秘訣
青切 吉十
秘訣
創立以来、我が社は増収増益をつづけている超優良企業だ。その秘密をすこしだけ教えてあげよう。
ある日のおれは、遅めに出社した。おれは、エントランスホールに入ると、飾られている石像に対して、「薔薇色イロイロ、亀の子ツルツル」と呪文を唱えた。緑の亀が青い薔薇を咥えているその像こそ、わが社のご神体であった。
それから、おれは自分の席に坐ると、専用の小型端末を起動させ、その日の運勢を調べた。「新しい取引先を開拓すべし……」との文言があったので、細かい注意書きに目を落とした。それから、おれは立ち上がり、衣裳フロアに出向き、端末の指示に従って、服装を整えた。ここのフロアにはありとあらゆる衣裳が、小物を含めて収められていた。
「黄色のレジメンタルのネクタイをウインザーノットでと……」
おれはときおり、口笛を吹きながら、ネクタイを結んだ。すこし行儀がわるいが、端末がそうしろというのだから仕方がない。
それからおれは、経理部に行き、部長に肩をもんでくれるように頼んだ。部長は嫌な顔をすることもなく、「薔薇色イロイロ、亀の子ツルツル」と言いながら、おれの依頼を受けてくれた。そうすると商談がうまく行くと、端末に書いてあるのだから、部長も従わざるを得ない。それは仕事の一部であったから、当然、対応しなければならないことだった。
おれのとなりでは、美人課長に同僚が頭をなでられていた。傍から見ればうらやましい光景に見えるが、慣れてしまった今となってはとくに何も思わない。
部長が肩をもみ終わると、俺は礼を言い、東西南北にある出入り口のうち、北の門から会社を出た。
会社から目的地への行き方はとても重要で、端末の指示に従い、おれはまちがいがないように進んだ。会社の車で行ったほうが早かったが、電車を使って行った。もちろん、端末がそのように指示を出してきたからだ。端末の指示に従い、さして腹は減っていなかったが、途中でカレーうどんを食べた。
それから、遠回りして訪問先についたおれは、当然のごとく、新規の取り引きを得た。
祝杯を挙げたかったが、その日は直帰するのがよいとの端末の指示だったので、おれはそれに従い、早めに就寝した。
薔薇色イロイロ、亀の子ツルツル。まあ、こんなふうに、我が社はゲン担ぎを最優先にする会社なんだが、何か質問はあるかい?
えっ、「ところで、きみの会社はなにを扱っている企業なのか」だって?
ずいぶんとつまらないことを聞くねえ。そんなのなんだっていいじゃないか。
秘訣 青切 吉十 @aogiri
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