第2話 猫じゃなくて犬

2-01

それから神城の犬としてこき使われる地獄みたいな生活が始まった。

犬なんて言ったら犬に失礼だ。

わんちゃんの方が500億倍あたしより幸せに暮らしてる。


学校ではバレないようにこき使ってくるから、あたしはコソコソとするので余計に疲れる。

神城に言われてコンビニで買い物したり…。


なんであたしにコンドーム買いに行かせるのよ!

バカじゃないの!?

絶対面白がってると思う。

あたしピュアキャラなのに買ってるのバレたらどうするんだ…。


あとは家に対して学校の反対側にあるパン屋さんに「あそこのパン屋は美味いから」と朝早くからパンを買いに行かされたり。

パン買ってこいとか完全にパシリじゃん…。

逆らえないし…。


毎回「なんであたしが」という言葉を飲み込んで、笑顔を作ってから静かに神城のスネを蹴ってる。

そのたびに「バラすぞ」と脅され、あたしがそこでさっと逃げるのがお決まりになってきてる。


でも、買ってきたパン屋さんのパン、神城がおこぼれをあたしにくれて食べたらまじで美味かったんだよね。

たまにそうやって良い所見せるから余計腹が立つ…。



『放課後、この前のホテルあったあたりのとこ来て』

神城からメッセージが届いた。

呼び出し系は初めてかも。


ってかホテル!?

なに、あたしのこと食べるつもり!?

すると、続けてもう一件送られてきた。


『変なこと考えんなよ、お前抱くほど女に困ってない』

そうですか!ほんといちいちムカつく…。



学校が終わって、コソコソと1人で待ち合わせの場所に行った。

先に来ていた神城は、あたしの腕を引っ張って「行くぞ」と言った。


「待って待って、どこ行くの」

「言ってなかったか?」

「言ってないよ!」


あたしが言うと、神城はため息をついた。

ため息をつきたいのはこっちなんですけど!?


「一回遊んだ女が付き合ってってしつこいからお前、彼女役な」

「はい?」

「彼女いるって言っても信じねえんだもん」

大変ですねえ…。


よくわかんないけど、「とにかく、お前彼女役してくれたらいいから」と言う神城に着いていった。

こんなラブホ街を神城と歩いてるのを高校の誰かに見られたらそれこそ終わるな…。



9月も終わりにさしかかり、少しだけ肌寒くなってきた。

「くしゅんっ」

あ、くしゃみ…。

気にせず歩いてたら、肩にふわっと何かがかかった。


「これ着とけ」

見ると、神城のブレザー。

神城の匂いだ…。

あったかい…。


「優しいとこもあるんだね」

「お前は俺を悪魔かなんかだと思ってんのか?」

「悪魔そのものじゃん…」

「うっせえな、お前の秘密バラすぞ」

黙りまーす。



この前のホテルの近くの公園まで行くと、女の人が1人。

神城を見つけて大きく手を振ってから、隣のあたしに気がついて険しい顔をした。

てか、この人この前ホテルで遭遇した人だ。


合流するなり、女の人は神城に詰め寄ってあたしを指さした。


「誰? この女」

「俺の彼女」

「はあ!? 彼女いるって本当だったの? しかもこんな可愛い子…」


可愛いだって。

可愛いよね。あたしもそう思う。


「そういうことだから。悪いけど諦めて」

「結局顔なわけね。もういい」

女の人はそう言って、奏の顔を思いっきり殴った。


…殴った!?

あまりにナチュラルに事が起きて、一瞬何が起きたかわからなかった…。

女の人は去って行った。

神城を見ると苦笑。


「顔で選んでるのはお前の方だろ…」

小さくつぶやいてる。

まあ、人の気持ちをもてあそぶ神城が悪いと思うよ。

女遊びとか、女をなんだと思ってるんだ…。


って、あたしもプライドのためにイケメン大学生と付き合ってるんだから似たようなもんか…。


「まあ…とりあえず今日はありがとな」

「あたし隣にいただけだけどね」

「ははっ。おまけに一発食らったしな、俺」

「日頃の行いを反省しなさい」

「うるせ…」


なんかちょっと可愛いんじゃない?

やっぱ殴られるってそこそこダメージあるみたいだね。


仕方ないから、近くのカフェでコーヒーを奢ってあげた。

『なんで俺が犬に奢られないといけないんだ』と言う目であたしを見てるけど知らなーい。

いい加減犬扱いやめてよね!


口止めとしてパシリになるのはもう諦めたからいいけど、せめて人扱いしてほしい。

言ったって無駄なのでわざわざ言いませんけど。



カフェでしばらく話をしてた。

神城は、どうやら特定の女の子はいないらしく。

たまにああやって女の子と遊ぶんだって。


基本的には相手の女の子も遊びのつもりだけど、まれに本気で神城と付き合いたがる子が出てくるらしい。


「『王子はみんなの王子だから彼女はいないんだよねー!』なんてお気楽に言ってる学校の子たちが知ったら卒倒するね」

「杉谷の本性もなかなかだけどな」

うるさいな…。


「そういえば、なんで神城は猫かぶってるの?」

「特に深い意味はねえな。昔子役やってたし周りがチヤホヤしてくる大人ばっかりだったから世渡りとして自然とこうなってた」


御曹司な上に親が女優だもんね。

環境的に無意識で愛想振りまくようになったんだろうな。


「お前は?」

「ん?」

「なんでそんな自分偽ってんの?」

「あたしは…嫌われたくないからかな。嫌われるのが何よりも怖くて、みんなに愛されたくて、それでちょっと良い子ぶりはじめたら、どんどんエスカレートして、周りもどんどんあたしのこと好きになってくれて…。止まらなくなってた」


ある意味、周りからの評価に依存しちゃってるんだよね。

もうやめ時がわからないもん…。


って、あたしなんでこんなこと神城に言ってるんだろ…。

今まで聞いてくれる人なんて、当然いなかったからかな…。


「まあ進んで嫌われたい人はいないわな」

「…」

「俺は嫌われてもまあ別にって感じだけど、そう思えない人がいるのも理解できる」


『嫌われたくない。みんなに好かれたい』って感情を否定されると思ってた…。

そんなの不可能だ、諦めろって、言われると思った。

分かってくれるんだ…。


なんだかすごく嬉しかった。

あたしという人間を受け入れてもらえてる気がした。

「ケーキも奢ってあげようか?」

「犬から奢られる筋合いはねえよ」

結局まだ犬扱いだけどね…。


でもやっぱりなんだか嬉しい気分でそのまま家に帰った。


「ただいまー」

「おかえり」

家に入るとママ。

今日は珍しく早い時間に家にいる。

キッチンでは夜ご飯を作ってて。


「良い匂い。今日のご飯なに?」

「肉じゃが」

「やったー」


隣に立って横目でちらっとママの顔色を見ると、なんかイライラしてるっぽい。

多分彼氏となんかあったんだろう。

ママはすぐ恋愛に左右されるから一緒に暮らす娘としては困る。

さっきまで良い気分だったのに一気に嫌な気分になった…。


あたしに八つ当たりとかはしないけど、ママの気分が落ちてるときは家の空気が淀むから本当に嫌いだ。

口数の少ないママと一緒にご飯を食べて、その日は早めに眠った。



そして、神城にこき使われてから約1ヶ月。

初めは神城の犬なんて死んでも嫌だと思ってたけど、1ヶ月も経てば慣れてきた。


って、なんであたしがこんなことに慣れなきゃいけないのよ!

惨め~…。


今日は学食の席を取れと…。

学食の席は混むもんね…。

親衛隊の子たちを誤魔化すのが何よりもめんどくさい。

しかもこんな混む学食で、どんな言い訳して席を取ればいいんだ…。


「くるみちゃん、ご飯食べよー!」

「女子は気軽にくるみちゃんご飯に誘えていいよなー」

「男子うるさい! あたし達だって勇気出して誘ってんだよ」

スズナちゃんを筆頭に、ファン達の会話が聞こえる。


ここは幼稚園か…。

さあ、なんて言い訳しよう。


普段あたしは、豪華で可愛い彩り豊かなお弁当をママに毎朝作ってもらってることになってる。

でもそれ、大嘘。

ママが作ると地味でスカスカなお弁当になるから、前日の夜に一生懸命自分で作ってる。


自慢の料理上手なママって設定。

守ってあげたいキャラになりたいから、あたし自身は不器用で料理下手ってことにしてるけどね。


「ごめんね、ママが熱出しちゃって今日はお弁当なくて…。学食に行こうと思ってるの。でも、みんなお弁当だよね?」

「あっそうなんだ…。そっか、お母さん心配だね」

「うん…。早く良くなるといいんだけど…。一緒に食べたかったけど、ごめんね?」

「あたしの方が一緒に食べられなくてもっと残念…」

本当に残念そうなみんなを残して1人で学食へ向かった。


1人で学食に行くの、めちゃくちゃ惨めなんだけど…。

消えたい…。

みんな、親が作ったお弁当を残して学食に来る選択をしないのは良い子だと思うけど…。


あたしのことそんな好き好き言うなら、お弁当はあとにして学食着いてきてくれてもいいじゃん…。

着いてきてとかキャラ上言えないし。


でもそんなことウジウジ考えてたら学食の席を取り逃してしまう。

急いで学食に着いて、なんとか席を確保した。

目立ちたくないので奥の死角になる席。


『席取ったよ。奥のとこ』

神城にメッセージを送る。

『サンキュ。お前の分のメニューも取ってきてやるよ。何がいい?』

優しいし…。

なんかじわっと涙がにじんできた。


あたしが学食でぽつんと1人なのは紛れもなくコイツのせいなはずなのにな。

なのに神城のそんなメッセージが暖かいと思ってしまう。

それは多分、あたしのこの惨めな気分の大元の原因は神城にないから。

惨めな原因はあたしの心そのものだ…。



しばらく待ってたら神城が来た。

王子はあたしと違って遠くから羨望のまなざしで見られるタイプなので、堂々と単独行動。

約束したと思われたらあらぬ誤解を招くのでたまたま相席になった風を装う。


「いただきます」

神城が持ってきてくれたオムライスと小さめのグリーンサラダを食べる。

「お前、食事まで猫かぶってんの?」

神城が小声であたしを見ずに聞いてくる。


「当たり前じゃん…」

「大変だな」

大変だよ…。


オムライスもグリーンサラダも好きだけどさ…。

可愛いって思われそうな食べ物を選んで食べてる。

本当はスタミナ丼みたいなのが食べたい。


たまに自分でも何やってんだろうって思うよ。

誰もそんなこと気にしないのは分かってるのにね。


「神城はいつも学食なの?」

「教室と学食半々くらい」

「ふーん」

なんて話していたら、事件は突然起きた。

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