第6話

 あの男子生徒が頬を擦りながら校門から出て来た。

「よく歩けますね」

 小声で言った。あれだけ殴り蹴り飛ばされて立ち上がっている。ではない。

 恥ずかしくないのだろうか。自分を強者だと思い込んで、女の教師なら勝てると踏んで飛び掛かって返り討ちに合う。もしプライドがあるのなら、底辺に叩きつけられているだろう。しかし、未だに周りを睨んで肩で歩いている。

「あ、あれ」

「さっきの」

 と、同じクラスであったらしい女子生徒達が口々に言う。しかし、当の本人は恐らく聞こえていないようで、女子生徒達の前を素通りしていく。あれはダメだ。

 自分がどう見られているかさえわかっていない。見るに堪えない。

「あんな人でも合格してしまうのですね」

 私の隣を通ってバス停へと踏み出すも、職員の看板と声を聴いて、再度怒号を上げる。あの短気さ。親から酷い仕打ちを受けて、同じ性格になってしまったのだろう。

「どうなってるんだ!?すぐにバスを動かせ!!馬鹿野郎!!」

 叫んではいるが、職員は相手にもしなかった。

 仕方がない。あれは、無視すべき人間だ。酔っている訳でもない筈の男子生徒はなおも怒号を上げる為、徐々に周りから生徒達が離れ、心底呆れたような目を向け始める。人間関係などあれでは構築出来ない。

「————」

 無線機だ。職員が肩の無線機に何かを口にした。

「おい!!無視してんじゃね!!」

「通告しておく。それ以上の暴言、職務の邪魔はやめておけ」

「なに、ビビッてんだ!?結局オーダーなんて、ただの雑魚ばっかりか!?」

 遂に襟を掴んだ。その瞬間、今度は殴り飛ばされる事は無かった。

「え?」

 簡単に撃った。銃声と共に間抜けな声を上げた少年は簡単に倒れてしまった。

「今の暴行行為、脅迫行為は完全なる違法だ。お前を暴行及び脅迫の現行犯で逮捕する」

 少年にこそ発砲しなかったが、足元のレンガに対してあっけなく撃ってしまった。硝煙の匂いが立ち込め、弾丸の後を煙が追う。そしてようやく気付いたのだ。自分は、もうただの子供ではなくなったのだと。ただの犯罪者になったのだと。

 未だ放心状態の子供の腕を掴み上げ、悲鳴を上げさせる。オーダーの本気の握力だ。到底たったさっきまで小学生であった彼では振りほどけない。手錠を付けないのは温情じゃない。必要ないからだ。自分達は、まだそのレベルにさえ達していない。

 そして学内から教員が走ってくる。あの若い女の先生も伴って。

「引き継ぎます。お仕事中、失礼しました」

 若い女の先生が現れた事で、少年の顔が少しばかり晴れるが、先生は少年の腕を受け取ると————先ほどとは比べ物にならない音が響く。骨が悲鳴を上げている。

「聞きました。暴行、脅迫ですね。これから法務科のある行政区、留置所に向かいます」

「りゅうちじょ?」

「君は逮捕されました。オーダーとしての資格はまだ剥奪されないでしょうけど、起訴され有罪を受け、刑事罰を受けて貰います。何年牢に入るかは、あなた次第です」

 それ以上は何も言わずに、まるで待っていたように黒い車が校門前の道路に乗りつける。中から黒い服を着た大人の男性が二人が現れ、少年を受け取り車の中に押し込む。少年は叫んで、助けてと言うが、誰も相手にせず黒い車と共に去って行った。

「はいはい。ここで待っても、バスは来ません。教室をもう一度解放するので校舎に戻って下さーい」

 もしかしたら、毎年の恒例なのかもしれない。教員達は何でもないように告げると、先導や誘導を開始し、自分達を校舎へと戻していった。



「ねぇねぇ、なんかひと悶着あったって聞いたけど、何があったの?」

「んー。なんというか、職員に襲い掛かって逆に撃たれて逮捕されて?」

「え、撃たれた?」

 もう外は暗かった。教室に戻って、はや1時間。

 生徒課から戻り、楽し気に話し掛けてくるイサラへ事の顛末を告げていると放送が鳴る。

「えー。バスの再開は明日の朝からになりました。生徒の皆様には自力で寮に戻って貰おうかと思います。暗いので足元に気を付け、寄り道は避けて下さい。繰り返します———」

 との始末。なんとなく察してはいたが、ゲート近くでの銃撃事件とはそれ程までに大規模な戦闘になったのだろうか。方々から嘆息が漏れるが、彼らも察していて事だろう。ざわざわと席から立ち上がり、教室外へと歩んでいく。

「ここから寮のある地区って結構あるよ。歩きでどのくらいだろう」

 と、席から立ち上がるイサラが、こちらを眺めて来るので私は首を振る。

「————私、まだ学校に用があって」

「え、そうなの?でも、バス停にいたんじゃ?」

「つい、思い出した事があります。だから一緒には帰れません。ごめんなさい」

「ぜーんぜん。気にしないで。じゃあ、また明日ね」

 手を振りながら去っていくイサラの背中を見つめ、居なくなった所で窓の外を見る。生徒たちが校門へと歩みを進め、完全に消えるのを待つ。校舎はオーダー街の大動脈の最も奥。そして中間に病院がある行政区。寮は更にその先の為、途中で気付かれてしまう。教室内を見渡し、全員いなくなった所で立ち上がる。

「————復讐を果たす」

 今日一日で多くがあった。もしかしたら明日から楽しい日々が始まるかもしれない。新たな日常が開始されるかもしれない。だけど、それは私にとってただの復讐の延長線上。過程でしかない。銃を持てる3年後まで、出来る限りの修練を積む。

「その先なんていらない。復讐さえ果たせれば、それでいい」

 あの少年と同じ扱いを受けるだろう。いや、もっと重い罰を受けるに決まっている。私は、あの家に関わる全員に復讐する。いまだ残るこの身体の傷と火傷が疼くのがわかる。背中の刀傷、それを焼かれた痛みをまだ覚えている。あの暴力を———。

「さて、戻りますか」

 振り払う真似はしない。全て抱えて、全てを薪にすると決めている。

 


 病院に戻った所で、看護師から聞かされた。

「あなたは明日の朝で退院です」

 と。本来なら喜ぶべき事なのだろうが、知らず知らずのうちに入院し、治療され、退院を告げられると、いまいち自己認識が出来なかった。無論、感謝している。爪を戻し、砕けた指と脛が再生され、内臓の外傷も消えた。何も問題はなかった。

「そうですか。いえ、ありがとうございます♪」

「入院費は既に支払われている為、明日朝一で受付に来て、手続きをして下さい」

 それだけ告げて病院食を置いて去ってしまった。この不味い病院食も今日限りだと思うと名残惜しい気さえした。大人しく食事を済ませ、後は寝支度だけになった。

「入院費。オーダーが払ってくれたのかな?」

 翌朝、窓の光の差し込みで目が覚めた私は、早速黒のレザーとタイツを纏い、病院の受付へと降りる。受付と言いつつ、退院の書類に自分の名前を署名するだけだった。本当にお金を支払う事はなく、簡単に外に出れてしまった。

「あ、制服っていつ届くのでしょう?」

 気にしても仕方ない。そう考えながら、病院前のバス停でバスに乗り込み、朝の少ない車内を見渡した。ちらほらと生徒はいるが、まだ早い時間だ。混んではいない。

「私も車買わないと———いえ、その前に免許を取らないと」

 私には足が必要だ。あの家へと送り届ける足が。

「装備も準備しないと。あと、工房?も持たないと」

 考えれば考える程、多くの準備が必要だった。装備の技術にお金の知識。今は何も持っていないが、それを教える為のオーダーである。焦らず、確実に覚えていこう。けれど、何よりも最も必要なものがあった———言わずもがな、先立つものだ。

「お金、どう稼げば?」

 まだ小学校に通っていた時は、送り迎えは常に家の車で家の運転手だった。もうあまり記憶にも残っていないが、その人がいればドアさえ開ける事もなかった。

 電車やバスは、学校行事で乗った試しはあるが、思えば一人で乗るのは初めてかもしれない。今後は自力で交通費を稼がなければならない。或いは車を買ってガソリン代を用意しなければならない。今の自分には、どれもこれも夢のまた夢だ。

「そうだ。お財布、どのくらい入ってる?」

 そう思い立ち、鞄の中の財布を手に取る。

 開ければ、やはり札束が入っており、無駄使いをしなければ当面の間は交通費には困りそうになかった。しかし、毎日朝食や学食や夕食に使えば、瞬く間消えてしまうと嫌でも想像が付いた。それ以外は無いかと、漁ると固いカードが手に当たった。

「カード」

 度々、使用人と買い物に出た際、お金ではなくこれを使っていたのを思い出す。

「これ、どう使えばいいの?」

 見たところ、お金の様に出すがすぐに店員は返していた。

 だから、一度切りの買い物で使う訳ではない。何度も使える万能のそれだ。試しに、近場の制服の女性———多分、高校生と呼ばれるであろう女性に話し掛ける。

「あの、すみません」

「え、あ、なに?」

 前の座席に座っていた女子生徒は、振り返りながら返事をくれた。

「これ。どう使えばいいんですか?」

「どうって……?」

 女子生徒は戸惑いながらもこちらを見返した。だが、黒いカードを視界に入った時、

「————ッ」

「え、ご、ごめんなさい……」

 息を呑んだのがわかった。この顔は知っている。私の傷を初めて見た時に見せる興奮と熱狂の顔だ。拳が振り下ろされる、手首を掴まれ、ねじ伏せられると記憶が告げた。けれど、その女子生徒はカードに触れもせず、ゆっくりと頷く。

「それは誰にも見せちゃダメ。いい?見せちゃダメだからね」

「だめ?ですか?」

「そう。ひとりでお店で買い物をする時だけ使って。それがあれば何でも買える———あなた、スマホは持ってる?」

 カードとスマホとどう関係がある?しかし、女子生徒の顔は真剣だった。わからないながらも首を振ると、女子生徒は立ち上がって隣へと腰かけた。圧迫感に声を上げそうになるが、女子生徒は決して暴力は振るわなかった。むしろ、優しい目だった。

「そうね。まだ支給されてないよね。だったら仕方ない。本当ならただで教えるなんてしないんだけど、私に話し掛けた勇気に免じて教えてあげるから」

 そう言って女子生徒は自分の鞄からノートパソコンとよくわからない機械を取り出す。

「これ、借りてもいい?」

 と、カードを示すので頷く。受け取ったカードをよく分からない機械に突き刺し、ノートパソコンに何かを打ち込んでいく。あまりの早打ちに心地よさすら感じる。

「見つけた————嘘、あなたもしかして……」

 囁きながらも驚いた様子の女子生徒の横顔を覗き、私は声を出さなかった。

「いいえ、ここに来た以上、家なんて関係ないね。いい、よく聞いて。このカードは上限額が無い本物のブラックカード。上限額のある模造品なんかとは比べ物にならない本物。その気になれば———いいえ、やめておきましょう。やったら怖いし」

「怖い?私が?」

「お金は力なの。それも誰も抗えない圧倒的な暴力。すぐにわかるから」

 言いながらカードを返した女子生徒は、ノートパソコンの画面をこちらに見せてくれる。そこには4つの数字の羅列と———兄の名前が記載されていた。思わず睨みつけたが、私にもわかった。兄の顔や名前などどうでもいい。重要なのは数字だと。

「この番号をメモして。うんん、渡してあげる」

 膝上のノートパソコンはそのままに、学生手帳を手にした女子生徒はページの一枚を破って、数字を記入。手渡してくれる。そのページを受け取った私は、これは重要だと判断して————財布ではなく。服の内ポケットへと忍ばせる。

「正しいよ。財布に入れちゃダメ。だけど、すぐに覚えて燃やしたり飲み込んだりして。ゴミ箱に捨てちゃダメ。誰かに見られるかもしれない———そして、私の事も忘れてね。またバスで見かけても他人のフリをして。私も忘れるから————使い方だったわね。コンビニでも服屋でも飲食店でも、オーダー街ならどこでも使える。いい?支払いはカードでって言うの。そしてその数字を入力して。それだけでいい」

 問い返しも許さない言葉の数々を残した後、女子生徒はバスが止まった時に降りてしまった。中等部と高等部の校舎はすぐ近くにあるのに、女子生徒は行ってしまった。だけど、首をかしげる事は無かった。あの人の言いたい事が解ったから。

「なんでも買える————お金はある。なら———」

 カードを財布に戻し、私は胸ポケットを上から握った。



「そっか、今はホテル暮らしなんだー」

 と、未だ私服姿の私達は学食で食事を取っていた。午前中は一般棟校内の説明で終わり、午後からは制服の採寸が始まるとの事だった。先生曰く、制服としての防弾服は、身体に合わせてオーダーメイドするらしく既製品ではいけないと。全身の採寸を取るらしいが、流石に全裸にはされないだろうとシャツを着たままで行うつもりだった。

「でも、そろそろ寮に行って鍵を貰わないと」

「鍵?寮で貰えるのですか?」

「違うのかな?私は取り敢えず寮母さんに言ったら貰えたよ。他のみんなも受け取ってたから、多分そんな感じだと思うけど。あーでも、サイナ、あっちの方だよね」

 あっちとは、高級な寮の方だろうと思った。

「こっちはね。なんて言うか、マンションって奴だったよ。まぁ、それしか知らないんだけど」

「分かりました。今日にでも声を掛けてみます」

「うん。それがいいよ」

 周りも気を許した相手が出来たらしく、学食は生徒達の声でざわついていた。

「なんか、思ったより普通だよね。もっと、こう……なんて言うか」

「こう?」

「うーん。殺伐?ギスギス?そんな雰囲気を想像してたから。まぁ、仲良く良い関係を作れるなら、それに越した事はないんだけど。あはは、私がそんな事言っても説得力ないかな?」

 言わんとしている事はわかる。試験初日はあれだけ死に掛けで、自分の葬列に自分で参加している様子であったのに。今の彼らはどこか吹っ切れた様子だった。

「きっと自覚してしまったのでしょうね。もう帰れないって。自分はオーダーになるしかないと」

「うん。そうだね」

 帰り道のない子供達。ここに来た理由は子供の数だけあり、とても口では言えない理由で来てしまった子供達。絶望を知らない子もいるようだが、真に狂ってしまった子もいるのだろう。

「あ、そうだ。制服って私実は初めてなんだけど。オーダーの制服ってどんな感じなんだろう」

「制服ですか?朝のバスで見かけましたが、そこまで特殊な訳では」

「でもでも、せっかくの制服なんだよ。やっぱり気になるじゃん」

 楽し気な顔に水を差す気になれず、相槌を打ち、頷き続ける。昨日の担任は、オーダーが学校と名乗っているのは、それの方が都合が良いからと言っていたが、制服もカモフラージュの一種かもしれない。なら、制服とオーダーにそこまで相関関係はない気もする。

「制服、好きなんですか?」

「好きって程じゃないけど、私の土地って———まぁ、可愛いとか、かっこいい服ってほとんど無くて。制服来て、都会の街を出歩くって結構憧れだったりしたの。やっぱり田舎の土じゃなくて、都会のアスファルトが私に似合う、みたいな?」

 正直よくわからなかった。けれど、イサラの顔は真剣で、これから行われる採寸に大いに期待しているのがわかった。思えば、これが入学後初めての行事でもあった。

「そうですね。せっかくですから楽しみたいですね♪」

「そうそう。せっかくだから楽しまなきゃ。だけど———」

「だけど?」

「………サイナは特注も特注になるよね」

 と言って、私の胸を見つめる。思わず胸を腕で抑えるが、イサラは気にしなかった。むしろ、あの人の様に自分と私のを交互に見比べ始める。

「サイナって、本当につい最近まで小学生だった?」

 これも同じような事を言われた気がする。

「もっちろん♪最近まで小学生です。でも、もう中学生ですよ♪」

「…………」

「あ、あまり見ないで下さい」

 先ほどとは打って変わって、死んだ目で私を見つめて来た。

 あまりにも無遠慮に見続ける視線が恐ろしくて、もう時間だ、と言って昼食を食べきって立ち上がる。なおも私を見つめるイサラは無視してプレートを片付け、学食を後にする。

 ひとり教室に戻った私は、まだ人が少ないながらも少なからずいる女生徒を盗み見、自分のと見比べる。これではイサラどころか、あの人間達と同じだ振り切り、大人しく席に座る。私のクラスの採寸は、全体で後の方らしく、また日が落ちたら嫌だなと思いながらホワイトボードを見つめた。



「はーい、そろそろ並んで下さーい」

 という、担任の声に従って廊下に並び該当の教室へと向かう。

 無論、男女で分れ、別々の教室に入り、制服姿のマネキンが立つ姿を見た。

 既に採寸を行っている姿はあるが、それもカーテン越しであり、周りに見せつけている訳じゃない。なんて言う事もない。ただの採寸だ、やはり肌を見せる訳じゃない。黒のレザーこそ脱がされるだろうが、その程度。タイツも長袖のシャツもそのままに受けるだろうと考えた。

「はい、次はサイナさん」

「はーい」

 返事をした私はカーテンの中に入り、黒のレザーアウターを脱ぐ。しかし、女性の職員はメジャーを手に動かなかった。———想像していなかった訳じゃない。

「シャツもタイツもですか?」

「出来ればそうして欲しいのだけど————見せたくない?」

 珍しくない、と頭の中で響いた。カーテンにこそ隠されているが見せられない身体の持ち主は決して少なくないのだろう。意を決する、何度も見せた、なのに手が。

「…………」

「いいえ、そのままで良いです。まだ中学生ですものね。少し大きめに作るものだから気にしないで。はい、じゃあ腕を横に伸ばしてね」

 職員は優しかった。いや、時間を掛けたくなかったのだろう。速やかに私の身体を測った女性は、すぐさまタブレットに数字を打ち込む。そして———気付いてはいたが、やはり胸を測り始める。胸を小さく見せる下着があると聞いたが、探すべきか。

「————伝えておきます」

「やっぱり、脱いだ方が?」

「それもありますが、あなたは恐らく毎年制服を新調した方がいいかもしれません。わかっているでしょうけど、あなたの身体は同年代に比べてよく成長しているから」

 と、伝えて来た。

「制服を?でも、少し大きめに作るって」

「オーダーにとって制服は鎧です。それもとても強固な。同時に、身体によく密着して動きを阻害しない運動着としての役割も必要です。使っている繊維の関係で、良く伸びて頑丈さもありますが、身体の成長には追い付かないかもしれない」

「……じゃあ、毎年」

「中等部一度目の制服代はオーダーが負担しますが、それ以降の破損は自己負担になるの。聞きにくいけど、あなたお金ある?毎年の新調になると、かなりの負担になるから、伝えておきたくて」

 これも老婆心に近いのだろう。この職員は、未来の心配をしている。

「勿論、女の子だから多くがスカートタイプを選ぶと思います。実際、あなたもスカートを選んでいる訳だから。下半身はスカートを長く使えばそれで良くても、上半身。守るべき臓器が大量にある鎧は、どうしたって重要になる。言ってしまうと胸への衝撃ね」

「胸……」

「胸ポケットに弾丸も刃も通さないジェラルミンのプレートを仕込みます。そして中は大人向けの防弾シャツを使えば、それでいいかもしれない。けれど、今作る制服では、将来あなたの身体を守り切れないかもしれない。言い難いけど、何かしらの手は打った方がいいわね。あ、別に手術しろなんて言わないから。ああいう美容外科紛いの詐欺師の手術は、後々感染症になったりするから———だけど、考えておいて」

 そこで私の採寸は終わった。次いで、他の子が入ってメジャーの音がして来る。

「で、どうだった?」

 イサラが目を輝かせながら聞いてくるので、

「うーん、別に普通でしたよ」

 そう答えた。終わり次第、教室に戻れと言われた為、自分の教室へと足を運んだ。




「お金、ですか……」

 初めての寮は快適だった。言われた通りに寮の一階の窓口。コンシェルジュに話し掛ければ、すぐさま鍵を貰えた。鍵と言いつつ、いわゆるカードキーで、ホテルに近い内装をしている。廊下は赤い柔らかな絨毯が敷かれ、観葉植物すら飾ってある。

 部屋の中も格別だった。

 冷暖房は当然完備され、ベットはシングルではない。浴室も広々。備え付けの洗髪剤はいい匂いで髪を潤してくれ、脱衣所は人感センサーで出入りも温かくしてくれる。至れり尽くせりとはこの事だった。しかも、寮の代金は既に向こう3年分は支払われていた。

「だけど、3年後は私自身で」

 3年後なんてあっという間だ。しかも、私はその3年後を待ち望んでいる。

「贅沢ですね。私———だけど、3年間さえ持てば———」

 復讐さえ果たせれば、それでいい。その先なんていらない。

「……お腹が空きましたね」

 立ち上がって、適当に冷蔵庫を開けるが、何も買っていないのだから、何か入っている筈もない。病院食は不味かったが、それでも誰かが食事を用意してくれるのは、とても恵まれた生活であった。そしてこれからは衣食住の世話を自分でしなければならない。

「———外へ食べに」

 と思うが、ここで毎日外食してしまうと、いくらお金があっても足りなくなる。ただでさえ昼食は学食なのだから、せめて朝や夕は自力で作った方がいいと考えた。

「ひとまず、外に出ますか」

 キッチンから出た私はもう痛まない脛を使って、玄関まで向かい靴に足先を通す。この受け取った服もそろそろどうにかすべきだった。ずっと同じ服では、精神衛生上よくない。それに、いい加減洗いたかった。

「食材と服————」

 一階のコンシェルジュに聞き、何処に食材があり服屋が点在しているか答えて貰う。コンシェルジュは丁寧に教えてくれこそするが、服でも食材でもランクがあり、店の外観でそれらを察するしかないと言った。

 バスに乗った私は、既に落ちた日の空を眺め、行政区よりも少し先の地区に降りた。そこには多くの店が軒を連ね、食材も飲食店も服屋も理髪店も、電気屋も揃っていた。夜でも人が多く行き交い、自分のような子供すら歩いている。

「まずは服を買わないと」

 歓楽街の中のひとつ。服のブランドなど知らない私は、白と黒の看板が特徴的な店へと入る。男性の店員は、私を一瞥すると「なにをお探しですか?」と問い掛けてくれる。追い出されたらどうしうかと考えたが、店員は特に訝しむ様子もなかった。

「あ、ちょっと待って下さいね。お客様の対応お願い出来るー?」

 と、言うと若い女性店員が現れ、私の対応を開始した。

「お客様、すっごいカッコイイっすね!」

 ハスキー気味な声。髪を青めに染め、青いライナーを引いた姿に僅かに驚いたが、店員は構わずに私を店の奥へと引き入れる。大人しくついて行くと、今自分が来ているものに近いスカートとシャツを見せられる。だが、あまりにも色使いがエキセントリックで、流石にこれは、と思ってしまう。青、黒、崩したアルファベット、少量の赤。それも映えるような鮮血色。ゾッとした私は、一歩下がってしまう。

「あはは!やっぱりちょっと強過ぎたかな?でも、その服こっち系っすよ。それに今着てるレザージャケット、めっちゃ高いよ。後、もっと高いブーツとかベルトとか腰に巻くと、よりイケルっすよ」

 と、流石に冗談であったらしく、ようやく初心者向けの無地の、それでも奇天烈な色使いのシャツを見せて貰えた。もしあの家でこんな服しようものなら世話役———何も着ていない私をベランダで放置し続けた———が卒倒するレベルだろう。

「このジャケット、凄いんですか?」

「ん?知らないの?それで、私の給料数か月分はまるまる飛ぶ額なのに」

「……数か月」

 知らなかった。簡単に用意してくれたから、そこまで高額だとは考えていなかった。ただ、たまたま尋問した相手の為に、危険人物なり得るからオーダーに落す為だけに、送った手間賃とは思えない額だった。彼女は、まだ大学生である筈なのに。

「ど、どうしました。お客さん、具合悪いの?」

「……いいえ。少しびっくりしてしまって。服って高いんですね」

「そりゃー、やっぱしデザイナーが設計して、繊維の選択をして、大量生産できるように型とかが作られる訳すから。まぁーここは店長のオリジナルばっかなんで、より高いっすけど。あ、やっぱり高過ぎた?」

 心配そうにシャツを手に取った店長へ、頷いて応える。

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