第11話

 戦況は初撃の車両の駆動超えて、中間に入った。

 既に車両は停滞し、目標物らしき品々を手にした男子生徒達は陣形を作って大動脈にあたる巨大な道路へと向かって見えた。当然、そんな事は奪う側になった、先手を取られたチーム達も同じで車両を使って待ち伏せ————だが、そのままでは鉢合わせという場面で、目標物を持ったチームがシャッターの開いた建物へと入る。

「二輪を取るのは慣習、でしたね」

 暴走族もかくやという感じに二輪に跨って飛び出てくる。二の手三の手を用意できるのは、この場で訓練すると知っているからだ、だとしてもこの用意周到さには潔癖症のさがを感じた。あまりにもこの一戦に掛けている。そして気付いた———。

「ああ、これを見せる事も知っていたのですね」

 恐ろしい。これは男子生徒からのこちらに向けてのアピールでもある、のかもしれない。

「なんか、寒気する。ちょっと怖くない?」

 だが、流石に二輪に跨っての出し抜きはやり過ぎだ。シズクの言う通り少し怖い。

「向こうも向こうで必死って事ですかね~。そのアピール、確かに伝わってますよ」

「受け取るかどうかはこっちの勝手だけどねー」

 今のヤンキー青春漫画よろしくな光景には醒めたのか、あれだけモニターに噛り付いていた友人も正気に戻ってしまった。確かに、夢から覚めるには良い頃合いだった。二輪で逃げている一団を除くと、車を降りて路地裏を走っていたり、車内に閉じこもって籠城の前段階をしているのが大方の様相であった。

「いませんね」

 一度立ち上がって壁のモニター群に視線を走らせたが、あの背格好の彼は見当たらない。まだ車内にいるか、それともどこかのビルに隠れているか。どちらにせよ、もうすぐ彼の顔が見れる。そう思うと胸が躍っていくのを感じる。

「顔を見たらどうしましょう~♪どう挨拶すれば、その前に名前を調べないと———あ、もしあちらから話し掛けられたらどうすれば~♪」

 我ながらきっとだらしない顔をしている。だって、これは初恋なのだ。まごうことなき一度しか体感できない一心不乱の恋だ。彼の顔も知らない、名前だって知らない一目惚れだ。きっととても凛々しく、だけど少し変わっていて、空を見上げるのが好きな困った人だ。そんな彼を、あれほどの実力を持った人を自分の物に出来るなんて。

「あーどうしましょう……あは♪」

「サイナっち、サイナーっち!!」

 肩を揺らされる。甘い微睡を邪魔され、少し睨んでしまう。

「え、こわ。急に乙女モードに入ったかと思えば、睨んで。どうかした?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」

「考え事っていう感じじゃなかったけど。何人か直接見に行くって出て行ったけど、私らどうするー?臨場感って言うの?私も感じたいし、これだけの銃撃戦ってそうそう感じられる訳もないしー、シズクっちはどうする感じー?」

「私は、まだここでいいや。もう少し全体を見ておきたいから、先に行ってて」

 合図だと感じた。

「ごめんなさい、私ももう少し全体を見ておきたくて」

「あ、別に気にしなくていいよー。そうだよねー、目的のチームもそれぞれ違うだろうーし。私はちょっとだけ気になった連中、見に行ってくるわー」

 そう言って、友人がまたひとり去っていった。残っているのは、直接銃撃戦を見に行くのはまだ恐ろしい子、この暑い中外に繰り出すのが嫌な子、男子生徒の走るスピードに合わせて近ず離れずをキープするのを諦めている子、などなどだった。

「話があるのですね」

「うん、言わないといけない事————見せたい物もある」

 それだけ告げると、スマホを手渡して来た。

「今は膠着状態だから。見るなら早くした方がいいよ」

 デスク上のモニターから銃撃の音は聞こえて来るが、完全に進退が止まって見えた。あとは残弾と残り体力との相談という、おおよそ幸運が介入するとは思えない状況が繰り広げられていた。どちらも、次の打てる手、それも最後の一手の使いどころを見極めていた。しかし、少なくともそれは今起こる現象ではなさそうだ。

「失礼します————」

 スマホの電源を入れ、画面の中央の再生ボタンを押す。

 あの時の続きだった。イサラと同郷で勉学も武術も高い水準を持ち合わせた秀才と立ち向かう背中。やはり空を見上げているその姿に、秀才は最初こそにこやかで「楽しくしよう」や「もし無理なら辞退しても」と言っているのがその顔から察する。

 だが、そう次の瞬間だ。なんの前触れもなく秀才は短刀を強く握り締め、唇を固く結び、恐れを顔に差す。全身に力が入っているのがわかる————さっきまでの穏やかさなど感じられない。人間を敵と認識している獣が目の前に現れた者の姿。

 —————弱者の容貌だ。

「始まる————」

 もう耐え難い。今すぐこの場から立ち去りたい。そう心の中で叫んだ事だろう。

 優し気な秀才だった彼は、瞬時に恐れ惑う恐慌状態の少年に様変わりする。その顔のまま短刀の切っ先を突きつけ、そのまま全体重を切っ先に乗せて走り、飛ぶ。

「今————」

 あの動画通り。切っ先は軽々と下からのひと薙ぎで弾かれる。全体重を掛けての心臓への一突きをあしらわれた少年は姿勢を崩し————無理な回転をしながら、背中を見せながら短刀を逆手持ちに掴み替え、自分が軽々いなした上からの一撃に、力任せ、技も何もないただの一突きに再度体重を掛けた————。

 心を失っている。あまりの恐怖だ。今の今まで決して顔を歪ませなかった秀才が、眉間に力を込め自身への心証を著しく損なっている。だけど、それでもなお秀才は振り下ろした。

「————と、まった」

 振り落とし、肋骨の一番上、心臓を上から突き刺す一撃は止まった。

 止めたのは受けた側じゃない。教師が間に入った訳じゃない。止めたのはその持ち主、秀才自身だった。一歩下がり短刀を落した秀才は大きく呼吸すると座ってしまった。その姿は切腹寸前の武士にも、処刑の首切りを待つ囚人にも見えた。

 そして、いまだ手に短刀を持つ彼が一歩前へ出て眉間に切っ先を当てる。

 軽い。とん、という音さえ聞こえないひと刺しを受けた秀才が眼を閉じた顔を最後に、「おい、何撮ってる!?」と恐らく男性教師の怒号をバックに消えてしまう。

「な、なんですか、これは————反撃は?この後は?」

「もう授業は終わって、そのまま解散。次からは教師が睨みを効かせたらしくて、誰も撮ってないの。まぁ、それはもう数か月も前だからあんまり参考になんないんだけどね———どう、気は済んだ?」

「気って、」

「そいつ、そんな強くないよ。サイナが探し求める程の相手じゃない。見たでしょう。弾いたのなんてただのまぐれ。勝ちを譲って貰たってだけ。あれよ、試合に負けて勝負に勝ったって奴。一瞬怖い顔に見えたのは、ただ目にゴミが———」

「本当に、そう思っているんですか?」

 もう叫ぶ事は無かった。今のシズクの言葉には明確な間違いがあったから。

「まぐれで弾いた?確かにたった一度しか見てませんから、それはあり得るかもしれません。目にゴミが入ったから怖い顔になった、確かにこの映像からするとあり得る話かもしれません————勝ちを譲って貰った?本当にそう思っているのですか」

「…………」

 黙り込むシズクは、否定も肯定もしなかった。

「これは数か月も前の映像。きっとその通り。なら、数か月も前からこれほどの実力を持った相手が武器を捨て、投降に下った————それはたまたま弾かれて、たまたま目にゴミが入って、たまたま勝てないと思ったから?違う筈です」

「……違わないよ、それが答えだよ」

「いいえ、違います。あの激情の中、自分を律して刀を止められる程の実力者が、たまたま自分が無様に構えたから、戦意を喪失するなんてあり得ない。明確な理由、自分を許せない程に実力が足りないと悟ったから諦めた。諦めて刀を受け入れた。————シズクさん、私は怒ってなんかいません。あなたを責める気もありません」

 シズクは再度黙ってしまった。黙ってモニターを眺めてしまった。

「そろそろ動きがあるよ」

「私はあなたを友人だと思っています」

「……だから、友達よりも今は、」

「いいえ、あなた程の実力を持った人と関係が修復できないのなら訓練なんて挑めません。ましてや卒業訓練なんて望むべくもありません。だから聞いて下さい」

 外から爆発音が聞こえた。爆破も容認すると聞いた彼らは、最後の一手を打ったのだ。いまだ残る見学室の女子生徒達から歓声が上がる。だけど、今はシズク以外見えない。

「きっとあなたには誰にも彼を教えられない程の理由があると思います。それが一体、誰の為であろうと、シズクさん自身の為であっても私はそれを理由に嫌ったりしません。ずっとあなたとは親しい関係を築いていたいから」

「……それは私が、この人の唯一の手掛かりだからでしょう」

 気付いていた。そして私も気付いていた。彼女の絶望は過剰に深い。彼女自身も気付いているとしても、どうにもならないレベルで深く心の奥底に宿っている。触れるのが恐ろしい、しかも奥底には黒い強靭な刃が待ち受けている。傷つく事が怖い。

「否定はしません。これは私の為、あなたと同じです」

「……そうだね」

「もうひとつあなたと同じ事があります————この手袋」

 シズクがこちらへ視線を向けると同時に手を、手袋を握って来た。

「ダメ、だよ。大事な物なんでしょう……そんな気を遣わせないで」

「ごめんなさい。でも、これであなたと一緒。私にも全ては言えない秘密があります。シズクさんも、ここに来た理由を言えない、やはり同じです」

「だから、なんなの……私は、ここに来たみんなと違って逃げて来たのに」

「やはり、同じです。私も逃げて来ました。正確には逃げる手引きを受けたのですけどね」

 息を呑む音がする。そして、握っている手を放してくれた。

「そっか、サイナもそうなんだ。私と同じなんだ……」

「はい、同じです。自分の居場所に耐えられなくなった私は逃げてオーダーに成りました。だから、私達とてもいい友達に成れると思います。どうですか?」

「なんか、プロポーズみたい————ありがとう、友達に成ってくれて」

「はい、ありがとうございま~す♪つきましては、お友達成立の記念にその方の」

「それはダメ」

 と、冷たく突き放し腕を肘を突いてしまった。

「そ、そんな~。なんでですか?友達って大切な方を共有すべきでは?」

「た、大切!?別にそういう関係じゃないから!!私は、私を連れ出してくれる王子様を待ってるの!そんな奴じゃない、カッコよくて逞しくて気が利いて手が掛からなくて—————」

「では、カッコよくなくて逞しくなくて気が利かなくて手間が掛かる人なんですね~♪私、そういう人を待ってました!私が必ず面倒を見ますから教えてくれませんか~?」

「サイナ、ダメな男を待ってたの……ダメだよ、そんなの。もっと自分を大切にしないと。本当に手間が掛かって大変なんだよ。しかも、見た目だけはいいから女の子が放っておかない、本当にダメな人なんだよ!何重にも見張っておかないとふらふらしててね!!」

 何度も口にするダメな人、それが堕落の一番の高得点だ。しかも、カッコ良くない、とは自分に自信が持てない。たくましくない、とは意思がなく意気地がなくて弱気。気が利かない、とは対人関係が希薄で関係構築が苦手。手間が掛かるなんて、言わずもがな超高得点。幾らでも私に染め上げられる、私がいないと何も出来ない堕落に堕とせる。私専用に誂えたような男性だ。高い実力を持ったダメな人。完璧だ。

「見た目がいい、のにダメなんですか?」

「もうダメもダメ!!みんな見た目に騙されて話し掛けるんだけど、すぐにダメさ加減に気付いて、呆れてじゃない、怖がって逃げて行くの!」

 逃げられる程のダメさ加減。しかも呆れられるじゃなくて恐れられるレベルのダメ。素晴らしい、そんな人二度といない。しかも、私の想像は正しかった。

「顔が良くてダメなんて————私、トキメいちゃいます……」

「だから、その乙女モードなに!?さっきから怖いんだけど!!」

「でも、それほどダメなら、やはり私にくれてもいいのでは?決して善良な男性にしません!!ダメはダメのまま、ダメな人として扱いますから♪」

「ダ、ダメな人ではあるけど、悪い所ばっかりじゃないんだよ。例えば————こう、勉強は私には及ばないけど、結構出来て。組手でもいい成績を残せてて。あとは、顔がいい、とか……」

「そこで性格に触れないんですから、思いを馳せてしまいます……」

 早く会いたい、今すぐ会いたい、生で見たい!!けれど、見つけてすぐには堕とさず、ゆっくり首を絞めるように、じわじわと私に染めて、僅かに離れて彼から私を求めるように施し、二つ返事で言う事を聞く様に仕上げて、最後は————最後は————。

「最後は————私————」

「最後?あ、ダメだからね!!」

 耳元で声を上げられ、正気に戻る。

「ダメ、ですか?彼がダメなのはわかりましたが」

「そうじゃなくて、ダメなものはダメ!!サイナでも渡して上げない!!だって、アイツは私の幼馴染で、あ、まず!!」

「—————幼馴染、しっかりと覚えました」

 口が過ぎたものだ。その不慣れさ愛らしく感じてしまう。

「私、シズクさんとお友達に成れてとても嬉しいです♪」

「……私が唯一の手掛かりだからでしょう」

「否定しません♪」

「あーもう、わかったわよ」

 ようやく観念したらしくシズクが大きな溜息を吐いた。

「幼馴染ってバレた以上、そう遠くない内に調べも付くでしょう」

「それはも~♪必ず突き止めて見せます!!」

「————言っておくけど、無理やりはやめてあげて」

 その声には、確かな芯があった。

「アイツ、まだ自分の事を認められてないから————まだ帰れるって思ってる」

「……そうですか」

「これは私の為じゃない。アイツの為だから言っておく。最初に期待持って近づいて、つまらないとか思ってたより使えないとかいう理由で、途中で見捨てるなら絶対に近づかないで。これ以上人に見放さられたら、立ち直れなくなる。二度と笑えなくなる。もう、戻って来れなくなる」

 苦しそうだった。違う、実際にシズクは苦しんでいる。

「心が砕ける寸前なの。お願いだから今はまだ見逃してあげて。時間を上げて。アイツが人と話せるぐらいに、自分以外を見れるようになったら必ず紹介してあげる」

「————」

 心が砕ける寸前。それは、堕落さえ通じない完全なる破滅だ。

 それは認められない。いくらダメでも受け入れてあげる理由があるが、廃人となっては私の目的を叶えられない。心を失っては、それはまるで人形じゃないか。

「許して。私が出来るのは今はアイツを見守ってあげる程度なの」

「でも、幼馴染で一緒にオーダーに来たなら」

「私は内緒でオーダーに来た。ひとつ私の秘密を教えてあげる———アイツがオーダーに来たのは私が理由」

 それは————そんな事。

「だから、きっと私を恨んでる。恨んでるのに何もしないのは、私の事にさえ気が回らないぐらい心に余裕がないから。私が近くに寄っても気に留めないのは、私が視界にさえ入っていないから。世界が見えていないから、現実を拒否してるの」

 なんと声を掛けるべきか。私に声を掛ける価値があるのか。

「約束して。私が言うまで絶対にアイツを探し出さないで。もし、偶然見つけても迫らないで。期待を持たせて上げないで。その代わり、必ず紹介する、だから」

「そんな約束出来ません」

 小さく縮こまるシズクが弱々しかった。何も出来ないと思っているに違いない。

 オーダーに来た理由が目の前にいる。私がその立場なら飛び掛かって嬲り、そして思う存分銃で撃ち、最後には汚泥の中に落して死ぬまで見張っている。だけど、それさえ出来ない相手など要らない。いつ心が砕けるともわからない相手なんか。

「サイナ、あの」

「もう私からその人の話をする事はありません。紹介して貰う必要もありません。シズクさん、どうかその人を守って下さい。私、新しい人を探し出しますから♪」

 既に趨勢は決してしまったらしく目標物を手にした男子生徒達が凱旋し、敗北を喫した側は無言で車両に乗って無人街を後にしていく。これで終わりだ、私の初恋は、見事に砕け散った。勝者などいない、居るのはただひとり少女の夢から醒めた傷だらけの傷物だけ。車で待っていると、イサラ達直接見ていた女子生徒達が戻ってくる。

 きっと口々に誰が良かった。目を付けていて正解だった。いい発見があったと話していた筈だ。私もそれに相槌を打ち、和やかなムードと来たる女子生徒の訓練に期待と不安を胸に海上を走る。これで終わりだ。結局誰が勝って、誰が負けたのかさえ知らずに終わってしまった。いわくつきの車の噂も忘れて、高等部の校門まで向かい車を返却して帰路に就く。

「うーん!!早く来ないかなー!!私も運転とかして引き剥がしてね!!」

「私もうずうずします!でも、あそこまで苛烈だったのは準備段階から白熱していたからかと」

「そうだよねー。私らも早い所人脈とか作って潜入が出来る人、見繕わないとー」

 バスの一番後ろの座席からは今も熱冷めやらぬ声が。またそこかしこからも聞こえる。男子はほとんどが車帰りらしく、バスには女子生徒のみが乗り込んでいた。一年生の後は二年生の訓練、それも夜間での訓練だったらしいが、それの見学は許されなかった。察しの通り、次は二年生の女子生徒達が見学室を使うからだ。しかも一年生が動き回っていてはただただ邪魔だろう。彼女達は、もうあと一年しかないのだから。

「さようなら、私の誰か———」

 これが最後だ。私にはまだ二年もある。その中で彼に代わる堕落対象を探し出せばいいだけだ、最初から近づきもしていないのだ、これは見捨てる行為ではない。

「……失恋って楽しい」

 そうだ。私には次がある。次の異性を、もしくは同性でも、誰でも————。

「サイナ、どかした?もう寮だよ」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」

「あ、わかるわかる。サイナも車使えるもんね。やっぱり実行部隊志望?」

 そんな話をしながら寮のある地区に足を踏み入れ、それぞれの棟へと別れていく。

 何も変わらない。シャワーを浴びて、皮膚にクリームを塗り、夕食を取って、軽い体操をして、最後に果物ジュースを飲んで終わり。私の日常は終わっていく。

「さようなら、私の初恋————」





 寒気で目が覚める。そんな日々をしばらく続けた時だった。

「明朝、無人街での実戦訓練を予定—————」

 既に秋の残り香など消え失せ、冬が完全に空を獲った日だった。

 突然の朝礼に皆が想像した。ついに来たかと、そしてその予測は的中した。

 場所も盗んだ情報通り、開始される時間こそ読めなかったが、おおよその推測通り女子生徒は冬であった。夏という脱水症状まっしぐらの死を思わせる気候に対して、低体温や凍傷、酷い場合では心筋梗塞をも起こす卑劣な季節には恨みのひとつも言いたかった。

「ああ、でも私は車両ですから温かいですね~」

 私の役割は決まっている。イサラ達直接の戦闘部隊を敵地に送り込み、車両を使って盾となる、輸送と防壁の二段階。女子生徒の目的は、完全無欠に戦闘そのものだった。ひとつでも多くの拠点を奪い、自チームのフラッグを立てて点数にする。

 だけど、そればかりでは手が足りない。だから拠点の防衛を助けて貰う代わりに渡されているフラッグを敵の拠点に突き刺し続け、一点でも多く数を取り続ける事。が目下最大のセオリーだった。

 当然、戦闘に自信がない女子生徒もいる為、後衛部を作り、ドローンを用いて規模を調べ上げ、目指す襲撃組に通告し、補助。また奇襲でも絡め手でも囲いでもして足止めをする。あまりにも頭を使わない、いや、とても練り甲斐のある目的だ。

「じゃあ、事前の取り決め通り。まず私達は東の102ビルで籠城してるチームの加勢」

「襲っている背中を逆に襲うだなんて、少し卑怯な気もしますけど」

「そう簡単にいくとは思えないよー。向こうだって百も承知で籠城側を叩いてるんだから。むしろ、後から来る向こう側の加勢より早く終わらせて合流する事を考えないと、私達は挟み撃ちにされちゃう訳だしー」

 これも全て取り決め通りだった。私達は襲われている味方を助けにいく代わりに、それを確認した後に私達のフラッグを、予定では奪っている拠点のひとつに突き刺して貰い、籠城側と共に防衛に徹する。そして周りの交渉が終わっている味方しかいなくなった時、私達は車両を使って後衛の指示に従って、敵方の足止めをする。

 大まかにはこんな感じだ。前々から練っていたのだ、常に策を弄するのも悪くないが、全て収束した結果、シンプルな作戦に相成った。

「後5分。みんな、今のうちに温まっといて。手がかじかんで銃が撃てない事が無いようにね」

 一年の終わり際。既にイサラはいくつもの事件に関わり解決し、女子側二大エースの片割れを不動の立場にしていた。イサラが前線でこういうのだから、それが正しいのだと女子生徒は皆従って行動し続けた。事実、彼女の判断はいつも正しくただの直感と疑う者はいなくなっていた。だから、私も運転に集中し続けられた。

「すごいねサイナ」

「え、ありがとうございます?でも、なんでですか?」

「全然道に迷わないし、全然揺れないし、しかもこの車!」

 助手席で銃を磨いていたイサラからお褒めの言葉を預かった。

「ピックアップトラックって言うの?四人しっかり乗れるし、荷台もあるから壁になる。ていうか、本当に壁代わりにしていいの?絶対傷だらけになるよ」

「おっと、このボディーを見くびってますね♪」

 まるでアルミで作られていると外観では感じられるかもしれないが、この硬質のボディーは紛れもない防弾仕様。しかも40s&w弾や45ACP弾は勿論、357マグナムさえ寄せ付けない特殊な合金。凹凸から溝が走っているのは弾丸を確実に弾き返し、傷による摩耗や錆を極力避けられる実戦仕様。

「後でカタログからスペックをご確認くださ~い。買い取りすら視野に入る超超優良物件ですよ♪」

「あーそれは、難しいかもー……」

「私も難しいかと。私も自分のお店を持つべきでしょうか……」

「ふふふ、もし本気になったらご連絡下さいね。共同経営は難しくても懇意になっている方々へのご紹介は出来ますから。ただし、その時は本気で商売敵にもなるのであしからず~♪」

 何かを諦めると、何かが叶うものだった。なかなか経営は難しく割に合わない日々が続いていたが、いざ困ると誰かしらが手を貸してくれる日々が続いた。あれよあれよと言う間に着手金と利子を簡単に返し終わり、無借金が続き、単純な足し算の売れ行きが進んだ。しばらく放置していた銀行からは追加の融資の話すら来ている。

「これも皆様のご厚意とご理解の賜物で~す♪」

「ねぇ、ぶっちゃけ聞いていい?今口座にどのくらい入ってるの?」

「—————知りたいですか?」

「あ、やめとく。そこら辺、私鼻が利くんだ」

 そんな掛け合いをしていると、目的のビルの角が見えてきた。想定通り、残り一分を数える。他のビル角に隠れながら、目的の出入口を確認し、既にあちら側が訪れて陣取っている事を知る。ルールの穴を突く自拠点放棄の特攻。それが出来るのは、あちらもバックアップを頼りにしているから成り立つ。この一年間足らずでそこまでの信頼を築く何かがあったのだろう。

「…………向こうも手練れを揃えてるね。正直厳しいかも」

 ひとり車から降りて、しゃがみひと目見ただけで戻って来たイサラが言う。

 この日の為に可能な限りの防寒対策を施して来た我々にそう告げる。イサラは間違いなく猛者の類だ。だが、向こうだって許されている武装は変わらない。用意出来る装備にも限界がある、どれだけ彼女が現場を知っていても遮蔽物越しの銃器には。

「私達がここを狙うってバレてる感じだねー」

「でも、逆に言えばここに釘付けに出来ます」

「そういう事。籠城側のチームと挟み撃ちにして、出来る限り早く撤退させて、数を増やして襲撃に戻るあちら側を食い止める。簡単な話—————まぁ、楽には行かないだろうけど」

 残り十秒を数える。このスタートラインは絶対的な命令だった。時間を守らない者は誰にも信用されない。それを、今までの日々で嫌と言う程味わって来たのだから。

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