第13話
イサラ達3人が車から降り、私はひとり暖房も付いた車両に残る。
「私、恵まれてますね」
私はこのチームの事実上のスポンサーだ。車両も装備も物資も私が用意し、私が運んでいる。話し合い、何が必要かはみんなで決めたが、ひとまずの資金は私が支払った。だから守られて当然、しかも、私は運転手だ。なら守られてなお当然。
「—————私、誰を堕落させればいいの」
私の目標は復讐である。この身を蝕む火傷と打撲と切り傷。胸に残る青黒い手の痕、背中を切り裂いた刀傷。刀傷を焼いた深い火傷の痕。もう治っているが、剥がされた爪に砕かれた指、切断も視野は入ったという足の脛の痛み。そして————まだ残る手錠の痕。冬だからこそ隠せているが、夏場は皆半袖の中私だけ長袖と手袋という、何かあると知らせる服装をしている————私だけ異質だと教えている。
「許さない……」
私が中央に抱くのは復讐の心。高笑いを上げ、私を嬲り、犯し、殺し続けたあの家の人間達。誰一人逃がさない。誰一人許さない。過去も今も未来も何もかも奪い、今は別の誰かを貪っているアイツらだ。同じ目すら許さない。同じ痛み程度では許さない。両足を砕き、両手の指を切り落とし、目を抉り、毛髪を掴み上げて頭を引きずり回す————そして最後には————最後には—————。
その為に、私はここまで積み上げて来た。
慣れない客商売に経営。愛らしい性格と好まれる笑顔。そして、異性を魅了してやまない官能的な肉体。金と時間と体力と知識を使って積み上げた私の財産だ。
「————復讐の為に」
銃撃戦が開始される。今はまだ遠くからの様子見に近いが、あちらは迫りながら銃口を向けマズルフラッシュを上げている。盾と車両で、こちらは防いでいるが、そう遠くない内に完全なる撃ち合いに通じる。それも、あと数秒だろう。
「ソソギさんはいませんね」
ドローンを使って上空から確認するが、まだソソギは前線にはいない。恐らく人員の後ろから支援として徐行している車両に乗っている。可能な限り無傷で体力を温存させ、一息で仕留めきれる距離を取った時、彼女が投入される。
「あと1時間————」
それが訓練終了までの時刻。1時間もあれば、いくらでも拠点を奪え、フラッグを刺し続けられる。しかも、今も私達の拠点を敵方に無所属のチームが襲い、拠点占拠を狙っている。全てのチームによる全物資の投入だ、ここで奪われては二度と奪い返せない。
「———動いた」
残り20メートル。走り切るには最も適した瞬間だった。先手を取られた。
まだ徐行で歩み寄っている、そう思った時だった————。一歩を取られ、腿からふくらはぎまでの筋肉を膨らませ、全力の襲撃の機会を与えてしまった。銃撃こそこちらも開始出来るが、両手で拳銃を握りしめる身体を細く的を小さく絞らせる構えは、どれだけ撃ち慣れていても一射目を確実に的中させなければ、あちらは一瞬で縮められる距離まで迫る。しかも、それが10を超える数で襲い掛かるのだ。
こちらとあちらでは、圧倒的に心理的負荷に差がある。
—————窓ガラスから外へ視線を走らせる、こちらも踏み込む寸前だった。
「ソソギを確認!!そこにはいない!!」
ナビから叫び声が聞こえた————。
「————ソソギはいない!!」
踏み込む寸前だった。盾を捨て、接近用の模擬刃刀を構えたイサラ達に叫ぶ。
「悪いけど、ここを放棄も出来ない!!一人で行って!!」
正直、予想通りの言葉だった。
「聞こえた!?一人で行って!!」
聞こえていない訳じゃない。その判断を、私自身も考えていた。銃声が響く道路で、何度も指示を仰ぐなんて無駄、私が嫌いとしている所だ。だから————。
「下がります!!離れて!!」
味方のチーム達にそう叫び、前へ直進————しかしすぐさまハンドルを大きく切り、車体後方をコンクリートと鋼の壁へと擦りつけながら横転を避ける。フロントガラスからの景色を無視し、意識のみ、車体感覚だけで感じ取り、ハンドルはそのままにアクセルを踏み切り、無理なターンを決める。
「傷つけちゃいましたね」
数秒前までは後方、今は前方である味方達の間を縫って走る。背後で構えていた車両と入れ替わりで位置を交代し、自分はそのまま陸橋道路を疾駆する。ひとりである事が怖い、頼りになる自分で選んだメンバーから離れ、まるで逃げるように走り去る自分が愚かしい。秒単位で離れる味方に、何か置いていく事が出来たのではないか。
自分ではなく、イサラが乗り込んで一人走った方が良かったのではないか。そんな思考が脳内に駆け回る。————相手は、あのソソギだ。自分ひとりで何が出来る。
「ええ、ええ!!お任せ下さいッ!!この日の為に沢山抱えて来ました!!」
自分の武器を把握する。二丁のマシンガンは使えない。ドローンもそろそろ墜落する頃だ。盾はイサラが持っている。ネットランチャーだって彼女にどれだけ通じる。あるのは暖房が効いた車と拳銃程度。或いは———。
「なんて逆境でしょう!!」
楽しむなんて信じられない。自分はチームの命運を握っている。任される事の意味を履き違えている。オーダーに失敗は許されない。そもそも私は自分ひとりで、前衛で戦闘をするタイプじゃない。————だけど、私にはこの身体がある。
「痛みにも恐怖にも慣れたものです♪」
灰色の陸橋道路から料金所へ駆け込み、そのまま走り去る。
「聞こえますか!!これからそちらに向かいます!!」
「応援感謝します!!イサラが乗ってるのね!!」
「ざんねーん、私ひとりで~す♪」
「え、サイナさんひとり!?」
まるでじゃない、完全なる不服の返事だ。
「申し訳ありませんが、襲撃隊の足止めにイサラさんは掛かり切りです。でも、ひとりいるだけで安心感が違うでしょう————状況は?」
「じょ、状況はソソギの単騎掛け!!」
恐ろしい。たったひとりであれだけの防衛組が瓦解し掛かっている。仕方ないかもしれない、後方にいるのは情報戦に特化した戦闘が得意ではない女子生徒達。ソソギとの戦闘など、恐ろしくて仕方あるまい。
「良い配置ですね。戦闘が出来ない子たちに、ソソギさんをぶつけるなんて。なかなかの一手です」
「せ、戦闘が出来ないわけじゃないから!!ただ不得意なだけ!!」
再度爆発音が聞こえた。恐らくフラッシュグレネードの類。耳をつんざく音がスピーカー越しに聞こえる。あれは目と耳を塞いでおかねば、数分は光が見えない、耳が聞こえなくなる、危険だけど閉所での戦闘においてもっとも有用な武器の一つ。
「やはり、消耗品を取りそろえる必要がありそうですね♪」
ここら一切ブレーキなしで走れば10分程度。既に籠城組、襲撃組、防衛組の全てが戦闘に入っているのなら、今動けるのは私だけ。この無人街で唯一動けるのは、この自分しかいない。自分はイサラほど強靭な身体を持っている訳じゃない。シズクみたいな天才でもない。ソソギのように万能の人でもない。そんな私が彼女に挑む。
————役割など崩壊した。私は運転手であり壁役。そしてスポンサー。
「なんでしょうね、この胸の高鳴り————そう。結局あの家の血ですね」
弱者をいたぶり、力任せに皮膚を掴み取り、爪痕を残して自慰に耽る。
「私、もっと早く正直に成ればよかった。楽しみたいんですね」
強靭じゃない—————違う、私にはこの耐え切った身体がある。
天才ではない—————違う、私には荷台に乗せた、想定した物資がある。
万能なんかじゃない—————違う、なんの為に今日まで積み重ねた。
「お覚悟をソソギさん、あの日の恨み、私はまだ覚えていますよ♪」
今も夢に見る20センチの壁。傷を癒し、血を流すつもりで挑んだ体力測定。誰にも負けない、誰かに負ける訳にいかない、必ず合格する為に挑んだ時間。私は弱者だった、持たざる者だった。そうだ、これは恨みだ。私の覚悟を砕いた恨みだ。
「奪いたいのならお好きにどうぞ、必ず奪い返して見せます!!」
ソソギは私の事など知らない。視界にも入れていない。許さない、絶対に許さない。私達の時間を、私の時間を、たったの1時間で奪い返そうとするあなたが。
ビル群を縫い、住宅街を潜り抜け、自治体が運営する事を想定している巨大な公園まで辿り着く。そこにはひとつの車両が残されていた。考えるまでもないソソギの乗ってきた車だ。しかもいい車だ、私が選んだ車にも届く、高級な車両。
「ここまで私を下に見るなんて、許しません!!」
公園内の舗装されたアスファルトを疾走する。噴水前の奪われた拠点は放置され、ソソギのフラッグが差されている。守るまでもないからだ、ソソギがいれば例え奪い返されても直ちに自分の物に出来る。その慢心が、なおも私を焚きつけた。
「まだ、もっと先!!」
誰も使わない遊具の先、ブランコや砂場、ベンチや花壇の更に先。私達の拠点、それは公園エリアの施設————併設された図書館だった。たった30秒だ、それがあまりにも長く遠い。道路が長く、図書館が逃げていく感覚に陥る。
————見えた。巨大な広い円柱状の設計がされた図書館を。そして視認する。窓ガラスの図書館の中、長い背丈を持つ美麗なソソギが悠然とひとり立ち、フラッグを手に持って、奥へと進む姿が————
「許しませんッ!!」
図書館の玄関にぶつけるつもりでアクセルを踏む。そして運転席と玄関が直結するようにハンドルを切り、真横に停車させる。キーもエンジンもそのままに飛び降り、荷台へと飛び乗り、対ソソギ様に用意していた兵器を掴み取る。
安全装置を弾き取り、抱えて玄関へと突撃する。自動ドアが開く前に飛び込み、両肩を激突させるが、構わずに走り込む。
「見つけました———」
背中を見せていた。運び込まれた電子機器を乗せたデスク群の更に先。
長いフラッグを手にしたソソギが立っている。振り返る事もせず、やはりひとりで屹立している。この背中に走る痛みはなんだ、背中の刀傷じゃない。この心臓から全ての内臓にまで届く悪寒はなんだ。あの日々で受けた内臓へのダメージじゃない。
「————ああ、あの顔は」
前に見た。私もした。未知なるものへの恐怖。それも、明確に自身への害を為すとわかる者への圧倒的な強者に対しての震えだ。顔が強張る、腕が軋む、まぶたが閉じれない、息を忘れる————だが、あれこそ私の敵だ。彼女以外、私の敵はいない。
「ソソギさん————!!」
図書館中に木霊する声。耳をつんざく甲高い悲鳴。弱者の咆哮。
長い艶やかな黒髪を靡かせ振り返り、あの鋭い双眸を向けられる。
目を合わせるだけで声が掠れる。吐息どころか脳中の血が凍り付く。彼女こそ、私の人生最大の敵だ。あの家の住人達など比類出来ない、私を軽々と越し、呼吸すら乱さない、最大の敵だ。あの時の屈辱だけで叫ぶ、両手に抱えた武器を握りしめる。
「拠点を防衛させて貰います!!」
走る、足を前へ、地面を蹴りつけ、身体をソソギへと弾き飛ばす。
ソソギは万能の人だ。銃撃など息の様にする。しかも、絶対に外さない。無論、白兵戦など挑めば、あの長い手足で円を作る感覚でぶつけられ、即座に意識を奪われる————彼女の挙動は知っていた。この日の為に、調べ上げて来た。彼女の腕は蛇だ。こちらのガードなど意にも介さず、肋骨の真下、脇、側頭部へと拳が届く。
彼女が使うのはオーダー仕込みの右ストレートじゃない。円を作る拳法に近い。
「————来るのね」
そのたった一言で身体が凍り付く。あのソソギが、私を意識の中に入れた。しかも敵として。自身の目的を阻む害として—————たったそれだけで覚悟が鈍る。
ようやく彼女が、私を見た。敵として。たったそれだけで復讐の火が業火と成る。
「ええ、覚悟を!!」
10メートル程度の間。自分は今トップスピードに入っている、全力の疾走の最大速度だ、2秒もかからずソソギの喉元に届く。だが、ソソギの瞬発力と長い手足を使えば1秒もあれば、即座に自身の秒速を手にする。その時、自分は返り討ちに遭い軽々と玄関まで弾き飛ばされる。———その為の武装がある。
「————ッ!!」
残り5メートル。そこで自分は踏み込む為の足への血を別の箇所に充血させる。
声など出さない。喉に使う筋肉などない。あるのは自身の全力の筋力に耐える為に使う内臓と腹筋への血。レイコンマ5秒で次の箇所、両肩から肘、握力に血を通し、血管を筋肉で固定する。振り上げるではない、あの人とは逆、左腰骨から右肩へと切り上げる。
ソソギは動かなかった。迎え撃つ事を選んだ。ならば、飛び込むしかない。
両手に持った武器、それは————アタッシュケース。固いアルミ製の外観。
「————っ」
軽々と躱される。全力の一撃を、ソソギは半歩下がり、僅かに首を動かすだけで躱す。宙を切ったアタッシュケースが巻き上げる風がソソギと私の前髪を揺らす。
「取った————」
次いで迫るソソギの右手。拳ではない、けれど確実に私の側頭部を叩き上げ、その勢いのまま真後ろへときりもみに弾き飛ばされる。その凶悪な手の道行きに迷いはなかった————眼球の真横、薄い皮膚の底、強烈な振動を受ければ脳を揺らされ、立ち上がる事は愚か意識すら奪う毒蛇の一撃。それをソソギは容赦なく使う。
「油断しましたね———」
私は確かに全力でアタッシュケースを振り上げ躱された。これは第一段階に過ぎない————狙うは固定。私が全力で耐えられる姿に身体を固定した————。
アタッシュケースは開かれる。がま口の様にではない。両肩を広げる様に、自身の規格を広げる様に開かれたアタッシュケースから————機械の鎌がその身を飛び出させる。ソソギの眼が私の側頭部じゃない、飛び出した鎌の一撃に対して開かれる。
堕落させるなら強者である。これはずっと前から決めていた事。ならば、強者の真似をすれば、ソソギの一撃を模倣すれば————そして、それより鋭く速くすれば。
私の視界の片隅、側頭部を狙うソソギの凶悪な毒蛇の一撃————ソソギの片目の中央には、ソソギの側頭部を狙う機械の鋭く強靭な一撃が迫る————。
「————ッ!?」
届いた。確かにソソギの頭に私の一撃が、対ソソギ様に用意した弱者の毒が届いた。長い髪がその衝撃を物語るように大きく真横へと靡く、が———私も毒蛇の一撃に隣のデスクまで弾き飛ばされる。しかし、ソソギの一撃が届く前に私の一撃が届いた結果だ、本来なら遠くまで弾き飛ばされる筈の威力が半減以下になっている。ならば、次の手に————。
「あ、あれ……」
呂律が回らない。痛みを感じない。完全に脳を揺らされた。
「ふふ、負けちゃいました……」
立ち上がれなかった。顔を床に押し付け、両肩が上がらない。膝を突く事すら出来ない。脳が麻痺している。そして————。
「効きましたね」
あのソソギが片膝を突いている。受けた側頭部を抑え、痛みに耐えている。
あれは最後の一線だ。あれ以上膝を突き続ければ、いくらソソギと言えども、もう立てない。脳を揺らされ、両足への命令を下せない。それを避けるならば、今すぐに立ち上がって脳へと酸素を含んだ血を行きわたらせなければならない。
「立たないで———」
願いを込めた声だ。私が、こんな声を出すなんて。こんな願いなんて口にするなんて。声すら上げないソソギのうつむく姿など、二度と見れない。だけど、肩を揺らしている。大きく呼吸をし、意識を保っている。だから————。
「———立たないで」
「————いいえ、私の勝ち」
たった一息で立ち上がってしまった。高い背丈から私を見下ろしてしまった。
未だ頭こそ抑えているが、その視線は確かに私を捉えている。圧倒的な位置から私を見下し、呼吸を整えている。信じられなかった。あの機械の鎌は殺傷能力こそないが、完全に油断した女子中学生など受ければ、今の私の様に弾き飛ばされる威力だ。
「————とても効いた。本当に、驚いた————だけど、私は倒れない」
もう片方の手、そこにはフラッグが握られていた。
「時間がないの」
最後にそう言い残し、両足を使いこなし去っていく。
「待って————」
ソソギは立ち上がったのに、私は立てなかった。また私は負けた、あの時の屈辱を晴らせなかった。眼球にあの背中が焼き付いてしまう。任されたのに、負けてしまった。這いずる事さえ出来ない、今、目を閉じれば私こそ意識を失ってしまう。
「ああ、届かないのですね————」
私達の拠点。図書館のフラッグが引き抜かれ、ソソギが自身のフラッグを突き刺した。———これで終わりだ。もう時間はない、同じ一撃を受けるほど、ソソギは優しくない。私は、目を閉じ、意識が回復するまで眠る事にした。
「よく頑張ったじゃん、サイナ———」
違う、まだだ。
「やぁ、ソソギ。入学試験以来?」
声が聞こえる。私の横を通り、ふたりを率いる声が。
「————もうあなた達の拠点は抑えた。私がここにいる以上、取り戻せない」
「だけど、ここにいる以上、ここ以外は取れない。ちょっと自分を過信してない?」
私達の代の片割れ、その人はひとりじゃなかった。ふたりも連れて来てくれた。
「…………お任せします」
「んー、あそこで勝てればもっと劇的だったんだけどねー」
「仕方ありません。あのソソギさんですよ、あの場に足止め出来ただけでも、かなり高得点では……私達の拠点は奪われたまま、取り返せませんでしたけど」
車内は心底暗かった。明るい展望だけがあった訳じゃないが、それでもこうまで暗いか。夏休み明けに男子の勝利チームが無人街で凱旋をしていたが、その逆はすぐさま撤収していた。あれに憧れていた訳じゃないが、それでも————。
「まぁ、仕方ないじゃん。サイナ、意識ははっきりしてきた?」
「あー、はい、なんとか……」
訓練後の検診で外傷の有無を調べられたが、脳に外傷はなく傷も浅いと帰宅を許可された。だが意識を奪われた私にハンドルを握らせるのは憚れる、誰が言うでもなく気だるげな友人が運転席に座った。もう暗くなってきた海上道路に雪が降り、心底寒々しかった。
「すみませんでした……一矢報いるどころか、足止めすら出来なくて……」
「え、すっごい足止めしてたじゃんか」
「え?」
「え、じゃないでしょう。ソソギ、サイナがいてくれたから10分以上あの場にいたんだよ。正直、信じられないよ。あのソソギが図書館から動かずに回復に専念してたなんて。お陰で、公園の拠点は避難した味方が取り貸してくれたんだよ」
10分、信じられない————いや、あり得ない。
「でも、皆さん、私が倒れた後すぐに、」
「すぐの訳ないじゃん、サイナが行った後、しばらく掛けて膠着状態になったから、どうにか私達だけでも送り届けて貰ったんだよ。全員が身体張ってくれたんだよ」
そこで気付いた。私はあの場でしばらく意識を失っていた、いや、10分を数秒としか感じない程、脳が麻痺していたのだろう。そんな状況に追い込んだというのに、脳の異常や外傷も少ないどころか無いなんて。あまりにもソソギは武術としても格上だ。必要以上に傷付ける気は無かったのだろう。
「そうだ、サイナっちー。あのアタッシュケース、よく許可が下りたね、もっと強くしてたら人死ぬレベルでしょー。ソソギっちさえ膝を突かせるなんてー」
「……実は先生に一度試したんです」
「———本当ですか?で、結果は?」
「見事に捉えました!!だから、この程度ならっと言われて————」
捉えた、とはいうが受けなければ威力を知れない。わざと教員は受けてくれた結果、使用許可を得た。いくら中等部トップとは言え、流石にオーダーの教員と同等とは思えない。数度の威力測定の結果、対ソソギ用に持ち込めた。
————あのマシンガンは完全に未許可だが。
「あれだけ頑張ったのに、結局1拠点か。どうする?打ち上げでも良く?」
「マジで言ってるー?もし2拠点以上のチームと同じ店でも入って、乾杯とか祝勝会とかされたら、あまりにも私らいたたまれなくなーい?」
「…………同意見です」
多くのチームが1拠点ではあったが、中には2拠点。或いは3拠点すらいた。
当然、私達はまだ良いが、奪われたままの0拠点もいた。だが、彼女らを下に見る事など出来ない。今回、交渉が上手くいったのは拠点の場所が良かった事も大きい———ならば、ひとつだけでも奪えた事を誇ろう。
「もし良かったら————」
と、全て言い切る前にスマホへ連絡が鳴る。
「あ、シズクさん—————はい、サイナです……」
「サイナ?ソソギとやり合って気絶したんでしょう、大丈夫?」
シズクは、今回場所でも能力でも敵方に買われ、あちらに付いていた。そんな彼女が終わって早々に心配の連絡を届けてくれる。試合が終わればノーサイド、という奴かもしれない。
「ちょっとくらくらしてます」
「まぁ、そっちもあの機銃を使ったんだから謝れないけど、ソソギもやり過ぎだよ。敵対した相手はみんな殴って気絶させるなんて。————これが実戦なんだね」
「はい、きっとそうです」
オーダーは権力者を逮捕する為にいる。その為なら手段を選ばない、子供たる自分達すら使う事で時折批判を受けている。けれど、子供の時から洗脳的な教育を受けさせなければ、力ある者には対抗出来ない。事実、私のような人間もいるのだから。
敗北し、囚われたオーダーがどのような末路を辿るかなど、嫌でも想像できる。
「シズクさんはまだ無人街ですか?」
「そーよー、使った機材の後片付けに追われてるの。じゃあ、そっちはもう外か。打ち上げでもするの?」
「…………もしかしたら、するかもしれませんね」
この答えに、わずかに車内の空気が変わる。
「こっちはまだまだかかりそう。調子乗ってこんなに発注して降ろすんじゃなかった。輸送用にヒ、トラックと運転手まで雇ったのに」
脳が完全に目覚める思いだった。
「…………シズクさん、そこに男子生徒がいるんですね。その人は、」
「———。ごめん、手を動かせって言われちゃった。またね」
唐突に切られた。いる、あの人が、シズクの近くに。しかも無人街で機材の片付けに手を貸している。後ろを振り返り、今も遠くに行ってしまう無人街を見つめる。
「あー、サイナっち、打ち上げしたい感じー?別にいいよ、この後帰って寝るだけだしー」
「いいですね。私、同年代との打ち上げは始めてです」
「仕方ないな。みんながそんなに行きたいなら私もやぶさかじゃないよ」
にわかに車内が活気づき、先ほどまでの言葉など忘れたと言わんばかりにスマホで店を検索し始める。オーダー街にも飲食店は大量にある。しかも、オーダーの人間が起業、運営している店だってあるのだ。ぼったくりという被害などあり得ない。あれば、即座に法務科が突入して店員は勿論、社長以下従業員ごと逮捕する。
「サイナー、肉が良い?肉が良いよね?鍋?焼く?それとも————」
「私、焼いてみたいです。実は焼肉ってしたことなくて~♪」
「じゃあ、早速予約するね。前に先輩たちにおごってもらったいいとこ!!」
振り返ってはいけない。私は、もう会わない、求めないと決めたのだから。
「あー、もしもし?これから4人で予約って可能ですか?あ、はいはい2時間コースでお願いします、あと、えーと一時間ぐらいですかね」
決めたら最短距離。こちらの思惑など察しない————いや、どうでもいい。後ろ髪を引かれる思いであるのは間違いない。もし、その人が目の前にいたら、瞬時に心変わりしてしまう。だから、会わない。堕落させる相手はまだ決まらない。だけど。
「…………未練がましい人って好かれませんよね」
「未練?ソソギさんの事ですか?」
「ソソギさん、ですか~。今度会うときはゆっくり挨拶したいですね~♪」
「あ、わかるー。それ、お礼参りって奴っしょー」
「あれ、お礼参りって教師にするんじゃないの?」
私の初恋の後味はとても苦いものなに、それぞれが好き勝手な事を言っている。だが、少なくとも今の私はこちらの方が好ましい。この時間は、とても得難いものだ。———いずれ、全てを自分の為に手放すとしても————この1年で築いて来た、私だけの日常は楽しかった。
「復讐の後————私はどうなるのでしょう」
今は目を閉じる。この後の楽しい時間を夢見て———。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます