第31話

 腹への2撃に呼吸すら自力で出来ないヒジリは酸素マスクを与えられながら担架で運び出された。保健室には看護学科だけでなく、治療科医学学科という最高峰の学力を求められる学科を目指す生徒すら集まってくれた。無論、保健室の養護教諭も手を貸してくれ、全力を以って彼の治療をしてくれる。

 オーダー校という学力などある意味度外視の学校なのに、彼らは迷わずにヒジリの身を案じて行動してくれる。だが彼らには悪いが、正直病人という存在が好きな様子が見受けられた。私の元に訪れた、あの血を見るのが好きな先輩も1年前はこうなのだろうと想像させられる。しかして、ヒジリの様子はみるみるうちに正常になり、呼吸も楽そうに表情も明るくなる。

「じゃあ、ミトリさん。後はお願いします」

「はい、任せて下さい」

 恐らく医学学科入科の筆頭と思わしき男子生徒が保健室から辞した後、ミトリという看護学科入科の気鋭が交代する。完璧なタイミングであったらしく、ヒジリも寝息を立てて深い眠りへと落ちる。しばらくミトリと彼の様子を見届けていたら、我々の担任が訪れ「サイナさん、少し」と呼ばれたので「お願いします」と私も退室する。

 そこには担任と4人がおり、私と入れ替わるようにシズクが入室して行った。

「私は詳しくは聞いていませんが、ヒジリ君は誘われたから受けたのですね」

「はい。ヒジリさんからではありません」

「………自主性を重んじるなんて、言わなければ良かった。受ける事も考えていましたけど、彼はあの性格ですから恐れて受けないと思っていたのに————過ぎてしまった以上、取り返しは付かないですね。彼の容態は?」

「まだお腹を押さえてますけど、眠ってくれています」

「——————サイナさん以外は入って良いです。だけど、騒がないように」

 人払いだと察して3人は大人しく保健室へと入っていく。

「時間がないから単刀直入にいいます。ヒジリ君のあの戦闘技術、どう思いましたか?」

「………殺す事を躊躇っていませんでした」

「はい、私にもそう見えました。もっと直接言いましょう、もし訓練でなく、相手があの実力者でなければ、既にヒジリ君は殺人者としてオーダーの拘束対象になっていた所です———————やはり、彼は危険です。あの力がなくとも」

 もし訓練ではなく実戦であったなら、彼は簡単に人に致命傷を与えていたかもしれない。それも、なんの迷いなく。ただ必要だからという理由で。あれには欲望はない。簡単な算数だと答えるように、人を刺せるし撃っていた。

「私も教員であってオーダーである以上わかっています。容赦なく人を撃てる、刺せる子をオーダーは欲している。その点でいうのなら、彼は来るべくして来た、オーダーが望んだ通りの逸材です。だけど、それだけで良い訳ではありません—————彼の心は砕ける寸前にまで陥った。そして、その結果、自制するという当然の抑止すら失ってしまった。あの医者から聞いています、あなた達には欲望の形を教えてくれと言ったと」

「—————自制する形すらない」

「恐らくそうです。もしくは私達にとっての自制心と彼にとっての自制心は違うのでしょう。彼の性格は一言で言えば弱気で卑屈————これでは二言ですね。日常生活で言えば、それが自制の、善悪の基準で壁に成って見えますけど、ヒジリ君は簡単にそれを越えられる。いえ、そもそもそんな壁などないのでしょう」

 担任が保健室の扉に向かって、そう話してくれる。

「彼にも慈愛の心はあっても、それは私達人間のそれとは違う気がします。慈愛の心はあっても、それを理由に殺さない理由にはならない」

「先生が、あの医者の先生が言ってました。彼は人間ではないって」

「—————それが正しいのでしょうね。一体、どれだけの経験をしてきてしまったの。あれでは心がないも同然です。私では、彼の心を量れない—————査問学科であれだけ勉強して来たのに、類するものがない。サイナさん、あなたにお願いがあります。彼へ人間の欲望を教え続けて下さい。少なくとも、人間にとっての善悪感情を教えてあげて。あなたは彼のパートナーになった責任が、」

「わかってます。私には彼を求めた責任があります。必ず、教えてみせます」

「………本当に頼もしい。良かったら教員を目指して、いえ、あなたは商人を目指していたのでしたね。なら、商人の判断基準、利益と縁を教えてあげて。そうすれば、何が自分にとっての利益、善で、不利益である悪に成り得るかわかるでしょう。私も出来るだけ手を貸しますから。じゃあ、先生も彼の顔を見に行きますね」

 ふたりだけの約束を交わし、私も彼のいる保健室へと戻った。




「また消えた!?」

 あの一戦から数日経った時だった。既に彼は完治し、寮と学校を行き来する、依頼を受けては外の世界へと向かい手錠をかける生活をしていた。とても健全で健康で、オーダーらしい清く正しい日々を送っていた。けれど、その彼が約束の時間に成っても現れない。その上、誰に聞いても知らないと言われる。一抹の不安を抱えた私は、彼の幼馴染であり、一時のパートナーであった彼女に意見を仰いだ。

「シズクさんが連れ出したりは?」

「しないしない!!取り決め通り、一人でも生活できるように練習させてるもん!!」

「では、たまたま?」

「でも、約束の時間に成っても来ないって気に成るね。どんな約束だったの?」

 遂に言う時が来たと思った。

「—————ミトリさんに、紹介する為です」

 きっとシズクも息を呑んだ事だろう。前々から話していたからだ。

「ミトリと彼の紹介合いだったけ」

「はい、なかなか叶わなかった機会です」

 まだ数週間しか経っていないが、それでもあれだけ世話になったミトリとの約束なのだ。絶対に破る訳にも流す訳にもいかない。今日この日の為に、ヒジリの日程は調べ上げ約束し、ミトリの実習や仕事との相談もしていたのだ。今日をおいて他にない。

「そっか。ついにミトリの彼氏も知れるんだ。で、言ったの?」

「言った?何をですか?」

「ヒジリに告白したの?」

 人が見れば頭から何か浮き上がって見えた筈だ。そのたったの数文字の質問に、私は狼狽して黙ってしまう。彼に告白など、ずっと待ち望んできたのだ、決して恐れてなどいない。しかも、彼は私にお見舞いと称してカーネーションの花束を送ってくれたのだ、いわゆる脈あり、としか言いようのない関係であるのは間違いない。

「サイナ?どうしたの?」

 スマホの向こうから私を呼び掛ける声がした。そこで、ようやく我に返る。

「でさ、したの?どうなの?」

「………してません」

「なのに彼として紹介するの?それって、」

「べ、別に逃げ道を塞ぐ訳でも既成事実を作る訳でもありません!!そんな、卑怯な真似は絶対にしません!!サイナ商事はいついかなる時でも、皆さまの信用と信頼を第一に考え、決して不利な交渉も法外な請求もしない事をここに誓い、」

「あー分かった分かった。その文言知ってる。私がサイトで入力したんだから。じゃあ、どう名目で紹介するの?ミトリは彼だって認識してるんでしょう?」

「………その、ミトリさんも彼ではないらしく、まだ親しい間柄と、」

「似た物同士じゃん。あ、でも、その彼の部屋に出入りしてるミトリの方が一歩先を進んでる感じか。ミトリもサイナと同じ事を考えてるんじゃない?ここで紹介する事で退路を塞ごうって魂胆じゃない?」

「ミトリさんが、そんな事を—————」

 否定しようとしたが、あのミトリの事だ。優しく誰に対しても献身的で分け隔てなく治療を施してくれる中等部の天使。けれど、彼女は誇り高い狼の心臓を持っている、送り狼と呼ばれる程に狡猾で計算高い狼を感じさせる彼女の事だ。友人に紹介すると言いながら、「私の彼ですっ!!」と聞かせ、断らせる時間を奪うかもしれない。

「もしそうなった時、私だけ彼を紹介出来なかったら、どうすれば………」

「その心配をする前に探し出さないと。まだ時間まではあるんでしょう?」

 約束は最終下校時間の寸前。予約してレンタルしているモーターホームの中でする予定だった。今日この日の為に用意した高級車。それを無駄にすることは、商人としての心が許さない。シズクの言う通り、まずは彼を探すべきだ。

「そうですね。まずは出来る限り探します」

「うん。私もまだ中等部にいるから一緒に探してみるね。で、今どこ?」

「私達の教室です。いるのなら、と思い来たのですけど」

「空ぶった訳か。私も今私の教室、そっちで言うところの別棟にいるから歩いてみる。でもおかしいな?」

「おかしい?」

「ヒジリが約束を破るのって、なかなかないよ。よっぽどの事がない限り守るから」

「では、あるのですか?」

「あるにはあるけど、うん、でもまずない。絶対に、って言えないのは、何かヒジリでは解決できない不測の事態に陥っている可能性があるかも」

 彼は、あの一戦以来、その実力を買われ、多くの生徒に話し掛けられている。シズクが言葉にするほどの高い学力と秀才を追い詰める程の身体能力を使って、多くを解決し、依頼や仕事を全うして来た。あの日から数日とは言え、毎日引っ張りだこと呼べる引く手あまた、そして活躍ぶりを、私も同行して来たから確認出来ていた。

 けれど、難点もあった—————。

「………女の子に言い寄られている可能性が」

「力はなくなっても、あの顔は健在だからね………」

 観衆の元、裏付けされた実力、知られざる知性を知られ、しかもオーダーとしての精神を兼ね備えた強者。その上、急に現れてまだ誰も手垢を付けていない無垢な彼を誰が放置出来るだろうか。トドメにあの顔だ。男子生徒ではない、女子生徒の誰が彼を無視できる。ただ廊下をすれ違うだけで後を追われる程の美貌を持つ彼を。

「でも、あの性格が————その………」

「あれがヒジリの最大のネックだからね。良さって言えるかもだけど、どうにかすべき溝だよ」

 私のような知り合いが話しかけてもアレなのだ。知らない女子生徒から急に話し掛けられた彼は、あのダメさ加減を遺憾なく発揮してしまっている。彼自身は大いに必死で、話し掛けた方の側も、それは伝わっているが、想像と現実の差に打ちひしがれてしまう子も続出した。実力はあるのに弱気、知性はあるのに臆病、容姿はあるのに卑屈。それでもなおオーダーの精神はあるので、全力で役割に徹してくれるので質が悪い。準備万端で逮捕時の口上も言え、法務科への引継ぎも出来るのに—————。

「まぁ、それはおいおい矯正するとして、どこかあてはあるの?」

「それが、行ける場所はほとんど………」

 少なくともこの本校舎と呼ばれる棟は全て見回したが発見出来なかった。本当に消えてしまったように見当たらない。もし、彼がいれば今なら人だかりが出来ている筈だ。そんな目立つ彼の姿が見えないのは、違和感があった。

「————先生」

 私のクラスの担任。彼女は私にあなた達にはもう何もしないと約束してくたが、何かあればそれを反故にするのもオーダーだった。未だ彼は、あの力の放出していた前科があるのだ。本当に、また何かあれば何の迷いもなく彼を捕縛、真に幽閉するだろう。

「そっちの担任ね。確かに、連れ出せて理由があれば帰さない、スマホも使わせない事も出来る。そうね、私への検診もほとんど強制だったし。じゃあ、職員室じゃない?」

「はい、ひとまず職員室に向かいます。見つかったらまた連絡します」

「うん、私もいたらチャットするね。全く、どこにいるんだか————」

 シズクとの連絡を終え、私は一度教室中を見渡すがやはりいない。既に友人も退室しており、数人しか残っていなかった。私はシズクとの話し合いに従って、あの職員室へと向かう。オーダーの教員にも職員室と呼ばれる授業準備前後に足を運ぶ部屋が用意されている。だけど、教員でありオーダーの大人が出入りする部屋なのだ、よほどの事がない限り近づきたくないし、その中を見たくもない。

 そんな魔境を目指し、私は本校舎の二階を目指す。

「あ、イサラさん」

 廊下に出た時、イサラを見つける。

「ん、サイナ。どうしたの?」

「どうした、とは?」

「あの車、サイナのでしょう。仕事なら早く行った方が、あー深夜の指定だったりした?」

「いいえ、今日は私的な理由です。イサラさんもどうして?」

 彼女に歩み寄り、軽く質問する。

「暇だから話し相手を探してるんだぁ。もし良かったら一緒に訓練でもどうって」

「訓練………すみません。今日はヒジリさんと約束があって」

「あ、そうなの。別にいいよ、先約がいたなら無理に誘えないし。でも、そのヒジリはどこ?なんか、探したけど見当たらないんだけど」

 そう言ってイサラもキョロキョロと見回すが、彼の影も見当たらない。

「私も探しているんですけど、見当たらなくて。これから職員室にと」

「職員室………あり得るの?」

 あのイサラからしても、オーダーの職員室など踏み入れたくないと表情で伝えて来た。

「でも、本校舎で探せる場所は探したのですけど。見ていないとしたら」

「そういう事ね。じゃ、私は行くや。またね」

 と、言い終えたイサラはそそくさと去ってしまう。しかし、振り返って来た。

「ちなみに、彼との約束ってどんなの?」

 まぁ、妥当な判断だった。イサラも彼の力を受けてしまったのだ。彼を取り巻く状況が気に成るのもわからなくはない。だから、私は彼女の傍により耳元に口を寄せる。彼女もそれを察して、耳を近づけて静かになる。

「————ミトリさんと彼の紹介合いです」

「彼の、紹介合い………もしかして、ミトリの彼がわかるの————」

 ここで大声を出さないのだからイサラもオーダーだった。

「それ、私も付き合っていい?いや、遠くで見ててもいい?」

「私はヒジリさんを紹介するので、構いませんが、ミトリさんの確認を取れたなら」

「じゃあ、私はミトリに聞いて来るね。ミトリのクラスならわかるから。じゃあね」

 決めたら即断即決。とても彼女らしい、オーダーとしても友人としても好感が持てる行動力だった。イサラが過ぎ去った後を追い、私は階段を下りて2階へと降りる。

 そして、数度の曲がり角を行った先の職員室へと近づく。そこ付近は既に生徒の庭ではなく、教員の領域であり空気さえ違って見えた。そして扉に手を叩く瞬間。

「あれ、サイナさん」

 と、我らが担任が姿を現した。

「どうしたの?職員室に来るなんて。かなりの理由だと思いますけど」

「先生。つかぬ事をお伺いします」

「え、ええ。どうぞ」

「ヒジリさんを連れ出したりは?」

 何の事?と言わんばかりの反応だった。だが、この担任の事だ、どんな嘘も真実の様に話しかねない。その片鱗をあの教室で目の当たりにしたのが、つい昨日の事のようだ。

「いいえ、彼には何も」

「本当ですか?」

「う、生徒からの信頼がない………これでも、私なりに必死なのに………」

 この口振りと弱みを自然と見せてしまった様子からして、どうやら本当に知らないらしい。最後に数秒だけ視線を合わせ続け、逸らさないかどうかを確認する。

「わかりました。ひとまず第一候補からは外します」

「そこで候補から外すと言わないのだから、日々の積み重ねを感じてしまいます………ヒジリ君を探しているのですね。何か仕事の依頼か約束でも?」

「—————これは生徒同士の、いえ、乙女の約束です」

「先生だってオーダーで教員である前に乙女です。前にも話した通り、無視はダメですよ。様子から察するにミトリさんに関係する事と思いますが、どうですか?」

 まるで知っていたかのような推理だった。思わず一歩下がってしまう。

「ふふ、少しは見直しましたか?これでも教員でありオーダーです。あなた達が前々から親しくして、自身の彼の話をしていたのを知っています。本当に眩しい青春です。私も学生時代が懐かしい—————それで、正解は?」

「………正解です。今日、ミトリさんと彼の紹介合いをしようと約束していました」

「そう、知らない者同士を引き合わせる為に計画を立てるのは、オーダーであれば人材紹介の延長線上にある仕事のひとつです。人脈を形成する上で、とても正しい選択です——————でも」

 その『でも』の後に続く言葉がなかった。

「うん、言わぬが花、という言葉もありますね。それに、もうすぐ桜の季節なのです、花を望んでもいい季節でしょう。そう遠く内に散るとしても一時を楽しむのが日本人の儚さに美を感じる感受性、俗に言うわびさびです。先生、今結構先生らしい事を言えたんじゃない?」

 ひとり嬉しそうに微笑む先生は、

「じゃあ、私はこれから職員会議がありますから失礼しますね。何があってもオーダーの精神を忘れないようにね。でも、先生、サイナさんにならオーダーらしからぬ無法も、あなたには期待してしまいます。勿論、対象の選択が最優先ですけどね」

 と、楽し気に去って行った。本当に知らないらしく、振り返らずに行ってしまった。

「ここにもいない。では、どこに」

 ひとまずここから去ろうと職員室前から離れ、学食へと渡り廊下を通って入る。

 そこはこれから向かう仕事や依頼に向けて腹ごしらえ、または話し合いの場にしている生徒も見られる、開放的な憩いの場であった。話を聞かれても構わない内容をする、同時にいい仕事仲間なり得る相手を探す場でもあった。

「サイナっち」

「サイナさん」

 そこには二人の友人が、それぞれのチームを交えて会議をしていた。

「これからお仕事ですか」

「はい、と言っても仕事の期限はしばらくあるので、まずは顔見せです」

「そーだよー。結構大きい仕事だからね、念には念をって奴な訳ー」

 和の雅さを感じるチームと、髪を染める自己表現を良しとするチームが揃っている事に、少しだけ違和感を覚えたが、それぞれ特色や得意としている事が違うのだ。成功報酬は山分けになるのが基本だが、仕事を終えるのが第一目標である以上、得意不得意を補い合うのは至って普通。むしろ混在一体と見ればいい関係かもしれない。

「んで、サイナっちはどしたの?なんか探してるみたいだけどー?」

「ええ、今ヒジリさんを—————」

 そう言った瞬間、それぞれのチームがざわつくのが見えた。

「あー、いずれヒジリっちを紹介するって言ってたの」

「はい、あの戦闘を観戦していた方々は皆ヒジリさんとの関係を模索中です」

 末恐ろしかな、彼女達のチームばかりか他クラスの生徒も彼との知り合いを探して、クラスが同じ生徒に話し掛ける光景をよく見た。しかも、あの一戦を見逃した生徒は、動画にお金まで出す始末。私も録画していれば一儲け出来たかもしれない。

「ヒジリさんを探しているのですね。でも、彼はここに来ていませんよ」

「何か、急な用事ー?」

「前々から約束していたのですが、姿が見えなくて」

 私も一度学食を見渡すが、二人の言う通り見当たらない。

「まぁ、見た通りいないよー。見かけたら教えてあげるねー」

 と、言われたので私は学食に背を向ける。

「もし」

 そう言って振り返ると、彼女達のチームも含めてこちらを見る。

「もし、イサラさんから何か言われたのなら、許可はご自分で取って下さい」

「え、何の許可ですか?」

「なに、その入り方………しかも、ちょっと怖いんだけど………」

「いいえ、では私はこれで。お邪魔してすみませんでした」

 そこで私は学食を出て、再度渡り廊下を通り本校舎へと舞い戻る。けれど、彼は見当たらなかった。どうしたものか、と考えていると—————あのソソギが歩いていた。思わず一歩下がってしまったが、こちらを視認した時、ソソギが歩み寄って来る。

「ひとりでいるの?意外ね、彼はどうしたの?」

「わ、私も今探していまして」

「そう。私は見てないわ」

 イサラとは違う意味で遊びがない人だった。それにしても、ただの日常会話でしかないのに、彼女との会話には大変な労力を支払ってしまう。私の方だけが。

「見かけたら、あなたが探していたと教えてあげる」

「あ、ありがとうございます………」

 それ以上は何も言わず、その長い足を使って私の真横を通って行ってしまった。初対面よりも息が楽ではあるが、それでもこの緊張感はぬぐえなかった。けれど。

「あなたから聞いた恋の話、とても参考になった。初めての感情だった」

 と、去り際に言葉を残して行った。あのソソギに恋の講釈など、今思えば何を考えていたのかと後悔してしまう。しかし、ソソギにあんな言葉を出させたと考えれば、私もなかなかの弁舌が育って来たようだ。これは商売に活かせる気がする。

「次はどこを」

 もう時間はあまり残されていなかった。ついスマホを見た時、ミトリからの連絡が入る。もしや、もう車の前まで来てしまったかと思い、恐る恐る耳に当てる。

「はい、サイナです………」

「サイナさん、勝手なお願いで申し訳ありません————ッ!」

 と、突然謝って来た。しかも、かなり焦っている様子も言葉から感じられる。

「どうしました、何かありましたか。今、どこに」

「い、いいえ、私は大丈夫です。だけど、約束の時間を遅らせる事は出来ますか?」

 まるでこちらを見ているような提案だった。

「時間を。はい、問題ありませんけど………」

「すみませんすみません!!紹介する予定だった彼が、どうしても見つからなくて。もしかしたら知らない人と会うのが嫌だったのか、逃げてしまった可能性も」

「そ、それは大変ですね。もし見つかったら言って下さい。また日を改めましょうね」

「本当にすみません!!前々から伝えて、少しなら大丈夫と言ってくれてたのですけど、まさか直前になっていなくなるなんて考えてなくて!!もし、見つからなかったらまた連絡します!!この埋め合わせは必ずしますから!!どうか!!」

「—————私からも言わないといけない事があります」

「サイナさんも?」

「実は私の彼も見当たらなくて—————ミトリさんの彼のように」

「ま、まさか、そっちも?」

「………はい。最悪の場合、逃げてしまった可能性も」

 ヒジリはシズクの紹介で、表面上は初対面を果たしたが、それでも彼は気まずそうに目を逸らしていた。あれはシズクという幼馴染でオーダーで唯一信頼出来る人だから起こせた奇跡かもしれない。数日とは言え、ヒジリの様子を見ればわかる。

 あまりどころか、正直初対面の人との会話は苦手だ。しかも筋金入りの。

「そ、それは………お互い大変です、すみませんすみません!!一緒にしてしまって!!」

「いいえ、お互い大変です。なら、これはお互いの彼の為です!!必ず見つけ出しますので、紹介し合いをしましょう!!例え初めましてが苦手だったとしても、これは彼たちの為です!!ダメはダメでも挨拶も出来ない人はいけないと思います!!」

「そ、そうです!!例え気まずいのが苦手だとしても、敵前逃亡が許されない時が来ます!!その日の為に、私も絶対に彼を連れて来ますから、待っていて下さい!!」

「ええ、必ず連れて来ます!!つきましては、場所の候補はどうしますか?最終下校時間まで見つからなかった場合、門は閉ざされてしまいますので」

「じゃあ、病院前、またはゲート前でどうでしょうか。そのまま食事などは?」

「いいですね。きっとすっごい暗い空気になるかと思いますけど、いっそ突き抜けてしまうのも一興です!!私達も、その空気に慣れる為に努力しましょう!!」

「うぅぅ、想像しただけで申し訳なくなりそうです………彼はダメですから」

「………私もです。私の彼もかなりのものです。お互い頑張りましょう」

 そう言い放ち、私は通話を切る。と同時に最近得たヒジリの連絡先(勝手に)に対して、『最終下校時間にまで会えなければ病院前に来てください。絶対に』と、通告する。もし、本当に彼が逃げたとしても、病院と言えば恐らく来るだろう。同時にシズク達にも。

「あの人、すぐに私の心配をしますからね………」

 数度しか仕事をしていないが、彼は終わるたびに私への心配を口にした。

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