第37話

* * *




「あいの好きな人って、あの人なんだね」




コーヒーカップを両手で挟んで、湯気をふぅーと吹いていたほまれは、不意に呟いた。


私はというと、否定する気力もなく、足元にあったクッションをお腹に引き寄せる。


あの後、デートを続けたものの、すっかり白けた雰囲気になってしまい、早々に切り上げて家に帰って来たのだ。


あれだけ楽しそうにしていたほまれには悪いけど、私のテンションは地の底まで落ちている。




「言っとくけど、不倫とかじゃないからね」


「そうなの?」


「奥さんは私と知り合うずっと前に亡くなってる。今はりゅうじさんが1人で娘さんを育ててるって」


「そっか、大変だね」




そう……、大変。


りゅうじさんの頭の中は、仕事のことと娘さんのことで、9割ほどが埋まっている。彼が時々、シャワーを浴びると言って家に帰るのは、娘さんに会いに行く時なんだ。


まだ小さくて、でも小さいなりに頑張り屋さんで、聞き分けの良い子なんだと、彼は酔った時に話してくれたっけな。


私はその時、とてつもなく切ない気持ちになった。




「知ってたんだけどね」




子供がいるって知ってて、好きになったはずなのに。


理解のある彼女になろうなんて、思いあがっていたくせに。


彼の中の残りの1割、僅かにある"男"の部分で、良いように扱われるのが、切なくて仕方ない。

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