1-02

「なん…で…?」


それは、神城奏…。

彼女はいないってスズナちゃんから聞いたことあったけど、女の人といる…。


でもそんなことより、瞬時に「やばい!」と思ったあたしはさっと顔を伏せて、彼氏の陰に隠れた。

彼氏の方はあたしのその行動には特に興味なさそうだ。


神城に、バレてない…よね?

バレるわけがない…はず。


あたしがこんなところにいるなんて誰も思わないに決まってるもん。

っていうか、なんか口調もいつもと違うし、神城じゃない可能性もある…。

神城の双子…とか?

そんな話聞いたことないけど。


恐る恐る、ゆっくりと顔を上げ、男の方を見た。

瞬間、目が合った。


心臓がひゅっとひっくり返って冷える。

そして…あろうことか、そいつはあたしを見て、ニコッと微笑んだ。

あたしのテスト用紙を拾ったあのときと同じ笑顔…。


あたしは完全に硬直。

いやいやいや、大丈夫、な、はず…。

可愛いあたしと目が合ったから思わず笑っただけだよ、きっと…。

一方の神城っぽいその男は、あたしに背を向けて扉側を向き、階数表示を眺めてた。



その日のあたしは上の空。

彼氏に「つまんねえ」と言われる始末。

ひどくない!?


つまんねえのはあんたのエッチだろ!

でもそんなことどうでもいい。


あれが神城で、あたしだとバレてたらまじでやばい。

あたしの高校生活が瞬時に地獄と化す…。

彼氏とホテル前で別れて、バレてたらどうしようかと頭を抱えていたら、スマホに通知が来た。


もしかして神城!?

完全に疑心暗鬼になってるあたしは、あたしの連絡先なんて神城が知ってるわけがないのに通知一つにもビクビク…。

スマホを開くと、ママからだった。

ほっ…。


『ごめーん! 今日、あたしちょっとデートでさ…。帰るの明日とかになっちゃうかもしれないんだけど、お金あとであげるからなんか適当にご飯食べてね』

そんな文面。

ママがデートなんて朝から知ってたよ…。


結婚をせず1人であたしを産み育てたママは、恋多き女で昔から彼氏をとっかえひっかえ。

こんなこともしょっちゅうあったので、1人でご飯なんて慣れたものだ。

寂しかったりもするけど、しょうがないことだもん。


誰もいない家で、ひたすら学校でバレたらどうしようと考え続け、結局解決策も思いつかないまま、翌日を迎えた。


学校行ったらみんなに軽蔑されてるかもしれない…。

ビクビクしながら登校する。

バレていませんように…。


重い足取りで校舎内に足を踏み入れた。

今のところ、あたしを羨望のまなざしで見る人はいるものの、軽蔑のまなざしを向けてくる人はいない。

大丈夫だったっぽい…。


ほっと胸をなで下ろし、靴箱の前で会ったスズナちゃんと教室までの廊下を歩く。

すると、廊下の先で神城がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。


ひいっ…。


内心バクバクしながら、何事もないように装ってすれ違う。

よかった、問題なさそうだ…。

やっぱあれ、別人だったのかな…。

と思った瞬間、神城はすれ違いざま、あたしに「昨日ぶりだね」と言った。


はっ…?


瞬間的にあたしの顔が青ざめる。

やっぱりあれ、神城だったんだ……。

スズナちゃんが不思議そうに「何のこと?」と言った。

やば…い…。


「昨日会ったの?」

スズナちゃんが聞く。

「なんのこ…」

「うん、ちょっとね」


『なんのこと?』と否定しようとしたあたしの言葉を遮って、神城がそう言った。

そしてあたしを見て、意味深そうに微笑む。


「杉谷さん、ちょっといい?」

神城がそう言って、あたしの耳元に口を寄せた。

何…言われるの…?


「昼休み話あるから、誰にもバレないように人気のいない校舎裏、来て」

神城の少しだけ低くて優しい綺麗な声が、悪魔の声に聞こえる。

怖すぎて耳の感覚がなくなりそう。


神城はあたしに言うと、口元を離してあたしに笑顔を向けた。

「じゃ、よろしくね?」

そして行ってしまった。


スズナちゃんが興奮気味にあたしに話しかける。

「なに今のー! っていうか美男美女すぎ! あたしこんなすごいツーショット見ちゃっていいの!?」

スズナちゃんはなんの疑いも持ってないようだ。

バカでよかっ…ゴホンゴホン。

何でもないです。



そして昼休み、「一緒に食べよー!」と言う親衛隊達をなんとか誤魔化して1人で教室を抜け出した。

あたしが校舎内で目立たずに1人で行動するのなんて至難の業なんだからね!?

って、それは神城も同じか…。


誰も来ない草だらけの校舎裏。

9月半ばの今は、それでもまだ虫がいる。

なんであたしがこんなとこ来ないといけないのよ…。


視線の先には、神城。

校舎の壁にもたれている神城は、スタイルも良いし王子オーラを全身に纏ってる。

足なが…。


「遅くなってごめんね」

あたしが声をかけると、神城があたしの方を見てにこっと笑った。

胡散臭い笑顔に思うのはあたしだけ?


「話ってなあに?」

かまととぶって、あたしも神城に笑顔を向ける。

あくまでもシラを切るつもりだ。


「昨日、あんなところに杉谷さんいるから驚いちゃった」

「それ、さっきも言ってたけどなんのこと…? あたし、昨日は学校終わってからずっとお家にいたよ?」

「杉谷さん、とぼけるの上手だね」


あたしの話を全く信用しない神城。

「誰かと見間違えたんじゃないかな?」

あたしが言うと、神城はふっと軽く鼻で笑った。

むかつく!!!


「その腕時計、昨日もしてたよね?」

神城があたしの左腕の時計を指さす。

思わずさっと隠してしまう。


「…そんなこと言われても、昨日はおうちにいたんだけどなあ。同じ腕時計した違う人じゃないかな?」

イライラ、そしてハラハラしながら頑張って笑顔を作る。


一方の神城は余裕そうだ。

あたしを壁際に少し追いやる。


「…こんな美少女、見間違えようあるかな?」

そう言って、あたしの顎に手をやって、軽く自分の方へ向けた。

目の前にいる神城の顔は王子そのもの。


急なことに、素で顔が赤くなってしまった。

こいつ、なにやって…。

にやっとした表情が悪魔みたいだ。

ギリギリの思考回路で、あたしは口を開いた。


「…美少女なんて、そんなこと全然ない…よ?」

あたしが言うと、神城は余裕の表情を続けたまま、あたしにとどめの一言を放った。

「あとその口調と性格、猫被ってるって結構前からバレてるから」

「…」


もう無理…。

これ以上ごまかせない…。

神城に、全部バレてる…。


こうなったらもう開き直るしかない。

開き直った上で口止めするのみ!


「あーーっもう! そうそう! ラブホも行ったし昨日あんたとそこで会ったしキャラもぜーんぶ猫かぶり!」

「わーお。素の性格とのギャップやばいね」

「あんたに言われたくない!」

あたしが言ったら嫌みっぽく笑われた。

ほんとムカつく…。



「なんであたしが猫被ってるの分かったの?」

「僕も被ってるから、同類の人間、わかるんだよね」

「神城も?」


自分のことでいっぱいいっぱいであんまり覚えてないけど、昨日、いつもと口調違う気がしたからそれのこと?

コイツも同類の人間だったんだ…。

の割に、あたしと違って今も全然仮面被ってる感じだけど…。


「それで本題だけど、杉谷さん、僕の言うことなんでも聞いてくれる犬になってくれない?」

「はい!?」

今、犬って単語が聞こえたけど!?

いぬ…?

聞き間違い?


「い、犬って可愛いよね~。あたしはポメラニアンが好き」

「そうそう。そのかわい~い犬に杉谷さんがなるの。飼い主は僕ね?」

ダメだ…。

聞き間違いじゃなかったみたい…。

犬ってなに!? 人間に「犬になれ」っておかしくない!?


「嫌なんですけど…」

「じゃ、杉谷さんがラブホで男といちゃついててしかも本当は性悪女ってことバラすからいいよ。この話は終わりね。バイバイ」

そう言って歩き出そうとする神城。

いやいやいや。


「待て待て待て!」

呼び止めて神城の制服の袖を強めに引っ張る。

神城が止まって振り返った。


「あ、あんたもバレたら困るんじゃないの?」

「僕は別にピュアキャラでやってないしどうとでも言えるよ。圧倒的に困るのはそっちでしょ」

「あたしだって、べ、別に普段の信用があるからあんたの言うことなんて誰も信じな…い…はず…」


あたしの声がだんだん小さくなってく。

自信がないのは事実だ…。

バラされたらどうなるか、怖いもん…。


神城は、あたしのその心も完全に見透かしたように、

「あっそう。じゃあいいけど」

と言った。

この悪魔め…。

黒い耳と尻尾が見えるよ…。


「とにかく、あんたの使いっ走りなんて死んでも嫌!」

そう言い切った。

このくるみ様がパシりとかあり得ない…。

昔からチヤホヤされ続けてきて、なんで今になってそんなことしなきゃいけないの…。


でも、あたしがそう言ったら、神城が急にあたしを壁に押しつけた。

いきなりなに!?

身長が低めのあたしに比べ、180cmはありそうな神城は、こうしてみるとより一層デカく感じる。


ちょっと怖いし…。

肩に触れる神城の手が痛い。

さっきよりもずっと近く、目の前に神城の顔がある。

なのに、こんな状況で、そんな神城の顔が綺麗だと思ってしまった…。



「お前今の立場分かってんの?」

「…」

「俺の言うこと聞く。それ以外に選択肢ないだろ」


そう言って、神城が身体を離した。

あたしに背を向けて、手をひらひらさせながら「決まったら早めに言えよー」と言う。


あたしはその場にへたり込んだ。

なに…あれ…。


神城の背中が遠くなっていく。

あれが神城の本性なの…?

もう…背に腹は代えられない…?


「待って!」

大きい声で神城を呼び止めた。

その場で振り向く神城。

あたしは勇気を出して大声を出す。


「分かった! あんたの言うこと、何でも聞く!」

「…」

「その代わり、少しでもバラしたらぶっ殺すから!」


あたしがそう言うと、神城は声を出して笑って、「はいよ」と言った。

嫌みもなく、心からの笑顔…。

こっちが、神城の素顔…?


その笑顔を見て、最悪だった気分がなんだかちょっと晴れたような気がした。

気分が最悪なのはあいつのせいだけどね!

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