第30話
件の呼び出しをシズクにチャットで知らせると、瞬時に返答が来る。
————転属初日で何が起こったの?——————
「あの映像の相手。ヒジリさんに額を突かれた彼からの呼び出しです」
————イサラと同郷の?でも、あれって自分から負けたじゃん————
シズクの言う通り、あの秀才は自分から正座をし敗北を受け入れた。自分の力不足と無様さを嘆き、刀を受け入れて見えた。そんな彼が今更ヒジリに何の用か。負けた腹いせにしては、あの秀才らしくない。だが、あれは一種のパフォーマンスで本当は至極人間らしかったのかもしれない、人並みに恨みを積もらせ、刀を弾かれた事を根に持ち、ずっとこじらせて来たのかもしれない。しかも、そんな相手が覚えていないなんて—————同じ立場だったら、私も許せないかもしれない。一撃を与えられたソソギに「知らない」と言われたら、確かにいつまでも忘れらない気がする。
—————それ、担任に言ったの?—————
「あくまでも生徒同士のいがみ合いですから。言っても関与しないかと」
—————確かにね。まだ目を付けられてるだろうけど、もう一般の生徒としてクラスに配属された訳だし。そこ、私も行くから—————
「わかりました。だけど、彼は許すでしょうか。危険な目に合わせたくないと」
—————言ってたね。仕方ない、隠れて見るかドローンを使うから——————
一旦そこで会話を止め、午後の授業が始まるのを待った。彼よりも後ろにいる私は彼の背中を眺め、穏便に済む事を祈るが、相手もオーダーである以上武器や人数を使う事も想像に難くない。もし、あの秀才が金銭を払って3年生を雇っていたらイサラでも太刀打ち出来ないかもしれない。その時、彼はどうするだろうか————。
「………待つしかありませんね。最悪、使いますか」
銃を用意し始めた2年生も多い中、私もキズキと共に作り上げた1丁があった。
集団であれば効果的に、個人であっても有用な銃。もはや拳銃という枠には入れらない戦闘の為の武器。許されざる装弾数と発砲数を誇る存在。例え、身を守るというオーダーの数少ない発砲許可条項があっても、罰せられる銃。
「………まぁ、許されない武器なんて、オーダーであればみんな持っているんですけどね」
暗黙の了解、という奴だった。正確な事はわからないが、私よりももっと危険なそれそのものを保持している事がうかがい知れるオーダーだっている。見つかれば罰せられるだろうが、見つかれなければ推定無罪。これは外の世界でも常識だ。
大人しく午後の授業も終わり、担任の先生が戻りホームルームに入った時だった。
「では、報告は以上です。日頃から言っている通り、自己訓練も自習も最終下校時間までには終えて下さい。依頼と仕事をこなす場合は行政地区のゲートで武器の持ち出し報告と検査を受けて下さい。くれぐれも職員の言葉には従って下さい」
いつも通りの言葉を言い終えた担任は時計を確認し、チャイムが鳴るのを待って、ヒジリの元へと歩み寄る。転属初日なのだ、何か言うべき事もあるのだろう。
「ヒジリ君、君は指定した時間に成ったら職員室に来てください。渡すものがあります————出来るだけ遅れない様に。先生も、君の自主性を重んじたいので」
「わかりました。出来るだけ早く向かいます」
「うーん、そこは絶対に遅刻しませんって言って欲しかったです。じゃあ、後でね」
教室の空気で察したのか、それ以上は何も言わずに去ってしまった。彼女は自分を教員や大人失格と言ったが、それでもオーダーの教員であった。生徒間のいびつな雰囲気などとっくに気付いていたらしい。そして自主性という言葉を発した事で、自力での解決をせよ、と告げていた。助けを求めるも逃走するも自由。彼の判断だった。
無関係な生徒が退室して行く中、しばし無言の時間を過ごす。そして、あの秀才が立ち上がり徐々にヒジリに近づく。ヒジリも待っていた様に立ち上がり、秀才を正面から見つめる。イサラと私は秀才の背後に付くと、更に私達の背後に秀才の仲間————あのアッパーをくり出した高い体格を持つ男子と中性的な容姿を持つ男子生徒も揃う。ふたりは既に教室から外に出ており、追跡の為に気配を消していた。
「じゃあ、行こうか」
「どこへ行くんだ」
「そう怖がらないで。実技棟だよ」
実技棟というのは、いわゆる訓練室だった。それも戦闘訓練の為に用意された部屋であり、教員監視の許可を取れば素手での白兵戦は勿論、真剣、実弾での戦闘さえ行える—————コロシアムに近い。その上、見学と言う名目で観客席さえ備えている、至れり尽くせりなオーダーらしからぬ娯楽施設。スカウトをする生徒を見定める為の施設と言われる程に、対人戦闘に特化した流血さえも是認した施設。
「ちょっと、ヒジリはまだ銃と剣も持ってないんだけど」
「それが何か?」
「使う気でしょう。それも本物」
「それは彼が決める。どうしたい?」
いくら彼があれほどまでに軽々短刀を弾いたとしても、あれはもう1年は前だ。秀才だって1年をオーダーで過ごし、実戦も訓練も重ねて来ている。そして周りだって同様に1年の経験をして来たのに、それでもなおこの秀才は男子生徒のトップとして君臨している。ついこの間まで正気を失い、現実も世界も見えなかったヒジリでは勝てる筈がない。相手が悪いのではない、ただただ彼は1年を失って来ているのだ。
「君が望むなら剣も銃も使わない。素手で対等を示そう。それでいいかい?」
もはや隠す気もしない。今からお前と戦闘をする、と言っている。しかも、挑発までしている。怖ければ刃物も拳銃も使わないでやる、だけど、それでいいのかと。
「君もオーダーで1年を過ごしてきている。なら銃や刀の訓練を受けてきた、依頼で外の世界の経験だってしてきた筈だ。僕は知っている、君が弱い筈がないって—————逃げないでくれるかい。僕にもプライドがある、今まで技も磨いて来た」
背中越しであろうが、秀才の覚悟がふつふつと湧き上がっているのがわかる。もはや秀才自身にも止められないのだとわかった。敗北した相手が突然消えて、突然同じクラスにやってきた。しかも表面上は忘れられている。何重にも屈辱でプライドが許せないのだ。秀才と目されながらも、ずっと勝てなかった相手が目の前にいる事が。
「————プライド」
「そうさ、プライドだ」
その言葉はきっと男子生徒であれば何よりも重い十字架なのだろう。
イサラも押し黙り事の次第を見守っている。ヒジリが断っても強制するのなら彼女は介入するだろうが、それより前には絶対にイサラは邪魔しない。彼女にもわかるからだ。その言葉の意味する所が。女子のトップ片割れと言われ続けた彼女なら。
「どうだい————」
「………わかった。受けて立とう」
完全に売り言葉に買い言葉。あまりにも安易に決めてしまった。
そしてヒジリは秀才の行く背中を追いかけ、廊下へと向かう。私達も———アタッシュケースを手に持ち、それを追いかけ、背後に男子生徒達を置いて歩く。走っている訳じゃないのに、心臓は大きく高鳴っている。そして、秀才とヒジリが何かを決心して歩いていく姿を生徒達が確認し、道を開けていく。通り過ぎた時に口々に何か囁くが先頭のふたりは無言を貫く。
「イサラさん、」
「流石に殺し合いにはならない。そんな事は学校が許さない————だけど、血の少しは覚悟した方がいいかも」
私よりも間近で発砲に至る仕事を見て来たイサラがそう答える。つまり、確実に流血沙汰になるという意味だった。私も、覚悟を決める時だった。そして彼の今の実力を知れるまたとない機会。大人しく付いていき、実技棟と呼ばれる一般の校舎と別の棟よりも離れた場所に位置する————渡り廊下の先に到達する。
イサラも私もふたりの後ろに付き、事実上のコロシアムへと入る。ヒジリが受ける事を予想していたように、実技棟には戦闘訓練の専門たる教員が男女で。私達に戦闘を仕込んでいる女性教諭と男子側の教官が。観客席たる二階席には、この騒ぎを聞きつけたらしく続々と生徒が、それどころか教員すら集まる。あの担任も現れる始末。
「イサラ、サイナ。武器はあるか?」
「うん、あるよ」
そう言ってイサラは腰に差した、私から注文をしてキズキの手により整えられたボウイナイフを手渡す。そして、イサラはFNブローニング・ハイパワーも。ベルギーのFNハースタル社の集大成であり、世界中に9mm弾が選ばれる事になって名銃。
私はずっと使わなかった手のひらサイズのカランビットナイフと呼ばれる逆手で握り締めて、拳を突き出すように、そして振り落とす刃を渡す。
「言っておくけど、マジで殺しにかかるなら容赦しないからね」
「そんな心配は要らないよ————彼をよく見ておいて」
イサラが同郷の秀才に最後通告をするが、秀才は別の事の様に語った。
「ヒジリさん」
「わからない。だけど、きっとこれが正しいんだ」
私の声に返した彼がゆっくりと、ふたりが実技棟の中央、円で囲まれたコートへと入っていく。ヒジリには女性教諭が。秀才には男性の教官が備える。銃を使う以上、あの位置は被弾する事が嫌でも想定される場所だ。なのに、ふたりともそれを恐れずにヒジリと秀才に近づく。まるで、被弾など恐ろしくなく、ふたりが殺し合いに至る事を恐れて見えた。イサラに連れられ、私は安全な二階席へと上がり始まるのを待つ。
そして、二階席には既にシズクが待っていた。
「どうしてこうなったの。ヒジリが勝てる訳ないでしょう」
「————私も難しいと思う」
シズクもイサラも同意した。私も、ヒジリに賭けたかったが時期が悪いと思った。一度目は勝利したが、あれは相手方の戦意喪失だ。破れかぶれでも続けていたらどうなっていたかわからない。もし勝てていても、それが今日の結果にどれだけ波及するか。
「ソソギまでいるじゃん」
私達の真向かい。中央のコートを挟んで向こう側にはソソギとカレンが揃っていた。彼女達が行った事は今を以ってもわからないが、彼女達にとっても他人事ではないのは間違いない。きっと、ソソギも見極める気だ。彼がどうなるのかを。
「サイナっち」
「イサラさん」
尾行の構えを取り、姿を消していたふたりも到着。他の知人たちも、ほとんどが集まってしまった。もはや邪魔も辞退の勧告も出来なくなって来た。せめてここにミトリがいれば、血が流れればタオルを投げ込む人員がいたかもしれないが—————。
「いいえ、ミトリさんなら最後まで見て治療しに行きますね」
中央のふたりが制服の有無。頭に前頭と側頭部を守る簡易的なヘッドギアを被る。
オーダーでの戦闘と聞けば、誰にもが素手やナイフ、拳銃が予想される通り、それらは前頭は勿論、側頭部でさえも掠れば死にさえ直結する。それもオーダー同士の戦闘となれば、いやでもそれらが現れる。例え中等部の子供であろうと変わらない。
「………ここから撃てる銃はあります。最悪の時は」
「うん。私も同じ事考えてた。先生達もいるけど、多分余程の事がない限り介入しない」
時間は差し迫って見えた。教員の男女がそれぞれヒジリと秀才に耳打ち————殺人に至る事態に陥った時は予告なく割って入る。そして勝てないと思ったならすぐに声をあげろ、と告げて見えた。それは正しかったらしくふたりも頷いている。
「ミトリさん」
遂にはミトリすら向こう側の席に現れてしまった。
「そうだ、ミトリに言えば————いいや、ミトリなら邪魔はしないよね」
シズクが自分で提案して、自分で否定した。彼女の誇り高い狼の鼓動はオーダーであるから成り立つ。そんな彼女が、自分で決めたオーダーであるふたりの間に割って入る筈もない。その予想は正しくミトリも腰を掛けてしまう。
「準備はいいな」
女性教諭が声を上げる。同時に、ざわついていた二階席も静かに落ち着く。
そして—————教員の声は上がらず、二人の踏み出す一歩で戦闘訓練は開始される。まず動いたのは秀才だった。手にしたのはナイフとも言えない長い刃。グラディウスと呼ばれる分厚く広い刀身を持つローマの剣だった。あんなものを受ければ、制服越しでも軽々と骨にヒビが入る。しかもいくらオーダーの鎧と言われる制服だとしても、刺突には弱い。全体重を使って本気で刺されれば致命傷になり得る。
「本気じゃん………」
気だるげな友人が言う通り、あれは本気で殺す武器だった。けれど、教員は止めず視線を向けるだけ。こんなものただの娯楽だ。流血に酔うローマの剣闘士の殺し合いだ。それを肯定するように秀才は数歩の踏み出し、弾けるように跳び、振りかぶり、ヒジリの肩へと落す。
「弾いた————」
イサラもあの映像を見ていなかったらしく、ヒジリが自分のボウイナイフを使って軽々と打ち上げるように弾き返し、秀才のグラディウスを宙へと向けさせた事に驚く。大きく仰け反る秀才だが、これは既に秀才自身も知っていた。続けて回転し、背中を向けながら胴へのひと薙ぎをするも、振り上げていたボウイナイフで再度弾き返される。
まるで鉄を打っているかのような甲高い音が二重に響く。お互いの手首にはどれだけの加重が掛かっているのか、と察する程に。
「なに、なんで、なんであんな事出来るわけ………?」
気だるげな友人も声を上げる。
秀才は一度下がり、グラディウスを隠すように下げ、全力の振り上げをしながらヒジリに襲い掛かる。本来ならあれだけで、制服がなければ人が死ぬ一撃だった。速度、威力、鋭さ全てを兼ね備えた切り上げだった。なのに、私の彼は半歩下がり頭を傾げるだけで避けてしまう。そして、完全に無謀な横腹にボウイナイフを突き入れる—————思わずイサラが腰を上げる。今のは、完全なる無音の殺しの一撃。
「よ、避けた………」
横腹に受ける直前、秀才は転がりながらも一撃を交わす。その顔は、心底死を感じたらしく見た事のない形相をしている。本当に死ぬ所だったかもしれない。突きの速度も鋭さも決して手を抜いておらず、ヒジリが直前で止めていなければ、それで勝敗は決して見えた。そして、それは間違いではなかったらしく、秀才は立ち上がるも顔を白く染めていく。たった数度の攻防で赤から白へと顔色を変えた秀才は、一息上げる。
「どうして止めたんだ————今のなら」
「見てくれ」
ヒジリが自身の背後の女性教諭に視線を向ける。秀才も私達も目を向けると、女性教諭は既に銃を抜いて、ヒジリへと向けていた。私も気付いた、止まっていなければ手元のボウイナイフは弾かれていた所だ。
「—————どちらにせよ、今のでは決定打にならなかったって事かい」
今のはわかった。たった今、秀才は決めたのだ。ヒジリを脅威だと。
「次はこれだよ」
グラディウスを捨て、引き出したのはグロック17。採用にこそ至らなかったがアメリカ軍や陸上自衛隊での制式拳銃の後継候補の一つとして選ばれ、開発時代では見当たらなかった樹脂素材の多用により、後の世の銃器開発に影響を及ぼしたとされる、軽量かつ頑丈で衝撃を逃がす処理も行っている高価な拳銃だった。
「君はどうする、まだナイフを使うのかい」
「そうだな」
未だボウイナイフを握っているが、彼もイサラより預かったFNブローニング・ハイパワーを引き出す。片手に銃とナイフという現実的じゃない構えだった。だけど、ヒジリは至って冷静であり、ただ必要だから結果的にこうなったと、言わんばかり。
秀才もそう思った筈なのに、グロッグ17の銃口に揺らぎはなく、容赦なくヒジリへと向ける。先週まで正気を失い、銃どころかナイフの扱いすら満足に習っていない筈のヒジリは、向けられた銃口を真っ直ぐ見つめているのがわかる。
「さっきは僕から仕掛けたんだ、次は君からでどうだい」
耳鳴りがしそうな静けさだった。先ほどの攻防が嘘のような。
拳銃の有効射程は30mから50mと習った。けれど、二人の距離は5mもない。何故、拳銃での戦闘が白兵戦と呼ばれる近距離の枠に入れられているのか。それは、ここまで近距離でならナイフを振るも拳銃で撃つも、それほど結果は変わらないからだ。むしろ、銃口を常に向けられる技量を持っているのなら、引き金に指を掛けるだけで済む拳銃の方が有効まである。そして、秀才はそれが可能だと言っている。
あとから銃口を向けられても、自分の方が早く撃てると。
「さぁ、来なよ」
「—————そうしようか」
秀才は撃つ事しなかった。それよりも緊急事態に陥ったからだ。ヒジリが手に持つボウイナイフを秀才の眉間目掛けて投げたからだ。その速度、正確性、全力で避けなければヘッドギアに突き刺さり、少なくとも頭の皮にまで届いた筈だ。
そして、回避を選んだ秀才へヒジリは容赦なく銃口を向ける————けれど。
「油断したかい————」
信じられない動きだった。頭に向かって投げられたボウイナイフを空中で掴み取り、逆に投げ返した。レイコンマ1秒もない世界の中、上半身を逸らしながら避けた秀才は自身の眼前にあったボウイナイフを掴み取り、振り回すようにヒジリへと飛ばした。しかし、彼は避けなかった。私のナイフがあったからだ。
いつ握り締めていた。私のカランビットナイフを握った、たった今ボウイナイフを投げた手でボウイナイフを弾き上げる。予想していたのか、それとも見えたから弾き返したのかもわからない攻防。もはや声援も聞こえない。固唾を飲むとは今だった。
また皆わかった。次の一幕が上がると—————。
動いたのは秀才だった。銃口こそ向けられているが、構わずヒジリへと駆け————まるで透過だった。本当にヒジリの身体を突き抜けるように背後を取り、彼の背中へと銃口を突きつける。
経験の差で出来る技巧ではない。一切視線を逸らさなかった私でもわからなかった。本当に霧へと分け入るように背後を取り、背中を取った。筈だった。
「————予想通りって事か」
背中を取った筈のグロッグ17がFNブローニング・ハイパワーで下段から弾かれる。同時に銃口を秀才の胸の中央を捉えた時、引き金に指を掛ける。だが、もう一つの銃口にFNブローニング・ハイパワーも上へと払われる。
もう一つのグロッグ17。秀才もまるでマジシャンだった。本当にいつ持ち出したのかもわからない一瞬で、もう片方の手でグロッグ17を引き出し、ヒジリへと向ける—————次いでカランビットナイフの先端でまたも弾き上げられる。
その後はもはや目には捉えられなかった。振り下ろし、弾き返し、発砲し、腕を絡ませ、肘で銃口の道行きを邪魔し、膝さえ使って距離を稼ぐが、またも接近する。
「いつまで続くの………」
まるで歯車だった。お互いが手足を使って、お互いの邪魔をし、銃口を向けるも銃身とナイフで弾かれ、銃底で横顔を狙うが、逆にヘッドギアで迎え打たれる。
数分にも満たない攻守の結果、ようやくふたりは距離を取る。
「—————まったく。汗ぐらいかいてよ」
息こそ乱すも、ヒジリはそれでも顔色を変えなかった。しかし、それを言った本人こそ汗をかけと言いたくなる程、彼も冷静に見えた。けれど、分かる。もはや汗をかく暇すらないのだ。全ては見えずとも私にもわかった。徐々にヒジリの攻撃に防戦に成っている秀才の状況が。彼は秀才だ。オーダーで習う型と彼自身が培ってきた技を融合させ、彼だけの戦闘技術を作り上げ、人体破壊の術を身に着けている。
それに引き換えヒジリだ。彼は場面場面で最適解、それもまるで予想しているように秀才の一撃を避け、弾き、流している。完全なる異常者。彼には技足り得るものがない。けれど、的確に隙を突き、それになり得る技をいなし、無理に作り出し、放ってくる。技を見せれば見せるほど追い詰められる、自分の手が無くなった時、それが秀才の最後だった。しかも、それは秒速で近づく。腕を上げるだけで歩んでくる。
「本当に、君みたいな逸材、どうしてオーダーは隠して来れたんだい」
「逸材————違う、俺は、そんな」
「違わないよ。君は、ここまで僕を追い詰めている。正直驚いた、ここまでとは」
先ほどの一連が嘘のような会話だった。本当に、ただの友達同士のように。
「1年生の頃、僕は君に負けた。過ぎた事だとしても、ずっと心残りがあった」
「………覚えてないんだ」
「それなら構わない。だけど、僕は覚えている—————本当に悔しかった。君は軽々と弾き返した。そして、僕は完全に我を忘れて飛び掛かった。あんな無様な感情、今思い出しても許せない————そして、なんの抵抗もしないで、諦めた自分自身にも」
あの正座の姿を思い出す。あれは、彼なりの敗北の証であった筈なのに。
「僕は君の刃を受け入れた。今思えばなんて姿だ。オーダーに来て学んだんだ、最後の最後まで足掻く意味を。そして、決して油断せずに確実に権力者を仕留める理由を————許せなかった。君の姿が見えない日常にも。一体、どこに居たんだい」
「俺は、この学校に」
「ずっと探した。何度も校舎中を回った。1年間も。それでもいない君は、きっと依頼の途中で力尽きたか、公に出れない理由があるのだと言い聞かせて来た—————担任から聞いたんだ。誰も欠けていないって。一瞬だけ、君は夢なのかとさえ思ったよ————でも、君はいた。確かに、今こうして僕の前にいる————なら、やる事はひとつだろう」
そう言って笑みを浮かべる。牙を覗かせる獣の顔だ。あの秀才とは似ても似つかない凶悪な顔だ。あの美麗な顔を歪ませる秀才は、なおも楽し気だった。
「そろそろ限界なんだ。もう手の内はない————だから、仕留めるよ」
「仕留める—————」
「ああ、これで仕留める————最後さ」
向けるは2つの銃口。炸裂する火薬が聞こえた時には、既に秀才は動いていた。
銃口が跳ね上がる時間すら惜しいと、疾走する姿。弾丸が届く時、ヒジリはまるで本当に見えているように弾丸を制服のもっとも頑丈な部位である、心臓を守るジェラルミンのプレートが仕込まれた胸ポケットでふたつを受け止める。それだけでも絶技だった。
同時に、秀才もそれを見越していたようだった。2丁の拳銃を持った腕で肩を抱くように十字に重ねる。瞬間移動にも見える速度の最中の最後の一歩。確実に衝突する寸前で回転し—————それでも一瞬で————眼前で停止し、ふたつの銃底でヒジリの胸へと同時の2撃を放ちにかかる。遠心力と樹脂の強靭な銃底を使う、確実に仕留める為の、けれど不殺の攻撃。オーダーに来た彼が作り上げた、彼だけの技だった。
なのに、なぜかヒジリはそれを知っていた。交差する銃底をFNブローニング・ハイパワーの銃底をぶつけられ、僅かに落ちる。それでも腹を捉える。そしてそれが届く寸前でジェラルミンのプレートが仕込まれていない秀才の胸の中心にマズルフラッシュが炸裂する。
銃撃と殴打であれば威力と言えばヒジリの方が勝ったかもしれない、だけど、それでも秀才の方が上回った。揺らつくヒジリと胸に一撃を受けた秀才。
倒れる寸前なのは間違いなくヒジリだった。顔は見えないが、秀才が勝ち誇った顔をしているのがわかる。だったのに—————ヒジリのもう片方の手。カランビットナイフを持つ腕がひとりでに動く。正真正銘の全力の技であった秀才は、それを何も出来ずに眺める。ナイフの先端が胸を捉える—————その瞬間に、もうひとつの手が現れる。カランビットナイフを持つ手を止められ、届く筈だった一撃が停止する。
「それ以上は死に値する—————」
女性教諭の手がヒジリの手を抑えていた。そして、秀才の両手も背後の男性教官に抑えられる。戦闘訓練終了の合図だった。誰が見ても明らかだ、女性教諭に支えられたヒジリは自力では動けない程に痛みに耐えている。それに引き換え秀才は、自力で立てている。ヒジリが敗北し、秀才が勝利した—————なのに。
「ま、待って下さい。今のは」
「これは訓練だ。生徒同士の決めた勝敗にさしたる意味はない————訓練は終了とする。誰でも良い!!治療と看護の手を貸したまえ!!」
男性教官の野太い声に応える様に、ミトリや同じように治療科を目指す生徒達が続々と一階のコートへと降りていく。これは訓練である、勝敗にさしたる意味はない。これは、あくまでも実戦につなげる為の予行演習。
「ヒジリっち、負けちゃった………」
「で、でも、今のはヒジリさんの————」
「うんん。これは訓練なんだよ。勝敗にさしたる意味はないし、強いていうのなら最後まで立っていた方に意味はある。でも、わかる。今のは————」
相打ちと言えばまだ聞こえはいい。けれど、もし実戦であれば、あの無音の一撃を受けた時点で秀才は死に直結する傷を負っていた。しかも、今のも、女性教諭が止めていなければ—————いや、それでも今倒れているのはヒジリだ。秀才に味方がいた場合、トドメをやすやすと刺されてしまう。手錠も簡単に掛けてしまえる。
「—————極限状態で最後に物を言うのは自分の判断力。だけど、何もなくなった時、最後に縋りつけるのは自分以外のオーダー—————私、行ってきます」
何も言わないシズクを置き去りにし、私はコートで倒れているヒジリの元へと走った。
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