第10話

***




「ただいま」




どうせ誰にも聞こえてないだろうけど、そう思いながらもいつもと同じ言葉を吐く。



スクールバックをそのまま放り投げて家を出て行きたい気持ちもあるが、あいつの目に留まると何を言われるか分からない。



玄関のわきにある姿見に映った自分を見つめ、"がまん"と言い聞かせた。




「あら、お帰りなさい、澪ちゃん」


「ただいま」


「どうしたの?そんなところに突っ立って」


「別に」


「今日は家に居るの?それとも塾?」




甲高く耳障りな声で話す母は、真珠のネックレスが上手く留めれないのか、眉間に皺を寄せている。




「貸して」




バックを床に置いて、ネックレスのホックを留めてあげようとしたところで、母の名を呼ぶあいつの声が聞こえた。




「おい、絢子(アヤコ)」


「は~い、ちょっと待ってください。澪ちゃん、晩御飯は冷蔵庫の中にあるから適当に食べてね、それから」


「絢子!」


「塾だからといって、あんまり遅くなったら駄目よ。お父さんの機嫌を損ねないようにしてね?」


「何をしている?絢子!出掛けるぞ!」


「はい!すぐ行きます」




結局、真珠のネックレスを付けることが出来なかった母は、それを上着のポケットに突っ込み、あいつの下へ走って行った。




このまま出掛けて、家に帰って来るのはきっと夜中近く。



あいつの機嫌を損ねるも何も……もう、まともに顔を合わせてないじゃん。

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