第12話

「—————鳴ったッ!!」

 4台のスマホのスピーカーから甲高い、けれど小さな機械的な音が鳴る。

「まだ————」

 そうだ。我々は強襲側に数えられているが、それは今じゃない。

 開始と同時に車から飛び降りて、拳銃とライトを構えて突入していく女子生徒達。男子よりも軽装、けれど装着している装甲は多い戦闘服を身に纏った彼女らは、その薄い肩からはあり得ない速度で飛び込み、最低限の見張りだけ残す。

 鮮やかだ。数十度も経験した日々の実績の結果が、今ここに果たされている。数か月前の男子生徒の実戦訓練よりも速度と手練れさで言えば、確実に上の迷いない連携。自分の役割を自ら選び取り、けれど決して他も疎かにしない万全性。

「始まりました……」

 ここからでも聞こえる銃撃の音。先端は取り除かれ、顔面に当たったとしてもかすり傷で終わる弾丸。だが、その一撃は紛れもない火薬と硝煙を用いて、害する為の技術。死ぬことはないとわかっていても、数度も当たれば戦意が著しく低下する。

「イサラっち」

「まだ。まだ動いちゃダメ」

 いつ動くか。それは通信が走った時。交渉し同盟を組んだチーム連が拠点制圧を完了、こちらのフラッグを突き刺す準備が整ってから。あまりにも都合が良過ぎる考えかもしれない。けれど、それは向こうも同じだ。何も見返り無しに手助けも、足止めもしないのは当然。だから、待つ。信じて、待ち続ける。

「銃撃が、」

「止んだね……」

 目標のビル内から銃撃の音が止んだ。終わってしまったか、だから次のプランに移行する。

「籠城拠点防衛は破棄。私達の拠点に戻って————」

 通信が走った————準備完了、襲撃されたし————。

「————行くよッ!!」

 その声と同時に私はハンドルを大きく切り、アクセルを踏む。

 ビル角から現れた車体は冷気を切り裂き、無人街を走る。目標、東102ビルの前には既に車体が止まっており、ひとりだけの見張りがこちらを見据えた。既に手に持っていたスマホに叫び、ビル内の人員へ呼びかける。全てがスローに、想像通りに動く。—————このまま轢く筈もなく、私は再度ハンドルを切り、道を両断する様に車体の壁を作る。飛び降りた三人を見送り、一歩遅れて私も銃を構え降りる。

 まだ拳銃はひとつしかない。まだ誰もビルから降りてこない————これが最大にして、唯一のチャンス。前衛を取り仕切るイサラは拳銃とは逆の手、用意していた盾————薄く衝撃を逃がしきれない。しかし、即座に展開可能なカーテンを思わせる軽い盾を手に疾走する。残り二人はイサラを盾に、けれど全力で走り置いて行かれる事の無いように、一つの集団と成って、未だひとりの見張りへと強襲する。

 男子生徒は逃げる手管を多く用意していた。それは残り体力に気を配る、ゼロを避けるマイナスの計算。だが、こちらは違う。紛れもない体力を加速度的に減らすマイナスではあるが、早く叩き、早く撤退、無力化すれば、時間まで体力を整えられる、プラスの行為が出来る。だから、まだ体力が万全の内に時間を奪う————。

「———ッ!!退いて!!」

 イサラ率いる強襲チーム三人と見張りひとりでは相手になどならない。そんな事は向こうも承知している。屋内でもない、ビル前の開けた場所ではスモーク缶は使い物にならない、だからと言って二丁拳銃など話にもならない。だから、向こうが用意していたのは—————軍事ドローン。

 真上から降り注ぐ銃弾の雨————それが生じる寸前で三人はビル群の脇道に飛び込み、迸る最新鋭の攻撃から逃げる。あまりにも費用や技術を度外視した攻撃だった。撃つ弾丸は先端こそ取り除いている筈だ。だが、その小さい的であり、空という広い世界を飛び回る、数十発を一瞬で撃ち続けられ、しかも操縦手の腕は良かった。ヘリコプターの様にホバリングをして安定的にこちらを見据え、待ち構えている。

「襲いにいかないのは時間稼ぎだから、ですね……」

 あまりにも巨大なタイムロスだ。ひとりだった見張りが、ビルから残り三人が飛び出て来る。そして袂の車内から遮蔽物たる盾を取り出し、携えた。

 完全に読まれていた。こちらにはイサラがいると知れている以上、あちらも難敵を用意するのは正しかった。それも軽い金属とプラスチックを電動モーターで動かす空飛ぶ機械。生身の人間では、どうしても対処が難しい敵。

「サイナッ!!」

「わかってますとも!!」

 ならば、こちらも用意があるのは自明の理だ。

「シズクさんがあちらにいる以上、ドローンを使うのは予想通りです!」

 一見するとバズーカ。よく見るとグレネードランチャー、いわゆるグレラン。

 いや、そんな筈は無いと数が揃ったあちら側がピックアップトラックの荷台に積んであった、今私が構えている巨大な砲口を目に動きが止まる。

「そのまさかで~す♪」

 正確に言うのならネットランチャー。それは元は暴漢対策に作り出された護身用装備のひとつ。全身を、最低でも両足を巨大な網で絡め取られると想像以上に動きずらく、簡単に転ぶ。性別年齢関係なくあっけなく転び、しかも立てなくなる。 

 引き金を引くと同時に射出されたのは、優に全長3メートルを超す巨大なネット。網目は細かく、しかもそれぞれの端には金具がついているから被らされれば、固定され、もう嫌になるぐらい動けなくなる。たった数日前に配備された特注品。

 ネットはドローン共々、真下のチームに覆いかぶさり、その動きを封じる。いつまでも続く訳じゃないが、数秒でも奪えれば十分だ。脇道から飛び出たイサラ達が先ほどの続きを演じ、身動きが取れない敵チームは無視してビルへと駆け込む。

 地に落ち、じたばたしているドローンも無駄だと思ったらしく停止してしまう。

「ちょっとサイナ!?これずるくない!!」

 敵方のチームがゆっくり数十秒も掛けて暴れ、だけどまだネットの下からそう叫んでくる。私達の目的は逮捕じゃない。拠点を守る事だ。だから捕虜など取らずに放置する。捕虜を取るという事はその見張りにまた人員を増やす事でもある為、置いておく。しかも、あちらはオーダーである、捕虜になったから大人しくする、なんていう精神いつの間にか忘れているだろう。最後まで、徹底的に交戦するとわかる。

「最新鋭のネットの味はいかがですか~♪」

 そして、ビル内から歓声が聞こえた。どうやら奪い返せたようだ。

 ごそごそとようやく這い出て来た四人は、皆一様に大きく肩で息をしている。これでは再征服など無理だろう。向こうも、こちらの意図、今後の作戦があるのだ。いつまでも睨み合いなんてしてられない。

 何か一言言いたげだったが、結局何も言わずに速やかに車両へ乗り込んで逃げてしまった。挟み撃ち、という事態は避けられたが、後数分もしないで最低でも倍の数を揃えて戻ってくるだろう。だから、荷台に乗せてある数々の武装や装備を降ろし、ビル内へと運び入れる。

「寒いですね~……」

 雪でも降りそうな凍える風だった。降りて来たチームメンバーと共に荷物を持って目的の階へと踏み入れると、そこは温かく暖房が付いていた。しかも、籠城組はしばらく、ここを拠点にしていたらしく弾丸の箱は勿論、水に食料、甘いチョコレートバーすら箱で用意していた。武器が少ないのは、最後まで許された武装が曖昧だったから。

「暖か~い」

「おつかれさーん」

 と、早速チョコレートバーを口にしているメンバーから言われる。

 手渡されたバーを自分も口にし、軽く伸びをする。そして用意してあったノートパソコンに視線を逸らし、同盟を組んだ味方の奪った、奪われた拠点を確認する。

「私達のフラッグ数はこれでふたつ、ですね」

「予定通りなら3個になるけどー、この手強さだと2が良いところかもねー」

 最低ノルマがある訳ではないが、少なくとも全く動かず自拠点を守り切ればそれでひとつなのだ。ゼロは出来れば避けたい。だが、私達のフラッグ数が2である事を考えれば、自分のフラッグがゼロであるチームが生まれているという事。

 そんな殺伐とした現状だというのに、ビル内は十代少女な空気が流れていた。この間のテストがどうだった、この戦闘服はあんまりおしゃれじゃない、というよりもオーダー製の服はみんなドラム缶だ、などの和気あいあいとした会話の数々。

「みんなお疲れー。見たところ盗聴器とかカメラは無かったよ」

 ビルを籠城組のひとりと共に確認してきたイサラが椅子に腰かけ、同じようにチョコレートバーを口にする。皆、何かしらを口に運ぶので、次の商売が浮かぶ。

「食料、消耗品も揃える日が来ましたかね~。でも、在庫に場所を取られるのはつらいですし~。でも、銃弾は誰もが必要で、すぐに使い切りますし、狙いどころですね♪」

「んで、サイナ。あちらはどうなった?」

「そう遠くない内に襲撃に来ますよ。車はビル前に止めましたけど、多分左右から囲まれますね~。そして最初はドローンの強襲から降り注ぐかと~」

「まぁ、想像通りかな」

 自分達4人と籠城組の4人。計8人体勢なのだ。襲いに来るならこの倍は最低でも必要だと授業で習った。だが、向こうがもっと効果的にドローンである無人機を活用できるのなら、銃口の数は数倍にも膨らむ。それも悪くないのだが。

「私達のこれからの目標は籠城防衛です。これだけの物資がありますから、そうそう簡単には落ちません。では、私達は外の見張りに行ってきますね」

「寒いけど頑張ってねーいってらー」

 数人がビルの前で、車を盾に見張りをする為、退室する。

 その背中を見送って窓から確認する。そこで空を見上げてしまう。

「雪、です」

「え、雪?やだぁー、滑って転ぶじゃーん」

 いっそのこと積もってくれればいいのだが、溶けてみぞれ状になったら足元にも気を付けなければならない。今履いているのは分厚い軍用ブーツであるが、底に金具は無い。

「今の内に温まっておかないといけませんね。ポットを使っても?」

 呼びかけると籠城組が頷いてくれるので、電気ポッドを手に用意していた水を注ぎ、湯を沸かす。私達オーダーが想定している戦場は塹壕広がる平原ではない。権力者と呼ばれる悪法を作り、私腹を肥やして、人を売って来た人間なのだ、なら彼らはどこにいる?大企業に自分の豪邸や省庁集まる街、大物と呼ばれる議員が挙って住む高級マンションである。それらは全て都心の一等地。なら当然、電気も食料も、店も銀行もある。そんな世界の中で、数か月も影に潜む事もあるのだから。

「どうぞ」

「ありがとー」

 未だノートパソコンに睨めっこのイサラへ差し出し、他全員にもコップで渡す。

「見て見て。様子見に入ったみたい」

 と、言われるままに画面を見る。味方側フラッグの数、敵方、第三の無所属も完全に停滞する様子だった。初撃を越えた事を意味する光景に、ほっと一息する。これからは中間であり後半戦。しかし、時刻はまだ20分程度しか経っていない。

「いつ襲いに来るかわからなくなりましたね。この雪も原因でしょうか」

「一因かもね。けど、私達はまだ動く番じゃないし、今の襲撃組に任せるしかない感じ。これが後2時間以上続くなんて、眠らない様に気を付けないと————」

 そこに全員のスマホが震えた。

「早速来たね。意外と早かったじゃん、向こうも収まりが付かないの?」

 イサラ共々スマホを手にし、届いた連絡に目を通す。

「————ソソギ」

 空気が硬化する。暖かい空気は変わらない。けれど、確かに今、この瞬間気温が急激に下がり続けるのを覚える。ソソギ————この学年の女子側2大エースの片割れにして、誰にも靡かずついぞ無所属のチームで参加したと報告されていたソソギが。

「————ソソギが向こう側に付いた」

 たったひとり向こうに付いたからなんだ。こちらにだってイサラがいるのだ、人数も向こうとそうは変わらない、ドローンでの補助は常にこちらにもある。そうだ、生身のひとりが付いたからって、数の力、弾丸や車体の力には敵わない————。

「ソソギのチームって、」

「ここからは遠いです。大丈夫、焦らないで」

「焦ってないよ、安心して」

 片目をつぶって知らせてくれるイサラだが、その手は腰の拳銃を撫でている。

 振り返るまでもない。この場、外で見張りをしている人間達でさえ、あまりの事態に驚きを隠せないでいる。あれだけ多くの誘いを断り続けたソソギが交渉の席に付き、あまつさえそれが成功し味方に引き入れた。何を代価に支払ったなど、この際どうでもいい。今は、あのソソギを超える手段を考える時だった。

 ————だが。見張りから入電が届く。

「ドローンが5機こちらに!!車両による挟み撃ちです!!」

「———動きながら考えるしかなさそうだね」

 悠然と、この状況でもなおイサラは楽し気だった。

「私達が外で迎え撃つから籠城組のみんなは窓とか屋上から支援して!!」

 それを合図に盾を手に、私達も拳銃を抜いて外へと駆ける。一階に到達した時、既にドローンによる上空からの銃撃に、ビルの影から外に出れない状況に陥っていた。あのネットランチャーも大量に確保している訳ではない。しかも、先ほどの反省を生かし、一ヶ所に留まらず常に輪を作る様に飛び回っている。

「だけど、迷っている暇はありません!!」

 ネットランチャーを手にビル前の車の下へと滑り込む。後を追う射線も車を貫通出来る筈もない。ボンネットを叩く音だけを残し、車体後方へと顔と腕だけ出して。

「お待たせしました!」

 気付かれない内にランチャーを撃つ。広がり続けながら迫るネットにドローンは無力であった、だが、その中の1機がどれよりも早く上空へと逃れ、後を追うように4機も逃げる。捕らえられたのは3機。残り2機は、すぐには戻らず空で停止した。

「ふふ〜ん♪全機は無理でしたけど、ひとつで3機なら、なかなかの数では~?」

 真っ先に逃げた1機。量産品のひとつの癖に俊敏にカメラからの情報を元に操作している。確実にシズク。残りひとつを落す事は出来ても、シズクの操作する1機を狙うのは時間の無駄だ。しかも、道を挟んで止まっていた車から続々と足音が響いてくる。

「割に合いませんね。弾切れを待ちますか」

 車の底から這い出てビルの影へと戻る。未だ警戒しているらしく、ドローンは降りてこないが、ここぞの時には自爆も辞さない距離からの射撃を喰らわせるだろう。

「ナイスです!サイナさん!」

「ありがとうございま~す♪高いですよ~」

 セミロングの黒髪を揃えた優美な友人に知らせると、苦し気に笑われる。

「冗談です♪」

 土のうで壁のひとつでも築いていれば、まだ楽だったかもしれないが、そんな労力は無い。だから、このままビル出入口の影に隠れながら時間を稼ぐしかない。

「これは、占領されるのも時間の問題かね?」

「イサラさん、大人気ですね♪」

「この状況で言われても嬉しいよ!」

 しゃがみ、壁に隠れながら、車体を寄り添いながら銃撃を避け、こちらも応戦する。数は向こうも8人。こちらは4人であるのだから全く歯が立たない訳ではない。だが、完全なる挟み撃ちを受けて最短距離を目指す軽い銃声は、居心地が悪い。

「なにー!?こんなときにー!!」

 スマホが揺れ、気だるげなチームメイトがスマホをむしる様に手に取った。

「————全員に通達!!フラッグが奪われた!!私達の拠点じゃないとこ!!」

 恐れていた事態に直面する。私達は、自分では届かない拠点へフラッグを指してくれるからここで防衛をしている。そのフラッグが奪われた以上、ここで撃たれ続ける理由は無くなる。しかも、取り返せる見込みがないのなら、今私達の拠点の防衛もしてくれている人員すら離れるかもしれない。バタフライエフェクトという奴だった。

「どうする、みんなー!!このまま守っても割に合わなくなーい!!」

 なら、簡単だ。今自分達が守っている拠点にフラッグを指してしまえば、ひとまずゼロは避けられる。だが、その場合今も立て籠もっている籠城組とも敵対する事になる。8人が12人になる。それだけの敵を作れる筈もない。

「サイナはどうしたい!?」

「————私ですか?」

「事実上の私達のスポンサーはサイナじゃん!!車にネットランチャー!!盾にガソリンにその他色々!サイナが決めて!!商売を優先していい!!どうしたい!!」

 卑怯な人だ。商売を優先していい?そう言われたら、言うべき事は決まってる。

 徐々に迫る女子生徒達。車両と共に歩く距離は、自分達の寿命の長さとも言えた。顔を見れば、皆晴々としている。杞憂などしていない。心底、今を楽しんでいる。

「勿論———サイナ商事は信用第一です♪このまま防衛、いえ、反撃しますよ!!」

 ピックアップトラックの荷台、そこに通じる番号へスマホで連絡する。

「はい♪」

 装備を積んだ箱の奥底からその身を上げたのは、早い話がマシンガン。しかも、二つも銃口を持った、人によっては高射砲とも言える存在感を放っていた。

「え?」

 荷台がある方。車の後者側にいる女子生徒達が一様に声を上げる。

「ご安心ください♪皆さまと同じ弾丸で~す♪」

 轟く銃声。炸裂する銃口。明滅するマズルフラッシュ。辺りに漂う硝煙の匂い。

 光り輝くふたつの射線は、しゃがみ込み、車両の後ろに逃げる女子生徒達を正確に追いかけ続ける。そして一身に銃弾を浴び続け、あまりの質量に相手方のフロントガラスが真っ白に染め上げられていく。耐え難いと恐怖を感じたらしい車両がバックして去っていく。

「隙あり、そう思いました?」

 銃口は真上を捉えた。降りてきたドローンの1機を撃ち落とし、逃げ惑うシズクの機体を追いかけ、交差して遂に撃墜する。そこで、ようやく唸り声を上げていたふたつの銃口は白い息を上げ、元の位置へと戻っていく。

 我ながら、これを使う事になるとは思わなかった。はっきり言って失敗作だ。こんな物誰も買わない。あまりにもこのタイミングにのみ特化した兵器だ。或いは、殺しは許されないオーダーが作り上げた、紛れもない殺傷兵器。弾丸を取り換えれば、一体何人殺せてしまうか。街ででなんか到底解放させられない。

「う~ん。やりすぎちゃいました~♪」

 シズク自身はあちらに奪われたが、その技術と知識は使わせて貰っていた。人を認識し次第、銃口を向けるという世の中禁忌とされている兵器のひとつ。見境なく民間人でも容赦なく発砲するのが、この兵器の難点であり利点。

「確か、いずれは顔認識機能にするとか言ってましたね~」

 あの人とは会えないとわかった時に思いついた一例だった。生身よりも鋼の、それも大量の弾丸を放てる、男の子の夢のような存在。だけど、これはダメだ。

 そこに、私個人に連絡がくる。

「はい、サイナで~す」

「一度だけは見逃します。次はありませんよ」

「先生、笑ってますよ♪」

「い、いいえ、そんな事は……」

 通話が切れる。ピックアップトラック前方から迫っていた、もうひとつのチームもあまりの事態に言葉を無くし、向けていた銃口すら降ろしてしまっている。だから。

「行きますよ!!」

 反撃の時間だった。ビル窓からの銃撃が開始され、四人で容赦なく襲い掛かる。

 捕虜は取ってはいけない。それをするのは無駄だから、だから私達は大いに暴れて撤退をさせる。終わり次第、8人で再度カップでお茶を楽しんだのは、いい思い出。




「ここからは遊撃、って奴?」

「近場で奪い取れそうで奪い取れない拠点攻勢に加勢するーって奴でしょー」

 今日の為に用意した物資をいくつか受け取った私達は、後衛部ドローン組の指示に従ってまだ奪い取れていない拠点の近場近場に訪れ、停車していた。

「運が良かったですね。奪われたフラッグもすぐさま奪い返して貰えて」

「正直ひやひやもんだよー。契約は一度差した事で終わり、だから二度目は違う、とか言われたらどうしようかと思ったし、私ー」

「ふふふ、そんな薄情な事はしませんよ♪」

「言ってみただけよー」

 事実、私達の仕事はほぼ終わった。私達の拠点近辺の他拠点は全て味方側の手に渡り、そこへ辿り着ける道も封鎖、多くのチームで防衛して奪い取れない。絶対的な安住の地となっていた。ただ、ひとつ惜しむべきは。

「このままだと2拠点しか取れませんね~」

「仕方ないんじゃない?そもそも1拠点守れることさえ稀みたいだから」

 スマホで逐一現状を確認するが、もうここまで来ると余程の事が無い限り状況は変わらないだろう。試しに窓の外へ視線を向けると、爆破も銃声も聞こえない、抗争の嵐は既に過ぎ去り、深い雪が降り続いている。

「雪合戦、実はした事ありません」

「そうなの?私は何度かした事あるよ」

「私も母と何度か」

「私はやった事ないかなー。あーうそ、大昔やったわ」

 皆、往々にして理由があってここに来たのだ。だけど、皆真っ当に生きて来た。何かの手違いなんかじゃない。来るべくして来たのではない。自分の意思とは関係なく、とても言い切れない数々の理由で、とても言葉には出せない理由で、追い込まれ、逃げ惑い、それでも何も手がないから、ここに落された。来たくて来た筈がない。

「————最も過酷で、最も現実的じゃない選択。だけど、選ばないといけない子供達がここに来る—————」

 思えば雪を見るのすら何年振りだろう。

「やってみたい?」

「ふふふ、いいえ。それにこの映像はあちら側に届けられているでしょう。遊んでなんかいたら怒られてしまいます。それに、子供っぽいって馬鹿にされますよ」

「じゃあ、今度寮の前とかで雪だるまでも作る?」

「はい、その時が来たら—————」

 どうやら、私達を休ませてはくれないらしい。やはり鳴ったスマホと接続されていたナビを操作して、与えられた情報に目を通す。全員が声にこそ出さないが、必ず来ると思っていた事態を理解する。無所属から鞍替えした敵方のチーム群の一人。ソソギだった。

「————ソソギ率いる一団の特攻を足止めせよ、ですか」

 誰の指示も受ける事なく、特定の場所へと車を走らせる。フロントガラスのワイパーが雪を払い退け、ボンネットの雪がスピードで落とされていく。

「さて、最後の仕上げだね」

 イサラも理解したのだ。今日のトリを飾るのが、自分とソソギの一戦だと。

 自分もハンドルを握りしめて、イサラを送り出そうと決めた時だった。

「え、ちょ!!スマホ見て!!」

「————これは」

 後部座席の二人が声を上げる。見ずともわかる。ソソギが動いたという事は、今まで温存していた無所属のチーム群、当然敵方のチーム群も同様に動き始めたのだ。卑怯ではない、混乱に乗じて隙だらけの脇を狙うのは作戦として定石だった。

「どうするー、これ帰って拠点を防衛しても文句言われないんじゃない?」

「最後の最後で破れかぶれの特攻か。いよいよあちらさん方、後がないって感じ」

「今までの恩は忘れず、それはそれとして手堅く守る————ありかもしれません」

 ナビの中央に我々の拠点と、それらを取り囲むような味方側の拠点群。運よく与えられた拠点は、守るにはよく攻めるには手強い拠点だった。だから、私達は自分の拠点を放棄して、任せて交戦出来ていた。————この状況なら防衛側も嫌でも我々の拠点を守らざるを得ない。結果的にそれが自らの拠点を守ることに繋がるから。

「————でも、それはつまらないですね~」

「言ってみただけだし、流してー」

 アクセルを強く踏み、ハンドルも一切回さない。目指すは一ヶ所、今も拠点をひとつ取り、フラッグの数を増やしたソソギの居場所。この様子だと激突するのは陸橋道路の中央。逃げ場のない、本来なら許されざる戦場。

「通信入ります」

 後ろの優美な友人の一人がスマホをスピーカーにする。

「全襲撃組、籠城組共に交戦。現時点、該当307道路直進中の襲撃隊足止めに迎えるのは3チームのみ————繰り返す————現時点、襲撃隊足止め可能なのは3チームのみ———」

「ドローンでの支援は可能でしょうか」

「監視型ドローンは1機のみ可能————操縦手もひとりのみ————陸橋道路5番に進入確認。陸橋道路5番に進入確認」

 丁度このトラックも料金所を通り過ぎ陸橋道路へと進入を開始する。ミラーを確認すれば、後ろには2台の車両が続いてくる。今、数えられる全人員が集まったという事だった。はっきり言うと、褒められた状況じゃない。こんな内紛でもしかねない状況、日本オーダー支部の役割から考えると、下も下だ。それを承知で、全員が動いている。

 —————スマホのスピーカーからひとつの爆発音が流れる。私達の拠点をも使って通信と監視に当たっていた彼女らにも手が届いてしまった。

「————敵方の車両突入を確認、応戦を開始————」

 そこで声が止んでしまい、応答もなくなる。

「ドローンでの支援も期待できないね。結局、白兵戦と銃撃戦か。こりゃ、先生達に怒られるよ。あれだけ教えた授業に訓練は無駄だったかって」

「でも、戦闘訓練も襲撃訓練も教え込まれていますから、もしかしたらよくある経過なのでは~。或いは、私達が知らないだけで、外でも起こっているのでは?」

「あー、確かにあり得るかも」

 いまだ向こう側の姿は見えないが、直進同士なのだ。数分で視認出来るだろう。

「サイナ、あのマシンガンは」

「二度目は無いと言われました~」

「だよね」

 いよいよ覚悟の時が来たらしい。直線上の先、そこに車両の一団を確認する。

「迎え撃つよ、止まって」

 言われるままに止まると、後方の2台も同じように停止する。そして降りて来た女子生徒達が私達の車両を取り囲む隊列を組む。

「サイナは、ここで待機。流石にぶつけろとは言わないから安心して」

「は~い、では私は支援を~」

 スマホを横持ちにしてゲームコントローラーの様に持つ。あのマシンガンこそ使えないが、後ろに積んいるドローンを展開、上空に飛ばしてカメラから視線の先を確認する。この状況ではあまり意味はないかもしれないが、無いよりましだろう。

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