第17話
「では、皆さん、初めまして、そうじゃない人はおはようございます。今日からあなた方は2年生。オーダー中等部の中堅と言える立場に成りました。おめでとうございます」
新しいクラスでも担任は変わらなかった。
見知った顔は3分の1。知らない顔がそれ以外。と言った感じ。だが、イサラ達もまたも同じクラスで特別そわそわする気もしなかった。オーダーでもクラス替えはするんだな、程度の感情だった。
「えーと、もう皆わかっているでしょうけど、こんなに早くに新学期の挨拶をしているのは、次の1年生が入学試験に集まる頃合いだからです。当日、数人だけ集まって手伝いをしてくれればと考えています。去年も見たでしょう」
2月頭の新学期の開始だった。本来なら早すぎる学期始めだが、オーダーは外よりも2カ月程早く始まるのが恒例らしかった。そして、バレンタインなどを経て3月末から4月頭まで春休み。3年生の卒業式は既に終わっていた。
「じゃあ、まずは挙手性ですね。はーい、立候補する人ー!」
いないだろう、と察したが、いる筈がなかった。
「困りましたねー本当に誰もいませんかー」
と、無言の圧力を始める担任の先生だが、それでもなお我々が自ら手を上げる事は無かった。残酷な話だ。私達は総じて被害者だ、それももっとも過酷で現時的じゃない道を歩かざるを得なくなった。自ら断頭台に首を運んだ自害者だ。
もう一度、あれを見ろと、あの列を見定める一員に成れと言っている。
「はぁ、まぁ想像通りです。わかりました、イサラさん」
「うっ」
「先生、イサラさんなら当日欠勤はしないで来てくれると思うんだけどなー」
白羽の矢が立ったのはイサラだった。何か取り決めでもあったのか、それともただ目が合ったからか、或いは本当に気まぐれかもしれない。だが、正直安堵した。
「では、イサラさん。私達の代表として頑張って、後輩を迎えて下さいね」
「………はい、頑張ります」
「大丈夫ですよ。頼む事と言っても健康診断とか実技試験の手伝い程度。ねぇ、簡単でしょう。それと悪いかもしれませんけど、お昼まで残った後、職員室まで来て下さい。軽い説明がありますので」
もしオーダーに来る子供たちが死刑囚かつ刑の執行人だとしたら、イサラは荷馬車の運転手だ。あの人数の列を裁き、首の数を揃え、解剖に首と死体を回すのだから。
「じゃあ、せっかく登校したのだから、新しいクラスに馴染む努力をして下さい。はい、解散———」
今日は本当にそれだけであったようで、解散と合図をして教室から出て行った。
確かに知らない顔もいるが、途端に立ち歩く子供などもういない。既にオーダーの洗脳が完了しつつあるのだ。よほど親しい間柄でない限り、飛びつくような真似などしない。数分、スマホなどを覗いた者からようやくと言った感じに立ち上がる。
「イサラさん」
私は、とりあえず哀れな子羊に声を掛ける。
「大丈夫ですか~?」
「………うん、まぁね」
「災難だねイサラっち」
「これは去年の上位陣に声を掛けているのでしょうか?」
いつもの顔ぶれが集まり、クラスメイトに話し掛ける。
「上位陣ねぇ。じゃあ、あのソソギも参加すると思う?」
「あーそれはー想像つかないやー」
「だよねぇ。それに上位陣って言ったらサイナだってかなりに食い込むんじゃない?」
「あ、あははは………」
今思うと相当痛ましかった。本来なら脛は砕け、爪はなく、指も数本折られ、内臓には内側からも外側からもダメージが蓄積されていた。あんな状態で受けよう物なら、直ちに教員達に止められ、外に弾かれていただろう。
「まぁ、文句言ってても仕方ないし。大人しく使われてくるとしますか。みんなはこの後どうする?私は聞いての通り、昼過ぎまで学校だけど」
「今日、何を言われるか分からなかったからねー。私も自由だよー」
「はい、私も今日は時間があります。お付き合いしますね」
「当日のお手伝いは難しいかもしれまんけど~、今日なら問題ありませんよ~♪」
と、それぞれ返すとイサラは助かったと安堵の表情を浮かべる。新学年そうそうに一人教室に放置されるのはつまらなかっただろう。それに、あの担任の事だ。たまに急な手伝いを振られる、試験当日の話をされるのも察していたのだから。
新しいクラスで新しい教室。何が変わる訳ではないが、なんとなく空気や匂いが違う気がした。数分で帰ってしまった生徒もいるが、律儀に新しい人脈作りに勤しむ生徒も数々。だが、私達は見知った顔で集まってしまい、出会いを求める者からすると、やり難い集団であった事だろう。しかも、そんな集団が昼まで教室にたむろするのだ、勝手に周りの席や机を使って。山賊も良いところだ。
「そういえば、サイナさん」
「は~い、何か申し付けでしょうか?」
「質問が。サイナさん方数人が手伝いを求められた日がありましたが、あれは?」
今のイサラの流れからすると来るだろうと思っていたので、企業の視察当日についてかいつまんで説明する。勿論、あのスペシャルサービスは言わないで。
「あーそーゆー話だった感じかー。指名されないで良かったー、いくらスポンサーに成るからって、何も知らない一般人の、しかも直接お金もくれない連中の世話係なんてごめんだもん」
「私も、正直会いたくありませんでした」
なかなかの切れ味を残す言葉の噛み切りに、僅かに彼女の生い立ちを思わせた。
「せめてもの救いは、今回は理解してる子達って事だね。青田買いでもするかね」
その後、数度の世間話や新しい事業開始の説明などを挟んで、時折新たなクラスメイトと話をしていると、徐々に人影が消えていき、残すは我々だけになってしまった。
「あ、そろそろ昼じゃん。学食行かなーい?」
光陰矢の如しだった。まだ話して1時間程度だと思っていたが、話題を数度変えるだけで朝から昼になってしまった。時間を確認した後、全員で席を後にする。廊下には人はまばらで、むしろ数人の集団は私達程度の物だった。1年生の頃と比べて少しだけ遠くなってしまった学食に到達した私達は好き勝手に食券を購入、受け取って4人掛けの机を独占する。独占と言っても、やはり人は数える程もいなかったが。
「人、やはり少ないですね」
「そりゃあね。本当なら朝には帰っちゃう人ばっかりだろうし。多分、残ってる人って私みたいなお手伝いの頼みを聞いた人だと思うよ。あーあー誰か知ってる人いればいいけど」
受け取った食事の箸を持ったイサラが辺りを見渡す。男子も女子も数人。本来なら100人規模で入る事を想定した学食は、そのキャパシティーを全く発揮出来ずにいた。私も見物はそこそこに受け取った、魚のフライを切り分けて口に運んでいく。
「どうやら知り合いはいたみたいだよーシズクっちじゃん」
「え、シズク?」
気だるげな、しかして完全に髪を染め終えた友人の言葉にイサラがらんらんと目を輝かせる。学食に入って来たのはシズクその人だった。
「あれ、みんなどうしたの?もしかして、お手伝いって奴?」
「シズクもその口?」
「そういう訳。断れなくてね。そっか、イサラも頼まれたんだ。お互い不幸だね………」
机に寄って来たシズクは、イサラ共々苦笑いを浮かべる。だがクリスマスパーティーでの険悪は空気は、もはやどこへやら。シズクも知り合いがいた事に僅かに嬉しそうにも見えた。
「じゃあ、後で合流しよ。またね」
去っていくシズクはひとりで食券機まで向かっていく。
「そういえば、シズクっち、彼氏がいるって噂だけど」
その言葉ににわかに空気が変わる。それは紛れもない明るい暖色系に。
「か、彼氏!?————あ、まぁーシズクなら………」
そうだ。相手はあのシズクなのだ。あれだけの美人、しかも優秀で話し掛ければ誰であれ分け隔てなく会話を続けられる優しい子なのだ。その上、隠しきれない陰の雰囲気も併せ持つ彼女だ。支えたい、助けてあげたいという庇護欲を感じさせる子だ。
「まさか、もう身内でそんな人が現れるなんて………でも、シズクさんなら」
「で、で?それって誰?シズクなんだから、相当の相手でしょう?」
「あー私も詳しくは知らないんだー。なんか、お世話みたいな事をしてる男子生徒がいるって友達の友達に話を聞いてさー」
「なんだ、都市伝説じゃん」
一気に話の信憑性が揺らぐ言葉に、全員の熱気が冷めるのを感じる。
「ただの噂とか都市伝説じゃないってー。実際、別のクラスなのに通い詰めてる人がいるのは間違いないよー。前にお昼でも一緒にって言ったら、待たせてる人がいるってお弁当持って行ったんだからー。シズクっち、学食を出入りしてるのをなかなか見ないでしょー」
「あ~、確かにそういえばそうかもしれませんね」
確かに、シズクは学食派ではなくお弁当派だった。何度かランチバックを持って出歩いているのを見た試しがある。だが、それだけで彼氏持ちだと決めつけるのは————彼女いわく王子様が見つかった、というのは早い気がした。
「ていーか、前に聞いたけど、その人の運転で訓練機材、搬入したのは間違いないらしいよー。間違いなく彼だったって」
その言葉に、心が波立った。
「機材、」
「そうそう。ドローンとか大量に持ち込んでたでしょう。なんでも、シズクっちが頼んだから手伝ってくれたらしくてさー。でも、なんでだろ」
「なんでって、何がですか?」
「なーんか、話が矛盾しててさ。運転も出来て、機材の搬入も出来て、相当な顔面を持ち合わせてるって話は間違いないんだけど、こーなんていうかー。かなりの変人?そう、言っちゃうとシズクっち以外とは話も出来ないくらいの人らしくて————シズクっちも話し掛けるはおろか、近付くことさえ許してくれないらしくて、遠目から見るとまるでヒューマノイドみたいだって」
記憶が、記憶が—————よみがえっていく。
「ヒューマノイド?ロボット人間?」
「まぁ、流石に尾ひれがついてるだろうけどねー。そんな壊滅的に会話が出来ない人、オーダーで生き残れる訳ないもん。私達女子はまだいいけどー、男子生徒って、割と力こそ全てな雰囲気出来ちゃったじゃん。あの夏休み明けの訓練でさー」
そうだ。シズクは確かにトラックや運転手を雇ったと言っていた筈だ。
「確かに、あそこで目立てた人を、先生方も頼ってるいる気がしますものね。イサラさんの同郷の方、あの人なんて、もう高等部の科からスカウトや視察が来てるとか」
「あと、あの人。あのーなんだっけ?ものすごいアッパーをしてた人、あの人もなんか来てるって話があったけ?いくらなんでも青田買い過ぎない?」
話がスカウトの話に逸れてしまい、もう戻せる流れではなくなってしまった。だが、今も窓際の席で食事をしているシズクに視線を走らせてしまう。
「シズクさん………」
あの背中を覚えている。あの夜、私は間違いなくシズクの背中を追って別の棟に入った、何故今の今まで忘れていたのか。あの教室に所属するのは特別な人のみ。この中等部最果ての教室。入れる者は選ばれてしまった者、その条件は—————。
「精神安定を図る為の病室————」
オーダーは誰であれ、有能ならその門を開く。周りの戦意を著しく落とす、わざと計画を破綻させる、事ここに至っても本気になれない、そんな人を見抜いて落とすと言われた。だが、オーダーだって実力主義だ。有能なエース成り得る人材になら、誰であれ受け入れて、予算を使って洗脳する。社会一般の常識など後でいい。そんな判断を下された、真にオーダーの為だけに作り上げる洗脳を施す実験室。どんな狂人であれ、それがオーダーなり得るなら。
「サイナさん、どうされました?考え事ですか?」
「————あの教室————別の棟の、あの教室」
この言葉に、みんなが黙ったのがわかった。
「サイナっち、あそこはやめた方がいいよ………。その、可哀想だよ………」
可哀想、その言葉すら彼ら彼女らはわからない。それが、自分を差している事すらわかるまい。
「サイナさん、あそこは………」
「………サイナ、関わるべきじゃないよ。まだ他の人、ごめん。まだなんて言っちゃダメだけど。あの教室の人達は特別なの。優秀かもしれないけど、まだ出れない、あの教室のままって事は、そういう意味だよ。待つしか出来ないんだから」
「———そうですね、ごめんなさい。つい言葉にしてしまって———それより、私のサイト、見て頂けましたか?」
「あ、見た見た!!すごいじゃん、ああーいうのを待ってたの!!」
「はい!一度聞き取りをして貰いましたが、あまりにも完璧でした!!」
「まぁー、お陰でこっちは三つも仕事を入れて、全部使い切った訳だけどー」
「お時間頂きありがとうございま~す♪これからもご利用の程、お待ちしておりま~す♪」
先ほどの空気を消し飛ばすように、皆が別々の話題を口にする。失敗したと思った、そうだ、あの教室の生徒は確かに皆優秀だ。そうでなければ、あそこには所属出来ない。優秀かつ————で、なければ所属を許されない。忘れていた、あそこの所属ならば、誰にも話題にされない、誰にも見つからない。知られない。だから。
「………いえ、今は待つべきですね」
2月のバレンタイン。オーダー中等部であろうと、色めき立つ日。もう3年生は卒業してしまい、新1年生の、その亡霊のような顔を数度確認する日の中での出来事。
「はーい、これ私からのバレンタインチョコね」
まずはイサラからのチョコ。その包み紙は、赤く美しく良い紙を使っているのが知れた。手触りもよく破って開けるのが憚れる気がする。だから、少しづつ開けて、どうにか開き切る。高級品と言ってもチョコだ。数万もする筈がない。だが、そのチョコは分厚い頑丈な紙の箱に入れられ、聞くのが恐ろしい程の逸脱した額面であるのは知る所になる。
「わぁー……、イサラっち、これすごい高かったでしょう。しかも貴重じゃない?」
「まぁあね。結構苦労したけど、折角だからね。わざわざ朝早く遠出したんだよ」
口に入れるまでもない。そのココアパウダーが降り積もった姿は、紛れもない風味、溶けて消えるようなくちどけを体験させてくれる事だろう。
「じゃー次は私ねー、その、正直イサラっちには負けるけど………」
次いで見せられたのは、チョコケーキだった。その姿はシルクハット姿であり、すぐに食べなければならないと察せられる姿をしている。つまりはフォンダンショコラ。フォークで切り分ければ、温かなチョコソースが余す事なく流れ落ちる甘味の川を作る姿が想像できる。かなり手の込んだ品であり、この寮の施設を使っての一品だった。知らなかった、彼女は菓子の自作が出来るなんて。
「では、冷める前に私も」
それは青く染まったチョコだった。現代で言えば緑色のそれは抹茶の味であろうと、うかがい知れる。だが、その立体的な姿はただの抹茶ではない。粒を残したあんこショコラという新しい代物だった。まず東京では入手できない品は、確実に輸送料を払って届けられた、当日限りの賞味期限を持った秒速の古き良き伝統と融合した甘味。
「続いて私で~す♪」
私は直球。固い大き目なチョコレート。だが、決して安価でも手軽でもない。これこそ超が頭に付くチョコレート専門店が、今日この日の為だけに、この日本の日の為だけに作り上げた逸品の中の一品。美しきカカオ豆と見る者を虜にするミルク、触れる者を驚愕させる雪のような砂糖と、僅かなだけどまるで岩のような塩を削って作り上げた、口にする者を直ちに腰砕けにする、苛烈な競争を勝ち抜いた者だけに届けられる薬のようなチョコレート。イサラはわからず、気だるげな友人は息を呑み、優美な友人は口に手を当てる品。
「では、さっそく頂きま~す♪」
私の声に正気を取り戻した者達と共にまずはフォンダンショコラにフォークを入れる。紛れもない手作りの、しかして到底簡単には手に出来ない温かなチョコは私を夢心地へと誘ってくれる。今日は何をしようが関係ない。どれだけカロリーを摂取しても構わない日と前々から決めていた。それは皆同じだったようで、次々に口に運んでいく。
「やっぱりチョコって良いよねー。あのチョコレートバー以来、必ず作ってやるって誓ってたのー」
「あ、わかります。あのチョコレート、大量生産の高速カロリー摂取品と聞きましたけど、なかなかのおいしさでした。何処のメーカーだったのでしょう?」
「私も覚えてる。ああいうのって、やっぱり大量に何度も繰り返して追求してるから出せる風味だよね。今度聞いてみるのも悪くないけど、今はこっち!」
コンシェルジュに予約をし、寮の片付けをして、苛烈な競争に打ち勝つべく、ずっとパソコン前で待機して、ようやく叶った今日この日。特別な品を持ち寄って、造り出すこの日は、男性にとっては自己顕示欲を、女性にとっては自己肯定感を高める日でもあった。
「そうだ、サイナっち。なんか男子にもチョコ配ってたじゃん。あれ結構いい奴だけど良かったのー?」
「一定までサイナ商事にお金を落してくれた方々にお渡しを約束する品でしたから、手を抜けません。それも、今日この日に合わせて買い続けてくれたので、もう私大変でした~♪」
「ああ、そういう感じー」
今日だけは特別。お金を払って購入した対価だが、私の手渡しで受け取るチョコレートは特別も特別。しかも、それをみんなの前で出来るのだから————男女問わず睨む者もいたが、それはそれ。使える物はなんでも使うのが商人だった。
「でも、やっぱり敵作るよ。あれ。来年は気を付けなね」
「そうですね。来年はひとりずつ呼び出して渡しますね♪」
「そ、そういう話ではないのでは………」
次いで、この抹茶あんこチョコラだ。一口で鼻孔に届く抹茶の風味もさることながら、甘過ぎず、だが確かな餡子の味を残す小豆は、紛れもない高級品。煮て練って混ぜるという工程に、まったく手を抜いていないのが理解できる。引き金を引く、或いはそれ以上に繊細な力仕事は、長年培って来たから出来る職人技だと感じる。
「とか言いながら、そっちもチョコ持って何処かに行ってたけど。あのチョコは?」
「前にお仕事を手伝って頂いた方に渡して来ました。特別高価な品ではないのですけどね。別のクラスでしたから緊張しました————初めて男性に渡します、っていうととても喜んでくれて」
私以上に危険な事をしている子がいた。そんな言葉を使っていながら、即座に帰って来たのだから、むしろチョコの価値を高めてしまう結果をもたらした事だろう。
「でも、イサラっちも渡してたじゃん。あーでも、あれって」
「そう。安いアルファベットチョコ。だって大量にいるだもん、全員に高い奴配ってたら素寒貧になっちゃう。前に学食おごって貰ってお礼だよ、とか、今度はそっちから渡してね、ずっと忘れないからって、約束取り付けて来たの。ホワイトデー何かくれるんじゃない?」
もうひとり恐ろしい爆弾を配っている子がいた。友人であり、何かしら未満ですらない男子生徒にとって、このイサラの破壊力は衝撃的だった事だろう。しかも、それをオーダーに来る男子生徒にするものだから。初めての経験に一か月間、長らく悶え苦しむ事だろう。
「そっちはずっとチョコケーキの調理?」
「あー、私も何個か配ってきたよー。私の髪、前に褒めてくれた同じ趣味の奴らにねー。でも、時間がないから机に突っ込んで、ホワイトデーには教室にいるから待ってるねーって書いて。なんかめんどくさい事しちゃったなー。当日は帰ろっかなー」
「「「それはダメ」です」」」
見事な三重奏に戸惑う友人には、それ以上は何も言わずチョコに戻る。
「そうだ、ミトリ。私びっくりな事があってさ」
「誰かに渡してたのですか?でも、ミトリさんなら」
「それが誰にも渡してないんだって。絶対ミトリなら自分かって、待ってる連中居るだろうに。まぁ、渡さない渡すは勝手だしね。でも、なんかきょろきょろはしてたから、誰か探してるんだろうなーって思って」
「………あの人」
そう呟くと全員がこちらを見る。
「あの人って、あの人って誰?まさか、ミトリの相手知ってるの?」
「そんな、あのミトリさんがお一人だけに————」
「それって、確定的に本命じゃん………そいつ生き残れるの?」
私自身、その人が誰かなどわからない。だけど、あの買い物カゴの様子から察するに、間違いなく本命中の本命。しかも、今日と言う日に、その人ひとりしか見えていない状態であるなんて。必ずや射止める気、いや、もう射止めた後なのかもしれない。
「————なんでもありません♪」
「誤魔化さないでよ!!誰、誰!?あのミトリだよ、先輩にすら目を付けられて、先輩にだって立ち向かう子だよ!!あんな強い子の本命なんて、絶対すごい人だよ!!絶対知られてる人じゃん、私も興味ある!!」
「あ、でも、なんか困った人とか————はっ!」
つい答えてしまった。ごめんなさいミトリ。
「困った?もしや、それはいわゆるダメな男性という方では?」
「あのミトリっちがー?いくら献身性があっても、ミトリっちがそんなダメな奴に引っかかる?ありえなくなーい?」
「いや、でもミトリだよ。あの子、治療科の看護学科志望でしょう?なら、絶対にお世話するのが好きだよ。お世話させてくれる男って、意外とミトリのストライクゾーンなんじゃない」
「………確かに」
思わず唸ってしまった。確かに、ミトリは甲斐甲斐しく世話をするのが、あのクリスマスパーティー以来よく知る所になった。怪我をした人には誰であれ、看護をして、怪我が治った後も具合を聞く程の天使だ。そんな彼女が、手の掛からない、良い男性になびくだろうか。むしろ、ほっとけない相手の方が彼女に相応しい気がする。
「でさ、どんな見た目なの?ミトリが顔で選ぶイメージはないけど、意外とかも知れないじゃん」
「………ここまで言ってしまったので言いますけど、誰にも、絶対に私から聞いたと言わないで下さいね。ミトリさんには絶対に!!絶対に他言無用ですよ!!」
念を押して言うと、全員が無言で頷く。口の堅さは長生きに通じる。沈黙は金だ。
つい口にしてしまった私が言える立場じゃないが、この3人は絶対と言えば絶対に口にしないと、この1年で分かった。だから、小声で伝える。
「私自身、顔も名前も知らないのですけど————見た目が素敵と言っていました」
歓声が上がる。次いで声援が響く。自分達の話よりも件の噂話の方に花が咲くのは、姦しいという字の通りだと思った。
「うわぁーどんな人な訳ー?あのミトリっちだよ。絶対にイケメンじゃん。じゃないと釣り合わないよー。さもないと男子生徒が許さないよ、絶対」
「でも、見た目なんて………いえ、やっぱり重要な要素ですね。ミトリさんが素敵というのですから、絶対にそれに惹かれたのですよね。どんな人なのでしょう……」
「いつ出会ったんだろう。ミトリは訓練、参加しなかったんでしょう。そんなミトリを見抜いて、近づくなんて。かなりの実力者だよ。あ、それとも一目惚れって奴?」
「それはわかりませんけど、その生徒の部屋に食材を持ち込んでいきました。———しかも夕方に」
歓声が上がる上がる。この反応に、自分も口が止まらなくなってしまった。
だけど、友達を売るのはそろそろにしないといけない。彼女を困らせる訳にはいかない。
「ミトリ、大胆過ぎない!?何それ!?今日日、映画とか深夜ドラマだってそんな事聞かないよ!!完璧にミトリが射止められてるじゃん、落としにかかってるじゃん!!」
「もうミトリさんの事、正面から見れなくなりました!!そんなに進んでいるなんて———ああ、オーダーでもこんな一途な恋愛って出来るんですね!!」
「————これは誰にも言えないじゃん。しかも、一度ミトリっちに看護された奴になんて特に。絶対の絶対に襲撃されるよ、そいつ————で、誰なの?」
「それが教えてくれませんでした。写真も撮っていないらしくて、まだそんな親しくないって—————あ」
またも上がる歓声。これは麻薬だ。人の恋煩いは、蜜の味だ。
「親しくないのに部屋に行くなんて————一体、何をしているのでしょう………」
「そりゃ………そりゃ、男女の仲なんだし………」
「で、でも、流石に私達中等部じゃん!!もし、なにかあったら大変じゃん!!ミトリっちなんだから防止する事ぐらい————そんな先まで————しかも今日も」
バレンタインのチョコレートも放置して、ミトリを話題に突きまわす。これはダメだ、止まらなくなる。この空気を止めるべく、次の話題にする。
「そ、そうです。ソソギさん、あの人も誰かに渡したのでしょうか?」
「え、ソソギ。そんなイメージないけど、どうなんだろう?」
「あーでも、ソソギっちもかなりの見た目だし、あの身体だし。待ってる奴はいるんじゃない?そうだ、あの子。ソソギっちと一緒にいる子、なんか男子の訓練以来、見かけないけど、あの子こそ待ってる連中いるんじゃない?」
と、ソソギを回避フレアにして、ミトリから離れる事が出来た。
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