第十話 永遠に

 

 そして、時は巡る。


「ソアレ! 勝手に歩き回ってはだめだ。応接間で待っていろと言われただろう?」

「大丈夫だって、アステ。叔父さんは優しい人だって──」

 前を見ていなかった為、廊下を曲がった先で突然、現れた人とぶつかる。

「っ!」

 思い切り鼻先をぶつけ、背後に倒れそうになった身体を引き止めてくれた腕があった。

「ソアレ、だね? ようこそ。挨拶が遅れて済まなかった」

 金糸の髪に紫の瞳が見下ろしてくる。眼差しは優しい。

「フォンセ、叔父さん…?」

「そうだよ。はじめまして。ソアレ」

 その整った容姿はまるで陶磁器で出来た人形の様。思わずポカンと魅入っていれば。

「ソアレ、こちらへ」

 アステールがグイと腕を引き、一歩下がらせた。

「失礼致しました。──きちんと立て。ソアレ」

「もうっ、分かったって」

 すっかりアステールの腕の中に抱え込まれたソアレに、フォンセは笑うと。

「まるで親子の様だね? いや、兄弟かな?」

「とんでもありません。私はただの側付です…」

 ソアレの傍らに控えたアステールは、恭しく頭を垂れながらも、シルバーグレーの瞳をフォンセから離さない。不測の事態に備えているのだ。

 それに気づいたフォンセは苦笑したあと。

「しっかり者の側付だね? そう警戒する必要はない。私はソアレを危険な目には合わせない…。さあ、ソアレ。広間でお茶にしよう」

「やった! お腹、ペコペコ…」

「ソアレ」

 アステールの諌める厳しい口調に、直ぐに居住まいを正すと。

「フォンセ叔父様、お気遣いありがとうございます…」

 小首を傾げて見せたソアレに、フォンセは目を細めた。

「さあ。行こう」

 フォンセはソアレの小さな背中に手を添える。

 そこに宿る闇を、まだ幼いソアレもアステールも、気付くことはなかった。


+++


「ルークス…。そうだ。ルークスにしよう!」

「レーゲン?」

 ベッドに横になっているアストレアは、鈴の鳴るような涼やかな声で、傍らに立って、眠る息子の顔を覗き込むレーゲンを振り仰いだ。

「ソアレ・ルークス・スプランドゥール。いい名だろう?」

 アストレアは微笑むと。

「首都と同じ…。初代光の神子、ルークス様から?」

「ああ。そうしたいんだ。いいかい?」

 レーゲンは目をキラキラ輝かせてアストレアを見つめる。

「勿論。いい名だわ。きっと強く賢い子になるでしょう。…ソアレ」

 アストレアは、優しい眼差しを、黒髪に青い目を持つ息子に向けた。

「ソアレ・ルークス・スプランドゥール。今からそれが君の名だ」

 レーゲンは大きな手のひらで、ソアレのまだふわふわとした黒髪を撫でる。その気配に一瞬、目を覚まし、蒼い目を向けた。

「いい子だ…」

 レーゲンはその眼差しを、どこか記憶の奥で知っている様な気がしてならなかった。


+++


「ルークス…」

 呼ばれて、目を覚ます。

 顔を上げれば、目の前にシンがいた。

 黒い髪は艶めき、柔らかい灰銀の眼差しでこちらを見つめている。

「シン…?」


 俺は…? どうしてここにいるのだろう? これは、夢? 現実?


 すると、シンが笑う。

「ある意味、現実だ。そんな事より、行こう」

「どこへ?」

「見せたい場所があるんだ。沢山な?」

「沢山…。というか、ここは? それに俺は…」


 死んだはず。


 するとシンは笑って。

「あちらでの生を終えただけだ。これからは、この世界で暫く過ごすことになる。しかし、せっかく色々案内しようと思ったのに、あなたはちっとも起きようとしないから、どうしようかと思っていた所だ」

「俺は、そんなに寝ていたのか?」

「まあな。でも、ここに時間はない。寝ていたとしても大した時間じゃないんだ。ほら、手をかして」

「ああ」

 手を繋ぎ歩き出す。その手を見つめ。

「俺はもう…君と離れなくていいのか?」

「ああ。離れなくていいし、離すつもりもない」

 ぎゅっと握った掌を、シンは口元に持っていきキスをする。

 そこから確かな温もりが伝わってきた。

「そうか…。それなら、いい」

 ルークスは手をつないだまま、そっとその肩へ頭を寄せる。


 ずっと、一緒だ──。


 傍らのシンはふっと笑みを浮かべ、額にキスを落とした。

 辺りには金色の草原が広がり、時折吹く緩やかな風が頬を撫でていく。

 二人の行き先を、明るい光が照らし出していた。



ー了ー

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