第15話

「「「新年あけましておめでとうございまーす!!」」」

 オーダー街にだって神社はある。短期間でこれだけの街を一挙に作り上げたのだ、神社仏閣に安全を祈願したくもなる。しかも、オーダーはいついなくなるかもわからない危うい存在。何もかもに手を尽くし、最後の最後に————意味もなく祈りたくもなる。

 寒空の下、新年を玉石と石の参道の上で待ち、スマホ片手にその時を待ち、待ちに待ったその時をみんなで祝う。新年の訪れなど、ここ数年知らずに生きていた。

「あーあ、遂に新年かー」

「あれ、嫌なんですか?」

「そういう訳じゃないけどー、なんかあっという間だったなーって」

 その気持ちは大いにわかる。私だって振り返ってみれば、本当に一瞬の出来事に感じる。年明けなど知らないで、あの部屋に閉じ込められていた中、何処かへ連れ去れ、遂に飽きて売られるのだろうと、もしくは場所を変えるのだろうと、呆然とトランクで揺られていた。そしてあれよあれよという間にオーダーに成ってしまった。

「私達も、もうすぐ2年生だね。だけど先輩方の追い出し会もあるし、まだまだ1年生の間は忙しいと思うよ。あ、そうだ、鈴鳴らしておみくじ引かないと。で、終わったらお店ね」

「は~い、予約は取ってますので、ゆっくり過ごしましょ~ね♪」

 こんな真夜中の真っただ中、しかも雪すら振っている中なのに、多くの参拝者が境内を動き回っていた。無論、ここにいるのは皆オーダーなのだ、こんな数が神に新年の挨拶に来るなど、にわかに信じ難い。もはや、これはただの習慣だ。

「しっかし、クリスマスからまだ一週間も経っていなにのに。日本人ってさ」

 参道から本殿までの長い列に並び、賽銭箱の前を眺めながらイサラが呟く。

「あ、よく言われますね。クリスチャンではないのに、結婚式は教会で」

「更にバレンタインを持ち上げてー、チョコを渡すとかー」

「ハロウィンに至っては、どこの国発祥かも知らない人がほとんで仮装して♪」

「んで、京都に寺とか観光に行って、滝行とかする訳ね。良い所取りって奴?」

 その上、今こうして何をお願いするでもなく神社で真夜中に並んでいる。宗教観、というよりも崇め奉られている物に敬意を払って、遊んでいると言えるかもしれない。振り返れば、雪が降る中、傘も差さずに友人達、同僚らと楽し気に話している姿は、決して悪い事ではないが、神社を日本人の国教、更に神殿として見ている外国人からすると歯を見せて笑うなど、到底理解し難い光景に違いない。

「あ、シズクさん。新年あけましておめでとうございます♪」

「………あけましておめでとうございます」

 分厚いコートと柔らかなマフラーに包まれた、冬のすずめの豊かさを感じさせるシズクがそう呟く。見た通り、あまり寒さに強くはないようだ。言葉数少なく、まぶたさえ凍っているようだった。

「もう参拝は終わったのですか?」

「うん、早めに並んでたから。だけど、私もカウントダウンとかすれば良かったかも————うぅぅ寒い………。ごめん、もう帰るや———帰ってログインしないと」

「ログイン?」

「福袋開けるの。じゃあね」

 やはり、言葉数少なく去ってしまう。

「ログイン、福袋、お店に並ぶのでしょうか?」

「あーシズクっち、ガチ勢だもんね。レイドバトル参加するんだー」

「はぁ………?」

「サイナっちも始めてみれば。上手くプレイ出来たら動画とか投稿してみー。サイナっちの美声があれば、男共が嫌でも飛びつくからさー」

 なんの話か掴めず、聞き流してしまう。ようやく列が流れ、自分達の番が回った時、4人で鈴をそれぞれ鳴らし、柏手もそこそこに硬貨を投げ入れ、すぐに目を閉じる。それもたった数秒。たったこれだけの為に行列を作って時間を過ごすのだから、割に合わない作業だ。来年はどうしてしまおうかと考えてしまう。

「んじゃ、そろそろ行こっか。早くお店行って暖まろう」

 新年の過ごし方など、オーダーでもそうは変わらない。銃を奉納する訳でもなく、刀を研ぐ訳でもない。だが、この時間、この一瞬はオーダーに来なければ訪れなかった時間に違いない—————4人で境内を後にし、なおも私は周りを見渡す。

「………いませんね」

 オーダー街に来た時、私を捕らえた尋問官と、私に下着のノウハウを教えた白いメッシュの女子大生。あの日から探している訳じゃないが、同じオーダー街にいるというのに、会う機会は無かった。

「まぁ、オーダー大学部とは区画が違いますし、ゲートを常に張っている訳ではありませんからね。————ご挨拶、しても良かったのに。お礼参り、お覚悟を」




「休み明けそうそうこんな仕事をさせられるなんて………付いてません」

 冬休みが終わり、3学期に入った時だった。

「ごめんねー、今年の視察参加企業、結構多くて。どうしても手が足りなくて」

「いえ、お手伝い出来てとても光栄で~す………」

 オーダー校中等部を視察したいという企業、業界人の為に講堂を使って学校の説明、生徒からの発表を予定していた。外の人間からすると所詮中学生の戯言であろうと、銃器や防弾製品はまだまだ価格も高水準で、未だレッドには達しないブルーなオーシャンだった。しかも、それを大量に買い込むオーダーなど、恰好の標的でしかない。馬鹿馬鹿しい、彼らは知らないのだ。そんな付け焼き刃な技術では、オーダーの学生からしても購買意欲など上がらないという事を。

「だけど、大事なスポンサーですからね~」

 段ボールいっぱいの冊子やファイルをそれぞれの座席に置く、手に取って説明できる環境を作っていた。大事なスポンサーではあるが、正直気が進まない。

「なぜ私達をここに落した外の人間の為に、こんな事をしないといけないの」

 金は力。それも圧倒的な暴力である。なら、その金恐ろしさに言う事を聞く人間は多い。しかも、ちょっとした小銭を稼げるのなら、幾らでも靴を舐めるだろう。

「………私の顔、知られてるかもしれませんね」

 それどころか、あの部屋に足を運んだ人間すら訪れるかもしれない。名立たる大企業の先兵が揃う以上、あの家と関係を持っている人間がいてもおかしくない。あの家はオーダーを嫌っていたが、企業利益を追求する人間にとってそれはあまり関係のない事。————あるいは、快楽さえ貪れればそれでいいという人間の集まりさえ。

「サイナさん?どうしました?」

「あ、なんでもありませんよ。あの、先生、どうして私を指名したのですか?」

 周りを見渡せば、教員の命令で、ここに手伝いに来ている生徒も数多いが自分のクラスの人間がそれほど多くない。というより、一年生に割と大事なこんな作業させているのは、思えば意外だったかもしれない。

「うーん。実を言うと、サイナさんには他に大事な仕事を頼みたいから来てもらったの」

「———大事な仕事」

 困り顔の教員が口にした言葉に、抑えきれない感情が露わになる。

 大事な人、大事な相手、大事な時間。そう並べて、自分の手下とも言える人間をあの部屋に連れ込み、弄ばれる私を楽し気に笑みを浮かべて眺めて、或いは数人で嬲ったあの時間を思い出す。自慢のナイフで私の腿に傷をつけ、流れる血を呷る狂人がいたのを思い出す。血を流し過ぎた足が白を越え、青く、そして黒く変色していったのを覚えている。傷物だが、それでも幼い血はいい。幼い肉は噛み甲斐があると。

「私、接待なんかしませんよ」

「そんな事を望んでくる業界人がいたら、恰好の餌食なんですけどね。あなたにはその逆。いや、これも接待に入るのかな?防弾服を売り込みに来る大人を銃で撃って欲しいの」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

「結構いるのよ。うちの製品はどんな弾丸でも防ぎ、軽くて丈夫だって。でも、この国で実銃、しかも自動拳銃、マグナムとかも含めて実験を出来る企業って、すごい限られているでしょう。だから、サイナさんにはそういう人の眼を覚まさせて欲しくて————自社の製品にそれほど自信があるのなら、身を包んで撃たれて下さいって」

「————実包、人に撃っていいんですか?」

「はい、勿論。だって撃つ訓練はもうしてるでしょう。的が変わるだけよ」

 と、担任は言い終えたらしく背中を見せて去っていく。

 確かに、入学してもう1年近く。分解も整備も、実際に売ってもいる。だけど、私は商人として売っている。中等部生が銃を持つのは、まだ任意。高等部生に成れば、正式に携帯義務が付く。だから、私は実銃こそ何度も握って来たが、人に、それも民間人に撃った試しはなかった。私は、スポンサーとして後ろを守って来たから。

「————なかなか撃たせて貰えなくて、うずうずしていた所です」

 そして訪れる視察団。

 3年の先輩方が良い身なりの————あの服をすぐに脱ぎ捨て、私に被さった—————と、同じ服で身を包んだ男性達を案内する。接待など望んだら、恰好の餌食、と言いつつ、案内するのは我がオーダー中等部が誇る美少女美少年達。教員も相手を選んで手伝いを任せていたのは間違いなさそうだ。恐らく自分の娘ほどの子供に笑顔で、「こっちでーす」と呼ばれて、心地よく校内を歩き回っている。

 オーダーの平均年齢は、この国の現状とは乖離するほど低く若い。見渡せば、どれも若い未熟な、けれど自分達に良い顔をする子供達ばかりなのだ。しかも、教員の中には私達に人心掌握術、とまではいかないが犯罪者の心理分析を仕込んだ、噂では元アイドルや女優の、そして真に接待をしていたかもしれない美人な教員すらいる。

 楽しくて仕方ないと顔で言っている。可愛い上に金になると踏んでいる。

「あんなぞろぞろと足音を立てて、無警戒に背中を見せて歩くなんて」

「こら」

 後ろから一団を見張っている私が呟くと、隣の担任が囁く。

「外の人間は、みんな、ああなの」

 そう言い終えた所で振り返って来た、一団のひとりに笑顔で応対する。

 彼らは知らないらしい、私達がなぜ後ろにいるのかを。この学校はオーダー街にあるオーダーの為の敷地だ。ならば、私達でも予期しない異常事態。突発的なテロがいつ起こってもおかしくない。それも、名立たる企業の彼らがいるのだ、まとめて始末すれば、全てオーダーの責任に出来る。吐き気もするが、守らねばならない。

 —————私達をここに陥れた人間達に笑顔を見せ、銃を隠し持ち守る————

「反吐が出る———」

 私ではない、真後ろを取っていた見目麗しい目つきの悪い同級生が吐き捨てた。

「じゃあ、サイナさん。そろそろみんなと一緒に準備をお願いできますか?」

「は~い♪」

 案内役ではない私達数人、1年と2年のクラスごとに選ばれた数人が射撃場である地下へと向かう。いわゆるマンターゲットが天井に列ごと付けられたレーンに50メートル程にまで沿って動く、ただ銃を撃つ為だけに作り出された遊びのない施設。

 その中のひとつ。最も奥にある、遮蔽物に隠れながらこちらを伺う人形が設置された空間まで向かう。

 そこは別の枠とは違い、とても広く、射撃手の対岸は家の外観一部を移設してきたような見た目もしている。その間の遮蔽物と人形は、既に取り除いてあった。

「私、ウキウキしちゃいます♪」

 与えられた銃はP232、現状日本の警察が採用しているP230JPの改良版である。ライセンス生産はしておらずSIG社が製造、そして輸出している拳銃のひとつ。弾丸は32ACP弾という9mm弾よりも威力は低い、けれどその低威力のお陰で銃口が跳ね上がらず、大量にばらまける事から短機関銃にも使われる————安定性のある弾丸として今だ人気な弾丸だった。つまり、今回にもってこいの実包。

「サイナさん」

「あれ、ミトリさん?」

 地下の射撃場で、いつ来るかと浮足立って待っていると、ミトリが更に数人と共に訪れた。

「ミトリさんも撃つお手伝いですか?」

「いいえ、私は撃たれた方の治療に来ました。新しく配備される医療品の試作です」

 と、愛らしく言うものだから万全を期している事が知れた。

「サイナさん、選ばれたんですね。すごいです、私も撃ちたいなぁ」

「あ、ではでは先生に相談してみますか?きっと許可してくれますよ♪」

「本当ですか?はい、相談してみますね」

 これから人を撃つ。彼らはオーダーに装備を売り付ける死の商人ではあるが、この国にいる事から銃で撃たれるなど、隕石が激突して死ぬよりも低い確率だと、そもそも撃たれる事すら想像もしていない人間達に違いない。

 ————そんな人間達をこれから撃つ。オーダーが許可して発砲する————

 本来なら彼らは守られるべき民間人。しかも、オーダーのスポンサー成り得る未来の客である。だが、確率で言えばそれは幾らでも反転する。もし、彼らも企業も犯罪をしている、政党に違法な献金の元、都合のいい政策や法律の立法があると判断されれば、直ちに手のひらを返してオーダーは、彼らに銃口を向ける。

 開発部も経理部も人事部も関係ない。安全に私大で過ごし、順風満帆な人生を送ってきた新社会人に対しても、容赦なく、こんな小さい弾丸ではなく、確実に脳髄を貫ける弾丸を突き付ける。それも、それをするのは自分よりも年下の我々だ。

「あは♪楽しくなってきましたよ~♪」

 


「はーい、ではこれから皆さまには実際に銃で撃たれて頂こうと貰いまーす」

 3年の、道を歩けば必ずスカウトを受けると噂の女子生徒がそう言い放つ。

「………は?」

「既に説明して手に持って頂いた通り、オーダーでは将来的な役割を考えて、中等部から銃の扱いの授業をして来ました。皆さまも、銃、好きですよね?では、折角オーダーに訪れたのですから、なかなか出来ない体験をして頂こうと思案し催してみました。ささ、早く装着を。自分の製品ですもん、怖くありませんよね」

 と、愛らしい容貌を備えた女子生徒、若く端正な顔立ちの男子生徒が、それぞれの製品を手に逃げ場を奪う。確かに分厚く頑丈そうな見た目の防弾服だが、子供相手に売る、サイズを考えていない、適当に金型を作って工作したような見た目の数々。

「あ、あの………君達によるスペシャルなサービスとやらは?」

「はい、こちらが私達によるスペシャルサービスとなっております。お楽しみいただけるかと」

 眼鏡をかけた細い男性の問いに、全くためらいなく美人な先輩は返す。スペシャルなサービス、なるほどそれは期待してしまう。しかも、それをこの美人な集団が言うのだ、何を待ち望んでいたか知らないが————嫌でも、ついて来るだろう。

「では、時間も押して来ましたので、テンポよく行きましょう!!さぁ、まずは———工業、マーケティング部部長様、前へどうぞー!!」

 全員で囲い、手拍子と拍手を笑顔でし、女子生徒の声援、男子生徒の歓声を使い、逃げ場を奪う。そして、無理やり防音の耳当てと防弾服を着せる。

「あ、あのちょっと、冗談だよね!?」

「部長様こちらでーす!」

 と、あの目付きの悪さなど何処へやら、愛らしく微笑んで件の射撃場中間へと連れ去り、「動かないで下さいね」と恐らく耳元で囁き射撃の的にする。一人駆け足で戻って来た容姿端麗な女子生徒は、拳銃を制服から抜き取り———構える。

「絶対に外しませんから————動かないように」

 軽い銃声だ。鼻で笑ってしまう程の。しかも、撃たれたというのに倒れもせず、茫然自失と口を開けて立っている。動くな、と撃つ寸前で言われたのだ。しゃがむ事など出来やしまい。そして「では、2発目どうぞー!!」と装填をし終えてただちに撃つ。

「はい、ありがとうございましたー!!じゃあ、次の幸運な方は————産業、開発部代表の方ー!!さぁ、盛り上がって参りました!!」

 あれが演技なのか本心なのかは、この際どうでもいい。今は次の自分の番はいつかいつかと待ち望んでしまう。男女も老いも若きも関係ない、2、3発撃たれたらすぐに次。放心状態であろうと関係ない。返事が否であろうと知った事ではない。ひとり、ふたりと連れ去られ、撃たれて戻って、ミトリらが検診をしていく。

「待て!!待て!!ふざけるな!!私はこんな事の為に、ここまで来たんじゃない!!帰らせて貰う!!」

「おっと!!流石は理事様!!盛り上げ方を熟知しておられます!!これがひと時代築いた方の以心伝心、感服しましたー!!じゃあ、理事様には特別に9mm弾をプレゼントしまーす!!」

「あーいいなぁー!!」

「羨ましいですよ!!理事さん!!じゃあ、早速向かいましょう!!」

 顔こそ整っているが、その中身は完全にオーダーに染まっている男子生徒の先輩ふたりが理事とやらの両腕を掴み取って連れていく。やはり、鼻で笑ってしまう。9mm弾は世界で最も供給されている量産品のトップだ。70円程度しかない。

「やめろ!!撃つな!!撃ったらどうなってるかわかっているな!!」

「それは、押すなよ、というアレですね!!お任せ下さい!!昔の動画で知っています!!」

 どういうテンションで撃っているのか、撃たれている彼らはわかるまい。

 我々は、口では言いようのないほど楽しんでいる。心の底から晴々としている。

「あーと、気絶してしまいました!!それほど嬉しかったのですね!!じゃーそろそろ、再度1年生にお任せしましょー!!」

 遂に来たと皆で笑う。自分が一番だと牙を覗かせる。

「1年、1年生だと!?しかも再度と言ったか!?」

「だ、大丈夫なの!?そんな1年しかオーダーにいない子供に———!!」

「お任せ下さい!!今回、呼んだ子達は選りすぐりの凄腕ばかりです!!私達3年生が去った後、主力を担うのが2年生なら、1年生は我々の背中を飛び越える秘蔵子達です!!皆さまには、初めての対人射撃の糧となって頂きましょう!!」

 もはや悲鳴すら上がらない。絶望と恐怖だ。先ほどまで撃たれる事をあれほど嫌がっていたのに、今は誰に撃たれるのかを恐れている。人間、不満や圧迫に成れてしまえば、多少その不満が膨れる状況に陥っても、慣れてしまう。受け入れてしまう。

「さぁ!!みんな挙手して!!誰が撃ちたいかー!!」

 全力だった。全力で手を上げ、選ばれたのは背の高い男子生徒。男子生徒の対象は顔に肉を付けた女性の事業部長だった。優し気な甘い顔をした男子生徒に連れられ、置き去りに、そのままの勢いで戻って振り向き様に銃口を向けると————。

「おっと、泣いてしまわれましたね。それほどまでに嬉しいなんて、オーダー冥利に尽きます!!」

 事が終わった後、女性の事業部長は膝を突いて泣き崩れてしまった。そして、再度男子生徒に連れ去られ、検診と治療の席に向かっていく。

「じゃあ、次は————あなたです!!」

 ようやく自分の番だった。心の底から楽しく、跳ねながら一団の中では若手の男性の手首を引いて連れ去る。手を握るなどあり得ない、反吐が出る。そして私が最も撃ちやすい距離に連れていき、「ここでお待ちくださいね♪」と囁き、背中を向ける。

「ま、待ってくれ!!」

 と、手を握られる—————。

「た、頼む!!待って、撃たないで!!私には君より幼い子供がいるんだ!!」

「それはそれは———」

「だ、だから撃たないで!!」

「大丈夫です♪子供って、意外と大人ですから♪」

 手を振り解き、射撃の場で振り返る。

「よーく狙って!!頭に当たったら致命傷ですからね!!」

 もう我慢できない。銃口を向けるこの時間すら惜しい、早く早く撃たせろ。

「準備出来ました♪」

「じゃあ、まずは1発ッ!!いってみましょう!!」



「サイナさん、おつかれ様。いい演習になった?」

 地下の射撃場での時間を終え、救急搬送や逃げ帰る彼らを見送った後、講堂の後片付けをしていると担任の先生から言葉を受けた。その返事は勿論———。

「楽しかったで~す♪」

「うーん、そこは良い演習に成りました、と言って欲しかったかな」

 そこは本心であったらしく、困り顔を浮かべられた。

「ありがとうございます、先生。みんなより一足先に実包を体験出来ました」

「良かった。どうだった?人を撃つ感覚は————」

「勿論、楽しかったですよ♪」

「あれ、サイナさん。もっと語彙力持って無かった?」

 だって事実なのだから仕方がない。あれは一種の麻薬だ。人に銃口を向けるだけで、ああも全身が震える程の快楽を受けるなんて。癖になってしまうかもしれない。

「でも、撃ったのは私達ですが、良かったんですか?」

「ん、何が?」

「撃たれるって、トラウマに成ったりするって聞いたのですけど。後から訴訟とかされません?あの人達、全員それなりの立場なのでしょう?」

「はい、そうですね。それなりの立場です—————全員、今頃別のオーダーが身辺調査、証拠収集、証拠保全に走ってます。そう遠くない内に逮捕されるでしょうね」

 ああ、そういう事か。どうせ逮捕するのだから、彼らで練習する舞台を用意してくれたのだった。これは、オーダーに恐怖心を植え付ける事前準備だったのだろう。

「ちなみにですけど、あのスペシャルサービスって、」

「スペシャルサービス?なんの事、先生全然わかりませんね。じゃあ、他の子に会ってくるから指示があるまで講堂に残っていて。今度、何かしらお礼させて貰うから」

 そのまま去ってしまった。

 どうやら、あのスペシャルサービスは本当に身内身内で計画されていた催しであったらしく、誰に聞いても「なんのこと?」と言われるに違いない。自分も、記憶を飛ばす努力をしなければならないようだ。だが、いい体験だった。

「みんなに自慢したいですけど、きっと言えませんね。秘密の体験、素敵でした」

 彼らが残していった飲み物の始末、地下射撃場の薬莢拾いに遮蔽物などの再設置。手間と時間が掛かる作業だが、あれを出来るのなら二度三度と繰り返してもいいかもしれない。今度、個人的に計画してしまおうか。うん、きっとそれが良い。

「ミトリさんの発砲許可も下りましたし、とても楽しそうでしたね♪」

 特別ゲスト、と銘打たれたミトリは自分で撃つ相手を選べた。しかも、許された弾丸は22レミントンマグナム。22と頭に付けられているが、その火薬量は紛れもないマグナムの量。他の銃声よりも轟くダブルデリンジャーから放たれた弾丸は、完璧に身体の中央を打った。誰かを想定していたのか、迷いなくひとりの男性を選んだ。

「えー、みなさん、聞こえますか?準備に後片付けの手伝い、ありがとうございます」

 舞台上からマイクを使って担任が声を響かせる。

「地下射撃場の掃除が終わったと報告されましたので、講堂の片付けが終わり次第順次解散して下さい」

 ゴミ袋を持った生徒達が静かに教員の話に耳を澄ませていた。

「ミトリさんは報告があると、病院に行ってしまいましたし、ひとりで帰りますか」




「車、本格的に欲しいですね」

 校舎から校門までの短い距離でもそう思ってしまう。いまだ蔓延る寒冷に耐えながら歩んでいくが、許されるなら走って車両に飛び乗りたい。けれど、まだ車両は購入しておらず、バスも休日ダイヤな為、すぐには来ないだろう。

「お金は溜まって来ましたけど、購入費と維持費、修繕費も加えるとすごいお金になりますね。だけど、お金を理由に安価な物を買うと、結局買い直す事になりそうですし、ああ、あと保険にも入らないと。車検とか税金も調べませんと」

 オーダー本部が運営している会計事務所という、ある種法の穴を突く部署に確定申告や会計を頼んでいるが、そこに車両の経費、またガソリン代なども頼むとなると、更にお金が掛かってしまう。いや、ここで恐れてはいけない。

「遠くない内に必ず必要になりますし、ここはドンとお願いするべきで———」

「あの………」

 聞き逃す所だった。思わず振り返ると、

「あ、確か入学試験の時に」

 そこに立っていたのは、教室で夜を過ごそうかと思った時に声を掛けられた少女。オーダーに世話になっているという初等部出身の子だった。

「サイナ、さん………ですよね………」

「はい、サイナです。あなたは?」

「………言えなくて」

 言いたくないではない。言えない、と返した。

「オーダー本部からの命令ですか?」

「………いいえ、私個人です………私の顔………覚えて下さい」

「え、覚えるって」

 出会った時は既に去年の話だ。セミロング、であった筈の髪は胸にまで届き、現状はロングという所まで伸びている。髪を伸ばせるという事はかなりの実力者か、私のように後方での支援に徹底している技術者。恐らく彼女は後者だ。

「顔、あなたの顔は————」

「さよなら………」

 一瞬。一瞬だけ年齢よりも幼げな顔を覗かせた少女は、かなりの脚力で校門まで走り去ってしまった。あっけに取られていると、ようやく意識を取り戻せた。

「え、あ………顔?」

 何があったのかさえ分からなかった。追いかけようにも、もうその背中は消えてしまった。どうしたものかと考えるが、もはやどうしようもないと諦める。

「次、また向こうから話し掛けるまで待ちますか」

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