第4話 クルミとユズ
4-01
連れてこられた神城の家はとにかくデカい。
芸能人の住む家って感じだ…。
白を基調にした室内は落ち着いていて素敵。
「紅茶でいいー?」
「うん、ありがとう」
柚子ちゃんが、キッチンからマフィンと紅茶のセットを持ってきてくれた。
「失敗したのってこのマフィン?」
「そう! 砂糖と塩間違えた!」
そんな笑顔でサラッと…。
見た目はめちゃくちゃ美味しそうだけど。
食べるの割と危険なんじゃ…。
試しに一口だけ食べてみた。
「~っ」
口いっぱいにしょっぱさの大津波が襲う。
これはやばい…。
殺人マフィンだよ…。
「柚子ちゃん! もったいないけど絶対捨てた方がいいこれ!」
「え~? でもこれ自宅で作りましたーって動画撮ってテレビ局送らないといけないんだけど…」
「作り直しな!」
「忙しくて今しかできる時間ない…」
ええー?
死んじゃうよ…。
柚子ちゃんはニコッと笑って、バッグから板チョコを取り出した。
「さっき駅前のコンビニでチョコ買ってきたの! これ溶かして上からかけたら何とかならないかな?」
ならないと思う…。
さっきから神城は我関せずって感じだ。
「…俺、部屋戻っていいか?」
そんな風に言って退散しようとする神城を柚子ちゃんがガシッと掴む。
「行っていいわけないでしょ! くるちゃんとのことで聞きたいこと沢山あるんだから」
「お前絶対めんどくせえもん!」
ぎゃーぎゃーと喧嘩し始めた。
面白い…。
「まあまあいいじゃん」
あたしが神城をなだめたら、睨まれてため息をつかれた。
「はあ…。お前が後悔することになるからな」
なにが!?
そして、結局柚子ちゃんはチョコを溶かして食べることにしたらしい。
あたしにカメラを持たせ、撮影開始。
「はい! これが完成したマフィンです! これに、溶かしたチョコレートを上からかけてて…おいしい~!」
すごい…。
めちゃくちゃ美味しそうに食べてる…。
塩入りなんて嘘だったんじゃないかと思うくらい。
チョコかけたら本当に美味しくなったのかな?って思う。
プロだ…。
「はい、というわけで、美味しくできましたー!」
そして、撮影終了。
カメラを止めた途端、柚子ちゃんはキッチンに走って口の中のマフィンを吐き出した。
「うえ~…。チョコかけても全然意味ない…」
「めちゃくちゃ演技上手いね、柚子ちゃん…」
「これでも一応人気アイドルだからね」
柚子ちゃんは言いながら一生懸命うがいをして大量に水を飲んでる。
口の中塩っ辛くて大変そうだ…。
ひと息ついた柚子ちゃんは、リビングに戻ってきた。
あたし達の前に座って、「さてと」と、キラキラした目で頬杖をついてあたし達を見る。
神城はそっぽを向いた。
「くるちゃんとお兄はもうエッチしたのかな!? くるちゃんはマグロっぽそうだね」
はい!?
可愛い顔で何を言い出すかと思ったら…。
柚子ちゃんってこんな子なの!?
もっと正統派アイドルって感じじゃなかった?
この子もやっぱり猫かぶりか…。
神城は「言っただろ」と言いたげに、あたしを哀れみの目で見る。
「あたし達、そんなんじゃないから…」
「えー!? お兄めちゃくちゃエロいでしょ!? エッチしないで何やってるの!?」
「あたし達、本当は付き合ってるフリしてるだけなんだよね」
あたしが言うと、柚子ちゃんはただでさえ大きい目をもっと大きくした。
神城はめんどくさそうな顔をしてる。
「何それ!? どういうこと!?」
驚いてる柚子ちゃんに一から説明した。
改めて第三者に話して客観的になってみると、あたし達って変だよね…。
聞き終わった柚子ちゃんは爆笑。
そんな笑うこと!?
「おもしろーい! お兄かっこいいじゃん、ウケる!」
「ほっとけ…」
こんなあたし達の、特にあたしの嘘まみれの性格聞いても柚子ちゃんは引かないんだな。
あたしが柚子ちゃんだったらドン引いてるよ。
だからこそ柚子ちゃんの前では自然と猫被らずに普通でいられるんだろうな…。
「そんな恋人の振りなんて恋が生まれる予兆じゃない?」
柚子ちゃんが言った。
「ナイナイ!」
神城があたしのことを好きになるならともかく、なんでこんな性格の悪い神城にあたしが惚れないといけないんだ。
確かに今日は楽しかったけど!
「えっ、じゃあ2人はキスもエッチも何もしてないの?」
「してるわけないじゃん…」
「しかも元々付き合ってた彼氏とは別れたの?」
「二股他の人にバレたら大変じゃん…」
「そこは上手くやりなよ! あたしなんて彼氏3人いるけど世間には彼氏なんて出来たこともないことになってるよ」
ん? 今、とてつもなく衝撃的なワードが出たような。
彼氏が3人…?
「れ、歴代3人の人と付き合ってきたってこと…?」
あたしが恐る恐る聞く。
そんなあたしに神城が、
「コイツほんとおかしいからそこ深掘らなくていいぞ」
と言った。
柚子ちゃんがそれを聞いて「お兄うるさい!」と神城の肩をパンチした。
仲の良い兄妹だ。
柚子ちゃんは、あたしのさっきの質問に、ニコッと笑って恐ろしいことを言った。
「ううん、彼氏が3人だよ。でもみんなのこと裏切ってるわけじゃなくて三股は公認なの」
ん!?
三股で、公認…?
怖い!
あたしの知らない世界が広がってる気がする!
三股公認なんて初めて聞いたよ…。
「みんなのこと好きなんだもん。1人に絞るなんてもったいないでしょ?」
すごいなあ…。
三股を公認で実行するのもすごいし、三股を世間に隠せるのもすごい。
あたしなんてこんな狭い世界で偽るのですら、神城という性悪男にバレちゃったし。
色んな意味でそんな柚子ちゃんが大好きになった。
そのあと、神城のお父さんが帰ってきたので慌てて挨拶をしようとしたら、柚子ちゃんが「あたしの友達」と言って紹介してくれた。
友達…。
柚子ちゃんはあたしを見てニコッと笑う。
あたしの、初めて出来た本当の友達。
なんだかすごく嬉しくて、「また来てね-」と笑顔で手を振ってくれた柚子ちゃんに別れを告げ、ご機嫌で家に帰った。
「ただいまー」
「おかえりー!」
ドアを開けると、ママの明るい声が聞こえた。
ママもご機嫌らしい。
キッチンで何か作ってる。
「何作ってるの?」
「カレーをスパイスから作ろうと思って!」
ママは楽しそう。
ママがご機嫌だと家の中がぱっと明るくなってあたしも嬉しい。
ずっとこうならいいのにな。
ママが、あたしの腕の中にいるセイウチのぬいぐるみに気がついた。
「それ何? 可愛いじゃん」
「可愛いでしょー。セイウチだよ」
「あんた水族館とか好きだったっけ?」
「好きじゃないけど今日は楽しかった!」
「そっか、良かったね」
ぬいぐるみをベッドのところに置いた。
今日からこいつがあたしの寝るときの相棒だ。
それから、ご機嫌なママと一緒にご飯。
「で、その時いっくんがね~…」
スパイスから作られたおいしいカレーを食べながらママのノロケ話を聞いたり。
たまにあたしも今日見たショーの話をして。
今日はすごい良い日だったな…。
水族館デートも楽しかったし、友達も出来て、ママもご機嫌。
デートに行った証拠として、スマホのロック画面を水族館で撮ったイルカの写真に変えた。
こうしておけば自然とデートの話題にみんながしてくれるからね。
嬉しい気持ちで、その日を終えた。
*
「あ、くるみちゃんロック画面変えた?」
「うん、そうなの」
「イルカ可愛い! もしかして…王子と!?」
あたしは顔を赤らめながらコクンとうなずく。
「きゃーっ! 話聞かせて!」
「恥ずかしいよ~…」
言いながら、デートのことをかいつまんで話す。
「それでね、イルカの水が跳ねて大変だったんだけど、イルカがあたし達に『ごめんなさい』ってお辞儀するのが可愛くって…」
そう話すあたしに、スズナちゃんが一瞬話を止めた。
「くるみちゃん…」
「なあに?」
「いつもより、デートの話するの楽しそうだね~」
そ、そんなこと…。
ある、かも…。
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