清宮誠
耳元で携帯のアラームが鳴り始める。朦朧とする意識の中、ゆっくりと体を起こして携帯を手に取る。親指と薬指で目元をつまみ、
あれからもスーパーではお客さんの来店が絶えず、レジは常に混雑していた。レジ袋の付け忘れやポイントカードの聞き忘れなど、昨日のミスの頻度は特にひどかった。失敗をするたびに体がこわばり、声がカタコトになってしまうこともよくあった。切り替えようにも、次々にレジ横のサッカー台へ買い物かごは置かれていく。飲み物を取りに行く暇もなく、辛抱強く仕事に従事するほかなかった。
キノシタドラッグのアルバイトを初めてまだ1か月。仕事のリズムには少しづつ慣れてきたが、いまだに凡ミスが絶えない。従業員の方は優しく、自分が失敗しても怒鳴ることはなく励ましの言葉をかけてくれる。だからこそ、仕事のできない自分を情けなく思う。早く仕事を完璧にこなせるようになりたい、最初のころはそう思っていたが、今は半ば心が折れかけている。ミスをするたびに客から向けられる、失望のまなざし。それがたまらなく怖いのである。
月5万の奨学金と両親からの援助もあり、今の生活は安定している。しかし将来を見据えるならば、在学中に少しでも奨学金の返済に充てるお金をためておきたい。そう思い始めたアルバイトだが、やはり自分には向いていないのかもしれない。バイトのミスがどうしても気になり、最近は夜も眠れなくなってきた。バイトに行きたくないという気持ちが日に日に強まる。
電気ケトルに水を注ぎ入れ、スイッチを入れる。とりあえず、単位獲得のために大学にはいかなければならない。複雑な心境をごまかすため、誠は大きく深呼吸をした。大学はもうすぐ年末休みに入る。ここが正念場だ。インスタントコーヒーの入ったカップにお湯を注ぎ入れ、床に敷かれたクッションの上に座る。コーヒーを一口すすり、誠は再び携帯を手に取った。家を出るまでの間に、なにか興味深いネットニュースが上がっていないかを詮索する。
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そうか、昨日はサッカーの試合があったのか。ふと、高校まで続けていたサッカーの思い出がよみがえる。毎日欠かすことなかった朝のランニングとドリブル練習。近くの河川敷で無作為にカラーコーンを並べ、その間を通り抜けるようにひたすらドリブルをした。シュート練習では、オーバーワークで一度肉離れを起こしたこともあったが、それでもサッカーを辞めたいとは一度も思わなかった。自分でいうのもあれだが、かなりストイックな生活をしていたと思う。特にサッカー観戦は一番の楽しみで、まだ幼いころは自分もこの舞台に立てるのではないかと淡い期待を抱いていた。
けれど、現実はそう甘くない。所詮は田舎のサッカー部。地区大会を突破して県大会にまで出場できれば良い方だ。自分一人がどれだけ努力しても、越えられない壁がある。結局、高校3年の最後の夏も県大会1回戦目敗退の結果となった。僕にとって、高校3年の夏の終わりはサッカーと別れを告げるのにちょうどいい機会だった。いつの間にか、幼いころに抱いていたあの熱い気持ちは僕の中から消えていたから。
部活動引退後は受験に専念するようになり、寝る間も惜しんで勉強に取り組んだ。授業には基本的に集中して取り組んでいたこともあり、7月に行われた模試の結果はまずまずなものであった。志望大学の目標点数と照らし合わせても合格ラインまであと少しの結果であり、後の期間は残りの点数を充足することに焦点を当てて勉強に励んだ。合格判定の伸びに苦しむ時期もあったが、それでも前向きに勉強を続け、なんとか志望していた大学に合格することが出来た。それが、今通っている
入学後に部活はまだしも、サッカーのサークルに入ろうか悩んだこともある。けれど、勉強に費やしたブランクもあり、今の自分の実力がどの程度かを知るのが怖い。それに、大学にはサッカー強豪校から来た学生もいるだろう。そんな人間が今の僕のプレーを見たらどう思うかなど、一目瞭然である。そんな心配もあり、どうしてもあと一歩を踏み出すことが出来ない。加えて、今は勉強とバイトで頭がいっぱいだ。まずはそっちを落ち着かせなければいけない。
コーヒーを飲み終えて時間を確認すると、時刻は8時15分を過ぎていた。家から大学までは大体20分。40分までには家を出ないと講義に遅れてしまう。シンクにカップを置いて服を着替え、リュックサックの中の持ち物を確認する。すると、携帯からピロンという通知音が鳴った。画面には友人である
「今大学に着いた いつも通り左列の前から3番目の席とっておくな!」
相変わらず亮平は大学に行くのが早い。5分前どころかまだ40分前じゃないか。携帯から再び通知音が鳴る。どうやら亮平からスタンプが届いたようだ。メッセージアプリを開くと、かわいらしいクマのような生き物の「到着!」という音声が流れた。今はこんなものまであるのか。携帯はこれまで連絡手段としてしか利用してこなかったため、こういった娯楽的な要素に関しては自分はまだまだ疎いようだ。張りつめていた空気が少しだけ和やかになったような気がした。
洗面所で歯を磨き、寝癖のついた髪の毛をブラシで整える。乱雑になったベットの毛布を整え、勢いよくカーテンを開けた。ガラスの奥では雪がちらついている。クローゼットから厚手のジャケットを取り出し、身にまとう。机に置かれていた腕時計を身に付けてリュックサックを背負い、誠は玄関の扉を開いた。
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