟などという名前ではありません。……アミナという名前があるのです」
レイシアの必死な言葉に、アーノルドは再び大きく溜息を吐く。
出来の悪い娘に呆れている、という訳では無い。彼はそこに居るレイシアという存在そのものに対して呆れていたのだ。
レイシア自身それが分かっているからこそ、この男を『家族』という括りで見ることはしない。だが、唯一レイシアが『家族』と呼べるアミナは違う。
だから、彼女はそんな父親に抗うようにその名を再び口にする。
「アミナ・レディスター―それが、彼女の名前です」
その言葉にアーノルドは興味を失ったのか、再び窓の外へと目を向けると、まるでレイシアへと言い聞かせるように言い放ってくる。
「名前など必要ないだろう。そこに居るのはろくに『魔術』を扱うことの出来ない欠陥品だ。そう呼ばれても文句は言えん」
「そ、それは―!」
「それに―」
なおも食い下がろうとするレイシアの言葉を遮るように声を上げたアーノルドはアミナへと視線を向けると、仮面の下から鋭い目で見下しながら言い放った。
「それは『魔術師』でも、『征錬術師』でも無い。―所詮は、人によって作られたただの〝出来損ないの人造人間〟なのだからな」
身を裂くように降り注ぐ言葉と言う刃に、アミナは耳を塞ぎたくなる。
存在すらも否定され、すべてから逃げ出したくなったアミナの脳裏には、自分の存在を認めてくれた二人の姿が思い浮かんでいた―。
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