第6話

日野さんが親指を立ててニヤっと笑う。


それとほぼ同時にエレベーターのドアが開き、噂をすれば……と、彼が小さく呟いた。心なしか辺りに緊張感が走る。


ネイビーのスーツに身を包んだ長身の男性が、ゆっくりとホールに足を踏み入れ、やがて目が合った。




「おはようございます、時枝ディレクター」


「あぁ」


「今、あがりですか?」


「いや、自宅でシャワーを浴びたら、またすぐに戻って来る」


「少し休まれた方がいいですよ」


「要らぬ心配だな。お前はそれより今日のオンエアのことだけ考えとけ」


「……はい」




相変わらずと言うべきかなんというか、愛想のひとつもない。


1日の大半をここで過ごしていると言っても過言ではない時枝(トキエダ)ディレクターは、疲れた様子を少しもみせずに、颯爽とエントランスを抜けて行く。


素っ気ない口調から想像できる通り厳しくて、冷徹で、妥協という言葉を知らない鬼上司なのだ。


いつもムスっとしていて、たまーにしか笑わない。


――――けど。


ムカつくくらい、この上司の人気は高い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る