第4話 あそこに居るの、昼間の子だよね?

「あ、待ってよ」


 レオハルトが帰宅しようと教会を出たところ、突然ミーネットに呼び止められる。

 特に彼女と約束をしているわけではないが、『学生会』の業務などの理由が無ければミーネットは基本的にレオハルトの帰りに同行するようにしており、レオハルト自身も特に拒むような理由もない為、彼女の好きなようにさせていた。


 帰りのついでに買い物を済ませようとしていたレオハルトが懐に入れておいた紙を取り出すと、隣を歩くミーネットが興味深そうに紙を覗き込んできた。


「何か買うの?」

「うん、まあ……昨日、家で練習していたらいくつか足りなくなった物があってね」

「練習って何してたの?」

「別に。気にするほどのものじゃないさ」


 レオハルトはそれだけ返すと、手に持っていた紙に再び目を落とす。彼の持つ紙には二、三個必要なものが記されていた。


 暗記できる程度の数だったが、一つでも足らないと再び買い出しに来なくてはならない為、無駄を省くために用意したのだ。ミーネットはその紙をしばらく覗いていると、やがて小さく疑問の声を上げた。


「どうした?」

「いや、上の二つは『征錬術』でよく使うものだから分かるんだけど……最後の一個、〝星の砂〟って何に使うの?」


 〝星の砂〟とは、北の大陸にある一日中夜の砂漠、『ザラッタ熱帯砂漠』にある砂が日の光を浴びない特殊な状況下で進化し、光を放つようになった、と言われている少々稀少価値の高い砂だ。


 主に砂時計などに使われており、巷では女性を中心に人気の高い商品だ。ただ、逆に言えば男性には縁遠いものである為、ミーネットが疑問を抱くのも無理は無い。


「何に使うの? それ」

「……まあ、ちょっと砂時計でも作ろうかと思ってね」

「砂時計……? レオが?」


 言葉を濁しながらもきちんとした返事を心掛けたつもりだったが、ミーネットから疑いの眼差しを感じたレオハルトは話題を変えようと視線を周りへと向ける。すると、大通りの少し離れた場所に一軒の店が見えた。


 『骨董品屋カーマイン』と書かれた看板は少し古くなっており、所々がすすけているが、そこはレオハルトがよく通う店の一つだ。


 ―今行くと、色々詮索されそうな気がするんだよな。


 〝星の砂〟は普通の店ではすぐに品切れを起こしてしまう程の人気商品だ。しかし、眼前の店でその心配は必要が無かった。


 店長のイエガー・カーマインはかなり重度の喫煙者で、店に居る時はいつも煙草を吹かしており、店内にその匂いが充満している。


 その為、入店する人間はほとんど居ないのだが、しかし、無駄に人目を引きつけてしまうレオハルトにとっては好条件の店だった。


 レオハルトはどこに行っても父親の名前が付いて回り、嫌でも目立ってしまう。それに対して劣等感を抱いたりしている訳では無いが、必要以上に目立つのは避けたかった。


 さらに店長のイエガーとは昔ながらの付き合いでもあり、遠慮の必要も無い。そういった理由からレオハルトは『骨董品屋カーマイン』をよく利用していた。


「……ん?」


 ミーネットが同行している状態で店へ入るかどうか少し迷っていると、開いた店の中で珍しく客らしき姿が見受けられた。


 珍しいこともあるものだ、とすぐに興味を失いそうになるが、その人物にどこか見覚えがあったレオハルトは少し目を凝らして店の方へと向けてみる。


 よく見ると、その人物は昼間首飾りを落とした少女だった。

 店の中のものを物珍しそうに眺めながら、あっちへ行きこっちへ行き忙しない様子だ。


 昼間の時点では物静かな印象を抱いていた為、少し意外に感じる。隣のミーネットもそれに気付いたようで、レオハルトの顔を見ながら訪ねてきた。


「ねぇ、あそこに居るの、昼間の子だよね?」

「多分、そうだと思う」

「ふーん……」


 そう言うと、何を思ったのかミーネットは骨董品屋に向けて歩いて行く。


「ミーネ? どこに行くんだ?」

「昼間に会った時は話が出来なかったし、挨拶だけでもしておこうと思って」


 ミーネットはそう言ったまま、速度を落とさず早歩きで一人で店内に入って行ってしまう。


 レオハルトは何も起こらないことを祈りつつ、そんな彼女を追うようにして、その後に付いて行った。

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