第九話 思いの行方

「これは──」

 目の前に広がる惨状と、光の洪水にオレオルはただ、息を呑み言葉を失う。

 辺りの空気と地面は振動していた。

 部下が下がるように進言したが、それを無視して馬を降り歩を進める。


 あれは──ルークスか?


 天から伸びる巨大な光の柱の中心に、蹲る人影がある。何かを大事そうに抱え、必死に耐えているようだったが。


 このままでは──。


 ルークスの命が危ない。

 そうして見ている間に、グラリとその身体が前のめりに倒れ込んだ。それと同時に、天からの光が止む。


 ルークス…!


 駆け寄りその身体を抱き起こす。

 背後に控えていた部下達は、止めることも出来ず、途方に暮れその場に立ち尽くしていた。

「ルークス…」

 抱き起したルークスの腕に、しっかりと抱えられていたのはシンの亡骸だった。

 顔は既に白く変化し、死亡してからかなりの時間が経っているのが伺われる。

「お前が…」

 ルークスを死の淵へ追いやった。


 私の元にいれば、一生、守られ安寧に過ごす事が出来たのに。自分の命を磨り減らす事も無かったのに──。


 ルークスが倒れ、戒めから開放された闇が、外へ出ようとする。しかし、それは再びルークスの身体へと吸い込まれる様にして消えた。

 オレオルが封印を施し、ルークスの中へ封じ込めたのだ。


 君の中へ、こんなものを封じ込めねばならないとは──。


 オレオルはルークスを腕に抱き上げ、シンから引き離す。シンを抱きしめていた腕が力なく垂れた。

「……、…」

 薄っすらとルークスの閉じられていた瞼が開き、何かを訴える様に青い瞳が揺らぐ。

 僅かに口を開いて何かを訴えようとしたが、声にはならない。

 オレオルは安心させる為、笑みを作ると。

「大丈夫だ…。後は私が引き受ける」

 その言葉にホッとしたのかゆっくりと瞼が閉じられ、小さく息をついた。

 そしてそのまま、二度と瞼が開く事は無かった。

「……っ」

 まだ色の残るルークスの唇ヘ口付ける。その拍子にぽつりと、白くなる頬に涙が落ちた。


 君は信じないかもしれない。

 けれど、私は真剣に君を愛していた。君から見れば、それは自分の気持ちを無視した、独りよがりの押し付けだっただろう。


 でも、愛していたんだ。ルークス。


 君を腕に抱いたとき、どれ程嬉しかったか。

 例え、君の心がこちらを向いていなくとも。いつか必ず、振り向かせる、そう思っていた。


 いつか、私を見て欲しかった。


 抱きしめ、首筋に顔を埋める。金色の髪がサラリと頬を撫でていった。

 もう、脈打つことはないそこは、まだ生きているかのように温かい。


 今なら、まだ間に合う──。


 自分の力なら、この身体に魂を戻すことができる。自らの魂ををルークスと同化させ、こちらへ引き戻すのだ。

 しかし、今、ルークスの身体には、闇が閉じ込められている。

 デセーオが育てた巨大な闇。

 ルークスを蘇らせるためには、その闇を全て外へ出さねばならない。

 そうなれば開放された闇によって、この世は今までにない暗黒に包まれる事になるだろう。

 いつかは光が勝つとしても、光の神子があの状態では当分、期待出来ない。

 そうさせない為には、オレオル自身の身に全ての闇を引き受け、神に祈り、再び光の矢で消滅させなければならない。

 それは自身の死も意味する。そうなれば、ルークスを蘇らせる事は出来ない。


 どちらを取るのか。


 迷う時間はない。それに、迷うなどありえないだろう。守るべきはこの世界。人々の安寧。光に満ちた日々。

 このまま、神に祈り光の矢を放てば、全て滅する事ができる。

 たった一人の人間と世界とを、天秤になど掛けられないだろう。


 でも、私は君を生かしたい。君をこの腕にまた抱きしめたい──。


 しかし、そこへ記憶が蘇る。


『シン! 戻るな…!』


 必死にシンを追おうとした。

 ルークスはたったひとりを見つけてしまったのだ。自分ではなく。

 生き返っても、ルークスの心は死んだ奴を追い続けるだろう。


 それくらいなら、このまま──。


 他に目を向けるルークスを、傍らで見るのは虚しいだけだった。


 彼の復活は時の流れに任せよう。けれど、条件をつける。彼の復活に合わせ私も復活するように、魂を繋げるのだ。

 この身を犠牲にする代わり、彼と再び人生が交わる様に。


 新たな生で、次こそは──。

 

 オレオルは、抱きしめたルークスの封印を解き、その全ての闇を引き受けた。

 解き放たれた闇が、一気にオレオルの身体に吸い込まれていく。まるで闇の濁流に呑まれる様だった。

「オレオル様…!」

 部下達はその様に近づこうとし、闇の瘴気に当たった。途端にその身体が霧散する。

「うっ、わぁ…!」

 残った者達は慌てて後退したが、その隙さえ与えず闇が襲いかかった。

「来るな…!」

 しかし、指示も虚しく、神子ではない彼らの身体は一瞬にして消滅した。

 闇がさらに襲う。

「っ…!」

 額に汗が滲む。

 身体が内側から押し潰されるのではと思うほどの圧と激痛が襲う。

 相当の力がなければ、闇を受け入れ自分の内に閉じ込める事など出来ない。


 ルークス。お前は自分には力がないと謙遜していたが。

 お前程の力を持つものは、光の神子のうち、誰一人いなかった。

 この私とて、例外では無かった。君こそ、闇を滅する為に選ばれたのだ。私は、君を死なせたくないが為、立候補したに過ぎない。


 君を、失いたく無かった…。


 光の館で偶然見かけた君は、弟の来訪に今まで見せたことのない、心底嬉しそうな笑みを浮かべて見せた。

 輝いて見えたその笑顔に釘付けとなり。あの笑顔を、自分にも向けて欲しかった。


 私から彼を奪ったもの、全てを恨む。

 闇も、光も。そして、あの男も──。


 最後に手のひらに闇のかけらを取り、握りしめる。

「神よ! 再び、この身に光の矢を…!」

 途端に、目も開けていられないほどの光の矢が天井から降り注ぐ。

 闇の断末魔の声。

 全て終わる頃には夜が明けていた。


+++


「…これは」

 すっかり夜が明け、その惨状に目を覆いたくなる。

 ライオは連れてきた兵と共に、累々と折り重なる屍を目にした。

 突然、空に現れた光の柱を追って、森の奥へ分け入り、崩れた廃墟の中でそれを目にしたのだ。

 既に光の柱は消えている。音もなく現れ、消えていった。

 離れた場所に折り重なる様に倒れた兄ルークスとオレオルを見つけた。

 光の神子二人が伏しているのは、その力を使い切ったからに他ならない。

 使い切るのはただ一つ。闇を滅した時のみ。


 あの、光の柱はそのせいか。


 グッと手のひらを握り締める。


 兄さん…。


 倒れた二人に近づいた所でもう一つ、その足元に人影を見つけた。

「シン…?」

 身体半分を失っているその様子から、兄より先に亡くなっただろうことが見て取れた。


 兄さんは、どんな思いで…。


 膝をつき、ルークスを抱き起こす。オレオルの腕から引き取ったその身体はとても軽い。

「…帰って来ると、約束…しただろ?」


 シンと幸せになると。


「こんなんじゃ…」


 幸せにはなれない。


 冷たいその身体を抱きしめると、嗚咽が漏れた。

 それでも、短いながら思うように生きたのだから、それはそれで、幸せだったと言えるのか。

 ライオはそっと、シンの傍らにルークスを添わせる様に横たえ、身につけていたロープをシンの身体にかける。

 金糸が漆黒の髪に絡まった。

「兄さん。シン…。幸せだったかい…?」


+++


 その後、ライオは領主の跡を取り、一帯を治めることとなる。一帯をヴェネレ王国とし初代王となった。

 首都の名を、亡き兄から取り、ルークスとする。

 闇は去った。

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