猫かぶりな皮の下

第5話 猫かぶりな皮の下

5-01

最近は神城と一緒に帰ることが多い。

周りの子たちに「気遣わないで2人で帰っていいよ!」と言われるっていうのもあるけど、学校帰りに神城の家に行って柚子ちゃんと遊んだりするんだ。


柚子ちゃんは基本土日に仕事がたくさん入ってて、平日は放課後に仕事があったりなかったり。

今日は柚子ちゃんはお仕事があるらしく遊べないけど、なんとなく神城と一緒に帰る。


最近あたし達、前よりも仲が良い気がする。

「今日ちょっと本屋さん寄りたいんだけど、付き合ってくれない?」

「は? めんどくせえ、1人で行けよ」


前言撤回!

やっぱ相変わらずムカつく!


「いいじゃん! 好きな漫画の発売日なんだけど、あたしそういうのは読まないことになってるからカモフラージュで一緒に来て!」

「なんで俺が行かないといけねえんだよ…」

「いいから行くよ~」


めんどくさがる神城を引っ張って近くの本屋さんに来た。

通り道だからいいじゃんね。


本屋さんには、うちの高校の生徒も何人か。

あたし達に気づいたその子たちからチラチラと見られるのを感じる。

神城の陰に隠れて、最近ハマってる少年漫画の新刊を手に取った。


「お前も大変だな…」

「うるさいよ」

笑顔を作って小声で話す。


「俺ちょっとあっち見たいんだけど」

そう言う神城に着いていくと、参考書コーナー。


そういえばもうすぐ試験…。

あたしは今回もほとんど勉強しないつもりだけど。

神城は学年1位だもんね。


こういう努力あっての1位か…。

なんかちょっと羨ましいかも。

努力するのって気持ち良いもんね。

あたしは早々に試合放棄しちゃったけど…。


結局神城は参考書を1冊買って、2人で本屋さんを出た。


「付き合ってくれてありがと! お礼にくるみちゃんがケーキ奢ってあげます!」

「まじ?」


お、ちょっと嬉しそう。

ケーキ好きなのかな。

なんかちょっと可愛い…。


前に奢るよって言ったときは拒否されたけど。

それだけ今のあたし達の関係って対等に近い?


駅の近くのケーキ屋さんに入った。

高校の最寄りだから店内のガラス越しにたくさんうちの高校の生徒が見える。

同じ高校の生徒の目に触れたら面倒くさそうなので、隅の席に座った。


「俺モンブラン食うからお前チーズケーキな」

「は? やだよ。あたしフルーツタルト食べたい」

「無理無理。俺フルーツのケーキ好きじゃねえし」


小さい声で会話するあたし達。

なんで神城があたしの食べるものまで決めるのよ!

絶対あたしの分まで食べる気だ…。


でもまあいっか…。

悔しいけど日頃からお世話にはなってるしね…。


言われたとおりに注文して、しばらく待ってからケーキが運ばれてきた。

可愛い形のモンブランとチーズケーキ。

「いただきまーす」

食べたチーズケーキはすごくおいしい。


「もらうぞー」

神城がそう言ってあたしのケーキにフォークを伸ばす。


「うめえな」

「うまいよね!」

「こっちもうめえぞ」

「あたしもそっち食べたい」


あたしがそう言うと、神城はモンブランを乗せたフォークをあたしに「ん」と突き出した。

何、このまま食べろってこと…?

なんかすごい恥ずかしいんですけど…。


悟られないように、できるだけ普通の顔でパクッと出されたフォークをくわえた。

おいしいし…。


「うまいだろ?」

「うん…」

「顔あけえぞ。お前実はピュアだよな」

なっ…。


「ぴ、ピュアじゃないし!」

「ははっ、なに焦ってんだよ。別にいいだろピュアでも」


奏がそう言って笑う。

ピュアは作ったキャラクターのはずなのにな…。


まあ猫かぶりくるみのピュアキャラはちょっとオーバーだけどね。

でも神城にあたしの知らない部分を見透かされた感じがしてなんだかくすぐったかった。



ケーキを食べ終わり、帰路に着く。

電車を降りて、最寄り駅。


「じゃあね」

「ん、またな」

なんかこうやって普通にする挨拶もちょっと嬉しい感じだ。


誰もいない家に帰り、自分の部屋へ。

ベッドにダイブすると、枕元に置いてあるセイウチのぬいぐるみが視界に入った。

それを手に取って仰向けになる。


「あんた良いツラしてるよ」

ぬいぐるみに話しかけてみる。

「いつもありがとね」


自然と言葉が出てくる。

ぬいぐるみには素直に言うんだけどな。


あたし、心を許せる人がいるのが本当に嬉しいんだと思う。

神城も柚子ちゃんも。

あたしという存在を肯定してくれる人だ。


セイウチのぬいぐるみを抱きながら、いつの間にか眠っていたあたしは、ママが家に帰ってくる音で目が覚めた。

時計を見ると0時を少し回ったくらいの時間。


お腹空いた…。

リビングに出ると、ニコニコした顔のママ。


「あれ~、寝てたの?」

「うん、いつの間にか寝てた…。なんか食べる」

「パンくらいしかないでしょ~? なんか出前とか取れば良かったのに」

「だから寝てたんだってば…」

「あ、そっか。ごめーん」


ママはちょっと酔ってるっぽい。

パンをトースターで焼いて食べているあたしの前に座ってニコニコした顔であたしを見た。


「何?」

「あのねー、ちょっと話あるから、週末の予定空けといてもらっていい?」


嫌な予感がした。

わからないけど、胸がざわざわする。

話ってなんだろう…。

せっかく良い気分だったのに…。



そして週末、あたしの嫌な予感は的中した。

いつもよりも綺麗にメイクしたママ。


どこか出かけるのかと聞いても、どこも行かないという。

もしかして…。


そう思った瞬間、家のインターホンが鳴った。

「はいはーい!」

ママがそう言って玄関のドアを開けた。


「いらっしゃーい!」

「お邪魔しまーす」

そう言って入ってきたのは、30代半ばくらいのイケメン風の男の人。


ママの彼氏、初めて見た…。

あたしは慌てて立ち上がってぺこっとお辞儀。


その人もあたしのあとに同じようにぺこっとお辞儀をした。

人来るんだったら最初から言ってよ…。

あたし、スッピンに部屋着のままなんだけど…。


「この人、彼氏のいっくん!」

ママがそう言って紹介した。

「はじめまして、穂風ちゃん」

「はじめ…まして」


なんか…嫌だ。

多分悪い人ではないんだろうし、あたしという存在がいることも否定していない人のはずだけど、胸のざわざわが消えない。


そして、ママが衝撃的なことを口にした。

「あたし、いっくんと結婚しようと思って!」

「えっ…?」

「いっくん、穂風のことも丸ごと受け入れるって言ってくれて!」


ちょっと待って…。

今までママはたくさんの彼氏が出来ていたけど、ママが結婚を言い出すのは初めてで。

いきなり、そんなこと言われても困るよ…。


「だから、穂風には悪いんだけど、名字もいっくんの名字になるよ~。あと、家もいっくんの住んでいる所にしようと思ってるの。ここから2時間くらいのところなんだけど」


嬉しそうにそう言うママ。

頭がパニックになってしまった。

ちょっと待って。

意味がわからないよ。

ちょっと…苦しい。


あたしのことを受け入れる?

ママですら、あたしのこと、全然分かってないのに?

ママ、勝手すぎるよ。


一番あたしのことを分かってほしいママに、愛されたいママに、抱きしめてほしいママに。


あたしは何もしてもらえていないと、強く寂しさと辛い気持ちがあふれ出した。


気がついたら涙もあふれていて。

困惑した様子のママがにじんで見える。

やばい、ママの前でこんなに泣くの、いつぶりだろう…。

何も考えず家を飛び出した。


「くるみ!?」

ママの驚いた声がするけど知らない。

電車に乗って遠く、遠くへ。


適当に駅に降りて、適当に道を進む。

無心で歩いていると、自然と早足になる。


「いたっ…」

途中で足をひねってしまった。

「いったーい…」


なんかもう…ボロボロだ。

完全に途方に暮れてしまったあたし。


日もだんだんと落ちてきた。

心の中、つらい気持ちでいっぱいだ。


ママに、娘として愛されていることは分かってる。

だけど、いつもどこか空虚感があって、多分…あたしはいつも、自分に自信がない。

だから自分のことも嫌で仕方なくて。


あたしは誰の一番でもないんだって、そんな風にいつも感じてる…。

誰かに話を聞いて欲しいのに。

友達なんて全然いない…。

柚子ちゃんは…多分お仕事。



神城。



神城が頭の中にぽんと浮かんだ。

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