猫かぶりなアイドル
第1話 最悪な猫かぶり
1-01
あたしの朝。
起きて顔を洗い、朝ご飯もそっちのけに、まず顔に化粧水をしみこませる。
ナチュラルに盛れる、絶対にバレないカラコンを目に装着。
肌荒れ一つ無い真っ白な肌に化粧下地だけ塗って、スッピンだと言い張れるように薄く化粧をする。
丁寧に整えた髪の毛は綺麗なゆるいパーマ。
天パってみんなには言ってるけど、本当はバレないように定期的に美容院でパーマをかけてる。
毛染めはさすがにバレるので地毛だけど、地毛にしては色素は薄め。
鏡の中のあたしを見る。
うん、かわいい!
どこからどう見ても天然美少女。
学校のアイドル・
時計を見ると8時半。
やばい! 急がないと遅刻する!
「ご飯食べないのー?」
仕事前のママが、のんきにリビングからあたしに声をかけるけど、無視!
仕事なのにいつもよりも華やかにしてるママは、多分仕事終わりに新しくできた彼氏とデートだろう。
でも今はそんなことに構ってる時間はない!
慌ててカバンを持って「いってきます!」と家を出た。
あたし、杉谷くるみは、通っている高校で知らない人はいない程の有名人。
現在高校2年生だけど、同級生はもちろん、1年生からも3年生からも支持されてる。
そこらの芸能人よりも余裕で可愛い見た目に、優しくてピュアでやや天然という、『守ってあげたくなるキャラ』により、校内のアイドルのポジションを獲得した。
その人気ぶりは異様なもので、ファンクラブまであるらしい。
あたしの周りを常にうろつく親衛隊みたいな女子達が作ってるらしいけど。
でも、本当のあたしは全然そんな性格じゃない。
本当のあたしは、気は強いしワガママだしプライドの塊だ。
何重にも猫をかぶってかぶってかぶりまくってるのが実際のとこ…。
いつから猫をかぶりだしたかというと、小学校入ってからかな…?
昔から性格がキツめだったあたし。
初めは素の自分でクラスメイトと喋ってたんだけど、顔が良くて性格が悪いから段々と周りから友達がいなくなりはじめ、陰口を叩かれるようになった。
だから、「ああ、こういうのダメなんだ…」って学習して少しずつ良い子ぶりはじめ、気づいたら頭の上にはこんなにたくさん猫がいた。
猫かぶりはあたしだけの秘密。
「ギリギリセーフ…」
チャイムが鳴るギリギリ前に学校に到着した。
「くるみちゃん、おはよー!」
朝から元気に話しかけてくるのは、隣の席に座る、あたしの親衛隊の一人。
「スズナちゃん、おはよう~」
「くるみちゃんがギリギリなの、珍しいね。どうしたの?」
スズナちゃんの言葉に、あたしは瞬時に顔を赤らめる。
「へへ、昨日の夜、目覚まし時計を朝の7時にセットしたつもりだったのに夜の7時にセットしちゃったんだ。恥ずかしい…」
なんちゃって。
本当はただ漫画を読んでて夜更かししただけ。
しかもSF系のグロ漫画。
表の顔のくるみはそんな漫画読まないし夜更かしもしないもん。
自分の演技力と瞬時に思いつく嘘が怖い。
スズナちゃんはあたしの返事を聞いて「もう、くるみちゃん天然なんだから~!」とあたしにメロメロ。
バカじゃないの? と言いかけた感情を飲み込む。
あたし性格悪すぎ…。
「あっ、王子も遅刻みたいだよー」
スズナちゃんがそう言って廊下を指さした。
廊下を歩いているのは、隣のクラスの
ただ歩いてるだけなのに、キラキラしたオーラが全身を纏ってる。
甘めフェイスに爽やか・優しい性格の彼のあだ名は『王子』。
おまけに学年で一番頭が良い。
見た目も中身も王子みたいなのは認める。
だけど実はあたし、この神城のことが嫌い。
ほとんど喋ったことはない。
それなのに嫌ってる理由は、あたしが勝手にあいつをライバル視してるから。
まず、あだ名が『王子』ってなに?
性別は違えど、あたしとキャラが被ってて、注目があっちに行くのが許せない。
あいつがいなければこの学校で一番の人気者はあたしなのに…。
母親は有名女優の
父親もアクセサリーブランドの社長らしい。
本人も小学校低学年くらいまで子役をやってたみたいだ。
あたしがこんなに猫を重ね着してこのポジションを得てるのに、何もかもが負けてる感じがする。
前に一度、あたしが移動教室の時、廊下で採点済みのテスト用紙を落としてしまったことがあった。
あたしの成績は下の方。
元々勉強ができないわけではなかったけど、成績が中途半端すぎて周りが特に何にも反応してくれなくて。
だからあたしは勉強をやめ、キャラクター作りとしてあえて頭が悪いポジションに行った。
そしたらみんな「くるみちゃんはしょうがないな~」ってチヤホヤしてくれるんだもん。
本当はそんなチヤホヤのされ方、何か小さいものにされてるみたいで嫌なのにやめられないから困る。
話がちょっと逸れたけど、とにかく、その落としたテスト用紙を拾ったのが神城だった。
『落としたよ?』
そう言ってあたしにテスト用紙を手渡す。
周りは『王子とくるみちゃんが喋ってる…!』ってキャーキャーしてたけど。
『あ、ありがとう…。恥ずかしいな』
あたしが言った。
『うん、ちょっと見えちゃって…ごめんね?』
神城はそう言ってニコッと笑ってそのまま去った。
そのときあたしは、その短い会話ことごとくにプライドを折られた気がした。
みんなあたしが成績悪いのを「ちょっとおばかなのが魅力だよね~」って言ってた。
だけど、あいつはむしろそれを恥ずかしいものみたいに『見えちゃってごめんね』って言ったんだ。
そんな風に遠回しに笑顔で馬鹿にされたことないもん…。
嫌い…。
嫌なこと思い出しちゃったな。
そんなあたしの気持ちには当然気づかず、スズナちゃんがうっとりとした表情で神城を見つめる。
「ほーんと王子だよねえ~。くるみちゃんと王子が付き合ったら最高のビッグカップルなのに…」
なんであたしがあんな男と付き合わなきゃいけないのよ…。
なんて言えるはずもなく、あたしは恥ずかしそうにはにかんだ。
「そんなことないよ~…。もう、からかわないで、スズナちゃん」
「そんなことないのに~! でも、くるみちゃんにはイケメンの大学生の彼氏さんがいるもんね」
スズナちゃんが楽しそうに言った。
まあ、彼氏…というかなんというか。
お互いプライドのためだけに付き合ってる、ほぼセフレみたいな男。
このくるみ様が彼氏いないなんてあり得ないでしょ?
たまーに会ってエッチして、カモフラージュ用に一緒に写真を撮ってバイバイするだけの関係。
みんなにはまだキスもしてないことになってるけど。
嘘まみれのあたし…。
本当は恋もしたことないのに…。
放課後になって、久しぶりに彼氏と会う約束。
もっぱらラブホだけど。
彼の大学の近くで、知り合いがいないようなところ。
万が一知り合いに遭遇したら最悪だ。
「久しぶり~」
「おー」
関係が淡泊すぎて、待ち合わせはラブホ前。
先にホテルの前でスマホをいじってる好青年風イケメンがあたしの彼氏だ。
こんな自分、嫌だなあ…。
この男の前では猫をかぶらなくて良いのは楽だけどね。
あっちもあたしの顔と身体にしか興味ないもん。
いつも通り2人でホテルに入った。
受付をすませて、エレベーターに乗る。
別にエッチしたいわけじゃないけどね…。
相変わらず隣でスマホを見ているこの男の横で、エレベーターの『閉』ボタンを押そうとした。
「あっ…待って! 乗ります!」
そのとき、受付の方から女の人の声が聞こえた。
あたしは慌てて『開』ボタンを押す。
そして、女の人が男の人を引っ張るようにして乗り込んでくる。
「お前いてえよ。次のでもいいだろ、急ぎすぎ」
女の人に男の人が文句を言う。
ん? 聞き覚えのある声。
えっ知り合い!?
あたしは慌てて男の方を見た。
そして、息を飲む…。
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