第1話 処刑
バンッ!バンッ!バンッ!
「なんで今日までの会議資料が出来てないんだ!?しかも誤字脱字だらけの読みずらい資料用意しやがって馬鹿なのかお前は!!」
デスクを叩く音が部署内に響く。
そこに座っているのは、1ヶ月前に他県から異動してきた太井部長。
ブクブクと太った体と怒ると真っ赤になる顔、大して暑くもないのに常に汗を掻き、体臭もかなりのものだ。軽いテロだ。
僕がこの部署に配属されて1年経ってすぐの出来事だった。
太井部長の前にいる女性社員が頭を下げたままピクリとも動かない。いや、彼女は小さな声でずっと謝り続けていた。
「始まったよ、部長の“公開処刑”……」
「前の部長に戻ってきてほしいよ……」
「鈴井さんかわいそう……」
周囲の社員の小声の会話が耳に入ってくる。
僕もその会話に心中で同意する。
太井部長が部署に配属されてからこの部署の空気はガラリと変わった。
退職者はまだでていないものの、それも時間の問題。部下にミスがあれば徹底的に指摘し、己の管理不足やミスを部下に押し付け、自分の仕事を押し付けて定時で退勤する。
そんな彼の振る舞いは部署からやりがいや成長を奪っていった。
誰も彼もが耐えていた。その場限りで終わるのだ。それに耐えれば、いいだけ。この日もそのはずだった。
「私はなあ!!お前のために言ってるんだぞ!!私は出来ない仕事量など任せない!!それが出来ないのはお前の能力不足なんだよ!!」
嘘だ。
部長のデスクの上に置いてある資料の数は遠目に見てもとても一人で出来る量ではない。
「どうせ結婚したら仕事辞めるからとかそんな甘い考えて仕事してんだろ!?見たらわかるんだよそういうのは!!」
違う。
彼女は一人で休み時間もとらずずっと作業していた。僕や他の人が手伝おうとしても彼女は『一人でやれってご指示いただいたので……』
と必死にパソコンに向き合っていた。
「鈴井って言ったかお前ぇ??どうせ彼氏とセックスばっかりして仕事のことなんか何も考えてないんだよなあ??」
震える彼女の頬を伝ってポタポタと小さな雫が床に落ちる。
「申し訳……ござ、いません……」
“公開処刑”
その言葉の通りだ。彼女の心がズタズタに引き裂かれてそれを踏みつけるのが見えるようだった。
それを見て僕の足は勝手に太井部長のデスクへと勝手に進んでいた。
「失礼します。拝見します」
「お、おい!!なにを勝手に!!」
返答を待たず彼女の作成した書類に目を通すと、確かに作成する書類としては簡単なもので、慣れていたら難なく作成できるレベルのものではあった。
最も、入社してまだ1ヶ月の彼女に全責任を負わせるようなものでは無かったが。
「ここからは僕が引き継ぎます。彼女はまだ入社して日が浅く、まだ教育期間中です。
それと、この資料は明日までのものになりますので本日の11時までには改めて提出します」
「なにを……っ」
太井部長は確認すると自分の間違いに気付いたのか「チッ」と舌打ちをつく。
「鈴井さん、すぐに助けに入らなくてごめん……」
「そ、そんなっあの……」
彼女に小声で謝ってからすぐに自分のデスクに向かって作業に入る。きっと1秒でも遅れたらまたこの地獄空間がまた作られてしまうからだ。
ほんとはちゃんと鈴井さんと話さないといけないけれど、それはまた時間を作ろう。
僕の行動を合図にするかのように社員はそれぞれの席にそろそろと戻っていく。
「おい、そこのお前」
太井部長は近くにいる男性社員を呼び寄せる。
「はっ、はい!」
「あいつなんて名前だあ??」
「……佐倉くんです」
「ああ、あいつが社長の……なるほどなあ……」
その日から僕の日常は終わりを告げ、終わらないデスマーチが始まった。
短かすぎる納期、細かい修正の連続、罵詈雑言の嵐、否定、否定、否定、否定、否定、否定の連続。
–––––––––––そうして1年が経つ頃には僕の心も体も擦り切れていた。
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